交響曲第3番 (ベートーヴェン)
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演奏の歴史
初演
日本初演
- 1909年(明治42年)11月28日、東京・上野の奏楽堂にてA.ユンケル指揮、東京音楽学校管弦楽団(第1楽章のみ)
- 1920年(大正9年)12月4日、東京・上野の奏楽堂にてG.クローン指揮、東京音楽学校管弦楽団(全曲)
編成
木管 | 金管 | 打 | 弦 | ||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
フルート | 2 | ホルン | 3 | ティンパニ | 一対 | 第1ヴァイオリン | ● |
オーボエ | 2 | トランペット | 2 | 他 | 第2ヴァイオリン | ● | |
クラリネット | 2 | 他 | ヴィオラ | ● | |||
ファゴット | 2 | チェロ | ● | ||||
他 | コントラバス | ● |
作曲当時のオーケストラの一般的な編成ではホルンは2本または4本である[3]が、この曲はホルン3本という変則的な編成を採用している。第3楽章・トリオではこの3本による演奏が行われる。
演奏時間
20世紀中盤は第1楽章の繰り返しを含めず50分程度が多かったが(ヴィルヘルム・フルトヴェングラーなど)、20世紀終盤からは古楽の隆盛による演奏様式の史的考証の進展に伴ってベートーヴェンのメトロノーム指定を尊重する傾向が強まり、繰り返しを含めて42分から48分ほどの演奏が増えている。
曲の構成
第1楽章の巨大な展開部と第2展開部に匹敵するコーダ。第2楽章には歌曲風の楽章の代わりに葬送行進曲、第3楽章にはメヌエットの代わりにスケルツォ(ただし、これは第1番と第2番でも既に試みられている)、そして終楽章にはロンド風のフィナーレの代わりに変奏曲が配置される。
第1楽章 Allegro con brio
音楽・音声外部リンク | |
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Ⅰ.Allegro con brio | |
P.ヤルヴィ指揮ブレーメン・ドイツ室内フィル - DW Classical Music公式YouTube | |
ベーラ・ドラホシュ指揮ニコラウス・エステルハージ・シンフォニア - naxos japan公式YouTube |
変ホ長調。4分の3拍子。 ソナタ形式(提示部反復指定あり)。交響曲第1番および第2番にあったゆっくりした序奏を欠いている。ただし、主部の冒頭に(修飾がつくこともあるが)2回和音が響き、3度目からメロディーが流れていく、というリズムパターンは第1番から第4番まで共通しているのではないか、と指摘する学者もいる。第1主題は「ドーミドーソドミソド」とドミソの和音を分散させたものである。モーツァルトのジングシュピール『バスティアンとバスティエンヌ』K.50(1767年の作)の序曲の主題に酷似しており、ベートーヴェンによる引用という説がある。テーマはチェロにより提示され、全合奏で確保される。その後、経過風の部分に入り、下降動機がオーボエ、クラリネット、フルートで奏される。第2主題は短く、ファゴットとクラリネットの和音の上にオーボエからフルート、第1ヴァイオリンへ受け継がれる。すぐにコデッタとなり、提示部が華やかに締めくくられる。提示部には反復記号があるが、長いので反復されずに演奏されることが多い。展開部は第1番、第2番のそれと比べても遥かに雄大で、245小節に及ぶ。展開部は第1主題を中心にさまざまな変化を示して発展する。再現部は第1主題がさらに劇的に再現されるなど多少の変化を伴うが、ほぼ提示部の通りに進行する。143小節に及ぶ長大なコーダは、ベートーヴェン自身のそれ以前の作品と比較しても、格段に大規模であり、第2の展開部とも言うべき充実内容の濃いものである。(最後のトランペットの音域の問題については下を参照)、最後に最高音域に達した第1ヴァイオリンがなおも半音階をトレモロで上って行き、力強く締めくくられる。半ば標題的な楽想の表現のために不協和音を巧みに使うという個所が、複数の要所に置かれているという意味でも画期的な楽章である。
412小節から第1ホルンがE♭管からF管へ持ち替えて主題を演奏していることもこの曲の特徴の一つでもあるが、そのため前後に(前41小節、後89小節)長い休符があることから、管の差し替えに要する時間を確保しているのではないかと考えられる[4]。
コーダにおけるトランペットの第1主題に関して
かつては汎用スコアでの、コーダの655小節からの主題をトランペットが最後まで(662小節まで)吹き通すようにしたハンス・フォン・ビューローによる改変[注 1]を採用する指揮者が多かったが、20世紀終盤からは本来のオリジナルの形での演奏も増えている。このコーダの主題については、オリジナルではトランペットが657小節3拍目から主題を外れ、低いB♭音を奏する(E♭管なので記譜はG音)。当時のトランペットでは、主題を通して演奏できなかったためと言われているが、実際には当時使用していたトランペットの自然倍音列でも、658小節の高いB♭音までは655小節開始時のスタイルのまま2本のトランペットが1オクターヴ差で主題を演奏することは可能である。659小節から662小節にかけては第2トランペットの音域では倍音列に含まれない音が多く当時のトランペットでは吹くことは出来ない。第1トランペットの高音域でなら659小節1拍目の高いF(記音はD)は倍音系列音なので吹くことができ、659小節3拍目の高いA♭(記音はF)は倍音系列音ではA(記音はF#)になってしまうものの、唇のピッチ調整で主題を演奏することは不可能ではない(この曲の第2楽章をはじめよく使われる音である。ただし金子建志は「音程的に#になってしまうために嫌った可能性が強い」としている[5])。このため、第2楽章が「葬送行進曲」となっていることと関連し、ニコラウス・アーノンクールはトランペットの脱落を「英雄の失墜(死)」を表すと主張している[5]。ちなみに、ベーレンライター新版では、ブライトコプフ旧全集で八分音符の刻みだった658小節の低いB♭音が、浄書スコアを基に付点二分音符に替わっており、658小節までは1オクターヴ下げて主題を吹くことになるため、トランペットが旋律の途中で突然脱落するような様相にはならない。金子建志は657小節から658小節にかけての高いB♭音を避け、その後主題ではなく低いB♭を吹かせたのは「英雄の失墜」ではなく単にトランペットの高音の甲高い音色を避けるためだったのではないか、としている[5]。なお、440小節から443小節の主題演奏においても、トランペットは442小節においてメロディーラインを崩されており、同様に高いB♭音は避けられている[5]。ベートーヴェンの交響曲作品においてこの高いB♭音が使われるのは、第6番「田園」の第4楽章の雷雨の場面、85小節と第8番の第4楽章330小節から333小節だけである。
