十勝沖地震 十勝沖地震の概要

十勝沖地震

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/08/09 14:05 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動

概要

北海道十勝沖からロシア連邦カムチャツカ半島沖にかけて千島海溝が存在しているが、この海溝では太平洋プレート北アメリカプレートの下に年間数cmの速度で沈み込んでいる。このため両プレートの境界で歪みが発生し、その歪みの開放により発生する逆断層型の海溝型地震である。

想定される十勝沖地震のマグニチュード(M)は8前後、発生間隔は約60 - 80年と見られている。これまで M8クラスの地震が1843年、1952年、2003年と繰り返し発生している。400 - 500年程度の間隔で根室沖地震と連動してきた可能性があり、2003年の十勝沖・1973年の根室沖の次の地震が連動した場合の規模はM8.3程度と推定されている[1]後述)。なお、1968年の地震は震源域が「三陸沖北部」に分類されるため、この周期に含まれない[2]

また、十勝沖では17.5年周期でM7前後のひとまわり小さい海溝型地震や27.3年周期で沈み込むプレート内部で発生するM7-8程度のスラブ内地震(深発地震)も発生する[1]

被災史

文書に残る十勝地域の歴史地震は慶長年間の松前藩によるトカチ場所の設置及び、1666年(寛文6年)のビロウ場所の設置以降で、松前藩以前の道東地域に主に居住していたアイヌによる史料は残されていない[3]との研究があったが、2005年に髙清水康博による津波に関するアイヌの口碑伝説と記録に関する研究によれば、標高5m海岸からの距離15kmまでの地域に津波が襲った可能性ある話が成り立つアイヌ伝説は、鵡川町のムリエトへの丘伝説やウコト゜イの洞窟伝説、白糠町のキラコタン伝説、釧路市トイトウ(海抜10m海岸線3km)の津波伝説など、少なくとも20の口承伝説について成立し実際の津波被災体験に基く伝説が継承されていた可能性あった。またそれらの伝説が語られた地域は釧路海岸と日高から胆振海岸および内浦湾沿岸に多いなどの地理的分布上の特徴があった。釧路の津波伝説については春採湖の地質研究により少なくとも過去9000年間に20層の津波イベント堆積物の報告がありアイヌの人々が津波を経験していた可能性がある[4]

17世紀型地震

十勝沖の領域を含む千島海溝南部では、沿岸の津波堆積物や長期的な地殻変動から、数百年間隔でMw 9前後の超巨大地震が発生していると推定されている。この超巨大地震の最新活動時期は17世紀初頭と推定されていることから、地震調査研究推進本部 (2017年)[5]はこの地震・津波イベントを17世紀型の地震とした。

調査開始初期は、津波堆積物の堆積間隔や地殻変動から活動間隔は300年から600年とされており、2005年には中央防災会議がその平均から「500年間隔地震」と命名し、対策を始めた[6]。しかし、精度の高い年代測定を実施した結果、津波堆積物の堆積間隔は平均500年間隔ではなく、100年から800年程度の非周期的なバラツキがあり、平均発生間隔は400年程度と求められた[7]

17世紀型地震による津波(痕跡)分布を説明できる断層モデルはMw 8.5[8]または8.6[9]、慶長三陸地震津波と17世紀地震津波が同一であった場合はMw 8.9以上のプレート間地震が想定されている。

痕跡の発見

北海道東部沿岸では、更新世後期に形成された海岸段丘が広く分布しており、10万年スケールでは隆起する傾向にあると推定されている。しかし、平時は年間 1cm 近い速度で沈降しており、これまで歴史記録も含め、地震で隆起した事実はない。むしろ地震時にはわずかに沈降しており、余効変動での若干の隆起を除けば、ずっと沈み続けていることになる。この長期的スケールと短期的スケールの矛盾は超巨大地震による隆起イベントによって解消される可能性が指摘された[10][11]。その後に行った沿岸の堆積物調査で、後述の17世紀の津波堆積物と17 世紀の指標テフラを含む泥炭層との間に海成の粘土層が挟まれていることを発見し、それらの珪藻分析に基づいて、隆起が地震後数十年かけてゆっくりと生じたことを明らかにした。その隆起量は 1m 程度もしくはそれ以上と推定されている[12]。また同様のイベントが過去約2800年間に少なくとも6回生じていることも明らかになった[13][5]

