人民服 軍服と人民服

人民服

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/10/22 08:36 UTC 版)

軍服と人民服

中国人民解放軍では、1950年代から1980年代まで、人民服が基となっている軍装であった。文化大革命の頃の宣伝写真の人民解放軍の緑色の人民服と人民帽に赤い星の帽章と赤い襟章の服装は、一般的な人民服のイメージとして現在も定着している。

人民解放軍でも、開放政策や軍隊制度の近代化の影響から、1990年代より開襟式の軍装などに切り替わっているが、いまだに人民服型の軍装も使われている。またベトナム人民軍朝鮮人民軍においても、人民服型の軍装が使われているが、ベトナム人民軍でもドイモイ政策などの影響により、現在は開襟式の制服となっている。また中国との密接な関係にあったエンヴェル・ホッジャ独裁政権時代のアルバニア軍においても、中国人民解放軍とほぼ同じ人民服風の軍装を使用していた。

各国への影響

朝鮮人民軍の軍服(海軍大佐)
人民服を着用する金正日

朝鮮民主主義人民共和国

人民服発祥の地である中国国内で、一般大衆が人民服を着用する機会はほとんど無くなったが、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)では닫긴깃양복(閉襟洋服)という名で、1948年の建国から現在まで背広とともに成人男性(女性はチマチョゴリが多い)の正装または平服として広く着用されている。軍服などの各種制服も人民服状の物が現在でも多い。また襟の開いた開襟型の人民服(開襟洋服)も北朝鮮独自の服としてある。

北朝鮮の人民服は中国の中山装に基本的に酷似しているが、ポケットフラップは直線状でボタンが付かない物が主流でありまた金正日は胸ポケットがウェルト・ポケットのタイプの人民服を主に着用していた。

初代最高指導者の金日成は建国から1960年代までは人民服と背広の両方を着用していたが、1970年代から1980年代中頃までは人民服を着て公の場に姿を現すようになり、背広姿は見られなくなった。1984年に東欧諸国を歴訪した後は再び背広を着用するようになり、北朝鮮社会でも服装の自由が見られるようになった。1994年の死去と同時に製作された遺影「太陽像」や錦繍山太陽宮殿に安置されている遺体も背広姿である。

2011年の死去まで第2代最高指導者の地位にあった金正日1990年代までは主に人民服を着用していたが、徐々にカーキ色のジャンパー姿で登場するようになった。これは東ドイツの国家人民軍の制服をもとに、金正日自ら考案したものといわれる。友好国である中国やロシア連邦の元首と公式に会見する以外、晩年には人民服での登場は非常に少なくなった。金正日が着ていたジャンパー服も人民服の一種として北朝鮮の一般大衆の服として定着しており、ジャンパー服は男性だけでなく女性が着る事も多い服である。

一方、金正日の後継者である金正恩は、2010年9月以来、公式な場では黒地の人民服を愛用しており、北朝鮮の国家指導者の正装として定着している[20]金正恩の人民服は父の金正日の人民服と異なり、ポケットフラップは直線状であり北朝鮮の人民服では一般的なタイプであるが、一方でベントはサイドベンツタイプとなっている。2016年5月に開催された第7回朝鮮労働党大会では公式登場以来初めてとなる背広姿で全日程を通し[24]2017年9月に北朝鮮史上初となる最高指導者直々の声明を発表した際は灰色の人民服を着用し[25]、視察などで度々着ている[26][27]2018年年3月に最高指導者就任後初の外遊で訪れた中国の習近平と会見した際も黒地の人民服を着用していた[28]。ここでは人民服が「革命伝統の継承者」をあらわす記号として機能しているとみられている。

ベトナム民主共和国、ベトナム社会主義共和国

建国以来、中華人民共和国と政治的関係が緊密であったベトナム民主共和国(のちベトナム社会主義共和国)でも、「人民服」と同様の服が平服ないし正装[29]として使用された。

1970年代後半以降、中国との対立や、1980年代後半以降のドイモイ政策による生活の変化の影響もあって、次第に背広などに取って代わられるようになり、レ・ズアンファン・バン・ドンら「革命第一世代」が姿を消すのに伴い、政治指導者の正装としても用いられなくなった。

サブカルチャー、ファッション

これら中国と政治体制が共通する国々の服装だけでなく、「紅衛兵」の写真や映像とともに伝えられた人民服姿の人々のインパクトは、1960年代後半に、先進工業国第三世界において発生した反抗的なサブカルチャーの動きの中で、ライフスタイルのラディカルな変革を示す一種の「記号」となり、さらにはファッションやステージ衣装にも影響を与えた。




