健康づくり
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健康づくりと関連する考え方
健康づくりをよりよく理解するために、関連する考え方のいくつかを紹介する。これらのいくつかは、健康づくりと直接の関連があるわけではないが、健康づくりを理解するうえで有用である。
健康の社会的決定要因
健康の社会的決定要因は、人々の健康を規定する経済的社会的状況である[14]。疾病は一般に、社会的経済的政治的環境的な状況に関連しており、これらへの取り組みを通して健康づくりを推進しようという働きかけがある。
健康の社会的決定要因が示唆するものは、個人の健康は、個人では管理できない状況に左右されている、ということである。これは世界保健機関による健康の定義にも合致する理念である。
1997年健康づくりを21世紀へと誘うジャカルタ宣言にて健康の決定要因の重要性が強調される[15]と、1998年マイケル・マーモットとリチャード・ウィルキンソンらによる知見の整理により、健康と社会とを結びつける現実的かつ政策的な概念として成熟した。
限りある資源
開発途上国においては、資源・医療資源の不足については、議論の余地はないであろう。健康づくりとは、医療資源の不足している、開発途上国に固有の課題であるという認識を、誤解であると強調するために、よく引用される。
健康づくりのためのオタワ憲章では、健康の前提条件の1つに持続可能な資源を挙げている。健康づくりのためのバンコク憲章健康づくりの戦略の1つに、健康の決定要因を管理するための持続可能な政策を挙げている。
医療反比例の法則
医療反比例の法則(en:Inverse care law)とは、医療の入手可能性(供給)とニーズ(需要)が反比例することを、法則として示した。医療反比例の法則は、医療が市場の力学にさらされると、最もよく機能する。医療の市場分布は社会から取り残され、原始的で時代遅れとなっており、その結果、医療資源の不適正配分が生じている[16]。
上流に注意を払え!
公衆衛生では、疾病の管理と対策において、水難事故と比較することで、どこに注意を払うべきかを考察することがある[17][18]。
ふと、流れの速い川の岸に立っていると、溺れている人の叫び声が聞こえてきました。そこで、私は川に飛び込み、彼に手を差し伸べ、岸まであげて、人工呼吸を施しました。溺れた人が息を吹き返すと、また助けを求める叫び声が聞こえてきました。再び、私は川に飛び込み、彼に手を差し伸べ、岸まであげて、人工呼吸を施しました。溺れた人が息を吹き返すと、また助けを求める叫び声が聞こえてきました。もちろん選択肢はありません。私は川に飛び込み、この繰り返しは果てしなく続きました。私は、川に飛び込み、彼らを岸にあげて、人工呼吸を施すだけで、精一杯でした。分かってください。 私には、上流に分け入って、どんな地獄が彼らを川に落としているのかを確認する時間なんてなかったのです。
この考え方のポイントは以下の2つである。
- 現在の医療は下流で努力している
- 本当の課題は上流にある
より具体的な表現として、以下の標語を好む人も多い[19]。
健康的な選択を、よりやさしい選択に[20]
またカナダ保健省は検証に基づいた選択が重要であり、上流であればよい、というのは妄信であるとしている[21]。
健康格差
健康格差は人種や民族、社会経済的地位による健康と医療の質の格差である[22]。
偶然や生物学的要因(年齢、性別、遺伝)による集団の健康のばらつきとの違いを強調して、「回避可能で不必要で不公平で不公正な健康のばらつきである」[23]とする定義もある。より積極的に偶然や生物学的要因との違いを強調して、「経済格差と健康格差は、税制、事業規制、福祉給付、医療財源といった課題において、社会によりなされた決定による結果である」[24]とする主張もある。
健康格差は、3つの領域から生じていることが認められている[25]。
- 疾病の発生頻度の格差
- 医療へのアクセス(近接)の格差
- 医療の質の格差
2000年の健康づくりのためのメキシコ声明では、国内と国際の両方における格差への取り組みの重要性が強調された[26]。
犠牲者非難
健康の社会的決定要因が明らかになるにつれ、疾病の原因は、個人のみにあるのではないということが明らかとなってきている。疾病を抱えた人々(犠牲者)を「疾病の原因のすべては、あなた自身にある」と責めることは、疾病による苦痛を軽減しないだけではなく、不当な非難による精神的な苦痛を上乗せすることとなる。犠牲者非難とは、このような観点から、限りある資源の浪費と疾病による苦痛の多層化を生むと考えられている。また、犠牲者非難は、新たなる疾病の発生頻度には、影響をもたらさない。
