人民服 人民服の概要

人民服

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/12 14:48 UTC 版)

人民服

中山服(ちゅうざんふく)」とも呼ばれる。かつての中華人民共和国では、制服標準服とも言うべき物であった。後述のとおり、現在でも国慶節の式典の際に国家主席が着用することがある。

概要・沿革

人民服を着た孫中山(孫文

人民服は、立折襟で胸と裾に二つずつ貼り付け型のポケットをもった(ないものもある)前開き五つボタンの上衣[1] と、スラックスでセットになっている。作業着タイプでは頭には前つば付き帽子、いわゆる人民帽と呼ばれる帽子をかぶる。色はカーキなどさまざまであるが、いずれも無地である。ネクタイは用いない。孫文着用の物としては純白の物も存在し、現在は上海で保管されている。英語圏の呼称である「Mao suit」の"Mao"とは、毛沢東 (Mao Zedongのことである。

人民服は中国語で「中山装」と言うが、これは孫文(孫中山)が人民服の設計者であるからとも、孫文がこの服を国民党の礼服として制定したからとも、孫文が率先してこの服を着たからとも言われている。いずれにせよ人民服は中華民国で男子正装として用いられ、国民党の台湾撤退後にも引き続き着用されたが、1950年代末頃には蔣介石ら一部の首脳を除いて背広にとってかわられた。

人民服を着た蔣介石(左)と毛沢東(右)

一方、中国大陸(中華人民共和国)では、1978年の改革・開放政策が始まるまで、女性も男性と同じ人民服を着ており、公の場で肌を見せるのはご法度とされていた。改革・開放政策が始まって、外資企業が北京郊外に水着姿の女性の看板を掲げると、ずっと人だかりができていたというエピソードもある[2]。そのため、1980年代初めまで成人男性の全てが人民服を着用しており、多くの女性も着て男女兼用(ユニセックス)だった。江青は人民服に代わる婦人服を考案するも普及に失敗し[3][4]、江青自身も黒い人民服姿に戻ることとなった[5]鄧小平による改革開放路線が定着して以降は、鄧小平自身は引退まで人民服を着用したものの、胡耀邦ら新しい世代からは政治家も背広を一般的に着用している。現在ではほとんど過去のものとなっており、現在の中国で人民服を手に入れることは難しいといわれる[要出典]

燕尾服に相当する礼装として着用できる主に絹製で濃紺の物が「中山装」、主に木綿製で系の労働着タイプが「人民服」という形で中華人民共和国では分けて考える事が多く、「中山装」の方は今も北京上海百貨店等で購入可能であり、オーダーメイドを受けるテーラーも多く存在するが、「人民服」は廃れており、一部の共産党幹部や富裕層のみが着用するものとみなされている[要出典]。また、上下で色の揃っていない「青年装」という物も一時存在した。灰色の物も存在し、これはニクソン大統領の中国訪問でも知られるように、毛沢東が緑系の人民服とともによく着用し、天安門に掲げられている毛沢東の肖像画の物も灰色となっている。

1992年(平成4年)に中国共産党中央委員会総書記江沢民日本を訪問した際に天皇主催の宮中晩餐会において黒い中山装を着用して出席したことがあった。文藝春秋などはこの江の服装に「プロトコルに反する非礼な行為」と批判した[6]。しかし、1980年に中国の首相として初めて国賓として訪日した華国鋒も黒い中山装を着て、当時の昭和天皇主催の宮中晩餐会に出席している[7][8]。祖先が徐福秦氏の後裔とも伝わることから中山装(厳密には立襟マオカラースーツに近い)を愛用したことで知られる日本の羽田孜も天皇との謁見や宴会で中山装を着用していたと発言している[9]2014年3月31日のベルギー国王主催の晩餐会や2015年9月25日のアメリカ合衆国ホワイトハウスでの晩餐会、2015年10月21日のイギリス国王主催の晩餐会では、中華人民共和国主席党総書記)の習近平は中山装ではなく、立襟の黒いマオカラースーツを着ている[10][11][12]

