信越本線 歴史

信越本線

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/07/12 17:19 UTC 版)

歴史

高崎駅 - 直江津駅間は国(官設鉄道)によって開業した区間である。このうち高崎駅 - 軽井沢駅間は東京と大阪とを結ぶ「中山道幹線」の一部として建設されたものであり、軽井沢駅 - 直江津駅間はその資材運搬のために建設されたものであった。

碓氷峠を挟む横川駅 - 軽井沢駅間は、難所のため工事が遅れた。この区間が開業する前の5年間は、先行して開業していた碓氷馬車鉄道という馬鉄でこの区間を連絡していたこともあった。

日本海沿いの直江津駅 - 新潟駅(旧駅)間は私鉄の北越鉄道によって開業した。北越鉄道は1907年(明治40年)に国有化された。

東新潟港駅を出発する貨物列車(1986年8月)

貨物支線の上沼垂信号場 - 東新潟港駅 - 大形駅(廃止)間は新潟臨港開発(現在のリンコーコーポレーション)によって開業した。新潟臨港開発線は1941年(昭和16年)に国有化された。

年表

官設鉄道

1901年-1902年頃の磯部駅。右端に駅名標が見える。機関車は2120形
  • 1885年明治18年)10月15日:高崎駅 - 横川駅間が開業[23]。飯塚駅(現在の北高崎駅)、安中駅、磯部駅、松井田駅、横川駅が開業[23]
  • 1886年(明治19年)8月15日:直江津駅 - 関山駅間が開業[23]。直江津駅、高田駅、新井駅、関山駅が開業[23]
  • 1888年(明治21年)
    • 5月1日:関山駅 - 長野駅間が延伸開業[23]。田口駅(現在の妙高高原駅)、柏原駅(現在の黒姫駅)、牟礼駅、豊野駅、長野駅が開業[23]
    • 8月15日:長野駅 - 上田駅間が延伸開業[23]。篠ノ井駅、屋代駅、坂城駅、上田駅が開業[23]
    • 12月1日:上田駅 - 軽井沢駅間が延伸開業[23]。田中駅、小諸駅、御代田駅、軽井沢駅が開業[23]
  • 1893年(明治26年)4月1日:横川駅 - 軽井沢駅間が延伸開業して全通[24]。熊ノ平給水給炭所が開設。横川駅 - 丸山信号場、矢ヶ崎信号場 - 軽井沢駅間が複線化。
  • 1896年(明治29年)1月20日:大屋駅が開業[25]
  • 1898年(明治31年)9月1日:吉田駅(現在の北長野駅)が開業。
  • 1901年(明治34年)7月:丸山・矢ヶ崎の各信号所が開業。
  • 1906年(明治39年)10月1日:熊ノ平給水給炭所が駅に変更[25]

北越鉄道

  • 1897年(明治30年)
    • 5月13日北越鉄道春日新田駅 - 鉢崎駅(現在の米山駅)間を開業[25]。春日新田駅(現在の直江津駅 - 黒井駅間)、犀潟駅、潟町駅、柿崎駅、鉢崎駅が開業[25]
    • 8月1日:鉢崎駅 - 柏崎間が延伸開業し、柏崎駅が開業[25]
    • 11月20日:柏崎駅 - 北条間、沼垂駅 - 一ノ木戸駅(現在の東三条駅)間が開業[25]。北条駅、沼垂駅、亀田駅、新津駅、矢代田駅、加茂駅、一ノ木戸駅が開業[25]
      • 開業前の11月11日に沼垂で爆破事件が発生し、開業予定の11月16日から4日遅れて開業した[25]
  • 1898年(明治31年)
    • 6月16日:一ノ木戸駅 - 長岡駅間が延伸開業[25]。三条駅、帯織駅、見附駅、長岡駅が開業[25]
    • 12月27日:北条駅 - 長岡駅間が延伸開業して全通[25]。塚山駅、来迎寺駅、宮内駅が開業[25]
  • 1899年(明治32年)
  • 1901年(明治34年)9月1日:押切駅が開業[25]
  • 1902年(明治35年)
  • 1903年(明治36年)
  • 1904年(明治37年)
    • 4月1日:鯨波仮停車場が駅に変更。
    • 5月3日:沼垂駅 - 新潟駅(初代)間が延伸開業[25]。新潟駅(初代)が開業[25]
  • 1906年(明治39年)
    • 8月30日:春日新田駅が廃止。
    • 9月1日:黒井駅が貨物駅から一般駅に変更。