第2楽章 Marcia funebre: Adagio assai
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Ⅱ.Marcia funebre:Adagio assai | |
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ハ短調。4分の2拍子。葬送行進曲。A-B-A'-C-A"の小ロンド形式。ベートーヴェンの長大楽章によく見られることだが、三部形式、あるいはソナタ形式に類するところも見られる複雑な構造を持っている。(A)は、まず「葬送行進曲」の名にふさわしい主要主題が第1ヴァイオリンで現れる。これがオーボエに移された後、対旋律が変ホ長調で提示され、やはりこれも第1ヴァイオリンからオーボエに移され、コデッタ調の経過で締められる。ここまではソナタ形式の提示部に近い。続く第1副部(B)はハ長調に転調し、伸び伸びとした旋律が木管でフーガ調に広がりながら、明るく壮大な頂点を築く。再び主要主題(A')が戻るが、これは、主要主題を第1ヴァイオリンの原型で一度示すだけで、すぐに悲痛な第2副部(C)を呼び込む。((A')はあまりに短いので、(B)と(C)の橋渡しにすぎないと考えれば、全体はA-B-C(B')-A"という三部形式に近いものともとれる)(C)は、(B)の主要旋律と類似したものがヘ短調で第2ヴァイオリンから出て、やはりフーガを形成しながら、緩徐楽章にはかつて見られなかったような金管とティンパニの威力や、不協和音の効果も交えて、クライマックスを築く。これを収束させていくリズムが刻まれるなかでソナタ形式の再現部のような(A")部に入る。主要主題、対旋律と続き、コデッタ調の経過部分では、(A)の弦で刻まれていた「ダダダ・ダン」というリズムがティンパニで繰り返される。その後、38小節に及ぶ厳かなコーダに入り、余韻を引きながら静かに終了する。 第1副部(B)の冒頭にMaggiore(長調の意、ここでハ長調に転調する)、第2主部(A')の冒頭にMinore(短調、ハ短調に戻る)と記されている。
第3楽章 Scherzo: Allegro vivace
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Ⅲ.Scherzo:Allegro vivace | |
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変ホ長調。4分の3拍子。複合三部形式。冒頭4小節の弦の刻むリズムの第1ヴァイオリンは「ソラソ・ラソラ」の反復なので「ソラ・ソラ・ソラ」にも聴こえヘミオラとなっている。2小節の半音階的経過句の後、7小節目からオーボエで主題が提示される。トリオ(中間部)ではホルン三重奏が見られ、特に第2ホルンはストップ奏法を多用する、当時としては難度の高いものとなっているが、緊張感のある音となるので、トリオのコーダでは大きな効果を得られる。ベートーヴェンが当時のホルンの特色を熟知していたことを示す一例であるが、音色が均質な現代のヴァルヴ・ホルンでは逆にそういった効果は得がたい。終結部では2分の2拍子になる部分もあり、総じて可変拍子的な感覚が多用されている。
第4楽章 Finale: Allegro molto
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Ⅳ.Finale:Allegro molto | |
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変ホ長調。4分の2拍子。自由な変奏曲の形式。パッサカリアであるという指摘もある[6]。主題と10の変奏による。ただし、第4、第7変奏については、ソナタ形式における展開部の様相を示すため、変奏に数えず変奏と変奏の間の間奏のような形で捉えることもある。第10変奏もコーダの様相を示すため、変奏に数えないことがある。
第4楽章の主題はバレエ音楽『プロメテウスの創造物』の終曲から転用している。ベートーヴェンは他にもこの主題をピアノのための変奏曲(通称:エロイカ変奏曲)にも用いているが、本交響曲以降この主題を用いた楽曲を書いていない。
なお、第1楽章で避けられたトランペットの高いB♭音は、316小節においてこの楽章でも注意深く避けられている。381小節からは当時としては珍しく、第1ホルンが協奏曲ばりに半音階を含む主題を朗々と奏でる。
前後の作品
- 作品番号
- 作品54 ピアノソナタ第22番 - 作品55 交響曲第3番 - 作品56 ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重協奏曲
- 交響曲
注釈
出典
- ^ バリー・クーパー監修、平野明他訳『ベートーヴェン大事典』平凡社、1997年、133頁。
- ^ 武川寛海著『ベートーヴェンの虚像をはぐ』音楽之友社。
- ^ 出典:"Orchestra"の項, The Concise Grove Dictionary of Music, Oxford University Press, 1994.
- ^ 「NHK趣味講座 第九を歌おう」(1985年10月1日発行)57ページ参照
- ^ a b c d 『レコード芸術』2006年9月号、24、25頁、金子建志による記事参照。
- ^ 『ベートーヴェンの音符たち 池辺晋一郎の「新ベートーヴェン考」』池辺晋一郎著 音楽之友社 2008年
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