南極の交通 空路

南極の交通

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/04 03:13 UTC 版)

空路

マクマード基地に着陸するLC-130
観光客を乗せ南極点付近に着陸したBT-67(2009年12月)

外部と南極を結ぶ空路の交通では、観測基地への物資輸送に飛行機、砕氷船と基地間の短距離輸送にはヘリコプターが使われている。 一般機が利用できる滑走路英語版に旅客対応の空港ビルはない。南極条約批准国16ヵ国が置く観測基地30地点に飛行場かヘリポートがあるほか、民間企業が合計2箇所の商用空港を運営する。ヘリポートは合計27基地が備えている。

冬季の離着陸

南極の飛行場は極端な季節性気象や地理的な条件に制限され、規制が厳しい上にICAO標準を満たさないため、利用には別途、手続きが発生する。特に日照が全くない冬季は南極大陸への空路はほぼ閉ざされ、後述のような緊急対応の節には滑走路の輪郭を示すためドラム缶を並べて燃料油を焚く。

暗視ゴーグルを使い、冬季のペガサス基地(en)に着陸を成功させたのは2008年9月11日、アメリカ空軍機C-17 グローブマスターIIIである[6]

民間機による南極大陸の冬季離着陸は2001年4月、アムンゼン・スコット南極観測基地の当番医ロナルド・シメンスキーが肝炎を発症し、手術を行える病院への搬送が決まった時にさかのぼる。基地責任者の発請を受けたアメリカ空軍はC-130ハーキュリーズをニュージーランド(クライストチャーチ)から派遣するが、いったん着陸すると悪天候のため帰還できる見込みが立たず3機とも呼び戻している。

万策尽きた基地関係者はデンバーアメリカ西海岸)の支援組織と相談すると、まずカナダ空軍と交渉し、次に極地輸送に精通する運輸会社のつてでカナダアルバータ州の民間企業ケン・ボーレック・エアに連絡を取る[7]。同社には南極の航行実績がある操縦士がおり、カナダの極地方に適応したデハビランド製DHC-6 ツインオッター機でビクトリア州の遠距離通勤を支えていた。交代の医師を乗せバックアップ機ともども合計2機をカルガリーから出した同社は社是「地球上ならいつでもどこでも」("Anywhere, Anytime, World-Wide")を守る結果とはなるが、まさに綱渡りの搬送であった。カルガリーからプンタ・アレーナス(チリ)とイギリスのロセラ観測基地(en)を経て救援機が到着するまで10日[7]、観測基地の職員は冬季の気象条件に対応していないトラクターを苦労して操り 2 km の滑走路を切り拓いた。

5日がかりでチリに到達したツインオッター機は南極半島のロセラ基地で天候回復を待ち36時間待機、10時間がかりで目的地に到着するが、駐機中に翼のフラップが凍結してしまい、「応急措置」で離陸する。操縦士は計器が正常に作動しているか疑いながら航行し、無事にチリに降り立った。こうして冬季の南極点を発したフライトが航空史上初めて成功した[8]。カナダ政府は勇気ある搭乗員の偉業をたたえ、叙勲した[9][7]

航空機にはBT-67Il-76降着装置にスキーを採用し、離陸用にJATOをつけたロッキード LC-130などが利用されている[要出典]


注釈

  1. ^ アイスチャレンジャー隊が破るまで、最速記録保持者は風間深志である。パトリオットヒルズ—南極点を走るため開発した特別仕様のヤマハ製オートバイは、南極条約の規定を満たすよう音と排気ガス対策をほどこした水冷2サイクルエンジンを積み、排気量は200cc。この「ウィスパーダンサー」号はアイスチャレンジャー隊と同じ距離を1991年12月10日から翌年1月3日にわたる24日で走破した。サポート班を乗せたスノーモービルが緊急時に備えて伴走、難所では走行を支援している[4]。風間の前は1958年、エドモンド・ヒラリー卿探検隊が82日で到達、タイヤを履かせたトラクターを使った[4]
  2. ^ 南極条約第7条は監視員制度を設けて条約を必ず守るよう、互いの国の船舶ほかの巡検を認める[5]

出典

  1. ^ 国立極地研究所│ニュースとお知らせ”. www.nipr.ac.jp. 国立極地研究所. 2024年3月4日閲覧。
  2. ^ CORPORATION, TOYOTA MOTOR (2021年2月6日). “南極観測用雪上車って何? 種類と特徴を知りたい”. GAZOO.com. 2024年3月4日閲覧。
  3. ^ a b 『第2回ヤマハチャレンジ展』モーターサイクルの南極点への挑戦 - コミュニケーションプラザ | 2001 企画展 Vol.4”. global.yamaha-motor.com. ヤマハ発動機 (2001年). 2020年9月11日閲覧。
  4. ^ a b c d ICE CHALLENGER TRUCK WORLD RECORD ATTEMPT TO SOUTH POLE”. 2006年11月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年10月14日閲覧。
  5. ^ 南極条約・環境保護に関する南極条約議定書”. 外務省 Ministry of Foreign Affairs of Japan. 2020年9月11日閲覧。
  6. ^ Rejcek, Peter (2008年9月26日). “Air Force successfully tests new capability to fly any time of year to McMurdo(空軍の性能試験が成功、マクマード基地へ年間無制限の着陸に道)”. Antarctic Sun. http://antarcticsun.usap.gov/features/contenthandler.cfm?id=1544 
  7. ^ a b c “Canadians pulled off daring 2001 South Pole rescue(2001年の救援機に乗り組んだカナダ人)”. Ctvnews.ca. (2013年1月24日). http://www.ctvnews.ca/w5/canadians-pulled-off-daring-2001-south-pole-rescue-1.1127682 2013年11月11日閲覧。 
  8. ^ Transcript (2001年4月26日). “Plane With Dr. Shemenski Arrives in Chile(シメンスキー医師を乗せた飛行機、無事にチリに到達)”. CNN. http://edition.cnn.com/TRANSCRIPTS/0104/26/bn.02.html 2013年1月23日閲覧。 
  9. ^ “Polar Doc Rescuers Battle Time, Weather – ABC News(南極のお医者さん搬送は時間と気象との闘い)”. Abcnews.go.com. https://abcnews.go.com/International/story?id=81222&page=1 2013年11月11日閲覧。 


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