全斗煥 人物

全斗煥

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/10 05:02 UTC 版)

人物

  • 1968年1月21日青瓦台襲撃未遂事件が起きた際は、首都警備司令部の大隊長として、迫撃砲照明弾を打ち上げてソウル市内を昼のように照らし出した。後に生け捕りにされたゲリラの一人は、「迫撃砲と照明弾で、既に包囲されたと観念した」と話していた。
  • 1974年9月には、第一師団師団長として、北朝鮮が軍事休戦ラインを越えて掘り進んでいた南進トンネルを発見した。
  • 前述の通り、韓国の陸軍士官学校を卒業している事から、全斗煥は歴代の韓国の大統領では初めて、純粋な自国の教育を受けた経験がある人物となる(李承晩張勉はアメリカで、朴正煕崔圭夏は日本で教育を受けていた)。この事から全斗煥は、韓国の指導者としての正統性をアピールするために、「ハングル世代で、正規の士官学校を卒業した」という事をしばしば強調していた。
  • 全斗煥については、韓国のテレビドラマ『第5共和国』において、その集権過程から没落まで詳しく描かれている。
  • 国民への政治批判をかわす目的で、朴政権と異なって、娯楽には寛大な姿勢をとった。プロ野球の創設やソウルオリンピックの誘致、サッカー選手の育成。映画法改正による表現の自由の緩和と外国映画輸入やポルノ映画制作の解禁、観光業サービス業、特に性産業の許容などである。いずれも国民からは好評であったが、一方でスポーツ、映画(screen)、セックスの頭文字をとって3S政策と揶揄された。
  • 全斗煥は、朴正煕大統領の黙認のもと、陸士卒業生のうち主として嶺南出身の優秀な将校を糾合して私組織ハナフェ(一心会)も結成した。このハナフェ・メンバーは互いに気脈を通じて首都警備司令部、保安司令部、特戦司令部、大統領警護室、西部戦線の各師団など要職を仲間同士でたらい回しした[5]
  • 1988年11月24日付の公開謝罪文の一部は以下のようなものであった。『彼等(親族)はにわかに(私が)大統領になるや、初めの驚きと誇りが、時がたち周囲の誘惑がつづいて揺らぎはじめ、ついには色々な物議をかもすに至った。幼時に故郷を離れ、なにしろ大家族だったので、名前や顔さえ知らない多くの親戚たちのなかで問題を起こす人たちに「どうか自重してくれ」と何度もねんごろにお願いもし、取り締まりもした。・・・・多くの身内の者たちが刑事訴追を受けるほどに不正を犯し、国民の皆さまの怒りを買うようになったのは真に面目ないことだ。』以後、歴代の韓国大統領の失脚・退任時には、ほぼ同様の事案が起き続けている[39]
  • 2015年11月、アメリカは全一族の隠し財産を韓国に返還することで合意した。
  • 2002年の大統領選挙への立候補を模索していた朴槿恵(後に18代大統領)から支援要請を受けたものの、「朴氏に与えられた条件と能力では無理な欲であり、朴氏が大統領になることには成功するかもしれないが、『大統領の職』を成功裏に遂行するのは難しいと見込み、失敗すれば『父の朴正熙元大統領に恥をかかせる結果になるかもしれない』との懸念を伝えさせた」として、立候補を取りやめるよう求めたという[40]
  • 2020年6月、光州市の旧全羅南道道庁前に設置された「全斗煥の恥辱の銅像」(全斗煥の首に縄が掛けられ牢屋に押し込められている像)が市民らの襲撃を受けて激しく破損した[41]ほか、同年11月には清州市にある清南大学に設置されていた銅像(立像)の首が鋸で切りつけられるなど[42]、今なお反感の根強さが残る。