本地域の地殻変動の矛盾は、17 世紀の超巨大地震による余効変動で解消されるように見えるが、このタイプの地震の再来間隔が平均 400~500 年と仮定すると、年間 1cm の速度で沈降すれば、累積の沈降量は 4~5m にもなる。したがって 1m 程度の隆起では地震間の沈降分を回復し、更に段丘を高く持ち上げることはできない。そこで超巨大地震のサイクルの中で、余効変動終息後に始まる沈降は、最初はゆっくりで、次の地震が近づいてくると加速していくという考え方で矛盾を説明しようとするモデルも提唱されている[11][14][5]

隆起の痕跡の発見と同時に、津波堆積物の発見も相次いだ[5]北海道大学平川一臣らのグループが北海道東部の太平洋沿岸で発見し、1998年に発表した[9]。また、平川は道南の森町の地層で、500年間隔地震によるものとみられる紀元前後以降3層の津波堆積物を発見した[15]。平川は震源域が十勝・根室沖だけでなく、三陸沖北部の青森沖まで達することがあった可能性を指摘した[16]

2000年2月に釧路市春採湖で行ったボーリング調査では、過去9000年間に20回の津波イベントが記録されていた[17]

17世紀の津波堆積物は、豊頃町の湧洞沼付近で海岸線から4.4km[18]浜中町霧多布湿原で海岸線から3km以上[19]まで分布しており、その他国後島から下北半島沿岸にかけて当イベントと思われる津波堆積物が発見されている[20][21]。実際の津波は津波堆積物よりも内陸まで遡上したと考えられている。

17世紀初頭に北海道東部で発生した津波と同一の津波堆積物の北限は、北方領土における分布が不明確であるため、南限についても、下北半島三陸海岸で17世紀初頭の津波堆積物の分布が確認されているものの慶長三陸地震との区別が困難であるため不明確となっている[5]

発生歴

13世紀と17世紀の大規模な津波の痕跡が確認されているが、松前藩の入植より以前の文献記録がないため、暦年の特定までは至っていない。直近の連動は17世紀初頭とされている[21]。なお、直近の活動については1635年とする説[9]、1611年のこれまで慶長三陸地震とされてきた地震がこれに該当するという説がある一方、発見された津波痕跡が十勝沖地震のものではなく従来の推定より規模が大きい慶長三陸地震のものであるとする説[6]がある。

次の発生時期

最新活動時期が1611年であるならば、既に400年を経過した状態であるため、モーメントマグニチュード (Mw 8.5を越える地震がいつ発生してもおかしくない時期が来ていると考える研究者もいる[7]

三陸沖北部との連動

1952年十勝沖地震(Mw 8.1)の際に三陸沖北部で発生した1968年十勝沖地震(Mw 8.2)の破壊領域の南側での地震活動が活発化していた。従って、十勝沖(1952年十勝沖地震)と三陸沖北部領域(1968年十勝沖地震)が連動して活動をしていた場合、マグニチュード 9 クラスの地震が発生していた可能性があるとする研究がある[22]




