伊豆大島 概要

伊豆大島

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/06 04:17 UTC 版)

概要

伊豆大島は、伊豆・小笠原弧火山島である。島は水深300〜400mほどの海底からそびえる火山の陸上部分であり、海底部分まで含めると1,000m程度の高さの火山となる[4]。山頂部にはカルデラがあり、その中には中央火口丘三原山がある[4]。島の最高地点はこの三原山の標高758mの三原新山と呼ばれる高まりである。

伊豆大島の地形図
三原山を北西から。
山頂のカルデラ。中央右に中央火口丘の三原山。

側火山は確認できるものだけで80個以上存在[5]し、北北西-南南東方向に多く分布するため[5]、島はこの方向に伸びた形をしている[5]

比較的に活動的な火山であるため、数多くの噴火記録が残っているが、20世紀以降は1912年-1914年、1950年-1951年、1986年に中規模以上の噴火があった。

特に1986年の噴火では、高度16,000mもの噴煙柱を伴う割れ目噴火や、溶岩流が人口集中地区に迫るなどして全島民が避難した[6]。この3期間以外にもしばしば小規模な噴火を起こしており、1957年の噴火では死者が1名出ている。

2007年には日本の地質百選に選定、2010年には日本ジオパークに認定された。火山噴火予知連絡会によって火山防災のために監視・観測体制の充実等の必要がある火山にも選定されている[7]

火山活動

古期火山群

伊豆大島ができる前には岡田火山行者窟火山筆島火山があり北海岸から東海岸にかけて露出している。岡田火山は岡田港の西から乳ヶ崎にかけての海食岸に断続的に露出し主に玄武岩溶岩流火砕岩の成層構造とそれに貫入する岩脈からなる。行者窟(ぎょうじゃのいわや)火山は東部海食岸に露出する2・3枚の安山岩溶岩からなる。筆島火山は行者窟火山の南の海食岸に露出し、玄武岩溶岩流と火砕岩の互層とそれに貫入する多数の岩脈からなる。筆島は筆島火山の主火道内の強固な火道角礫岩が海食に耐えて残ったもの。これらの火山群は鮮新世末から更新世に活動したと考えられているが、詳しい活動年代はわかっていない。

伊豆大島火山

現在活動している伊豆大島火山は、古期火山群を覆って4万年前から5万年前に活動を開始したと考えられている。その時の堆積物は岡田から泉津にかけての海食崖に露出している凝灰角礫岩を主とする地層で玄武岩溶岩流を伴う。浅い海底でのマグマ水蒸気爆発による堆積物と考えられている。

成長を続けた伊豆大島火山は、およそ2万年前頃に現在とほぼ同じような陸上の火山活動に移行し、主に玄武岩質の火砕物、溶岩流の互層からなる成層火山体を形成した。島内南西部都道沿いの地層大切断面に見られる火砕物層は、約2万年間に堆積した主に降下スコリア火山灰からなる地層で、2万年前から現在まで100回以上の噴火活動が認められる。多くの側噴火も発生した。歌にも歌われた波浮港も9世紀に形成された側火山の一つである。側噴火はほぼ全て北北西-南南東方向の割れ目火口から噴出しており、伊豆大島が北北西-南南東方向に延びた形をしているのもそのためである。

約1700年前に噴火(S2.0噴火)に引き続いて山頂部で発生した大規模なマグマ水蒸気爆発により、現在山頂部に見られるカルデラ地形が作られたと考えられている。この時には低温の火砕流(火砕物密度流)が発生し、ほぼ全島を覆った。その後、少なくとも10回の大規模噴火(噴出量数億トン以上)が発生しており、西暦860年前後のN1.0噴火、1421年の応永(Y4.0)噴火、1552年の天文(Y3.0)噴火、1684年-1690年の天和(Y2.0)噴火、1777年-1792年の安永(Y1.0)噴火はマグマ噴出量が0.1 DRE km3を超える大規模な噴火であったと推定されている。[8]最近2万年間の平均マグマ噴出量は約1.6 DRE km3/千年となっている[9]

歴史噴火記録が十分残されている大規模噴火として、1777-78年の「安永の噴火」がある。1777年8月末にカルデラ内の山頂火口から噴火が始まり、火山毛、スコリアの降下があった。山頂噴火活動は比較的穏やかだったが、翌1778年2月末頃まで続いた。同年4月19日から激しい噴火が始まり、降下スコリアが厚く堆積し、溶岩の流出が起こった。この時の溶岩流は北東方向に細く流れ、泉津地区の波治加麻神社付近まで流れ下った。5月末頃には噴火は沈静化した。10月中旬頃から再び噴火が激しくなり、11月に再び溶岩の流出が起こった。この時の溶岩流は三原山南西方向にカルデラを超えて流れ下ったほか、やや遅れて北東方向にも流れ、現在の大島公園付近で海に達した。溶岩の流出などは年内には収まったが、1783年から大量の火山灰を噴出する活動が始まり、1792年まで噴火が続いた。この時に降り積もった火山灰の厚さは中腹で1m以上に達し、人家、家畜、農作物に大打撃を与えた。

