前照灯
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/06 07:18 UTC 版)
自動車
自動車でヘッドランプと呼称されるのは、夜間等で主に使用する前照灯のことを指すが、「前灯」と言った場合には車幅灯やフォグランプも含む。 自動車・オートバイ(自動二輪車、原動機付自転車)用の場合、ほとんどの国・地域で、搭載する数、色、照度、照射範囲などが厳しく法令で定められている。特に赤系の発色は尾灯と誤認させるために禁止されている。 日本国内では保安基準にて特に細かく制限があり、上下位置、左右位置、個数、照度、色(K:ケルビン = 色温度)、左右均等、レンズ破損、点灯方法(動いたりしないか)などが定められている[注 1]。近年では2020年4月以降に日本国内で製造された自動車にはオートライトが義務化された。
通常、ハイビーム「走行用前照灯」(上向き(正確には水平)・遠目)とロービーム「すれ違い用前照灯」(下向き又は減光・すれ違いビーム)を切り替えることができる。ハイビームは正面を遠く(最低前方100 m)まで照らすため、夜間の対向車や前方の車が存在しない場合に用い、ロービームはやや下方(前方40 m)を照らすため、対向車や前方の車への眩惑防止や、霧や雪などに光が反射する場合、薄暮時に使用する。
自動車用ランプに関しては1958年協定に基づき国連でECE規則が策定されており加盟国間では認証の相互承認制度が導入されている[1]。
国際連合の欧州経済委員会 (UNECE) による自動車基準調和世界フォーラム(World Forum for Harmonization of Vehicle Regulations: 欧州諸国を中心に、日本、韓国、オーストラリアなども加盟)では、ロービームで2000ルーメン以上の光束を持つ前照灯に対して洗浄装置を装備することを義務付けている。基本的に全てのHIDランプと、一部のハロゲンランプが該当する。
追加の補助灯としてフォグランプが一般的だがドライビングランプ、スポットランプ、コーナリングランプ等も存在する。
また、前照灯と区別するために、車内だとしても前方から見える位置に光源を設置することは禁止されている。ラリーなどの競技用車両が装備している追加の前照灯も、公道で点灯して運転すると法令違反となる。
車幅灯についてはメーカーや時代によって様々な呼称があり、クリアランスランプ、フロントコーナーマーカーランプ、スモールランプ、ポジションランプなどがある。ヘッドランプユニットの内部に設置され、ヘッドライト点灯中は光っていても見えなくなるものもある。
歴史
自動車初期の前照灯は、石油やアセチレンガスを燃料として使用しており、アセチレンランプが主に使用された。1908年に発売されたフォード・モデルTでもアセチレンまたは石油ランプが採用されていた。電灯を利用した前照灯は1898年のElectric Vehicle Companyによるコロンビア電気自動車にオプション設定されていた。しかしながら、当初の電気式前照灯はフィラメントの寿命の短さや、十分な電流を供給できる小型のダイナモの生産が困難なこともあり、すぐには普及しなかった[2][3]。1912年にキャデラックが、デルコ・エレクトロニクスのバッテリー式点火装置と電気式照明装置を統合した。1915年にはロービーム機能を持つ前照灯が登場したが、外から操作しなければならず、車の中から操作できるタイプは1917年にキャデラックが初搭載した。1924年に登場したBilux bulbにより1つのバルブでハイとローが切り替えられるようになった。1927年には足で操作するタイプのディマースイッチが登場し、標準となっていった。
北米では1984年までSAE規格のシールドビーム型前照灯が義務付けられていた。丸形・角形のそれぞれに2灯式・4灯式があるものの、自動車のデザインに制約を与えるものであった。これは、バルブ、反射鏡、レンズが一体(非分解式)となったガラス製の灯体で、どの地方のガソリンスタンドに行っても交換しやすいよう規格を絞り込んだためとされる[4]。
1980年代以降、自動車用にはハロゲンランプが多く使われているが、2000年頃から、フィラメントのないHIDランプ(メタルハライドランプ)を用いたものが増えた。この時期になると尾灯や方向指示器など、前照灯以外で徐々にLED化が進められていたが、2007年5月に発売されたレクサス・LS600hを皮切りにLEDを使用した前照灯も採用されるようになった。
その後、LEDのハイビームライトに比べ照射距離約2倍、光度約3倍の性能を持つレーザーヘッドライトが開発され、2014年にはアウディが米国・ラスベガスのCESにコンセプトカーを出展[5]、更にル・マン24時間レース向けのAudi R18 e-tron クワトロ[6]や市販車のBMW・i8[7]に搭載されている。
2010年代からは昼間点灯の義務化により、オートライトや常時点灯するデイタイム・ランニング・ライト(DRL)が普及している。
かつては自動車メーカーのアイデンティティはフロントグリルと前照灯で表現されることが多かったが、LED化によりデザインの自由度が増したことによりトヨタ自動車の『キーンルック』やボルボ・カーズの『トールハンマー』など前照灯の形状を前面に押し出したデザインや、DRLを装飾として利用したデザインもある。
日本
