化け狸 化け狸の概要

化け狸

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/20 01:38 UTC 版)

鳥山石燕画図百鬼夜行』より「
月岡芳年『和漢百物語 小野川喜三郎』 大入道に化けた年を経た狸に煙草のけむりを吹きかける力士小野川喜三郎を描いている(小野川は有馬の化け猫騒動で知られており、当時演じられていた異なったかたちの講釈が題材になっていると考えられる[1])。

概要

野山に棲息している狸(たぬき)たちが人間を化かしたり不思議な行動を起こしたりすることは、史料物語または昔話世間話伝説に見られ、文献にも古くから変化(へんげ)をする能力をもつ怪しい動物・妖怪の正体であると捉えられていた一面が記されている。広く認識されている最古の例としては、奈良時代に編まれた『日本書紀』(推古天皇35年)に「春二月、陸奥有狢。化人以歌。」(春2月、陸奥国に狢あり。人となりて歌をうたう)という記述があり[2][3]、次いで『日本霊異記[4][5]、『宇治拾遺物語[2]、『古今著聞集[6]など平安時代から鎌倉時代にかけての説話にも「狸」という漢字で示された獣が話に登場している。

江戸時代以降は、たぬきむじなまみ等の呼ばれ方が主にみられるが、と同様に全国各地で、他のものに化ける、人を化かす、人に憑くなどの能力を持つものとしての話が残されている[2][5][7](むじな、化け狢)、(まみ)との区別は厳密にはついておらず、これはもともとのタヌキ・ムジナ・マミの呼称が土地によってまちまちであること・同じ動物に異なったり同一だったりする名前が用いられてたことも由来すると考えられている[4]関西ではまめだ(豆狸・猯)、東北地方ではくさいくさえ(くさいなぎ[4])などの呼ばれ方もあるが、いずれも動物としての呼称と共通したものである。文章表現としては漢語を用いた妖狸(ようり)や怪狸(かいり)、古狸(こり)などの熟語も存在する。

人間を化かすほか、化け狸の大きな特徴にはふくらませた腹部を叩いて腹つづみを鳴らす(狸囃子)、巨大な陰嚢を用いて人間を襲ったりする、などが挙げられ、いずれも江戸時代から狸の特徴として絵画や物語などを中心に確認できる。大きな陰嚢については「狸の金玉八畳敷き」という狸全般に関する慣用句から発生したものと考えられている。『本朝食鑑』巻11(1697年)の狸の項目[8]にも「化ける」行動を含めこれらの挙動が記載されており、狸がこのようなことをすると考えられていたことを確認することができる[9]。八畳敷きの陰嚢を敷きの座敷や大きな寺院とみせて人を化かそうとするが、そこに煙草の火あるいはなどを落とされて狸が失敗をする話[10]は昔話として日本各地で明治から昭和前期にかけても広く採取されている。

狸が人間を化かす話は京都・大阪・江戸などの都市部や各地の城下町では狐による話と同様に親しまれた。沖縄県や島嶼部(南西諸島伊豆諸島)を除くほぼ日本全国各地に昔話や伝説が存在するが、佐渡島新潟県)や淡路島兵庫県)、四国には狢・狸に関する伝説が近世から特に数多く記録され、残されている[11]

他の変化との関係

化ける動物の代表格として並び称されているものに妖狐)がある。「狐七化け狸八化け」ということわざでは狐よりも狸のほうが人間を化かす腕が一段上であると俗にいわれている[12][13]。何をもって基準としているのかは定かではなく、定説ははっきりしていない(狸と狐が入れ替わったりもする)。狐は人を誘惑するために化けるのに対し、狸は人をバカにするために化けるのであり、化けること自体が好きだからという説もある[5]

「狸」(リ)という漢字は、中国ではヤマネコを中核とするネコのような中型哺乳類の漠然たる総称として用いられていた。日本にはヤマネコに相当する動物がいないため、古代から中世にかけて知識人らによってタヌキ、野良猫、イノシシアナグマイタチムササビといった動物が文献によってまちまちに「狸」という漢字に当てはめられたと見られている。そのため、『日本霊異記』の話に登場する「狸」という漢字には「ネコ」(『日本霊異記』興福寺本)という訓もある。平安時代(10世紀ころ)の文献『本草和名』や『和名類聚抄』においては狸・狢・猯はそれぞれの訓に分かれ、猫(ねこ、ねこま)とも別項あつかいされているが、『本草色葉集』(1284年)、『壒嚢鈔』(1445年)では依然として「狸」に「ねこ」と訓がつけられている箇所があったりと、漢字そのものが指し示す動物の範囲が曖昧だった歴史がある[4]


  1. ^ 『和漢百物語 月岡芳年』(町田市立国際版画美術館、1991年)107-108頁
  2. ^ a b c 日野 1926, pp. 105–139
  3. ^ 村上他 2008, p. 15.
  4. ^ a b c d 中村 1990, pp. 209–220
  5. ^ a b c d 多田 1990, pp. 235–240
  6. ^ 中村 1990, p. 33
  7. ^ 佐野他 1980, p. 184
  8. ^ 島田勇雄訳注『本朝食鑑』5巻 (<東洋文庫平凡社、1981年) 304-305頁
  9. ^ 中村禎里『狸とその世界』(朝日新聞社、1990年)
  10. ^ 関敬吾『日本昔話大成』第7巻(角川書店、1979年) 107-112頁
  11. ^ a b 宮沢光顕『狸の話』有峰書店、1978年、226-230頁。 NCID BN06167332 
  12. ^ 藤井乙男『諺語大辞典』(有朋堂、1910年) 304頁
  13. ^ 立石憲利 「兵庫県南但馬の民話―養父・朝日敏雄の伝承―」(日本民話の会 『聴く・語る・創る』第12号 2005年)11頁
  14. ^ 大藤時彦他 著、民俗学研究所 編『綜合日本民俗語彙』 第3巻、柳田國男監修、平凡社、1955年、1354頁。 NCID BN05729787 
  15. ^ 大藤時彦他 著、民俗学研究所 編『綜合日本民俗語彙』 第1巻、柳田國男監修、平凡社、1955年、308頁。 NCID BN05729787 
  16. ^ 能田太郎「玉名郡昔話 (3)」『昔話研究』1巻4号、三元社、1935年8月、25頁、NCID AN004070602014年9月13日閲覧 
  17. ^ 加藤恵「県別日本妖怪事典」『歴史読本』第34巻第24号(通巻515号)、新人物往来社、1989年12月、331頁、NCID AN00133555 
  18. ^ a b c d e f g h i j 笠井 1927, pp. 41–49; 笠井 1974, pp. 261–263
  19. ^ a b 村上健司『妖怪事典』毎日新聞社、2000年、241頁。
  20. ^ 三宅周一「妖怪語彙」『民間伝承』4巻11号、民間伝承の会、1939年8月、2頁、NCID AN002366052014年9月13日閲覧 
  21. ^ 愛媛県”. 2022年2月26日閲覧。


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