北越鉄道国有化後

開業当日の戸倉駅(1912年)
  • 1907年(明治40年)8月1日:北越鉄道が国有化[25]
  • 1909年(明治42年)
  • 1910年(明治43年)
  • 1911年(明治44年)
    • 5月1日:二本木駅が開業[26]。犀川信号所(現在の川中島駅)開設。
    • 7月1日:直江津駅 - 名立駅間の支線が開業[26]。郷津駅、谷浜駅、名立駅が開業[26]
  • 1912年(明治45年)
    • 2月11日:戸倉駅が開業[26]
    • 5月11日:横川駅 - 軽井沢駅間が電化(直流600V・第三軌条方式[26]
    • 9月2日:新津駅 - 新発田間の支線が開業[26]。水原駅、天王新田駅、新発田駅が開業。
    • 12月16日:名立駅 - 糸魚川駅間の支線が延伸開業[26]。筒石駅、能生駅、梶屋敷駅、糸魚川駅が開業。
  • 1913年大正2年)
    • 4月1日:直江津駅 - 糸魚川駅間が北陸本線として区間分離[26]
    • 6月1日:馬下駅 - 津川駅間の支線が延伸開業[26]。五十島駅、白崎駅、津川駅が開業。
    • 10月1日:古間信号所が開業[26]
  • 1914年(大正3年)
    • 6月1日:高崎駅 - 新潟駅・新津駅 - 津川駅間を信越本線とし、新津駅 - 新発田駅間が村上線として区間分離[26]
    • 11月1日:新津駅 - 津川駅間を岩越線として区間分離[26]
  • 1915年(大正4年)11月1日:城岡駅が開業[26]
  • 1917年(大正6年)
    • 7月20日:犀川信号所を駅に改め、川中島駅開業。
    • 9月4日:荻川信号場が開設[26]
    • 11月1日:篠ノ井駅 - 川中島駅間が複線化[26]
  • 1918年(大正7年)
    1918年(大正7年)3月7日に発生した熊ノ平駅列車脱線事故現場の様子
  • 1919年(大正8年)8月1日:飯塚駅が北高崎駅に改称。
  • 1920年(大正9年)
    • 6月1日:北塩尻駅が開業[26]
    • 8月1日:川中島駅 - 長野駅間が複線化[26]
  • 1921年(大正10年)
  • 1922年(大正11年)4月1日:丸山信号所、矢ヶ崎信号所、平原信号所、古間信号所がそれぞれ信号場に変更。犀川仮信号所が仮信号場に変更。
  • 1923年(大正12年)
    • 6月30日:犀川仮信号場が廃止。
    • 10月1日:滋野駅が開業[26]。追分仮停車場が信濃追分駅に変更・改称[26]
  • 1924年(大正13年)
  • 1926年(大正15年)
    • 8月15日:一ノ木戸駅が東三条駅に改称[26]
    • 11月20日:荻川信号場が駅に変更。
  • 1927年昭和2年)2月8日:昭和2年豪雪により10日間にわたり不通。直江津駅 - 長野駅間では多数の列車が閉じ込められ、救援に向かったロータリー車も埋没。高田に駐屯していた歩兵第30連隊などの協力を得て復旧[27]
  • 1928年(昭和3年)
  • 1929年(昭和4年)2月1日:直江津駅付近の荒川(関川)鉄橋上で除雪車と青森発大阪行の列車が正面衝突。乗員・乗客4人が死亡、10数名が重軽傷[28]
  • 1930年(昭和5年)4月1日:直江津駅 - 直江津港駅間(1.4km)の貨物支線が開業し、貨物駅として直江津港駅が開業[26]
  • 1931年(昭和6年)7月11日:長岡操車場が開業[29]。宮内駅 - 長岡駅間が複線化。
  • 1940年(昭和15年)10月23日:新潟臨港が新潟臨港開発と社名改称[29]
  • 1941年(昭和16年)
    • 7月24日:新潟臨港開発が新潟臨港駅 - 大形駅間の貨物線を開業[29]
