中央大学 キャンパス

中央大学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/27 09:22 UTC 版)

キャンパス

メインとなる「多摩キャンパス」は東京都内でも比較的郊外に位置している。一部の学部・研究科は都心に独立したキャンパスをもっている。

多摩キャンパス

(東京都八王子市東中野742-1)

文系の学部・研究科が設置されている。

後楽園キャンパス

(東京都文京区春日1-13-27)

理工学部・研究科とビジネススクールである大学院戦略経営研究科が設置されている。

市ヶ谷キャンパス

(東京都新宿区市谷本村町42-8)

ロースクール(法科大学院)である大学院法務研究科が設置されている。

2023年度より駿河台キャンパスへ移転予定。

市ヶ谷田町キャンパス

(東京都新宿区市谷田町1-18)

国際情勢学部の1学部のみが設置されている。

  • 国際情報学部

茗荷谷キャンパス

(東京都文京区大塚1-4-4)

2023年度より多摩キャンパスから法学部・大学院法学研究科が移転予定。

駿河台キャンパス(現:駿河台記念館)

(東京都千代田区神田駿河台3-11-5)

2023年度より市ヶ谷キャンパスから大学院法務研究科、後楽園キャンパスから大学院戦略経営研究科が移転予定。

小石川キャンパス

(東京都文京区春日1-4-10)

