佐藤愛子 (作家) 佐藤愛子 (作家)の概要

佐藤愛子 (作家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/30 05:06 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
佐藤 愛子
(さとう あいこ)
誕生 (1923-11-05) 1923年11月5日(97歳)
大阪府大阪市
職業 小説家
言語 日本語
国籍 日本
最終学歴 甲南高等女学校卒業
ジャンル 小説
エッセイ
代表作 『ソクラテスの妻』(1963年)
『花はくれない――小説佐藤紅緑』(1967年)
『戦いすんで日が暮れて』(1969年)
『女優万里子』(1974年)
『血脈』(1989年-2000年)
主な受賞歴 直木賞(1969年)
女流文学賞(1979年)
菊池寛賞(2000年)
紫式部文学賞(2015年)
旭日小綬章(2017年)
配偶者 田畑麦彦
親族 佐藤紅緑(父)
サトウハチロー(異母兄)
大垣肇(異母兄)
杉山弘幸(娘婿)
テンプレートを表示

大阪市生まれ・西宮市育ち。小説家・佐藤紅緑と女優・三笠万里子の次女として出生。異母兄に詩人・サトウハチロー脚本家劇作家大垣肇。甲南高等女学校(現・甲南女子高等学校)卒業。

経歴

母親の三笠万里子
  • 1923年 - 11月5日(戸籍上は11月25日)佐藤洽六(紅緑)(50歳)・シナ(30歳)の次女として、大阪市住吉区帝塚山に出生。母・シナは元女優(芸名三笠万里子)。父は先妻はるを棄ててシナ(25歳)と再婚[2]
  • 1925年 - 兵庫県武庫郡鳴尾村(現西宮市)に転居。自ら「私の故郷」と呼んでいる[3]
  • 1931年 - 小学校時代、大衆小説の大家である父へ送られてくる雑誌の恋愛小説を読みふける。算術は苦手であった。
  • 1936年 - 4月、神戸の甲南高等女学校に入学。スポーツや演劇でクラスの人気者になる。自己嫌悪にも陥った。[4]
  • 1941年 - 3月、女学校卒業。兄サトウ・ハチローの家に寄寓する。雙葉学園英語科に入学するが3か月で中退。帰郷し7月肋膜炎で臥床。治癒した頃に戦争が勃発。
  • 1942年 - 防火演習や防空壕掘りなどをして、花嫁修業はせず無為に過ごす。
  • 1943年 - 12月、最初の夫となる病院長の長男、森川弘と見合い結婚し、岐阜県恵那市(旧大井町)で暮らす。「戦争だから、しようがないから結婚していた」という[5]。 森川は陸軍航空本部勤務のため、飛行場設営隊の主計将校として赴任、同地で約5カ月の新婚生活をおくる[6]
  • 1944年 - 11月、清水市(現静岡市清水区)の疎開中の実家で長男出産。
  • 1945年 - 夫の実家である大井町にて敗戦を迎える。「戦争が敗けて、これで自分もこの結婚を解消して、自分の好きな道に進めるんじゃないかということを考えた」という[5]。人手の多い病院で、穏やかな日々を過ごす。この年、次兄が被爆死。三兄がフィリッピンで戦死[7]
  • 1946年 - 復員した夫、長男とともに千葉県東葛飾郡田中村、現柏市で帰農生活に入る。軍隊在職中の腸疾患治療のための夫のモルヒネ中毒(依存症)に悩む。
  • 1947年 - 長女、夏を出産。
  • 1949年 - 父、紅緑死去。享年76。 夫のモルヒネ依存症は戦後も治癒せず。世田谷区上馬にて母と共に暮らすこととなる。母に勧められて田中村の生活を書いた小説を父に見せたところ、「面白い」と言われて文学を志す。父の紹介で加藤武雄に原稿を見てもらう。子供2人は婚家先の両親が引き取る[8]
  • 1950年 - 同人雑誌「文藝首都」に参加、北杜夫田畑麦彦なだいなだらがいた。同誌に処女作『青い果実』が発表され、同作で文芸首都賞受賞。
  • 1951年 - 別居中の夫、死去。同人誌に「西風の街」6月号に『宇津木氏の手記』を発表。同人誌仲間と渋谷、新宿を歩きまわる。仲間には後の結婚相手もいた[9]
  • 1952年 - 「冷焔」を発表。その後、しばらく文学への自信を喪失。
  • 1953年 - 母と衝突し、信州伊那谷の鉱泉に1か月滞在。田畑が訪れ、関西地方をともに旅をしたことが、結婚の契機となる。6月、実家を出、自立。聖路加国際病院で庶務課員、病院ハウスキーパーとして働き始める。
  • 1954年 - 『埋もれた土地』を「三田文学」に発表。
  • 1955年 - 12月、聖路加病院を退職。
  • 1956年 - 2度目の夫、田畑と結婚。披露宴が4月1日であったため、嘘だと思って来なかった客もいたともいう。田畑と暮らしていた渋谷区初台の家売却、母、世田谷区上馬の家売却。世田谷区太子堂にて、母と同居。新居は文学仲間のサロンとなった。[10]
  • 1957年 - 田畑、川上宗薫らと同人誌「半世界」を創刊。
  • 1959年 - 「三田文学」に作品掲載
  • 1960年 - 3月、田畑との間の長女響子出産。母との共同出資で自宅を新築。
  • 1962年 - 最初の著作『愛子』を刊行。 田畑、第1回文藝賞を受賞。 田畑の父が生前に東京急行電鉄の社長を務めていたことがきっかけで、産業教育教材販売会社「日本ソノサービスセンター」の設立、経営に参加。
  • 1963年度 - 上半期『ソクラテスの妻』で芥川賞候補。連続して下半期『二人の女』で芥川賞候補。
  • 1966年 - この頃からエッセイの注文が増える。
  • 1967年 - 12月、田畑の会社、倒産。夫の借金を背負う。倒産額は2億で、うち3500万円位、引き受ける[11]。債権者に追われ、原稿料が会社の債務返済に消えていく日々が続く。借金返済のために多数のジュニア小説を執筆。
  • 1968年 - 1月、「借金から身を守るための偽装離婚」という田畑の説得で離婚。
  • 1969年度上半期 - その体験を描いた『戦いすんで日が暮れて』で直木賞を受賞。波乱万丈の人生は、その後の自身の執筆活動にも活かされた。
  • 1972年 - 母、死去。享年78。
  • 1979年 - 4月、『幸福の絵』(新潮社)を刊行、女流文学賞を受賞。
  • 1980年 - 一人娘の響子とともに、タイインドエジプトギリシアイタリアイギリスへ23日間外国旅行。7月『奮闘旅行』、11月『娘と私のアホ旅行』を刊行。メス犬のチビを飼う。
  • 1984年 - 迷いイヌのタロを飼う。
  • 1988年 - 秋に響子がジュエリーデザイナー杉山弘幸と結婚。一人暮らしとなる。
  • 1989年 - 7月から『血脈』(第1部)が別冊文芸春秋に連載開始。
  • 1991年 - 孫、桃子が生まれる。
  • 1994年 - 娘と一緒に住むために2世帯住宅を新築。
  • 2014年 - 91歳で作家人生最後の作品と位置付けた長編小説『晩鐘』を刊行[12]