    • 9月1日:上沼垂駅 - 新潟臨港駅 - 大形駅間が国有化、新潟臨港駅が東新潟港駅に改称[29]。東新潟港駅 - 大形駅間の貨物支線が廃止[29]。貨物駅として焼島駅が開業[29]
  • 1942年(昭和17年)4月1日:沼垂駅 - 新潟港駅間が開業し、新潟港駅が開業[29]
  • 1943年(昭和18年)
    • 9月1日:長鳥信号場が開設[29]
    • 9月20日:保内信号場が開設。
    • 9月22日:田上信号場が開設。
    • 9月28日:古津信号場が開設。
    • 11月1日:新潟駅 - 関屋駅間(4.6km)の貨物支線が開業[29]
  • 1944年(昭和19年)
    • 5月29日:東光寺信号場が開設[29]
    • 9月15日:田上信号場 - 矢代田駅間が複線化。
    • 9月18日:矢代田駅 - 古津信号場間が複線化。
    • 9月22日:加茂駅 - 羽生田駅間が複線化。
    • 9月24日:羽生田駅 - 田上信号場間が複線化。
    • 9月28日:見附駅 - 帯織駅、古津信号場 - 新津駅間が複線化。
    • 9月29日:城岡駅 - 押切駅間が複線化。
    • 9月30日苅谷田仮信号場が開設[29]。苅谷田仮信号場 - 見附駅間が複線化。
    • 時期不詳:田口駅 - 関山駅間の坂口新田トンネルが偏圧により急激な変状をきたし廃止。移設工事を実施していた並行する明かり区間へ変更[30]
  • 1945年(昭和20年)
    • 4月15日:押切駅 - 苅谷田仮信号場間が複線化。
    • 4月16日:苅谷田仮信号場が廃止。
    • 6月1日:越後岩塚駅が開業[29]
    • 10月30日:安茂里仮信号場が開設。
  • 1946年(昭和21年)
    • 11月27日:安茂里仮信号場が廃止。
    • 12月19日:妙高高原駅の北方、白田切川の増水で道床が流出。そこに上野駅発金沢駅行きの夜行列車がさしかかり脱線転覆。機関士など乗員4人を含む13人が死亡、80人が重軽傷[31]
  • 1947年(昭和22年)10月1日:宮内駅 - 長岡駅間が電化[29]
  • 1949年(昭和24年)
    • 5月28日:田上・古津の各信号場が駅に変更。
    • 8月1日:保内信号場が駅に変更。
  • 1950年(昭和25年)6月8日 - 12日:熊ノ平駅構内で土砂が数度にわたり崩落[29]。線路・宿舎などが埋まり、死者50名、重軽傷者21名。その後、6月20日に開通、6月23日に完全復旧(熊ノ平駅#大規模崩落事故(1950年)を参照)。
  • 1951年(昭和26年)
    新潟付近鉄道路線図
    赤色:在来線 青色:廃止・休止線
    緑色:新幹線
    橙色丸:旅客・貨物駅
    浅葱色丸:廃止・休止駅
    (2010年時点)
    • 3月1日?:上下浜・笠島の両仮乗降場が開業。
    • 4月5日:亀田駅 - 万代駅間の貨物支線が開業(1958年にこの貨物支線上に新潟駅が移転)、(貨)万代駅が開業[29]
    • 6月25日:新潟駅 - 関屋駅間の旅客営業が開始[29]
    • 7月20日:城岡駅が北長岡駅に改称。
    • 12月15日:新潟駅 - 関屋駅間が越後線に区間分離[29]
    • 12月26日:上沼垂信号場が操車場に変更。
  • 1952年(昭和27年)
    • 1月10日:平原信号場が駅に変更。
    • 7月1日:笠島仮乗降場が駅に変更[29]
    • 7月25日:上下浜仮乗降場が駅に変更[29]
  • 1953年(昭和28年)
    • 7月1日:東光寺信号場が駅に変更。
    • 12月15日:長鳥信号場が駅に変更[29]