2023年度より体育施設・多目的室等が設置され、主に法学部と国際情報学部による利用を予定。

沿革

略歴

1885年明治18年)に増島六一郎菊池武夫穂積陳重藤田隆三郎ら当時の青年法律家有志18名によって英吉利法律学校として創立された。

年表

  • 1884年(明治17年)7月 - 増島六一郎がイギリスから帰国。
  • 1885年(明治18年)
    • 4月 - 東京府神田区神田錦町明治義塾跡地を三菱から購入。
    • 6月 - 27日に英吉利法律学校設置を東京府知事に出願したものの書類不備で下げ戻し。
    • 7月 - 8日に英吉利法律学校設置を東京府知事に再出願(現在の創立記念日)、11日に英吉利法律学校設置認可。
    • 9月 - 英吉利法律学校開校。初代校長増島六一郎、初代幹事渋谷慥爾が就任。
    • 10月 - 講義録の刊行開始(校外生制度のはじまり)。
  • 1886年(明治19年)
    • 7月 - 第1回卒業式を挙行。
    • 12月 - 私立法律学校特別監督条規により、英吉利法律学校など五大法律学校が帝国大学特別監督下に入る。
神田大火後の再築校舎
創立20周年記念講堂(1905年)
創立25周年記念増築校舎(1910年)
  • 1888年(明治21年)
    • 3月 - 五大法律学校連合大討論会に参加[注釈 1]
    • 10月 - 校友会を結成(翌年院友会と改称)。
  • 1889年(明治22年)
    • 1月 - 煉瓦造2階建て新校舎が完成。『法理精華』創刊(翌年発行禁止)。
    • 10月 - 東京法学院と改称。杉浦重剛の東京文学院・樫村清徳の東京医学院とともに東京学院連合構想を公表[注釈 2]
  • 1891年(明治24年)4月 - 『法学新報』創刊。増島六一郎院長辞任[注釈 3]
  • 1892年(明治25年)
    • 1月 - 神田大火により校舎を全焼。
    • 5月 - 第3回帝国議会に民法・商法施行延期法案上程。
    • 12月 - 同議会で民法・商法施行延期法案可決。
  • 1893年(明治26年)12月 - 司法省から判事検事登用試験の指定校となる。
  • 1894年(明治27年)1月 - 第1回訴訟実習会(模擬裁判)を開催。
  • 1896年(明治29年)
    • 8月 - 高等法学科開設。特待生および貸費生の制度を設ける。
    • 9月 - 外国人留学生がはじめて入学する。
  • 1897年(明治30年)8月 - 海外留学生制度を創設(1899年最初の留学生を派遣)。
  • 1901年(明治34年) - 生徒練弁会(のちの辞達学会)発足[PR 3]
  • 1902年(明治35年)9月 - 実習科を開設。
  • 1903年(明治36年)8月 - 東京法学院大学と改称。本科・予科・専門科・研究科を設置。学長制を新設し、菊池武夫が就任。
  • 1905年(明治38年)
    • 8月 - 中央大学と改称。経済学科を開設。中央高等予備校を設立。
    • 9月 - 創立20周年記念講堂竣工。
    • 11月 - 院友会を学員会と改称。
  • 1909年(明治42年)9月 - 商業学科開設。
  • 1910年(明治43年)
    • 2月 - 新聞研究科を開設[注釈 4]
    • 11月 - 創立25周年記念増築校舎竣工。
  • 1911年(明治44年)9月 - 中央大学学友会を結成。
再築校舎(1918年)
明治日本、中央、法政國學院同志社6校の昇格決定を報じる『東京朝日新聞』(1920年4月2日付朝刊3面)
関東大震災後の仮復旧校舎
(左奥は焼失を免れた図書館)
駿河台校舎(のちの2号館)
創立50周年記念講堂
(のちの3号館)
  • 1913年大正 2年)8月 - 本科を大学部、専門科を専門部、法律学科を法科、経済学科を経済科、商業学科を商科と改称。
  • 1917年(大正6年)
    • 5月 - 失火のため再び校舎・図書館を全焼、奥田文庫(ビルクマイヤー文庫)を失う。
    • 7月 - 中央大学同窓而立会発足[PR 4]
  • 1918年(大正7年)
    • 5月 - 予科の修業年限を2年に延長する。
    • 8月 - 再築校舎竣工。
  • 1919年(大正8年)
    • 5月 - 学校組織を社団法人から財団法人に改める[PR 5]
    • 12月 - 中央大学設立認可申請を行う。
  • 1920年(大正9年)
  • 1921年(大正10年)9月 - 学位規程と教員会規則認可。
  • 1922年(大正11年)5月 - 図書館再建。
  • 1923年(大正12年)
    • 4月 - 大学令による中央大学最初の卒業式を挙行。増築校舎竣工。
    • 9月 - 関東大震災により図書館と増築校舎を除き焼失。
    • 11月 - 授業再開。
  • 1924年(大正13年)
  • 1926年(大正15年)8月 - 駿河台校舎完成(錦町校舎は電機学校に売却)。
  • 1929年昭和4年)4月 - 夜間第二予科を開設。
  • 1930年(昭和5年)4月 - 中央大学野球部発足[PR 6]
  • 1931年(昭和6年)
  • 1932年(昭和7年)10月 - 中央大学法学会主催の刑法学講演会が発端となって滝川事件が起こる[PR 8]
  • 1933年(昭和8年)6月 - 秋元春朝子爵邸地を購入。
  • 1935年(昭和10年)
  • 1938年(昭和13年)5月 - 練馬運動場開設。
  • 1940年(昭和15年)
    • 7月 - 西園寺公望公爵邸地を購入。
    • 10月 - 高文試験司法科で中央大学関係者が71名合格、初めて第1位となる[PR 10]
  • 1941年(昭和16年)9月 - 中央大学報国隊を結成。
  • 1942年(昭和17年)9月 - 学友会を中央大学奉公団に改組。
  • 1943年(昭和18年)10月 - 出陣学徒壮行会を挙行。
  • 1944年(昭和19年)
    • 4月 - 中央工業専門学校(機械科・航空機科)設立。
    • 6月 - 『法学新報』休刊(1947年復刊)。
  • 1945年(昭和20年)
    • 10月 - 終戦により授業再開。
    • 11月 - 中央工専の航空機科廃止、工業物理科設置。
  • 1946年(昭和21年)4月 - 女子学生3名が初めて入学。
  • 1948年(昭和23年)
    • 4月 - 旧制予科・専門部の学生募集停止。通信教育部開設。
    • 12月 - 経理研究所開設。
  • 1949年(昭和24年)