明治以降の中規模噴火

明治以降の噴出量が数千万トンの中規模噴火として、1876-77年噴火、1912-14年噴火、1950-51年噴火がある。いずれも三原山山頂火口から比較的穏やかな溶岩噴泉ストロンボリ式噴火、溶岩流流出を起こす噴火だった。1876-77年噴火はナウマンによる噴火記載が行われるなど、明治以降の噴火は科学的な噴火観測記録が残されるようになった。これらの中規模噴火に引き続き、十数年にわたって小規模だがやや爆発的な噴火活動が続く傾向があり、1957年には火口近くの観光客が噴火に巻き込まれ1名死亡、53名が重軽傷を負っている。

1986-87年の噴火

三原山の竪坑状火孔。

1974年の噴火を最後に静穏な状態が続き、三原山火口内には直径約300mの竪坑状火孔があった。1980年頃から地磁気の減少などの変化が認められるようになった。1986年に入ると小規模な地震の群発が島周辺で発生するようになり、7月頃には地磁気の急減少、比抵抗値の減少、火山性微動の発生など、噴火兆候と考えられる現象が顕著に観測されるようになった。その一方でカルデラ内の水準測量では膨張ではなく沈降が観測されており、噴火は切迫していないとも考えられていた。11月12日になると三原山火口壁から噴気が始まり、15日17時25分に噴火(1986A火口)が開始したことが確認された。19日には三原山山腹を溶岩が流れ下り、カルデラ床に達した。20日には三原山火口からの溶岩の噴出はほぼ終わり、噴火は爆発的になって、衝撃波による光環現象が頻繁に観察された。21日14時頃からカルデラ北部で地震活動が活発化し、多数の開口割れ目が発見された。16時15分にカルデラ床北部から割れ目噴火(1986B火口)が始まった。溶岩噴泉の高さは1000m以上に達し、噴煙高度は1万mを超え、島内東部にスコリアが大量に降下した。また溶岩流がカルデラ内に流出した。続いて三原山山頂の1986A火口も噴火を再開した。17時46分にはカルデラ内噴火割れ目北西延長のカルデラ外山腹(1986C火口)で噴火が始まり、溶岩流が元町に向けて流下し始めた。島内北部、西部の住民は島内南部の波浮地区に避難を開始したが、地震活動が南東部に移動するとともに、波浮地区周辺で開口割れ目が発見されたため、再び元町に戻るなど混乱が起きた。最終的に住民全員の島外避難が行われ、帰島は約1ヶ月後になった。割れ目噴火は21時頃に沈静化し始め、翌22日朝にはほぼ終了した。23日には1986A火口での噴火も終了した。12月18日にも小規模な噴火が1986A火口で起きた。

1986年12月18日以降表面活動は沈静化していたが、1987年7月頃から山頂直下で地震が増加し、三原山火口内で旧竪坑状火孔縁の位置にリング状の噴気活動が活発化した。11月16日10時47分に大音響を伴って爆発的な噴火が起こり、火口内を埋めた巨大な溶岩片を火口周辺に吹き飛ばすとともに、リング状の噴気に沿って火口が30m陥没した。18日にも噴火を伴って再び陥没し、直径約300m、深さ約150mの竪坑状火孔が再現した。噴出量に比べて陥没量が大きく、また陥没に伴って地下マグマ溜りがわずかに膨らむ現象が観測されており、三原山山頂竪坑状火孔内を埋めたマグマが逆流(ドレインバック)したと考えられている。その後、火山ガスによる農作物被害が生じたほか、数回小規模な噴火があったが、1990年の噴火を最後に沈静化して現在に至っている。