共通のリスク・ファクター手法
いくつかの蔓延している疾病(肥満、糖尿病、高血圧など)には、共通の原因などが関連している。この共通する原因を中心として、情報キャンペーンの展開や環境の整備を推進することで、健康づくりを実現する手法が、共通のリスク・ファクター手法である[27]。この手法を利用することで、たくさんの、そしてばらばらの支援活動における努力の重複や情報の矛盾を防ぎ、限りある資源を有効的に健康づくりへと生かすことができるとされる。また、このリスク・ファクターには、運動不足や喫煙、脂肪分が過剰で繊維質の不足した食習慣、身体の清潔といったものがあげられている。
健康の社会的決定要因が明らかになるにつれ、疾病ごとの対策ではなく、一元化した対策の重要性がよりいっそう強調されてきている。
協働
オタワ憲章にあるように、地域の関与は、健康づくりの基本的な要素である。保健課題の認識から変化を起こす方法まで、全ての面で、地域社会が中心となっていることが重要である。また、広く様々に横たわっている健康の社会的決定要因を認識し、それに焦点を絞り、協働することが、健康づくりの鍵となる要素である。社会の多くの部門、例えば、政府省庁、教育、農業、医療、ボランティア活動の全てが、健康に大きな影響を及ぼす。
ポピュレーション・アプローチ
疾病の発生が、母集団全体に分布する場合、重症は母集団の一部に集中し、軽症もしくは中等度の症状は母集団に幅広く発生することがある。実際にいくつかの疾病の重症度はこのように分布することが知られている[28]。このような疾病に対する取り組みとしては、その疾病になる可能性の高いと疑われうる一部の集団を選択し、その集団に予防手段を講じるという考え方(ターゲッティド・ポピュレーション・アプローチ)と、母集団全体に予防手段を講じるという考え方(ホール・ポピュレーション・アプローチ)が状況に応じて正当化されてきている。
健康づくりにおいては、母集団から幅広く発生する軽症もしくは中等度の症状の存在は、軽視できない、という状況から、ホール・ポピュレーション・アプローチにのっとり、対策が講じられることが多い。ただし資源が不足しているという状況から、ターゲッテド・ポピュレーションアプローチが選択されることもある。
ライフ・コース分析
ライフ・コース分析とは、健康における生物学的リスクが、人生を通して慢性疾病進行は経済的社会的心理的因子と互いに影響しているという、複雑な方法による分析を基礎としている。
健康と関連して人生には以下のような臨界期があるとされている[29]。
- 小学校から中学校への移行
- 学校の試験
- 労働市場への参加
- 親との別居
- 自宅の創設
- 親への移行
- 仕事の不安、変容、喪失
- 労働市場からの退場
ライフ・コース分析の視点は、社会的状況、そして人生を通した人々と環境との相互作用を強調する。
健康権
1980年代以降、健康と人権の関連が明らかになるにつれ、健康と人権のつながりは活動の分野を拡大する上で決定的に重要であると、考えられるようになってきている[30]。これにともない、国際法の下に健康と住みよい暮らしへの課題への最終的な責任と説明責任は国家が負う、というアプローチ[31]が注目を集めている。
経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(A規約)では、健康権は「達成できる最高水準の身体的精神的健康」であると説明されており、政府の義務は、健康の前提条件の整備と医療の提供の両方からなると理解される[32]。
以下は、A規約で健康権を説明するとされる第十二条である。
- この規約の締約国は、すべての者が到達可能な最高水準の身体及び精神の健康を享受する権利を有することを認める。
- この規約の締約国が1の権利の完全な実現を達成するためにとる措置には、次のことに必要な措置を含む。
日本弁護士連合会は、健康権について、憲法の基本的人権に由来し、すべての国民に等しく全面的に保障され、なにびともこれを侵害することができないものであり、本来、国・地方公共団体、さらには医師・医療機関等に対し積極的にその保障を主張することのできる権利である、としている[33]。
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- 1 健康づくりとは
- 2 健康づくりの概要
- 3 健康づくりと関連する考え方
- 4 身の回りにある健康づくりの実例
- 5 政策からの挑戦
- 6 出典
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