    • 4月 - 新制大学1部法・経済・商・工学部(土木工学・精密工学・電気工学・工業化学科)開設、2部法、経済学部開設。中央工業専門学校廃止。
    • 6月 - 日本比較法研究所開設。
昭和25年度の学生募集広告
  • 1950年(昭和25年)
    • 4月 - 旧制学部の学生募集停止。
    • 8月 - 現校歌「草のみどり」を制定。
  • 1951年(昭和26年)
    • 3月 - 旧制専門部廃止。工学部用地として文京区小石川町の8,043坪(現・後楽園キャンパス)を購入。
    • 4月 - 文学部開設(1部文学科・史学科・2部文学科)。 同和鉱業ビルを購入(水道橋校舎)。新制大学院修士課程に法学研究科民事法・刑事法・政治学・英米法専攻、経済学研究科に経済学専攻・商学研究科に商学専攻を開設。
    • 12月 - 工学部が水道橋校舎へ移転。
  • 1953年(昭和28年)
    • 3月 - 旧制学部最後・新制学部最初の卒業式を挙行。
    • 4月 - 文学部、工学部教養課程、後楽園キャンパスで授業開始。
駿河台第二図書館(旧千代田区立駿河台図書館)
  • 1954年(昭和29年)
    • 7月 - 旧千代田区立駿河台図書館を購入。
    • 通信教育部が後楽園キャンパスに移転。
  • 1957年(昭和32年)11月 - 大学祭を白門祭と改称して開催。
  • 1958年(昭和33年)8月 - 駿河台校舎本館(1号館)完成。
  • 1959年(昭和34年)7月 - 聖橋通り沿いに駿河台校舎正門(いわゆる白門)完成。
  • 1960年(昭和35年)3月 - 由木村校地(現在の多摩校地)購入開始(67年まで)。
  • 1962年(昭和37年)
    • 3月 - 旧制中央大学廃止。
    • 4月 - 工学部を理工学部に改組。
  • 1963年(昭和38年)5月 - 創立80周年記念事業の一環として、理工学部校舎竣工。
  • 1964年(昭和39年)
    • 4月 - 駿河台4号館完成。
    • 6月 - 経済研究所開設。
    • 8月 - 駿河台5号館完成。文学部が後楽園キャンパスから移転。
  • 1966年(昭和41年)5月 - 評議員会で教養課程と体育施設の多摩校地への移転方針を決議[6]
多摩キャンパス(東門付近から3号館〈文学部棟〉を望む)
中央大学創立100周年記念ステージ
中央大学・明星大学駅
市ヶ谷田町キャンパス
  • 1967年(昭和42年)5月 - 駿河台中央図書館完成。
  • 1969年(昭和44年) - 学費値上げ反対運動で自治会の要求が通る。全共闘運動で全国でも珍しく学生が勝利。
  • 1973年(昭和48年)12月 - 評議員会で法・経・商・文学部の昼間部の多摩校地への移転方針を決議[注釈 6]
  • 1976年(昭和51年)8月 - 駿河台校舎の大正海上火災保険への売却決定。
  • 1977年(昭和52年)11月 - 多摩キャンパス完成。
  • 1978年(昭和53年)4月 - 文系4学部、多摩キャンパスで授業開始。
  • 1979年(昭和54年)4月 - 社会科学研究所、企業研究所、人文科学研究所、保健体育研究所開設。
  • 1980年(昭和55年)3月 - 駿河台校舎完全閉鎖、後楽園キャンパスに8号館竣工。
  • 1985年(昭和60年)11月 - 創立100周年記念式典。
  • 1988年(昭和63年)11月 - 駿河台記念館落成式典。
  • 1992年平成4年)7月 - 理工学研究所開設。
  • 1993年(平成5年)4月 - 総合政策学部 (政策科学科、国際政策学科) 開設。
  • 1996年(平成8年)4月 - 政策文化総合研究所開設。
  • 1999年(平成11年)12月 - アジア経済研究所の旧庁舎を購入。翌年4月から市ヶ谷キャンパスとして大学院の授業を開始。
  • 2000年(平成12年)
  • 2001年(平成13年)4月 - 文学部2部募集停止。
  • 2002年(平成14年)4月 - 文学部に中国言語文化学科を設置。国際会計研究科(会計大学院;アカウンティングスクール)開設。
  • 2003年(平成15年)4月 - Faculty-Linkage Program(FLP)プログラム開設、創立125周年記念事業として後楽園キャンパスに新3号館竣工。
  • 2004年(平成16年)4月 - 法務研究科(法科大学院;ロースクール)開設。
  • 2005年(平成17年)4月 - 公共政策研究科(公共政策大学院)開設。総合政策学部フレックス制廃止。
  • 2007年(平成19年)3月 - 法学部・経済学部・商学部・理工学部2部廃止。商学部フレックス制廃止。
  • 2008年(平成20年)
    • 3月 - 文学部2部廃止。
    • 4月 - 理工学部に生命科学科を設置、戦略経営研究科戦略経営専攻(経営大学院;ビジネススクール)を開設、FLPに地域・公共マネジメントプログラムを開設。
  • 2009年(平成21年)
    • 4月 - 理工学部の土木工学科を都市環境学科に改称。法学部フレックス制廃止。
    • 8月 - 学生援護会の旧本社を購入。翌年4月から市ヶ谷田町キャンパス(中央大学ミドルブリッジ)として大学院の授業を開始。
  • 2010年(平成22年)4月 - 公共政策研究科、国際会計研究科を市ヶ谷田町キャンパス(中央大学ミドルブリッジ)に移設。戦略経営研究科にビジネス科学専攻(博士後期課程)を開設。
  • 2015年(平成27年)11月 - 中長期事業計画 "Chuo Vision 2025" において、都心拠点の後楽園キャンパス集約と法学部を第一候補とする後楽園移転、多摩キャンパスでの新学部学科開設の計画を発表[PR 11]
  • 2016年(平成28年)4月 - 公共政策研究科の学生募集停止。
  • 2017年(平成29年) - アカウンティングスクール(国際会計研究科)国際会計専攻の学生募集停止。
    • 6月 - 公共政策研究科を廃止。
  • 2018年(平成30年)6月 - アカウンティングスクール(国際会計研究科)国際会計専攻を廃止。
  • 2019年(平成31年)
    • 3月 - 文京区大塚一丁目の都有地(都営バス大塚支所跡地)の定期借地契約締結(2019年4月から40年間。都が40年後に使用することがなければ、更に10年間延長)。
    • 4月 - 国際経営学部(多摩)・国際情報学部(市ヶ谷田町)を開設。
  • 2020年(令和2年)3月 - グローバル館・国際教育寮竣工。
  • 2021年(令和3年)3月 - FOREST GATEWAY CHUO(仮称 学部共通棟)竣工。