1990年以降噴火は発生していないが、現在に至るまで山体の膨張が続いており、地下ではマグマの供給が続いていると考えられている。

気候

5月から8月にかけて南南西風が卓越風であり、それ以外は北東風が卓越風である。

大島町元町字家の上(大島特別地域気象観測所、標高74m)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C°F 20.9
(69.6)
21.0
(69.8)
22.2
(72)
25.5
(77.9)
28.4
(83.1)
32.3
(90.1)
34.3
(93.7)
35.9
(96.6)
33.7
(92.7)
29.7
(85.5)
24.8
(76.6)
23.1
(73.6)
35.9
(96.6)
平均最高気温 °C°F 11.0
(51.8)
11.6
(52.9)
14.2
(57.6)
18.2
(64.8)
21.9
(71.4)
24.3
(75.7)
27.8
(82)
29.5
(85.1)
26.7
(80.1)
22.0
(71.6)
17.8
(64)
13.4
(56.1)
19.9
(67.8)
日平均気温 °C°F 7.5
(45.5)
7.8
(46)
10.4
(50.7)
14.4
(57.9)
18.2
(64.8)
21.0
(69.8)
24.6
(76.3)
26.0
(78.8)
23.4
(74.1)
18.9
(66)
14.5
(58.1)
10.0
(50)
16.4
(61.5)
平均最低気温 °C°F 3.9
(39)
4.0
(39.2)
6.6
(43.9)
10.7
(51.3)
14.8
(58.6)
18.4
(65.1)
22.2
(72)
23.5
(74.3)
20.8
(69.4)
16.1
(61)
11.3
(52.3)
6.5
(43.7)
13.2
(55.8)
最低気温記録 °C°F −3.3
(26.1)
−4.0
(24.8)
−1.9
(28.6)
0.1
(32.2)
6.4
(43.5)
10.4
(50.7)
12.4
(54.3)
16.0
(60.8)
12.4
(54.3)
7.2
(45)
3.0
(37.4)
−3.0
(26.6)
−4.0
(24.8)
降水量 mm (inch) 137.3
(5.406)
146.0
(5.748)
238.4
(9.386)
247.4
(9.74)
256.5
(10.098)
328.8
(12.945)
255.9
(10.075)
191.7
(7.547)
341.3
(13.437)
405.2
(15.953)
192.8
(7.591)
117.6
(4.63)
2,858.9
(112.555)
平均降水日数 (≥0.5 mm) 8.0 8.6 13.0 12.0 11.7 13.7 11.3 9.7 12.9 13.1 10.8 8.4 133.2
湿度 64 66 70 74 79 85 87 86 83 79 74 68 76
平均月間日照時間 153.7 145.4 158.1 174.2 179.7 125.1 150.8 190.1 141.0 131.4 140.3 147.6 1,837.2
出典:気象庁 (平均値:1991年-2020年、極値:1938年-現在)[10][11]

注釈

  1. ^ 2006年に標高が改定された。

出典

  1. ^ 日本の主な山岳標高 - 国土地理院、2018年12月閲覧
  2. ^ a b 町勢データ:最新の人口・世帯数 - 大島町、2018年12月閲覧
  3. ^ 伊豆大島ってどんなところ? - 大島観光協会、2018年12月閲覧
  4. ^ a b 伊豆大島火山地質図: 伊豆大島火山の地質 - 産業技術総合研究所 地質総合センター、2018年12月閲覧
  5. ^ a b c 伊豆大島火山地質図: 伊豆大島火山の地質 - 産業技術総合研究所 地質総合センター、2018年12月閲覧
  6. ^ 伊豆大島火山地質図: 19世紀以降の活動 - 産業技術総合研究所 地質総合センター、2018年12月閲覧
  7. ^ 火山防災のために監視・観測体制の充実等の必要がある火山”. 気象庁. 2016年2月25日閲覧。
  8. ^ 58. 伊豆大島 気象庁, 2016-03-09閲覧。 (PDF)
  9. ^ 17)伊豆大島火山 産業技術総合研究所, 2016-03-09閲覧。 (PDF)
  10. ^ 平年値ダウンロード”. 気象庁. 2021年6月閲覧。
  11. ^ 観測史上1〜10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2021年6月閲覧。
  12. ^ 【山は博物館】それは戦時下だった(11)本土決戦目前 三原山に陣地毎日新聞』朝刊2019年2月6日(16面)2019年2月10日閲覧。
  13. ^ 戦史叢書『本土決戦準備』1、231頁、544頁。
  14. ^ “独立想定し「暫定憲法」 GHQ統治下で日本から分離の伊豆大島”. 朝日新聞: p. 1. (1997年1月7日) “伊豆大島の「暫定憲法」全文”. 『朝日新聞』: p. 30. (1997年1月7日) “自立への模索53日間、幻の伊豆大島共和国 「暫定憲法」全文発見”. 『朝日新聞』: p. 31. (1997年1月7日) 
  15. ^ 榎澤幸広 2013.
  16. ^ 1955年(昭和30年)4月1日厚生省告示第84号「国立公園法により東京都大島大島町等を準用区域に指定し伊豆七島国定公園と称する件」
  17. ^ 55年前の教訓生かせず 大島町長「認識不足だった」産経新聞』2013.10.17
  18. ^ 1964年(昭和39年)7月7日厚生省告示第318号「国立公園に関する件」
  19. ^ 1964年(昭和39年)7月7日厚生省告示第319号「国定公園に関する件」
  20. ^ 2013年10月台風26号に伴う伊豆大島の大雨土砂災害 防災科学技術研究所 水・土砂防災研究ユニット
  21. ^ 防災科研の火山観測施設で観測された伊豆大島の土砂災害に伴う震動 (PDF) 防災科学技術研究所
  22. ^ 平成25年台風第26号 東京都大島町関連の気象情報 気象庁
  23. ^ 伊豆大島火山博物館(伊豆大島ジオパーク)






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