  1. ^ 이정훈 (2013年8月19日). ““우리는 세상과 싸울 힘도 의지도 없다””. 신동아. 2021年11月23日閲覧。
  2. ^ a b 김동호 (2021年11月23日). “전두환 전 대통령 연희동 자택서 사망” (朝鮮語). 연합뉴스. 2021年11月23日閲覧。
  3. ^ a b 張甲済『別冊宝島89 軍部!』 黄民基訳、JICC出版局、1989年、181頁
  4. ^ 英語版 en:9th Infantry Division (Republic of Korea)。猛虎師団、青龍師団などと共にビンディン省等攻撃と大量虐殺を行ったことで有名。
  5. ^ a b 池東旭『韓国大統領列伝』中公新書、2002年154頁。
  6. ^ ラングーンで爆弾テロ韓国閣僚ら犠牲 - NHK放送史
  7. ^ 韓国の全斗煥大統領が国賓として来日 - NHK放送史
  8. ^ “全斗煥元大統領、訪日前に日本に圧力…天皇、初めて過去の歴史に遺憾表明”. 中央日報. (2015年3月31日). http://japanese.joins.com/article/296/198296.html 2019年10月6日閲覧。 
  9. ^ “中曽根氏、中韓を仲介 外交文書で判明「希望伝えてと」”. 朝日新聞. (2017年12月26日). https://www.asahi.com/articles/ASKDN2G9XKDNUHBI002.html 2017年12月27日閲覧。 
  10. ^ a b “日朝貿易へ「用意ある」 中曽根首相、中国に提起 韓国の国交樹立要望伝達 86年会談、外交文書”. 日本経済新聞. (2017年12月20日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24847300Q7A221C1EAF000/ 2017年12月20日閲覧。 
  11. ^ 特別談話
  12. ^ MBCニュースデスク(朝鮮語)(1988年11月23日)
  13. ^ KBSニュース9(朝鮮語)(1995年12月3日)
  14. ^ MBCニュースデスク(朝鮮語)(1995年12月3日)
  15. ^ KBSニュース9(朝鮮語)(1996年8月26日)
  16. ^ MBCニュースデスク(朝鮮語)(1996年8月26日)
  17. ^ KBSニュース9(朝鮮語)(1997年12月22日)
  18. ^ MBCニュースデスク(朝鮮語)(1997年12月22日)
  19. ^ なお全斗煥は、全財産は29万ウォンしかないと主張している。
  20. ^ 全斗煥元大統領がアルツハイマー病で裁判に出廷できず 夫人が明らかに”. 産経新聞 (2018年8月27日). 2018年8月27日閲覧。
  21. ^ “社説 全斗煥氏はこれ以上遅れないよう光州の英霊の前にひざまずけ”. ハンギョレ. (2018年8月28日). http://japan.hani.co.kr/arti/opinion/31473.html 2018年8月29日閲覧。 
  22. ^ “팩트체크 재판 불출석 전두환, '알츠하이머 투병' 이후 행적 어땠나(ファクトチェック 裁判欠席全斗煥、「アルツハイマー病闘病」以後の行跡どうだったか)”. 聯合ニュース. (2018年8月28日). https://news.v.daum.net/v/20180828174300855 2018年8月29日閲覧。 
  23. ^ “'알츠하이머 불출석' 전두환에게 왜 분노하나(「アルツハイマーで欠席」全斗煥になぜ怒りしかないか)”. 世界日報. (2018年8月28日). https://news.v.daum.net/v/20180828071021257 2018年8月29日閲覧。 
  24. ^ “「アルツハイマーで裁判に行けない」とした全斗煥氏、ゴルフはしっかり打っていた”. ハンギョレ. (2019年1月16日). http://japan.hani.co.kr/arti/politics/32584.html 2019年1月17日閲覧。 
  25. ^ 全斗煥氏回顧録が出版・販売禁止 韓国・光州事件の映画好調 ”. 千葉日報 (2017年8月19日). 2019年3月11日閲覧。
  26. ^ 韓国の全斗煥氏が光州地裁に出廷”. 産経新聞 (2019年3月11日). 2019年3月11日閲覧。
  27. ^ “'골프, 12·12 오찬' 전두환 재판 불출석 허가 놓고 법정공방(「ゴルフ、12・12午餐」全斗煥裁判欠席許可めぐり法廷攻防)”. 聯合ニュース. (2019年12月16日). https://www.yna.co.kr/view/AKR20191216102151054?input=1195m 2019年12月17日閲覧。 
  28. ^ “全斗煥元大統領に有罪判決 光州事件めぐり名誉毀損―韓国”. 時事通信社. (2020年11月30日). https://www.jiji.com/sp/article?k=2020113000800&g=int 2020年11月30日閲覧。 
  29. ^ KBSニュース9(朝鮮語)(2021年11月23日)
  30. ^ MBCニュースデスク(朝鮮語)(2021年11月23日)
  31. ^ SBS8ニュース(朝鮮語)(2021年11月23日)
  32. ^ “韓国の全斗煥元大統領が死去 90歳、クーデターで実権”. 日本経済新聞. (2021年11月23日). https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM230NU0T21C21A1000000/ 
  33. ^ 【政界地獄耳】韓国元大統領・全斗煥死去 光州事件の真実、明かされぬまま”. 日刊スポーツ (2021年11月25日). 2021年11月25日閲覧。
  34. ^ “全斗煥氏死去 国葬も国立墓地埋葬もなし=光州事件などで反省示さず”. 聯合ニュース. (2021年11月23日). https://jp.yna.co.kr/view/AJP20211123004300882 2022年1月5日閲覧。 
  35. ^ 韓国併合
  36. ^ http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2017/01/18/2017011801825.html
  37. ^ a b 韓国元大統領「昭和天皇」に遺憾と反省求める…“植民地支配”「最大限強い言葉で反省を」 韓国外交文書で発覚 産経新聞(2015.3.30)web魚拓[リンク切れ]
  38. ^ a b http://ironna.jp/article/2232
  39. ^ 古田博司『朝鮮民族を読み解く 北と南に共通するもの』筑摩書房、1995年]
  40. ^ 全斗煥氏「朴槿恵氏に大統領職は困難と判断」=回顧録で語る - 聯合ニュース、2017年3月30日
  41. ^ 【写真】市民の殴打で破損した「全斗煥の恥辱の銅像」”. 中央日報 (2020年11月19日). 2020年11月19日閲覧。
  42. ^ 全斗煥元韓国大統領の銅像の首切断した50代、現行犯逮捕”. 中央日報 (2020年11月19日). 2020年11月19日閲覧。
  43. ^ 今日の歴史(3月20日) 聯合ニュース 2009/03/20


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