千日デパート火災 新ビル建設

千日デパート火災

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/19 15:03 UTC 版)

新ビル建設

千日デパート跡地に建設されたエスカールなんばビル

千日デパートのテナント団体「松和会」が提起した損害賠償請求訴訟は、1980年1月14日に原告被告双方の間で即決和解が成立し、千日デパートビルを解体して新しい商業ビルを建設する運びとなった。和解が決まった同日にビルの取り壊しが決まり、翌月の2月から解体工事が始まった。1981年4月には解体工事が完了し、翌年の1982年6月20日に新ビルの起工式が執り行われた。起工式から1年3か月後の1983年(昭和58年)9月、施工主である日本ドリーム観光は、千日デパート跡地に新ビル「エスカールビル(エスカールなんば)」を竣工させた[313][717]

新ビルの概要は以下のとおりである[718][719]

  • ビルの名称 エスカールビル(ESCALE)[注釈 72]
  • 施工主 日本ドリーム観光
  • 建築設計監理 大建設計
  • 建築施工 大林組
  • 敷地面積 4,155.90平方メートル
  • 建築面積 3,639.07平方メートル
  • 延床面積 3万7,419.73平方メートル
  • 構造 鉄骨鉄筋コンクリート造(地下3階から地上3階)および鉄骨造(地上4階から9階、屋上塔屋)、 地下3階、地上9階建、屋上塔屋3階建(3か所)、地下駐車場および地下荷捌き場設置
  • 高さ 軒高39.0メートル 最高部51.0メートル 階高4.1メートル
  • 設備 エスカレーター(各階2基)、エレベーター6基(売場内2基)、自動車用リフト2基
  • 工期 2年8か月(1981年5月から1984年1月まで。基礎工事、躯体工事、内装工事)
  • 起工 1982年(昭和57年)5月(起工式は同年6月20日)
  • 竣工 1983年(昭和58年)9月
  • 開業 1984年(昭和59年)1月13日

新ビル「エスカールビル」は、旧ビルに引き続いてビルの用途を複合商業施設として設計建設された。新ビルを建設するにあたって設計上で最も重要視されたのは、当然のことながら防災面であった。千日デパートビル火災の教訓を活かし、二度と当地から悲惨な災害を起こさないために最新の防災対策が盛り込まれた。避難方向の解りやすさ、二方向以上に避難路を確保する概念を重視した。建築基準法で定められた階段幅を持つ階段を集中的に配置することはせずに、屋内階段と屋外階段(避難階段)を各所に分散して配置した。行き止まり部分には避難バルコニーを設け、必ず避難階段に直結する構造にして、どの方向からでも避難路を確保できるようにした。新ビルの1、2階は、売り場面積を多く確保する観点から北側の一部が吹き抜け構造となっているが、万が一の火災発生時に煙の拡散を防ぐためにガラスシャッターで区画する構造を採用している。また地下空間の避難路確保にも重点が置かれ、ビル北側の地下空間には吹き抜け構造の広場が設けられ、避難場所の解りやすさ、地下の閉鎖性を緩和した。地下から地上への避難も2方向から地上へ出ることができる構造とした。防災面の配慮から、駐車場と荷捌き場は地下3階に設置され、電気室や機械室等のビル機械設備は、まとめて屋上塔屋内または塔屋直下の各フロア内に設けられた[718][719]

エスカールビル内には、設備管理、災害および防犯監視を一括管理する防災センターが設置されている。火災面では、ビルで発生する火災(災害)を24時間体制で集中監視し、火災発生時には自動消火装置および自動排煙設備が稼動するシステムを完備した。また火災発生時にエレベーターを階毎に監視し、非常用エレベーターを遠隔操作して避難者を安全な階へ誘導するシステムも設けた。ビルの防災設備の充実と併せて、警備員(保安係員)によってビル利用者を安全な場所へ避難誘導することも防災センターの重要な役割とした。エスカールビルの避難階段は、3階以上の基準階では11ヵ所設けられており(内階段3、避難階段8)、それらは階段室の出入口をガラス扉または附室かバックルームで保護しており、煙による汚染を最小限に抑える対策が取られている。また各避難階段は、各階に5か所設けられた避難バルコニーにすべてが直結している。ビル西面は、全面に4つの避難階段と避難バルコニーが2ヵ所設置されており、過剰とも思えるほどの万全な避難対策が取られている。また避難バルコニーについては、ビルの各面に必ず設置されていて、災害時に逃げ遅れた人が発生した場合でも、避難バルコニーに出さえすれば容易に救出されるか自力で地上へ脱出できるように対策が取られている[108]。いずれの防災避難対策においても、千日デパート火災において被害拡大の問題点として挙げられた諸点を教訓として改善したものである。

エスカールビル竣工の翌年1984年(昭和59年)1月13日に、同ビルは開業した。翌14日にはキーテナント「プランタンなんば」と専門店街の各テナントが同ビルで営業を始めた[314]。 旧千日デパートが火災焼失により休業してから実に11年8か月ぶりの営業再開だった。








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