  • 1955年(昭和30年)7月15日:北新井駅が開業[29]
  • 1956年(昭和31年)4月10日:沓掛駅が中軽井沢駅に、北塩尻駅が西上田駅に改称。
  • 1957年(昭和32年)
    • 4月1日:吉田駅が北長野駅に改称。
    • 10月1日:亀田駅 - 大形駅間の貨物支線が開業(実際の分岐は石山信号場)、石山信号場が開設[29]。上沼垂操車場が信号場に変更。
  • 1958年(昭和33年)
    • 1月8日:三才駅が開業[29]
    • 4月29日:新潟付近が現在のルートに変更[29]。現在地に新潟駅が開業[29]。新潟港駅が一般駅から貨物駅に変更[29]。上沼垂信号場 - 新潟(新)駅間が複線化[29]
    • 9月29日:亀田駅 - 上沼垂信号場間が複線化。
  • 1959年(昭和34年)9月1日:直江津駅 - 直江津港駅間の貨物支線が廃止。(貨)直江津港が廃止[29]
  • 1960年(昭和35年)
    • 3月10日:新津駅 - 亀田駅間が複線化。
    • 3月15日:土底浜駅が開業[32]
    • 11月1日:石山信号場が越後石山駅に変更・改称[32]
  • 1961年(昭和36年)
  • 1962年(昭和37年)
    • ?月?日:中宿信号場が開設。
    • 5月20日:長岡駅 - 新潟駅間および越後石山駅 - 新潟操車場間が電化
    • 7月15日:高崎駅 - 横川駅間が電化[32]
    • 8月28日:保内駅 - 加茂駅間が複線化。
    • 8月31日:東三条駅 - 保内駅間が複線化。
  • 1963年(昭和38年)
    • ?月?日:中宿信号場が廃止。
    • 6月21日:軽井沢駅 - 長野駅間が電化[32]
    • 7月15日:横川駅 - 軽井沢駅間(直流1500V)粘着運転開始[32]
    • 9月25日:帯織駅 - 東光寺駅間が複線化。
    • 9月28日:東光寺駅 - 三条駅間が複線化。
    • 9月29日:茨目・前川の各信号場が開設[32]
    • 9月30日:横川駅 - 軽井沢駅間のアプト式廃止[32]
  • 1964年(昭和39年)
    • 8月15日:前川信号場が駅に変更。
    • 9月26日:西塚山信号場が開設。西塚山信号場 - 塚山駅間が複線化。
    • 9月29日:竹鼻信号場が開設。柿崎駅 - 竹鼻信号場間が複線化。
    • 10月1日:上沼垂信号場 - 沼垂駅間が電化
    • 12月8日:茨目信号場が駅に変更。
  • 1965年(昭和40年)
    • 4月1日:西松井田駅が開業[32]
    • 6月29日:松井田駅 - 横川駅間が複線化。
    • 8月20日:新潟 -(貨)万代間の貨物支線が廃止[32]。(貨)万代駅が廃止[32]
    • 8月30日:三条駅 - 東三条駅間が複線化[32]
    • 9月21日:磯部駅 - 松井田駅間が複線化。
    • 9月27日:安中駅 - 磯部駅間が複線化。
  • 1966年(昭和41年)
    • 1月10日(貨)南長岡駅が開業。
    • 2月1日:熊ノ平駅が信号場に変更[32]
    • 7月2日:丸山信号場 - 矢ヶ崎信号場間が複線[32]化。丸山信号場と矢ヶ崎信号場が廃止[32]
    • 8月24日:長野駅 - 直江津間が電化[32]
  • 1967年(昭和42年)
  • 1968年(昭和43年)
    • 8月6日:黒井駅 - 犀潟駅間が複線化[43]
    • 8月20日:中軽井沢駅 - 信濃追分駅間が複線化。
    • 9月5日:高崎駅 - 北高崎駅間が複線化。
    • 9月6日:御代田駅 - 平原駅間が複線化。
