八丈島 歴史

八丈島

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/05 05:42 UTC 版)

歴史

考古学的には、縄文時代に人が住んでいたことが、湯浜遺跡や倉輪遺跡から確認されている[7]

律令制度においては、東海道駿河国に当初含まれていた。

平安時代伊豆大島流罪となった源為朝が渡来し、八丈小島で自害した伝説が残っている[注 1]。しかし、庶子であった二郎丸は生き延び、のちに源頼朝より戦での功績として八丈島を領地として賜り、それから約1,000年、源為朝の子孫が暮らし続けているといわれている。八丈島の公式な流人第一号は、1600年(慶長5年)関ヶ原の戦いに西軍石田三成方に属した宇喜多秀家である。

秀家の子孫は、秀家の正室であった豪姫の実家である加賀藩前田氏の援助を受けながら数家に分かれて存続し、明治維新後の1869年明治2年)に至ってようやく赦免された。赦免と同時に直系の者は島を離れ、板橋宿の加賀藩下屋敷跡に土地を与えられて移住した。数年後には島へ戻った子孫の家系が、現在も秀家の墓を守っている。

最後の流人(最後まで流刑状態にあった人物)は北方探検で知られる旗本近藤重蔵の嫡男、近藤富蔵である。1826年文政9年)に殺人を犯して八丈島に遠島となり50年以上もの間、島で流人としての日々を送った末、1880年(明治13年)にようやく明治政府により赦免された。近藤が流人生活の間に記した『八丈実記』(原字:八丈實記)は、島の研究の資料として東京都文化財に指定されている。しかしこの八丈実記には、検証してみると島に残されている他の資料との相違点がいくつもあり、島の歴史を語る資料としては不適切であると唱える者もいる[8]

また、吉村昭の『漂流』は、野村長平鳥島への漂着者を題材にした小説だが、彼らが青ヶ島を経由して生還した地が八丈島であり、5か村4000戸が地役人を中心に統治され、本土との連絡も緊密な様子が終盤に描写されている。

江戸時代には、たびたび飢饉にさらされ、特に明和年間の大飢饉では島全体で多くの餓死者が出たが、その中でも中之郷村内では実に733人の餓死者が発生、生き残ったのは400人足らずであった。この悲劇を伝える「明和飢饉餓死者冥福之碑」が中之郷地区に存在する。

1947年(昭和22年)7月、当時の都知事であった安井誠一郎が島内を視察。山羊の導入や開墾を伴う入植計画、サメ漁などの産業振興を提案。島は今に東京の宝島になるとして持ち上げた[9]

集落間で水争いや集落の境界の揉め事を竹槍で争う事件も起きた。この対立は明治時代以降も三根村と大賀郷村との間に遺恨として残り、第二次世界大戦後も高校(明治大学付属八丈島高等学校東京都立園芸高等学校八丈分校)の誘致や中学校の建設などで競合が起こった。1954年(昭和29年)、昭和の大合併の中、先行して三根村が八丈村へ合流すると、大賀郷村は最後まで合流に抵抗を示した[10]

戦後の八丈島は観光産業が発達し、1960年代には海外旅行(当時は沖縄も米軍統治下で海外渡航扱いであった)と比較して安価であることと温和な気候から、首都圏からの新婚旅行先としても人気が高かった。当時の八丈島は庶民の間で「日本のハワイ」と呼ばれていた。海外旅行の制限が廃止され、海外旅行が安価になり、本物のハワイが身近になり、沖縄も日本に返還された1970年代以降、観光客の入込数は減少傾向にある。ただし現在でも、観光が島にとって重要産業であることに変わりはない。島には廃墟化した当時の巨大ホテルが取り壊されずに残っており、当時の繁栄がうかがえる。

現在営業している主要なホテルとしては「リードパークリゾート八丈島」「八丈ビューホテル」「リゾート・シーピロス」、民宿として「船見荘」「ガーデン荘」などがある。釣り人用の宿として「アサギク」などもある。

1971年(昭和46年)、八丈富士を周回する都道(東京都道215号八丈循環線)の拡幅が、用地を地元が無償提供する条件で計画された。用地交渉にあたって地権者を調査すると1960年代のうちに土地の多くが売り払われており、400人の地権者の7割近くが島外者であったとの記録が残る[11]

1972年(昭和47年)、島外の業者の手によりストリップ劇場が建設され始めたことが発覚(建築確認の段階では把握できなかった)。島内では市民団体「八丈島の明るい環境を守る会」が、島外では「東京都地域婦人団体連盟」などが強い反対運動を展開。八丈町役場側も水道水の給水を拒否する条例案を準備して対抗した[12][13]