日本では自動車用ランプに関して「道路運送車両法の保安基準」が定められており、性能要件については「道路運送車両法の保安基準の細目を定める告示」 が規定されている[1]。「道路運送車両法の保安基準の細目を定める告示」には新規の自動車登録時に適用される基準(型式指定告示)と車検時に適用される基準(使用過程車告示)がある[1]。
車検の際の前照灯の照度や光軸などの検査は、2015年9月以降、従前は原則としてハイビームで行っていたものを、原則としてロービームで行うものと改められた(1998年8月31日以前の製作車はハイビームによる)[8]。
前照灯の光色は、かつて白または淡黄色とされていたが、2006年1月以降に登録された車両にあっては白色と決められている[9]。これ以外の色や、極端に高い、あるいは低い色温度の物を使用してはならない。一対もしくは二対がそれぞれ同じ色でなければならない。ただし、フォグランプに使用するバルブは白色以外でも構わない。
主に前照灯は夜間に点灯。薄暮時に人身事故が多発することから、早目の点灯を呼びかけるトワイライト運動も行われている。原動機付自転車および自動二輪車においては道路運送車両法により前照灯を消灯できない構造であることが定められ、1996年以降製造の車両は全て消灯できない構造となっている。常時消灯できるように改造されたものは違反となる。2020年4月以降に発売される新型車から順次、暗くなると自動的・強制的に前照灯が点灯する「オートライト」機能の搭載が義務付けられるようになった[10][11]。
かつてヘッドライトの形状は四角形や丸型で、バルブ交換のできないシールドビームとすることが一般的であったが、1990年式に入ると規格の自由化が広がり、徐々に姿を消した。
自動車用のバルブ形状は一般的なものだとH1、H4、H11、HB4、H8などだが、中にはIH01や9005Jという特殊な規格の採用例も存在する。ヘッドライトそのものの規格としてはシールドビーム、マルチリフレクター、プロジェクタータイプが挙げられる。
点灯のルールとマナー
自動車の前照灯には、通常、ロービームとハイビームが備えられている。法令上の名称は、ロービームが「すれ違い用前照灯」、ハイビームが「走行用前照灯」である。照射距離は、ロービームが前方40 m、ハイビームが前方100 m先まで届くことと法令により定められている。
夜間走行時は、原則としてハイビームを使用しなければならないが、他の車両と行き違うときや、他の車両の直後を進行する場合に他の車両の交通を妨げるおそれがあるときは、ロービームを使用することが法令で定められている(道路交通法第52条、道路交通法施行令第20条)。要するに、対向車、先行車がいるときだけロービームにするのが基本である[12][注 2]。灯火の操作[13]が適切でなかった場合、道路交通法第120条第8号により刑事罰の対象となる。
警察庁は教則において、交通量の多い市街地などを通行しているときを除き、歩行者などを少しでも早く発見するために上向きにすることを推奨しているが、対向車と行き違うときや、ほかの車の直後を通行しているときは、前照灯を減光するか、下向きに切り替えなければならないとしている[14]。NEXCO中日本もマナーガイドにおいて、道路状況や時間帯に応じて、ヘッドライトの向きをこまめに切り替えることを推奨している[15]。2015年には夜間に歩行者が車にはねられた死亡事故625件のうち約96 %に相当する527件はロービーム使用中であったと警察庁が発表した。この中にはハイビームの使用で事故を防止できた事例もあるとみられる[16]。
ロービーム、ハイビームの切り替えについては、煩わしさや切り替え忘れの問題があるため、メーカーによりハイビームを自動的に調整して夜間の視界を最大限に確保できる次世代型前照灯、明るさセンサーや光学式カメラなどを連動させ車両と周囲の状況を検知することで、常時ハイビームのままでも他車を眩惑せずに走行できる技術や、カメラで対向車や前走車のほか歩行者なども検知し、複数の配光の組み合わせで眩惑する部分の光だけをカットした上で、その周囲をハイビームで照射する技術も開発されている[17]。
高速道路においても、ハイビーム・ロービームの使い方は一般道と同様である。しかしながら、高速道路上におけるロービームの使用は一般道以上にリスクが大きい。ロービームの照射距離が40 mしかない一方で、高速走行時の停止距離が100 m程度必要になることから、ロービームで走行し続けた場合、危険を察知しても避けることが困難であるためである[18]。ロービームのまま走行中に、前方で起こった事故の存在に気づくのが遅れ、二次衝突を起こし第二当事者となった場合に、民事上の損害賠償責任が認められた例がある[19]。
- 点灯のタイミング
日本では自動車の前照灯は日没後から点灯させることが道路交通法で義務となっているが、それ以前のうす暗くなり始める時間帯からロービームを使用させることが推奨される[20]。日中の明るい時間に前照灯を点灯させて走行することには何も制限は無い。
日没前後の高齢者が歩行中に死亡事故に巻き込まれる例が多発していることから、国土交通省は2020年4月以降、暗くなると自動的に前照灯が点灯する「オートライト」を新型の乗用車への搭載のメーカーへの義務付けを決めた。明るさが1000ルクス未満になると、自動的にライトが点灯し、走行中は運転者が消すことはできない[16]。
欧州