    • 9月10日:信濃追分駅 - 御代田駅間が複線化[32]
    • 9月11日:米山駅 - 笠島駅間が複線化[44]
    • 9月12日:西上田駅 - 坂城駅間が複線化。
    • 9月19日:小諸駅 - 滋野駅間が複線化[45]
    • 9月24日:越後広田駅 - 長鳥駅間が複線化[46][47]
    • 9月26日:犀潟駅 - 潟町駅間が複線化[46]
    • 9月28日:塚山駅 - 越後岩塚駅間が複線化[46]
    • 10月1日:柏原駅が黒姫駅に改称。
  • 1969年(昭和44年)
    • 7月17日:鯨波駅 - 柏崎駅間が複線化[48]
    • 7月25日:青海川駅 - 鯨波駅間が複線化。
    • 7月30日:前川駅 - 宮内駅間が複線化[49]
    • 8月1日:越後岩塚駅 - 来迎寺駅間が複線化[50]
    • 8月24日:直江津駅 - 宮内駅間が電化[32]
    • 9月25日:上田駅 - 西上田駅間が複線化[51]
    • 10月1日:田口駅が妙高高原駅に改称。
  • 1970年(昭和45年)
    • 7月24日:田中駅 - 大屋駅間が複線化[52]
    • 9月10日:来迎寺駅 - 前川駅間が複線化[53]
    • 9月18日:滋野駅 - 田中駅間が複線化[54]
    • 9月27日:坂城駅 - 戸倉駅間が複線化。
  • 1971年(昭和46年)11月30日:上下浜駅 - 柿崎駅間が複線化[55]
  • 1972年(昭和47年)
    • 5月26日:北条駅 - 越後広田駅間が複線化[56]
    • 8月30日:潟町駅 - 上下浜駅間が複線化[57]
    • 9月6日:柏崎駅 - 茨目駅間が複線化[58]
    • 9月19日:安田駅 - 北条駅間が複線化[59]
    • 9月30日:大屋駅 - 上田駅間が複線化[60]
  • 1973年(昭和48年)
    • 8月28日:茨目駅 - 安田駅間が複線化[61]
    • 9月18日:直江津駅 - 黒井駅間が複線化[62]
    • 9月25日:竹鼻信号場 - 米山駅間が複線化[63]。竹鼻信号場が廃止。
    • 9月28日:長野駅 - 北長野駅間が複線化[64]
    • 10月25日:平原駅 - 小諸駅間が複線化[65]
  • 1975年(昭和50年)10月28日:熊ノ平信号場 - 横川駅間の上り線で機関車の単機回送列車(EF63・EF62形4連)が暴走・脱線(信越線軽井沢駅 - 横川駅間回送機関車脱線転落事故[66]
  • 1978年(昭和53年)
    • 5月18日:白田切川土石流災害により、妙高高原駅 - 関山駅間で被災[67][68]
      • これにより白田切川を暗渠で通していた築堤が崩壊。大船渡線北上川橋梁用として製作されていたトラス橋を新設の白田切川橋梁として架設し復旧[69]
    • 9月6日:妙高高原駅 - 関山駅間が復旧[70]
    • 9月26日:屋代駅 - 篠ノ井駅間が複線化[71]
  • 1980年(昭和55年)9月17日:黒姫駅 - 妙高高原駅間が複線化[72]
  • 1982年(昭和57年)
    • 6月29日:戸倉駅 - 屋代駅間が複線化[73]
    • 9月20日:白田切川河川改修に伴い線路付け替え、白田切川橋梁架け替え。
  • 1985年(昭和60年)
    • 3月5日:長岡操車場が廃止され、南長岡駅に統合。
    • 3月14日:安茂里駅が開業[74]
  • 1986年(昭和61年)
    • 10月20日:沼垂駅 - 新潟港駅間 (-1.4 km) が廃止[75]。新潟港駅が廃止[75]
    • 11月1日:上沼垂駅が信号場に変更[74]