  1. ^ a b 千島海溝沿いの地震活動の長期評価(第二版) (PDF) 地震調査研究推進本部
  2. ^ 三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価 (PDF) 地震調査研究推進本部
  3. ^ 七山太, 重野聖之 ほか(2003)、「北海道東部,十勝海岸南部地域における17世紀の津波痕跡とその遡上規模の評価 (PDF) 」 活断層・古地震研究報告 第3号 p.297-314
  4. ^ 髙清水康博 「北海道における津波に関するアイヌの口碑伝説と記録」 歴史地震第20号(2005) 183-199頁 (PDF) 2015年2月24日確認
  5. ^ a b c d e f g 千島海溝沿いの地震活動の長期評価(第三版) (PDF)”. 地震調査研究推進本部 (2017年12月19日). 2018年2月10日閲覧。
  6. ^ a b 【津波・活断層地震から十勝を守る】(上)切迫する500年間隔地震 - 十勝毎日新聞、2011年9月
  7. ^ a b 岡村行信・行谷佑一:17世紀に発生した千島海溝の連動型地震の再検討 (PDF) 産業技術総合研究所 活断層・古地震研究報告、No.11, p.15-20, 2011
  8. ^ 千島海溝プレート間地震の連動が巨大な津波をもたらした産業技術総合研究所
  9. ^ a b c 地質研究所調査研究成果報告会資料集 (PDF) - 北海道立総合研究機構、地質研究所、2011年5月18日
  10. ^ 池田安隆 (1996). “活断層研究と日本列島の現在のテクトニクス”. 活断層研究 15: 93-99. doi:10.11462/afr1985.1996.15_93. https://doi.org/10.11462/afr1985.1996.15_93 2018年2月10日閲覧。. 
  11. ^ a b Atwater, et al. (2004). “Seventeenth-century uplift in eastern Hokkaido, Japan”. The Holocene 14 (4): 487-501. doi:10.1029/2006GL026052. http://journals.sagepub.com/doi/abs/10.1191/0959683604hl726rp?journalCode=hola 2018年2月10日閲覧。. 
  12. ^ Sawai, et al. (2004). “Transient Uplift After a 17th-Century Earthquake Along the Kuril Subduction Zone”. Science 306 (5703): 1918-1920. doi:10.1126/science.1104895. http://science.sciencemag.org/content/306/5703/1918.long 2018年2月10日閲覧。. 
  13. ^ Kelsey, et al. (2006). “Recurrence of postseismic coastal uplift, Kuril subduction zone, Japan”. Geophysical Resarch Letters 33 (13). doi:10.1029/2006GL026052. http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/2006GL026052/full 2018年2月10日閲覧。. 
  14. ^ 宍倉,他 (2009). “沿岸の地形・地質調査から連動型巨大地震を予測する”. 地質ニュース 663: 23-28. https://www.gsj.jp/data/chishitsunews/09_11_09.pdf 2018年2月10日閲覧。. 
  15. ^ 平川一臣、原口強:十勝平野太平洋沿岸の津波堆積物 活断層研究 Vol.2001 (2001) No.20 p.i-ii, doi:10.11462/afr1985.2001.20_i
  16. ^ 「500年間隔地震」 巨大津波 道南も 朝日新聞
  17. ^ 七山太, 牧野彰人 ほか、「釧路市春採湖コア中に認められる, 千島海溝沿岸域における過去 9000 年間に生じた 20 層の津波イベント堆積物 千島海溝沿岸域における津波堆積物の研究 (PDF) 」 産業技術総合研究所 活断層・古地震研究報告,No.1 p.233-249, 2001
  18. ^ 十勝地方太平洋沿岸地域の巨大古津波. 平川 一臣・中村 有吾・越智 智雄, 2000 , 月間地球号外, no 31, p.92-98
  19. ^ 七山太, 佐竹健治, 下川浩一 ほか、「イベント堆積物を用いた千島海溝沿岸域の津波遡上規模と再来間隔の検討 (PDF) 」 地質調査所速報平成11年活断層・古地震調査概要報告書 No.1, p.251-272, 2001
  20. ^ 髙清水康博(2013)、「北海道の津波堆積物研究の現状と課題:17世紀巨大津波による堆積物の研究を中心に」 『地質学雑誌』 2013年 119巻 9号 p.599-612, doi:10.5575/geosoc.2013.0031
