冪乗 一般化

冪乗

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/23 07:50 UTC 版)

一般化

モノイドにおける冪

冪演算は任意のモノイドにおいて定義できる[16]。モノイドは単位元を持つ半群、すなわち適当な集合 X を台として合成あるいは乗法と呼ばれる二項演算が定義される代数系であって、その乗法が結合法則を満足し、かつ乗法単位元 1X を持つものを言う。モノイドにおける自然数冪は

として帰納的に定義することができる(先の式の右辺(の 1)は X の単位元、後の式の左辺の 1 は自然数の 1 で、当然だがこれらは互いに別のものである)。特に先の式(零乗すること)は「単位元を持つ」ことによって初めて意味を成す規約であることに注意すべきである(空積も参照のこと)。

モノイドの例には(の乗法モノイド)のような数学的に重要な多くの構造が含まれ、またより特定の例として行列環の場合について後述する。

行列および線型作用素の冪

正方行列 A に対して A 自身の n 個のを行列の冪と呼ぶ。また A0 は単位行列に等しいものと定義され[17]、さらに A が可逆ならば An ≔ (A−1)n と定義する。

行列の冪は離散力学系英語版の文脈でしばしば現れる。そこでは行列 A は適当な系の状態ベクトル x を次の状態 Ax へ遷移させることを表す[18]。これは例えばマルコフ連鎖の標準的な解釈である。これにより、A2x は二段階後の系の状態であり、以下同様に Anxn 段階後の系の状態と理解される。つまり行列の冪 An は現在と n 段階後の状態の間の遷移行列であって、行列の冪を計算することはこの力学系の発展を解くことに等しい。便宜上、多くの場合において行列の冪は固有値と固有ベクトルを用いて計算することができる。

行列を離れてより一般の線型作用素にも冪演算は定められる。例えば微分積分学における微分演算 d / dx は函数 f に作用して別の函数 df / dx = f' を与える線型作用素であり、この作用素の n-乗は n-階微分

である。これは線型作用素の離散的な冪の例であるが、作用素の連続的な冪が定義できたほうがよい場面が多く存在する。C0-半群の数学的理論はこのような事情を出発点としている[19]。離散冪指数に対する行列の冪の計算が離散力学系を解くことであったのと同様に、連続冪指数に対する作用素の冪の計算は連続力学系を解くことに等しい。そういった例として熱方程式シュレーディンガー方程式波動方程式あるいはもっとほかの時間発展を含む偏微分方程式を挙げることができる。このような冪演算の特別の場合として、微分演算の非整数乗は分数階微分と呼ばれ、分数階積分とともに、分数階微分積分学の基本演算の一つとなっている。

有限体における冪

は、四則演算が矛盾なく定義されそれらの馴染み深い性質が満足されるような代数的構造である。例えば実数全体は体を成す。複素数の全体、有理数の全体などもそうである。これら馴染み深い例が全て無限集合であるのと異なり、有限個の元しか持たない体も存在する。そのもっとも簡単な例が二元体 F2 = {0,1} で、加法は 0 + 1 = 1 + 0 = 1, 0 + 0 = 1 + 1 = 0 および乗法は 0  • 0 = 1  • 0 = 0  • 1 = 0, 1  • 1 = 1 で与えられる。

有限体における冪演算は公開鍵暗号に応用を持つ。例えばディフィー・ヘルマン鍵交換は、有限体における冪は計算量的にコストが掛からないのに対し、冪の逆である離散対数は計算量的にコストが掛かるという事実を用いている。

任意の有限体 F は、素数 p がただ一つ存在して、任意の xF に対して px = 0 が成り立つ(xp 個加えれば零になる)という性質を持つ。例えば二元体 F2 では p = 2 である。この素数 p はその体の標数と呼ばれる。F を標数 p の体として F の各元を p-乗する写像 f(x) = xp を考える。これは Fフロベニュース自己準同型と呼ばれる。新入生の夢英語版(幼稚な二項定理)とも呼ばれる等式 (x + y)p = xp + yp がこの体においては成り立つため、フロベニュース自己準同型が実際に体の自己準同型を与えるものであることが確認できる。フロベニュース自己準同型は F の素体上のガロワ群の生成元であるため数論において重要である。

抽象代数学における冪

冪指数が整数であるような冪演算は抽象代数学における極めて一般の構造に対して定義することができる。

集合 X は乗法的に書かれた冪結合的英語版二項演算を持つもの:

とするとき、任意の xX と任意の自然数 n に対して冪 xn は、xn 個のコピーの積を表すものとして

のように帰納的に定義される。これは以下のような性質

を満足する。さらに、考えている演算が両側単位元 1 を持つ:

ならば x0 は任意の x に対して 1 に等しいものと定義する。[要出典]