民営化以降

  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い東日本旅客鉄道(JR東日本)が第一種鉄道事業者、日本貨物鉄道(JR貨物)が第一種・第二種鉄道事業者として承継[74]。安中駅 - 田中駅間(-62.0 km)および上沼垂信号場 - 新潟駅間(-1.8 km)の貨物営業が廃止。
  • 1991年平成3年)
    • 3月16日:さつき野駅が開業[74]
    • 10月1日:新津駅 - 新潟駅間でワンマン運転を開始[76]
  • 1995年(平成7年)
    • 7月11日:集中豪雨(7.11水害)のため、豊野駅 - 妙高高原駅間が運転見合わせ[77]
    • 7月17日:豊野駅 - 牟礼駅間が復旧[78]
    • 7月22日:護岸崩壊により豊野駅 - 牟礼駅間が再び不通[78]
    • 7月26日:黒姫駅 - 妙高高原駅間が復旧[79]
    • 8月2日:豊野駅 - 黒姫駅間が復旧[80]
  • 1997年(平成9年)10月1日:北陸新幹線高崎駅 - 長野駅間(長野新幹線)の開業により次のように変更[81]
    • 今井駅が開業。
    • 軽井沢駅と上田駅のJR東日本における所属が北陸新幹線に、小諸駅の所属駅が小海線に変更。
    • 横川駅 - 軽井沢駅[81](-11.2 km)、熊ノ平信号場が廃止(JR東日本管内における廃線は特定地方交通線の第三セクターへの転換を除けば1987年4月の同社発足以来初めて)。
    • 軽井沢駅 - 篠ノ井駅(-65.6 km)の第一種鉄道事業の廃止により、中軽井沢駅、信濃追分駅、御代田駅、平原駅、滋野駅、田中駅、大屋駅、西上田駅、坂城駅、戸倉駅、屋代駅が信越本線の駅としては廃止。同区間および各駅ともしなの鉄道に移管され、しなの鉄道線となる[81]。以降、軽井沢駅 - 篠ノ井駅については「しなの鉄道線#しなの鉄道移管後」を参照。
    • 長野駅 - 豊野駅間の飯山線直通の一部列車でワンマン運転開始。
  • 2002年(平成14年)
    • 6月1日:(貨)焼島駅 - (貨)東新潟港駅間が休止[74]
    • 12月1日:春日山駅を直江津寄り400 mの位置に移転新築[82]、交換設備廃止。
  • 2003年(平成15年)3月7日:黒姫駅 - 越後石山駅間CTC・PRC化[83][84]
  • 2004年(平成16年)11月27日:東三条駅 - 新潟駅間が新設の新潟近郊区間に組み込まれる。
  • 2006年(平成18年)1月21日:東三条駅 - 新潟駅間でICカード「Suica」の利用が可能となる(新潟エリア)。
  • 2008年(平成20年)3月15日:長岡駅 - 東三条駅間が新潟近郊区間に編入され、同区間でICカード「Suica」の利用が可能となる(新潟エリア)。
  • 2009年(平成21年)3月14日:高崎駅 - 横川駅間が東京近郊区間に編入され、同区間でICカード「Suica」の利用が可能となる(首都圏エリア)。
  • 2010年(平成22年)3月25日:上沼垂信号場 - (貨)沼垂駅間(-1.8 km)が廃止。沼垂駅が廃止。
  • 2013年(平成25年)3月16日:篠ノ井駅 - 長野駅間の一部列車でワンマン運転開始。
  • 2014年(平成26年)4月1日:直江津駅 - 長岡駅間が新潟近郊区間に編入。直江津駅・柏崎駅・宮内駅でICカード「Suica」の一部サービスが利用可能となる(新潟エリア)。
  • 2015年(平成27年)3月14日:北陸新幹線長野駅 - 金沢駅間の開業により次のように変更。
  • 2016年(平成28年)3月26日:直江津駅 - 長岡駅間で、一部の営業列車においてワンマン運転を開始[86]
  • 2017年(平成29年)4月1日:宮内駅 - 長岡駅間でICカード「Suica」の利用が可能となる(新潟エリア)。
  • 2025年令和7年)春(予定):篠ノ井駅 - 長野駅間でICカード「Suica」の利用が可能となる(首都圏エリア)[87]

優等列車の沿革

下記各項目に分散して記述

地震による影響

新潟県中越地震

2004年(平成16年)10月23日に発生した新潟県中越地震では柏崎駅 - 長岡駅間が大規模な損害を受け、この区間を通る全列車が運休していたが、同年11月29日に全線が復旧した。