人民服を着た習近平

2009年10月1日国慶節は中華人民共和国建国60周年であり、10年ぶりの軍事パレードやマスゲームを含む、それまでにない大規模な式典が天安門広場で催され、オープンカーに乗った党総書記・胡錦濤は普段の背広ではなく黒生地の人民服を着用していたが[13]1984年の軍事パレードでの鄧小平[14]1999年の軍事パレードでの江沢民[15] も黒地の人民服を着ており、これは慣例となっている。2011年には長さ4.3m、バスト6.5m、肩幅2.7m、袖丈3.54m、首回り2.46mの巨大な人民服(中山装)が辛亥革命100周年を記念して中華人民共和国の浙江省でつくられた[16]

2016年11月30日、孫文の生誕150周年を記念してコシノジュンコら日中のファッションデザイナーがデザインした新しい人民服を発表するファッションショーが北京の釣魚台国賓館で開催された[17][18]

人民服の設計者

この服装の設計者が誰かについては諸説あるが、一般的には孫文(孫中山)がこの服をデザインしたと考えられており、それゆえに中国では「中山装」と呼ばれている。孫文がデザインしたという説においては、孫文が日本留学中に日本の学生服日本陸軍軍服をモデルにデザインしたという説[19][20][21]、孫文が上海にいたころに軍装を改良してデザインしたという説[22] や、孫文がベトナムハノイにいたころに黄隆生(ハノイにおける興中会の中心人物で、洋服屋)とともにデザインしたという説[23] などがある。

孫文の軍事顧問だった日本陸軍軍人佐々木到一が考案したものであるという説もある。この説の出典は、国立国会図書館の調査によると『高見順全集 第14巻』p.450佐々木到一著「ある軍人の自伝」の書評とである[24]