かつては映画館ゲームセンターなど多数の娯楽施設も存在した。現在もパチンコ店ボウリング場(八丈町コミュニティセンター内)、カラオケ店ゴルフ場などが細々と営業を続けているが、何れも本州と比較して古びており、スケールも小さいものばかりである。また、現代に至るまで全日食チェーンヤマト運輸を除いて、本州にあるような大手企業による店舗やサービスが一切無く、コンビニファストフードもない。そのため、夜間営業を行わない個人営業の店で買い物をするしかなく、深夜には買い物自体が出来ない状況となっている(島内基準で営業時間を長めに取りコンビニを自称する店は存在する)。大手企業によるサービスが無いため生活面で不便な反面、多くの店舗が島民による自営業として運営されている。

2020年(令和2年)、例年になく夏季の海水温が高い状態が続き、底土海水浴場を代表とするサンゴ礁が白化する事態が起きた。それから約半年の2021年(令和3年)5月現在、徐々に回復に向かっている様子が現地ダイバーによって確認されている。


注釈

  1. ^ 為朝の八丈島での自害については、『保元物語』に記述がみられる。

出典

  1. ^ 9.国内外の主な火山現象による津波観測記録一覧表、10.個別火山の津波発生要因に関する調査結果の詳細”. 原子力規制委員会. 2022年1月10日閲覧。
  2. ^ 気候:八丈町-気候グラフ、気温グラフ、雨温図, 水温八丈町 - Climate-Data.org”. ja.climate-data.org. 2020年9月27日閲覧。
  3. ^ 八丈島で降雪=東京から290キロ南 時事通信社(2018年1月26日)2018年1月26日閲覧
  4. ^ 50年前のハワイツアー、旅行代金はいくら? -海外渡航自由化50周年の歴史を読み解く(1)” (日本語). トラベルボイス. 2020年11月20日閲覧。
  5. ^ 平年値ダウンロード”. 気象庁. 2021年6月閲覧。
  6. ^ 観測史上1〜10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2021年6月閲覧。
  7. ^ 八丈町公式サイト
  8. ^ 始祖伝説 問われる真偽 原本にない丹那婆伝説”. 南海タイムス. 2021年6月17日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2020年9月15日閲覧。
  9. ^ 「いまに東京の宝島 安井都知事ら八丈島を視察」『朝日新聞』1947年(昭和22年)7月17日.2面
  10. ^ 「一つになれぬ八丈島 いがみあう二村 都も強硬手段か」『日本経済新聞』昭和30年1月31日
  11. ^ 「買い占められる八丈島 地価うなぎのぼり 道路改修もままならず」『朝日新聞』1972年(昭和47年)6月19日朝刊、24面
  12. ^ 「ストリップ汚染イヤ 劇場ができても給水はせんぞ」『朝日新聞』1972年(昭和47年)8月3日夕刊、9面
  13. ^ 東京地婦連60年のあゆみ(年表) (PDF)”. 東京都地域婦人団体連盟. 2020年9月6日閲覧。
  14. ^ 八丈町教育委員会編著『八丈町誌 改訂増補版』 (八丈町、1993年)257頁
  15. ^ 山田平右エ門 (2012年1月31日). 改訂版 八丈島の戦史. 郁朋社 
  16. ^ 八丈町教育委員会編著『八丈町誌 改訂増補版』 (八丈町、1993年)262-263頁
  17. ^ “運賃一覧(2005年4月1日~2005年9月30日搭乗分)” (PDF) (プレスリリース), 全日本空輸, https://www.ana.co.jp/pr/05-0103/pdf/05-010-2.pdf 
  18. ^ “運賃一覧(2005年10月1日~2006年3月31日搭乗分)” (PDF) (プレスリリース), 全日本空輸, https://www.ana.co.jp/pr/05-0709/pdf/05-104.pdf 
  19. ^ “2017年3月26日~2017年10月28日ご搭乗分 各種運賃一覧” (PDF) (プレスリリース), 全日本空輸, https://www.ana.co.jp/group/pr/pdf/20161222-2.pdf 
  20. ^ (PDF) 航空路旅客運賃の島民割引が始まります!, 東京都八丈町, http://www.town.hachijo.tokyo.jp/info/wp-content/uploads/2017/06/H290701.pdf 
  21. ^ 八丈島・青ヶ島へのアクセス,東京都総務局
  22. ^ 八丈島観光協会
  23. ^ 八丈島と、魔女の夏☆八丈島聖地巡礼においで! (1) 八丈島観光協会ブログ 2012年6月2日 2012年9月閲覧
  24. ^ 夏色キセキ☆八丈島聖地巡礼においで! (2) 八丈島観光協会ブログ 2012年6月11日 2012年9月閲覧






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