千鳥の曲 千鳥の曲の概要

千鳥の曲

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/06/22 08:24 UTC 版)

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曲の概説

幕末に名古屋、京都で活躍した盲人音楽家、吉沢検校(二世・1800年寛政12年) - 1872年明治5年))が作曲した。『六段の調』(八橋検校作曲と伝えられる)、『春の海』(宮城道雄作曲)と並んで現代でも広く知られる。明治以降の箏曲に多大な影響を与えた。同時に、胡弓本曲としても重要な位置を占める曲である。

古今和歌集』、『金葉和歌集』から千鳥を詠んだ和歌二首を採り歌とし、器楽部である「前弾き」(前奏部)および「手事」(歌と歌に挟まれた、楽器だけの長い間奏部)を加えて作曲したもので、吉沢自身が考案した「古今調子」という、雅楽調弦音階を取り入れた新たな箏の調弦法が使われている。この『千鳥の曲』と、そのあとに作られた『春の曲』、『夏の曲』、『秋の曲』、『冬の曲』(いずれも古今和歌集から歌詞を採ったもの)の四曲を合わせ、「古今組(こきんぐみ)」と呼ぶ。吉沢検校はそのあと更に「新古今組」四曲も作っている。

本来は胡弓と箏の合奏曲であるが、胡弓奏者がきわめて少ないため、吉沢検校直系の音楽団体である「国風音楽会」や、その流れを汲む芸系以外では、胡弓入り合奏はほとんど行なわれない。箏の独奏で行なわれることも多い一方、吉沢本人が胡弓パートに類似した箏の替手も作っており、箏の本手、替手による合奏が流派を越えてよく行なわれる。また後世尺八のパートが作られ、現代ではむしろ箏に尺八が合奏されることがごく普通である。そのため、これほど著名な曲であるのに、三曲界でも『千鳥の曲』が本来胡弓、箏合奏曲であることを知らない人が非常に多い。

  • 検校(けんぎょう)は、室町以降江戸時代幕末まで、盲人の自治組織である当道座に属した盲人に与えられた四段階の官位の内、一番上の位。江戸時代には幕府の保護のもと、平曲(平家琵琶)、三曲地歌三味線(こと)、胡弓楽)の専門音楽家として活躍したり、また人によっては鍼灸按摩 を専業とした。塙保己一のような学者もいる。
  • 本曲 (ほんきょく)は、三曲の音楽において、それぞれの楽器固有の曲として作曲されたもの。本手組ともいう。例えば箏の『雲井の曲』、三味線の『琉球組』、胡弓の『鶴の巣籠』、尺八の『鹿の遠音』など。
  • 本手(ほんて)は、原曲の旋律パート。替手(かえて)は本手に対して合奏用に作られた対旋律パート。
  • 三曲は、当道座に属する盲人音楽家たちが専門とした地歌三味線、箏、胡弓の三種の楽器の総称、またそれらの音楽である地歌、箏曲、胡弓楽の総称。これらの楽器の合奏を三曲合奏という。明治以降尺八が参入して、現在では尺八も含まれる。

作曲の背景

江戸時代後半の邦楽は、上方でも江戸においても、三味線がその主導権を握っていた。特に上方の三味線音楽である地歌は、盲人音楽家たちによって高度な音楽的発展を見せ、「手事物」と呼ばれる、器楽性の高い楽曲形式(基本的に、前歌 - 手事 - 後唄の構成)が発達、演奏技巧も極限まで追求された。またそれに合奏させるべく、「替手式箏曲(原曲の三味線と合奏するために作られた対旋律を持つ箏曲)」が作られ、非常に複雑精緻な音楽が作り出されていた。しかし天保を迎える頃には、もはや三味線の技巧開拓も行き着く所まで行き着き、「手事」も追求され尽くして、盲人音楽家たちは新たな作曲の展開を様々に模索していた。つまり地歌は音楽的にほとんど高度に完成されてしまったのである。

いっぽう、地歌と共に三曲のひとつであり、やはり盲人音楽家たちが専門としてきた箏曲は、江戸初期の発展とは裏腹に中期になると停滞してしまい、むしろ独自に発展するのではなく、地歌の肩を借り、地歌三味線曲に付随し合奏するという形で、後期に至るまで発展してきた。

天保の頃、京都の光崎検校は、そんな後発楽器である箏にあらたな作曲表現の余地を見いだし、従来的な地歌三味線曲の他に、箏だけの曲である『秋風の曲』『五段砧』を作曲した。これらは、江戸時代初期の箏曲の形式である「組歌」「段物」のスタイルを取り入れたりするなど、復古的であると同時に、当時の流行音楽であった明清楽の音階を取り入れたり、非常に精緻で複雑な箏の高低二重奏であるなど、モダンな面も強く持っている。こうして光崎検校の多面的な試みの内に、実に一世紀半ぶりに、箏曲は次第に地歌三味線から離れ、独自の再発展が始まる。