EU(欧州連合)では国連で制定されるECE規則とは別にEU域内の自動車及び自動車部品の認証の相互承認のためEEC指令(EEC Directive)が制定されている[1]。しかし、EEC指令よりもECE規則が先行しているためECE規則の認証を取得するのが一般的となっている[1]。
米国
米国の自動車ランプの法規には米国運輸省内の機関であるNHTSA(National Highway Traffic Safety Administration)で制定される「FMVSS No.108(Federal Motor Vehicle Safety Standard No.108)」がある[1]。
保安基準に関しては業界団体のSAE(Society of Automotive Engineers,Inc.)が制定したSAE規格(SAE Standard)」がある[1]。
自動車用前照灯に搭載される主な技術
自動車の前照灯は、夜間の交通事故リスクに大きく関わる部品であることから、時代によって技術進歩に伴う変化が特に大きい部品でもある。
- 周囲の明るさを検知して自動点灯
- 車両の沈み込みを検知して上下角度を自動調整
- カーブ等で進行方向から横方向に照射角度を変化させる
- 対向車輛を検知して照度や射線を変化させる
- 日光などによる腐食の防止
- 突発的なレンズの汚れを除去する装置
- 衝突時に歩行者等への傷害を軽減する機構
注釈
出典
- ^ a b c d e f g h 植木雅哉、「自動車用ランプについて」 照明学会誌、2002年 86巻 12号 p.886-891, doi:10.2150/jieij1980.86.12_886
- ^ Georgano, G. N. (2002). Cars: Early and Vintage, 1886–1930 (A World of Wheels Series). Mason Crest. ISBN 978-1-59084-491-5
- ^ Walker, Richard (1999). The Eventful Century. Reader's Digest. ISBN 0-276-42259-7
- ^ “前照灯は“機能”それとも“装飾”? 前編【CAR STYLING VIEWS 02】”. clicccar (2011年5月7日). 2013年8月6日閲覧。
- ^ "World premiere at 2014 CES in Las Vegas: The Audi Sport quattro laserlight concept car" (Press release). Audi of America, Inc. 30 January 2014.
- ^ 『Audi、ル・マン24時間レース出場マシンにレーザーライトを搭載』(プレスリリース)アウディ ジャパン 株式会社、2014年1月30日 。
- ^ “デザイン:i8”. ビー・エム・ダブリュー株式会社. 2014年1月30日閲覧。
- ^ 自動車検査法人平成27年1月「前照灯試験機の選択について」[1] (PDF) 2016年1月15日閲覧
- ^ HALOGEN BULB SUPER J BEAM DEEP YELLOW 2400K(IPF):交換用イエローバルブ。製品に関する注意として、2006年式以降の車両のヘッドランプには使用できないと明言されている。
- ^ 『道路運送車両の保安基準等の一部を改正する省令等について』(pdf)(プレスリリース)国土交通省 。2020年4月26日閲覧。
- ^ “【2020年4月法改正の落とし穴】信号待ちの「思いやり消灯」が違反になるのか!??”. ベストカーWeb (2019年12月27日). 2020年4月26日閲覧。
- ^ JAF Mate 2007年11月号「ロービームだけで走る危険」より
- ^ GT. “【信号待ちのヘッドライト消灯】違反?良くない?反論します!”. 車に乗って出掛けよう!. 2020年6月7日閲覧。
- ^ 交通の方法に関する教則及び交通安全教育指針の一部改正について(平成29年3月12日から施行) 警察庁 (PDF)
- ^ 高速道路 マナーガイド 上向き・下向き いまどっち? NEXCO中日本
- ^ a b 日テレニュース - 「ハイビームは…」その遠慮が死亡事故に 2016年9月28日 20:06
- ^ JAF クルマ何でも質問箱 - 夜間走行時のヘッドライトはハイビームが基本?
- ^ 高速道路での前照灯はハイビームが基本 シンク出版
- ^ 上向きライトの重要性に気づかせよう シンク出版 (例示の判例では、最初に事故を起こした運転手とロービームで走行していた後続車の運転手の双方に不真正連帯責任が認められ、2人あわせて3億4千万円の賠償が命じられた)
- ^ 前照灯(ヘッドライト)の点灯タイミングについて教えてJAF クルマ何でも質問箱
- ^ 福原俊一『ビジネス特急〈こだま〉を走らせた男たち』(初版)JTB、2003年11月1日、p.67頁。ISBN 4-533-05011-5。
- ^ “Visibility Requirements for Trains” (PDF) (2004年6月). 2014年5月16日閲覧。
- ^ “別紙|交通安全”. 東京都 (2018年10月30日). 2022年3月24日閲覧。
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