  1. ^ 女性は男性用と同じか、開襟式四つまたは三つボタンで胸ポケットが省かれたタイプのものを着用した。
  2. ^ 中国でミスコンがブーム、肌見せ「ご法度」から隔世の感(東方新報)” (日本語). Yahoo!ニュース. 2019年10月13日閲覧。
  3. ^ 黄能馥『中国服装史』中国旅游出版社 1995年 p.387
  4. ^ “1974年江青為全國女性設計的“國服”,一再降價百姓也不買爛在倉庫”. 掃文資訊. (2017年7月6日). https://hk.saowen.com/a/27ed01e7e3c6921ed29ccb4006e75e4bf05f654e4621635f4f12bc940619c22c 2019年7月14日閲覧。 
  5. ^ “江青在秦城监狱的生活:偷拿两个肉包当夜宵”. 鳳凰網. (2012年7月28日). http://news.ifeng.com/history/zhongguoxiandaishi/detail_2012_07/28/16373084_0.shtml 2019年7月14日閲覧。 
  6. ^ 「日本中に『江沢民石碑』を建てる『二階俊博』はどこの国の政治家か!」(『週刊新潮』2003年2月13日号)
  7. ^ 【影像纪录】华国锋总理参加日本天皇设的招待宴会 1980年”. Bilibili (2018年8月13日). 2019年10月22日閲覧。
  8. ^ 1980年华国锋访问日本 天皇裕仁携皇太子迎接”. 博訊新聞網 (2011年9月15日). 2019年10月22日閲覧。
  9. ^ 日前首相羽田爱穿中山装”. 中国国際放送 (2007年11月20日). 2018年4月19日閲覧。
  10. ^ 習近平主席夫妻がエリザベス女王主催の歓迎晩餐会に出席”. 人民網日本語版 (2015年10月21日). 2015年11月15日閲覧。
  11. ^ 習近平主席夫妻がベルギー国王主催の盛大な歓迎晩餐会に出席”. 人民網日本語版 (2015年4月1日). 2015年11月15日閲覧。
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  15. ^ “Chinese President Jiang Zemin waves during a massive 01 October 1999 national day parade in Beijing's Tiananmen Square celebrating the 50th anniversary of the People's Republic of China Pictures”. ゲッティイメージズ. http://www.gettyimages.co.jp/detail/ニュース写真/chinese-president-jiang-zemin-waves-during-a-massive-01-october-ニュース写真/182266229?#chinese-president-jiang-zemin-waves-during-a-massive-01-october-1999-picture-id182266229 2017年5月8日閲覧。 
  16. ^ 巨大人民服が浙江省に登場 バスト6.5メートル”. 中国網 (2011年9月15日). 2018年3月1日閲覧。
  17. ^ 日本の学生服が「人民服」のモデルだった… 北京でファッションショー”. 産経ニュース (2016年11月30日). 2019年7月15日閲覧。
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  21. ^ 程童一『开埠: 中国南京路150年』p.103、昆仑出版社、1996年
  22. ^ 陳炳聖『萬物簡史』、源樺、2007年、ISBN 986828421X
  23. ^ 「中山服」について知りたい。読み方も調べてほしい。 | レファレンス協同データベース 「佐々木は、いはゆる中山服が彼の考案であるところからも明らかなやうに‥」
  24. ^ “人民服ではなくスマートなスーツ…金正恩氏の服装一新に識者ら注目”. ロイター. (2018年1月2日). http://www.afpbb.com/articles/-/3157247 2018年1月8日閲覧。 
  25. ^ “罵倒の裏に米への恐怖 北、建国初の最高指導者声明 強硬措置「慎重に考慮」と逃げ道”. 産経ニュース. (2017年9月22日). http://www.sankei.com/smp/world/news/170922/wor1709220060-s1.html 
  26. ^ “金正恩氏「幹部らの働きぶり、駄目で深刻」視察先で批判”. 朝日新聞. (2019年6月1日). https://www.asahi.com/articles/ASM613G5SM61UHBI010.html 
  27. ^ “金正恩氏、建造中の潜水艦を視察 国営メディアが写真公開”. CNN. (2019年7月23日). https://www.cnn.co.jp/world/35140291.html 
  28. ^ “習近平総書記が金正恩委員長と北京で会談”. 人民網. (2018年3月28日). http://j.people.com.cn/n3/2018/0328/c94474-9442471.html 2018年4月19日閲覧。 
  29. ^ 背広(男性)、アオザイ(女性)と併用。
  30. ^ “老外经”心中的周恩来总理”. 中華人民共和国商務部 (2014年5月12日). 2018年6月28日閲覧。
  31. ^ 杨明伟; 陈扬勇. 周恩来外交风云. 解放军文艺出版社. 1995. ISBN 9787503306907. p.357
  32. ^ Dr. Kwame Nkrumah Visits Emperor Haile Selassie I”. RasTafari TV (2016年2月12日). 2018年6月28日閲覧。
  33. ^ Africa Liberation Day and the Struggle against Imperialism. The African Union in the 21st Century”. Global Research (2018年5月26日). 2018年6月28日閲覧。
  34. ^ Kaunda lauds Chinese role as 'force for good' in continent”. The Irish Times (2008年8月25日). 2018年7月15日閲覧。
  35. ^ Smith, William Edgett (1973). Nyerere of Tanzania. London: Victor Gollanz. p. 13.
  36. ^ 外務省『外交』Vol.17 153 頁
  37. ^ The Tragic State of the Congo: From Decolonization to Dictatorship, Jeanne M. Haskin, Algora Publishing, 2005, page 44


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