この影響を受けたのが、後輩にあたる名古屋の吉沢検校であった。彼は従来的な地歌作品も多く書いているが、また光崎の作品に刺激を受け、この『千鳥の曲』から、箏に残された可能性の追求にも力を入れ始めた。そもそも吉沢は11歳で地歌「屋島」に複雑な箏の手を付けるほど、箏に堪能でもあった。いっぽう、彼はこれまた同じく三曲の楽器でありながら三味線の陰に隠れがちであった胡弓にも新たな可能性を見いだした。吉沢は胡弓の名手でもあり、伝承によれば、千鳥の曲をまず天保の頃に胡弓曲として作曲し、その後嘉永安政の頃に箏パートを作ったという。

幕末国学などにより復古主義が台頭し、王朝文化への志向が高まるが、吉沢検校自身国学、和歌をもたしなんでおり、復古主義的思潮には明らかに影響されていたようである。したがって曲を作るにあたり歌詞を古今和歌集などから採ったが、文芸だけでなく、音楽面からも復古主義を進めることを考えたと思われる。そのため光崎検校同様、複雑煩瑣に発達した当時の地歌音楽とは対極ともいえる、江戸前期の箏曲の形式である組歌の整合的構成、シンプルな技巧、気品高く雅びな雰囲気などを取り入れた。更に古雅さを追求した吉沢検校は、箏曲の遠い先祖である雅楽に一つの音楽美の理想を見いだしたのだろう。雅楽家羽塚秋楽に師事し(別人との説もあり)、雅楽の基本的な理論や楽箏(雅楽の箏)の調弦法を学んだ。羽塚は最初、身分の違う吉沢を見下して教えることを渋っていたが、その熱心さに感じて教授したという。こうして吉沢は学んだ雅楽の調弦と、自分たちのものである近世箏曲の調弦を合わせ、雅楽の律音階と近世邦楽の都節音階の両システムを折衷した「古今調子」を編み出した。これは楽箏の「盤渉(ばんしき)調 = 盤渉は西洋音楽のHにほぼ相当する音高」の調弦法に似ている。

これにより、雅楽の旋律や技法も取り入れて完成されたのが『千鳥の曲』である。この後、同じく古今調子により、古今和歌集から採った和歌に作曲した曲が「春の曲」「夏の曲」「秋の曲」「冬の曲」である。これらは、手事がない点が『千鳥の曲』とは違うが、五曲を総称して「古今組」と呼ぶ。

特に『千鳥の曲』は明治以降、箏曲としては名古屋系のみならず広く生田流各派、さらには山田流にも普及し、ほとんどの流派で演奏される曲となった。

組歌
「三味線組歌」と「箏組歌」があり、それぞれ地歌、箏曲においてもっとも古い楽曲形式であるとともに、それぞれの本曲でもある。内容は箏と三味線では異なり、箏組歌は基本的に128拍から成る段(歌)を六つ組み合わせたもの。各段は更に8句に分けられる。高雅な歌詞を持つ気品高い音楽だが、次第に型にはまり過ぎ、江戸時代中期には作られなくなった。
段もの
組歌と共に箏本曲とされる器楽曲形式の箏曲。各段104拍で、段数は曲によってさまざま。変奏曲のような展開をとるものが多い。本曲ではあるが、段ものは他楽器との合奏が行なわれる。『六段の調』はその代表曲。
律音階
日本音楽の音階の一つ。雅楽が平安時代に日本化して固定した音階。なお雅楽はその後楽器によっては一部都節音階化しているが、楽箏はその調弦によく律音階が残っている。
都節音階
日本音楽の音階の一つ。律音階が変化して生まれたと思われる。箏曲、三味線音楽など近世都市の芸術音楽を中心に使われる。身近な歌では『さくらさくら』『お江戸日本橋』などもこの音階でできている。「陰旋法」とほぼ同義。
生田流
箏曲の流派。元禄の頃京都の生田検校が創始。それまで三味線と箏は演奏者が同じでも合奏させることはなかったが、彼に至って地歌に箏を合奏することを始めたと言われる。以後いくつもの派に分かれつつ江戸時代には名古屋から九州まで広がり、明治維新後は東日本、北日本にも普及した。
山田流
箏曲の流派。上方中心の生田流に対し、江戸の山田検校が1777年頃に創始。東日本に広まった。その音楽は一中節など浄瑠璃のスタイルを取り入れ、歌本位。

歌詞

塩の山 差出の磯にすむ千鳥 君が御代をば 八千代とぞ鳴く  君が御代をば 八千代とぞ鳴く

淡路島 通ふ千鳥の鳴く声に 幾夜寝覚めぬ 須磨の関守  幾夜寝覚めぬ 須磨の関守




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