人物

  • 借金返済のためテレビ出演・全国講演を遂行して戦後の世相の乱れ等を厳しく批判するので父同様「憤怒の作家」と言われ「男性評論家」と呼ばれていた時期もある。小説のほかにも、身の回りの人物や事件をユーモラスに描いたエッセイを多数執筆。「娘と私」シリーズ等が知られている。
  • 父である紅緑をルーツに、自身も含めハチローら異母兄弟および子孫たちに伝わる「佐藤家の荒ぶる血」を纏めた大河小説『血脈』を十数年かけて執筆し話題になる。
  • 近年は自身の心霊体験に基づく著作も多い。

  1. ^ 「九十歳。何がめでたい」2016年、小学館、37頁。
  2. ^ 佐藤[1999:268]
  3. ^ 佐藤愛子「淡路島」(『文藝春秋』2007年5月号)
  4. ^ 佐藤[1999:269]
  5. ^ a b 北杜夫『マンボウ談話室』p.115(講談社、1977年)
  6. ^ 佐藤[1999:269]ここには別の市が書かれているが間違いである
  7. ^ 佐藤[1999:269]
  8. ^ 佐藤[1999:270]
  9. ^ 佐藤[1999:28]
  10. ^ 佐藤[1999:271]
  11. ^ 佐藤[2011:愛子の詰め合わせ 205]
  12. ^ a b “91歳・佐藤愛子さん「晩鐘」、紫式部文学賞に”. YOMIURI ONLINE. (2015年8月3日). http://www.yomiuri.co.jp/culture/20150803-OYT1T50151.html 2015年8月6日閲覧。 
  13. ^ 佐藤愛子著『私の遺言』
  14. ^ 佐藤愛子『マドリッドの春の雨』
  15. ^ 吉行淳之介『新面白半分対談』p.40-41(講談社1975年


「佐藤愛子 (作家)」の続きの解説一覧



英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「佐藤愛子 (作家)」の関連用語

佐藤愛子 (作家)のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



佐藤愛子 (作家)のページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの佐藤愛子 (作家) (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2021 GRAS Group, Inc.RSS