  1. ^ 女性は男性用と同じか、開襟式四つまたは三つボタンで胸ポケットが省かれたタイプのものを着用した。
  2. ^ 中国でミスコンがブーム、肌見せ「ご法度」から隔世の感(東方新報)”. Yahoo!ニュース. 2019年10月13日閲覧。
  3. ^ 黄能馥『中国服装史』中国旅游出版社 1995年 p.387
  4. ^ “1974年江青為全國女性設計的“國服”,一再降價百姓也不買爛在倉庫”. 掃文資訊. (2017年7月6日). https://hk.saowen.com/a/27ed01e7e3c6921ed29ccb4006e75e4bf05f654e4621635f4f12bc940619c22c 2019年7月14日閲覧。 
  5. ^ “江青在秦城监狱的生活:偷拿两个肉包当夜宵”. 鳳凰網. (2012年7月28日). http://news.ifeng.com/history/zhongguoxiandaishi/detail_2012_07/28/16373084_0.shtml 2019年7月14日閲覧。 
  6. ^ 「日本中に『江沢民石碑』を建てる『二階俊博』はどこの国の政治家か!」(『週刊新潮』2003年2月13日号)
  7. ^ 【影像纪录】华国锋总理参加日本天皇设的招待宴会 1980年”. Bilibili (2018年8月13日). 2019年10月22日閲覧。
  8. ^ 1980年华国锋访问日本 天皇裕仁携皇太子迎接”. 博訊新聞網 (2011年9月15日). 2019年10月22日閲覧。
  9. ^ 日前首相羽田爱穿中山装”. 中国国際放送 (2007年11月20日). 2018年4月19日閲覧。
  10. ^ 習近平主席夫妻がエリザベス女王主催の歓迎晩餐会に出席”. 人民網日本語版 (2015年10月21日). 2015年11月15日閲覧。
  11. ^ 習近平主席夫妻がベルギー国王主催の盛大な歓迎晩餐会に出席”. 人民網日本語版 (2015年4月1日). 2015年11月15日閲覧。
  12. ^ Must China's leader wear a bow tie to the Queen's banquet?”. BBC (2015年9月25日). 2017年11月14日閲覧。
  13. ^ “Hu Jintao addresses National Day celebrations”. 新浪英語版. (2009年10月1日). http://english.sina.com/china/p/2009/0930/274734.html 2017年5月8日閲覧。 
  14. ^ “1984 National Day military parade”. チャイナデイリー. (2009年8月26日). http://www.chinadaily.com.cn/60th/2009-08/26/content_8619675.htm 2017年5月8日閲覧。 
  15. ^ “Chinese President Jiang Zemin waves during a massive 01 October 1999 national day parade in Beijing's Tiananmen Square celebrating the 50th anniversary of the People's Republic of China Pictures”. ゲッティイメージズ. http://www.gettyimages.co.jp/detail/ニュース写真/chinese-president-jiang-zemin-waves-during-a-massive-01-october-ニュース写真/182266229?#chinese-president-jiang-zemin-waves-during-a-massive-01-october-1999-picture-id182266229 2017年5月8日閲覧。 
  16. ^ 巨大人民服が浙江省に登場 バスト6.5メートル”. 中国網 (2011年9月15日). 2018年3月1日閲覧。
  17. ^ 日本の学生服が「人民服」のモデルだった… 北京でファッションショー”. 産経ニュース (2016年11月30日). 2019年7月15日閲覧。
  18. ^ 中日ファッションショーが北京で開催 人民服の新作発表”. 中国網 (2016年12月1日). 2019年7月15日閲覧。
  19. ^ 中央公論 1989年5月号p.341
  20. ^ a b zhang, rong. “習近平氏が軍事パレードで着てた人民服、ガチなフォーマル衣装だった - withnews(ウィズニュース)”. withnews.jp. 2019年10月13日閲覧。
  21. ^ 但し、当時の日本で普及していた軍服の外見的特徴は中国の人民服と比べても殆ど共通点が無かった。日本陸軍の用いる軍服の襟は昭和時代の途中まで硬質な立襟であり、ポケットも雨蓋付きではあるが人民服のものとは違い内蔵式の切りポケットであった。
  22. ^ 程童一『开埠: 中国南京路150年』p.103、昆仑出版社、1996年
  23. ^ 陳炳聖『萬物簡史』、源樺、2007年、ISBN 986828421X
  24. ^ 「「中山服」について知りたい。読み方も調べてほしい。」(福岡市総合図書館) - レファレンス協同データベース 「佐々木は、いはゆる中山服が彼の考案であるところからも明らかなやうに‥」
  25. ^ “人民服ではなくスマートなスーツ…金正恩氏の服装一新に識者ら注目”. AFPBB News. (2018年1月2日). https://www.afpbb.com/articles/-/3157247 2018年1月8日閲覧。 
  26. ^ “罵倒の裏に米への恐怖 北、建国初の最高指導者声明 強硬措置「慎重に考慮」と逃げ道”. 産経ニュース. (2017年9月22日). https://www.sankei.com/article/20170922-HSM7WAS5PNKCJAKA5OTYQHAAVM/ 
  27. ^ “金正恩氏「幹部らの働きぶり、駄目で深刻」視察先で批判”. 朝日新聞. (2019年6月1日). https://www.asahi.com/articles/ASM613G5SM61UHBI010.html 
  28. ^ “金正恩氏、建造中の潜水艦を視察 国営メディアが写真公開”. CNN. (2019年7月23日). https://www.cnn.co.jp/world/35140291.html 
  29. ^ “習近平総書記が金正恩委員長と北京で会談”. 人民網. (2018年3月28日). http://j.people.com.cn/n3/2018/0328/c94474-9442471.html 2018年4月19日閲覧。 
  30. ^ 背広(男性)、アオザイ(女性)と併用。
  31. ^ “老外经”心中的周恩来总理”. 中華人民共和国商務部 (2014年5月12日). 2018年6月28日閲覧。
  32. ^ 杨明伟; 陈扬勇. 周恩来外交风云. 解放军文艺出版社. 1995. ISBN 9787503306907. p.357
  33. ^ Dr. Kwame Nkrumah Visits Emperor Haile Selassie I”. RasTafari TV (2016年2月12日). 2018年6月28日閲覧。
  34. ^ Africa Liberation Day and the Struggle against Imperialism. The African Union in the 21st Century”. Global Research (2018年5月26日). 2018年6月28日閲覧。
  35. ^ Kaunda lauds Chinese role as 'force for good' in continent”. The Irish Times (2008年8月25日). 2018年7月15日閲覧。
  36. ^ Smith, William Edgett (1973). Nyerere of Tanzania. London: Victor Gollanz. p. 13.
  37. ^ 外務省『外交』Vol.17 153 頁
  38. ^ The Tragic State of the Congo: From Decolonization to Dictatorship, Jeanne M. Haskin, Algora Publishing, 2005, page 44


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