  21. ^ a b 日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震に関する専門調査会(第10回) 資料4 500年間隔地震について (PDF) - 中央防災会議、2005年6月22日
  22. ^ 宮岡一樹、吉田明夫:日本周辺の巨大地震に伴った大きな余震 温地研報告第45巻 2013 (PDF)
  23. ^ 吉田真吾、加藤尚之:「前駆すべりと地震の最終的サイズとの関係」 地震 第2輯 2005年 58巻 3号 p.231-246, doi:10.4294/zisin1948.58.3_231
  24. ^ 高橋浩晃、笠原稔:2003年十勝沖地震 1952年十勝沖地震からの地震活動・前震・本震・余震および誘発地震 地震 第2輯 Vol.57 (2004-2005) No.2 P.115-130 ,doi:10.4294/zisin1948.57.2_115
  25. ^ 2003年十勝沖地震前の静穏化とその有意性の検討 (PDF) 地震予知連絡会会報 第85巻(2011年2月)
  26. ^ 鷺谷威:GPS観測に基づく日本列島の地震テクトニクス 地震 第2輯 Vol.61 (2008-2009) No.Supplement p.479-487
  27. ^ 茂木清夫:2003年十勝沖地震および1952年十勝沖地震に先行した深発地震活動 (続報), 地震 第2輯 2005年 57巻 3号 p.275-278, doi:10.4294/zisin1948.57.3_275
  28. ^ 雌阿寒岳 有史以降の火山活動 気象庁
  29. ^ 横山泉:大地震によって誘発された噴火 北海道大学地球物理学研究報告 1971年3月25日 No.25 p.129-139
  30. ^ 寺田暁彦 ほか:2003年十勝沖地震(MJMA 8.0)発生直後に樽前火山で起きた高感度カメラで明るく見える現象 地震研究所彙報. 第79号第1/2冊, 2004, pp.17-26, hdl:2261/5754
  31. ^ 星住英夫、中野俊:特集 火山 噴火と恵み 産総研 TODAY Vol.4(2004) (PDF)
  32. ^ 高橋浩晃、笠原稔:2003年十勝沖地震 1952年十勝沖地震からの地震活動・前震・本震・余震および誘発地震 地震 第2輯 2004年 57巻 2号 p.115-130 , doi:10.4294/zisin1948.57.2_115
  33. ^ a b 都司嘉宣、堀江岳人、橋本佳祐、ほか:天保14年(1843)根室沖地震津波の浸水高分布 2014年日本地球惑星科学連合大会 HDS27-13 (PDF)
  34. ^ 十勝沖地震地震調査研究推進本部 M 8.0
  35. ^ 宇津徳治、嶋悦三、吉井敏尅、山科健一郎 『地震の事典』 朝倉書店、2001年
  36. ^ 羽鳥徳太郎 (2007). “南千島~北海道東部間の歴史津波の規模と波源域” (PDF). 歴史地震 22: 151-155. http://www.histeq.jp/kaishi_22/P151-155.pdf 2018年2月10日閲覧。. 
  37. ^ https://www.data.jma.go.jp/svd/eqdb/data/shindo/Event.php?ID=30104”. 2019年8月9日閲覧。
  38. ^ 木岡信治、竹内貴弘、渡部靖憲、海氷群を伴う津波の陸上遡上による被害想定の研究概要 混相流 Vol.29 (2015) No.2 p.124-131, doi:10.3811/jjmf.29.124
  39. ^ 「平成23 年(2011 年)東北地方太平洋沖地震」について(第28 報) (PDF)
  40. ^ Magnitude 8.3 Hokkaido, Japan region September 25, 2003
  41. ^ 防災科学技術研究所: “強震観測網”. 2014年3月16日閲覧。
  42. ^ 河口で釣りの男性2人不明 津波にさらわれた可能性も 共同通信 2003/09/26 11:21配信
  43. ^ 十勝沖地震犠牲者と判明 DNA鑑定で2年ぶり 共同通信 2005/07/12 03:10配信
  44. ^ 平成15年(2003年)十勝沖地震(確定報)消防庁、2004年3月31日。
  45. ^ 行方不明の男性が帰宅 知床で釣り、地震被害なし 共同通信 2003/09/29 14:10配信
  46. ^ 「鉄道記録帳2003年9月」『RAIL FAN』第50巻第12号、鉄道友の会、2003年12月1日、 22頁。
  47. ^ 高波鐵夫、村井芳夫、町田祐弥 ほか、海底地震観測が明示した2003年十勝沖地震直前の顕著な現象, 地震 第2輯 2005年 57巻 3号 p.291-303, doi:10.4294/zisin1948.57.3_291


「十勝沖地震」の続きの解説一覧



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「十勝沖地震」の関連用語

十勝沖地震のお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



十勝沖地震のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの十勝沖地震 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2019 Weblio RSS