今陽子 今陽子の概要

今陽子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/19 04:02 UTC 版)

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今 陽子
愛知県東海市の実家に近い入り江にて
基本情報
出生名 今津陽子
別名 ピンキー
生誕 (1951-11-01) 1951年11月1日(69歳)
出身地 日本 愛知県横須賀町(現:東海市
ジャンル ポップス
職業 歌手
担当楽器
活動期間 1967年 -
事務所 パオ
共同作業者 ピンキーとキラーズ
公式サイト

ホリプロ公式プロフィール

今陽子オフィシャルブログ
こん ようこ
今 陽子
プロフィール
愛称 ピンキー
生年月日 1951年11月1日
現年齢 69歳
出身地 日本愛知県
血液型 A型
公称サイズ(時期不明)
身長 / 体重 167 cm / kg
活動
デビュー 1967年
ジャンル 女優、歌手
モデル内容 一般
モデル: テンプレート - カテゴリ

略歴

金城学院中学校の先輩で宝塚歌劇団54期生の名鶴加代(右)と中日新聞1969年1月5日紙上で対談。名古屋市北区上飯田の料理店にて。

愛知県知多郡横須賀町(現:東海市)出身。父親は日本のPOP広告コンサルタントの嚆矢[1]として活躍した今津次朗(2009年死去)[2]。幼少期より洋楽に造詣を深める。

1964年、金城学院中学校に入学。1年生のときは宝塚歌劇団に憧れる。「男役をやりたい、那智わたるさんみたいになりたい、と真剣に考えたこともある」とのちに述べている[3]。2年生のときスカウトされ、東京へ移住。1966年いずみたくに師事。1967年、15歳でビクターレコードよりソロ歌手として「甘ったれたいの」でデビューしたが全く売れなかった。

1968年キングレコードに移籍し、ピンキーとキラーズを結成。同年7月20日に発売されたデビューシングル「恋の季節」が、240万枚という大ヒットとなった[4]

翌年発売の「涙の季節」も続いてオリコン1位を獲得。主演として映画「恋の季節」(1969年、松竹)も製作された。1972年ピンキーとキラーズからソロに転向。近年は歌手活動のほかにも女優業に進出し、ドラマ舞台などで活躍中。

1981年3月から1982年2月の間、ダンス、歌、英会話等の勉強のため、単身ニューヨークへ留学。ブロードウェイミンスコフ劇場で「SAYONARA」の主役オーディションを受け、合格するが、ミュージカルそのものが上演されず、出演には至らず。

1986年(35歳)、にっかつロマンポルノ『蕾の眺め』に主演し、全裸とセックスシーンを披露。

2011年11月には、ジャズアルバム「Love Seasons〜恋の季節たち〜」を発表。2012年7月には旭ジャズまつりにも出演。

近年Facebookを使用。「60歳からのフェイスブック」(マイナビ)という著書もある。

人物

  • ピンキーとキラーズ以前のソロ時代、CMソングを歌っていた。(三共ルルなど)
  • ピンキーとキラーズ以前のソロ時代、フジテレビ系ドラマ「グー・チョキ・パー」に出ていた。当時デカベビーの愛称で親しまれていた。
  • 映画「恋の季節」では主演としてクレジットとされているが、共演の奈美悦子のラブストーリーとして展開されており、ストーリー上の実質的主演は奈美。今は奈美の友人である歌手・ピンキーとしての出演。
  • 料理は全くしない。
  • 徳光和夫が有名人の結婚式の司会を初めて務めたのは今の結婚式(1973年)である。
  • 1973年に制定された太平洋クラブライオンズの球団歌『君こそライオンズ』の創唱者だった。一般公募による曲で、入選発表では歌唱指導も行い、球場内でも流されていたが、レコードとしては発売されず、更に翌1974年から西郷輝彦の歌唱のバージョンに切り替えられた(こちらはシングル盤として発売された)。
  • 後輩の和田アキ子とは50年来に渡る親友の間柄である。音無美紀子も40年来の親友である。
  • 若い頃からイケメン好きである。「イケメン会」という会をつくり、毎月1回ぐらいのペースで飲み会を開いている。男性は20代から40代のイケメン男性たちで、若い男性たちからエキスをもらっている。

注釈

  1. ^ 海洋博協会選定歌。
  2. ^ 歌:三橋美智也
  3. ^ フジテレビ系「さらば浪人」挿入歌。

出典

  1. ^ 役員名簿”. 一般社団法人 日本POPサミット協会(Japan POP Summit Association) (2015年). 2020年1月25日閲覧。 “創立 1996年2月 故今津次朗の呼び掛けにより、POP広告クリエイターのための協会として創立”
  2. ^ 立川青風(荒雄) (2009年2月7日). “今津次朗さん(今陽子さんの父)が亡くなっていた”. 青風ブログ. さがファンブログ. 2020年1月30日閲覧。
  3. ^ 『中日新聞』1969年1月5日付朝刊、中日サンデー版、24面、「楽しみな故郷の舞台 ピンキーと名鶴加代」。
  4. ^ 今自身が2010年7月1日のレディス4で「公の数字はそうだが、実際は倍近く売り上げがあった」とコメントしている。
  5. ^ https://www.horipro.co.jp/konyoko/ 過去の代表作


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