乙亥大相撲 乙亥大相撲の概要

乙亥大相撲

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/06/16 10:01 UTC 版)

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概要

年に1回、大相撲九州場所終了後、2日間に渡り、招待された大相撲の関取及び幕下以下の力士、小学校から大学、実業団までの選手を集めて開催される。幕下以下のプロ力士と、社会人大会や学生相撲などで優勝経験のあるアマチュア選手らによる取組があり、相撲においてプロとアマが直接対戦する唯一の大会となっている。2004年までは特設会場で行った。、乙亥会館2005年から行っていたが、2018年西日本豪雨により被災したため、西予市野村公会堂で開催された。

ペリーによる黒船来航の前年である嘉永5年6月25日(1852年8月10日)、伊予国野村の100戸の民家に大火が起こった。同年10月15日(11月26日。乙亥の日)、「火鎮擁護祈願」のため三嶋神社境内に愛宕神社を建立し、向こう100年間「三十三番結びの相撲」を奉納することにした。これが乙亥大相撲の始まりである。創設者は緒方惟貞[1](1822年 - 1883年[2])。この間戦争(戊辰戦争日清戦争など)でも中止されず、100年が経過した今日でも開催が続いている。

関脇玉春日(現在の片男波親方)も小学校時代から参加していた。

出来事

2015年

大関照ノ富士らを招待し、11月23日、24日に開催された[3]

2016年

大関稀勢の里、小結玉鷲らを招待し、11月29日、30日に開催された[4]

2017年

11月28日、29日に開催。同月に発覚した横綱日馬富士の暴行問題で、28日は十両以上の力士が日本相撲協会の会合に出席するため不参加となった。恒例の稚児土俵入りも28日は中止となった[5]が、幕下力士と愛媛国体に出場した地元選手らの取組が会場を沸かせた。29日は大関髙安と平幕が参加。稚児土俵入りが前日予定分と合わせて行われた。入場は3500人で平年の3000人を上回った[6]。招待力士について横綱に昇進した稀勢の里も前年に引き続き参加する予定だったが、故障により実現しなかった[7]

2018年

7月におきた西日本豪雨、特に肱川の氾濫による水害の影響で、2005年以来の開催場所であった乙亥会館[8]は使えなくなり[9]、中止が危ぶまれた[10]。しかし、復興の願いを込めて、地元のNPO法人「シルミルのむら」がインターネット募金を活用し、野村公会堂に土俵を新設[11]した。2019年も同公会堂で行われる予定[12]

当初の27日と28日の開催予定が27日だけの開催となり、小中学生や一般の個人戦はなくなった[13]が、大相撲の幕下力士と県内外の有力なアマチュア選手の真剣な取組や赤ちゃんの稚児土俵入りは行われた[14]。28日の朝は招待関取の関が豪雨被災者の応急仮設住宅を訪れ、住民らと交流した[15]

2019年

大相撲から幕内・玉鷲、十両豊昇龍らが招待され、11月26日・27日に開催された[16]






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