新潟県中越沖地震

2007年(平成19年)7月16日に発生した新潟県中越沖地震では笠島駅 - 青海川駅間が大規模に被災したため、犀潟駅 - 宮内駅間の列車の運転が全面的に停止した。その後、JR東日本は新潟県と相互に協力して復旧作業を急ピッチで進め、不通区間を徐々に復旧開通させ、9月13日、残る不通区間であった柏崎駅 - 柿崎駅間も運転を再開し、新潟県中越沖地震発生より2か月足らずで全線の運転を再開させた。ただし、柏崎駅 - 柿崎駅間は運行再開後しばらくの間、徐行運転が行われた。

  • 7月16日:新潟県中越沖地震が発生し、黒姫駅 - 東三条駅間が不通。
  • 7月17日:黒姫駅 - 犀潟駅、宮内駅 - 東三条駅間で運転再開。特急「はくたか」運転再開。なお、直江津駅 - 犀潟間はほくほく線方面の列車のみ、宮内駅 - 長岡駅間は上越線方面の列車のみ。
  • 7月20日:直江津駅 - 柏崎駅間でバス代行輸送を開始(全便各駅停車)。
  • 7月21日:柏崎駅 - 長岡駅間でバス代行輸送を開始。直行便(柏崎駅 - 長岡駅間ノンストップ)と快速便(途中で安田駅・塚山駅・来迎寺駅・宮内駅に停車)、各駅停車便の3種類を運転。
  • 7月23日:犀潟駅 - 柿崎駅間で運転再開。ただし、直江津駅 - 柿崎駅間を走る列車は1日あたり普通列車11往復のみで全列車が臨時列車扱いで、1往復はバス代行を継続。柿崎駅 - 柏崎駅間でバス代行輸送。
  • 7月30日:柏崎駅 - 宮内駅間で運転再開。ただし、柏崎駅 - 長岡駅間を走る列車は1日あたり普通列車14往復のみで全列車が臨時列車扱い。快速「くびき野」1・6号が柏崎駅 - 新潟駅間で運転再開(ただし、柏崎駅 - 長岡駅間は各駅停車となる)。
  • 8月6日:直江津駅 - 柿崎駅 - 長岡駅間でバスの直行便を運転開始。直江津駅 - 柿崎駅間は国道8号、柿崎駅 - 長岡駅間は北陸自動車道(高速道路)経由で運転。
  • 8月10日:黒姫駅 - 直江津駅間、宮内駅 - 帯織駅間の速度規制を解除。これにより柏崎駅 - 長岡駅間は通常ダイヤでの運転に戻る。また快速「くびき野」2・5号が柏崎駅 - 新潟駅間で運転再開。「くびき野」1・6号の停車駅も通常に戻る。
  • 8月27日:柏崎駅 - 宮内駅間の速度規制を解除。
  • 9月1日:「くびき野」3・4号が柏崎駅 - 新潟駅間で運転再開。
  • 9月13日:柿崎駅 - 柏崎駅間で運転再開し全線復旧[88]。特急「北越」や各種夜行列車も運転再開(ただし、柿崎駅 - 柏崎駅間は当分の間、速度規制)。
  • 10月1日:柿崎駅 - 柏崎駅間の速度制限を解除、ほぼ震災前の運行形態に戻る。

注釈

  1. ^ a b 新潟駅構内はATS-P形。
  2. ^ 2015年にしなの鉄道およびえちごトキめき鉄道へ移管された区間も同カラーであった。また、2015年(平成27年)から採用された長野支社の新路線図のみ、北陸新幹線の上越妙高駅以西(JR西日本の管轄区間)に同じ色が充てられているため、区別のために直江津駅以東も含めブラウンで表現されている。
  3. ^ 日本海ひすいライン糸魚川駅 - 梶屋敷駅間にデッドセクションがあり、交直流電車での運転が必要となるため。また、この列車のみグリーン車自由席が連結された。
  4. ^ 1970年代以降は新潟県内の主力車両で、2015年7月までは犀潟駅 - 宮内駅間の普通列車がすべて115系で運用されていたが、老朽化に伴うE129系への置き換えが進み2022年3月ダイヤ改正で運用終了[20][21]。E129系の導入前までは直江津駅 - 柏崎駅間でS・N編成、柏崎駅 - 新潟駅間ではこれに加えL編成が使用され2-7両編成で運用されていた[22]

出典

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