さらにまた演算が両側逆元を持ち、なおかつ結合的

ならばマグマ Xを成す。このとき x の逆元を x−1 と書けば、冪演算に関する通常の規則

はすべて満足される。また(例えばアーベル群のように)乗法演算が可換ならば

も満足される。(アーベル群が通常そうであるように)二項演算を加法的に書くならば、「冪演算は累乗(反復乗法)である」という主張は「乗法は累加(反復加法)である」という主張に引き写され、各指数法則は対応する乗法法則に引き写される。

一つの集合上に複数の冪結合的に項演算が定義されるときには、各演算に関して反復による冪演算を考えることができるから、どれに関する冪かを明示するために上付き添字に反復したい演算を表す記号を併置する方法がよく用いられる。つまり演算 および # が定義されるとき、xn と書けば x ∗ ⋯ ∗ x を意味し、x#n と書けば x # ⋯ # x を意味するという具合である。

上付き添字記法は、特に群論において、共軛変換を表すのにも用いられる(即ち、g, h を適当な群の元として gh = h−1gh)。この共軛変換は指数法則と同様の性質を一部満足するけれども、これはいかなる意味においても反復乗法としての冪演算の例ではない。カンドルはこれら共軛変換の性質が中心的な役割を果たす代数的構造である。

集合の冪

デカルト冪

自然数 n と任意の集合 A に対して、式 An はしばしば A の元からなる順序 n-全体の成す集合を表すのに用いられる。これは An は集合 {0, 1, 2, …, n−1} から集合 A への写像全体の成す集合であると言っても同じことである(n-組 (a0, a1, a2, …, an−1)iai へ送る写像を表す)。

無限基数 κ と集合 A に対しても、記号 Aκ は濃度 κ の集合から A への写像全体の成す集合を表すのに用いられる。基数の冪との区別のために κA と書くこともある。

反復直和

一般化された冪は、複数の集合上で定義される演算や追加の構造を持つ集合に対しても定義することができる。例えば、線型代数学において勝手な添字集合上でのベクトル空間直和を考えることができる。つまり Vi をベクトル空間として

を考えるとき、任意の i について Vi = V とすれば得られる直和を冪記法を用いて VN あるいは直和の意味であることが明らかならば単に VN のように書くことができる。ここで再び集合 N を基数 n で取り替えれば Vn を得る(濃度 n を持つ特定の標準的な集合を選ぶことなしに、これは同型を除いてのみ定義される)。V として実数体 R を(それ自身の上のベクトル空間と見て)とれば、n を適当な自然数として線型代数学でもっともよく調べられる実ベクトル空間 Rn を得る。

配置集合

冪演算の底を集合とするとき、何も断りがなければ冪演算はデカルト積である。複数の集合のデカルト積は n-組を与え、n-組は適当な濃度を持つ集合上で定義された写像として表すことができるのだから、この場合冪 SN は単に N から S への写像全体の成す集合

である。この定義は |SN| = |S||N| が満たされるという意味で基数の冪と整合する。ただし |X|X の濃度を表す。"2" を集合 {0, 1} として定義すれば |2X| = 2|X| が得られる。ここに 2XX冪集合であり、普通は 𝒫(X) などで表される。

圏論における冪対象

デカルト閉圏において、任意の対象に対して別の任意の対象を冪指数とする冪演算を冪対象によって与えることができる。集合の圏における冪対象は配置集合であるから、これはその一般化になっている。考えている圏に始対象 0 が存在するならば、冪対象 00 は任意の終対象 1 に同型である。

順序数・基数の冪

集合論では基数順序数の冪演算も定義される。

基数 κ, λ に対して冪 κλ は基数 λ の任意の集合から基数 κ の任意の集合への写像全体の成す集合の基数を表す[20]κ, λ がともに有限ならばこれは通常の算術的な(つまり自然数の)冪演算と一致する(たとえば、二元集合から元を取って得られる三つ組全体の成す集合の基数は 8 = 23 で与えられる)。基数の算術において κ0 は常に(特に κ が無限基数や 0 であるときでさえ)1 である。

基数の冪は順序数の冪とは異なる。後者は超限帰納法を含む過程の極限として定義される。

反復冪

自然数冪が乗法の反復として考えられたことと同様に、冪演算を繰り返す演算というものを定義することもできる。それをまた反復すれば別の演算が定義され、同様に繰り返してハイパー演算の概念を得る。このようにして得られるハイパー演算の列において、次の演算は前の演算に対して急速に増大する。


  1. ^ 単に「指数」と呼ぶ場合、"exponent" に限らず、(数学に限っても)種々の index を意味する場合も多く、文脈に注意を要する(たとえば部分群の指数)。また、(必ずしも冪指数のことでない)"exponent" の訳として冪数が用いられることもある(たとえば群の冪数)。
  2. ^ このような実函数の複素解析的延長は一意に定まる。
  3. ^ 乗算回数は、 を計算するのに 5 回、 に 3 回の、合計 8 回かかる。
  4. ^ この場合の乗算回数も、下位桁から計算するのと同じく合計 8 回かかる。





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