歴代校長・学長

英吉利法律学校校長
初代校長増島六一郎
質実剛健の校風を確立した奥田義人
大学令による中央大学の昇格に尽力した岡野敬次郎
検事総長、大審院長、司法大臣を歴任した林頼三郎
氏名 就任時期
初代 増島六一郎 1885年9月 - 1889年10月
東京法学院院長
氏名 就任時期
初代 増島六一郎 1889年10月 - 1891年4月
第二代 菊池武夫 1891年4月 - 1903年8月
東京法学院大学学長
氏名 就任時期
初代 菊池武夫 1903年8月 - 1905年8月
  • 1903年(明治36年)より「専門学校令」による大学。
学長
氏名 就任時期
初代 菊池武夫 1905年8月 - 1912年7月
第二代 奥田義人 1912年7月 - 1913年3月
第三代 岡村輝彦 1913年3月 - 1914年6月
第四代 奥田義人 1914年6月 - 1917年8月
第五代 岡野敬次郎 1917年8月 - 1923年9月
第六代 馬場愿治 1923年9月 - 1924年2月
第七代 岡野敬次郎 1924年3月 - 1925年12月
第八代 馬場愿治 1925年12月 - 1930年5月
第九代 原嘉道 1930年5月 - 1939年3月
第十代 林頼三郎 1939年3月 - 1947年3月
第十一代 加藤正治 1948年7月 - 1949年3月
第十二代 片山金章 1958年9月 - 1961年10月
第十三代 升本喜兵衛 1961年10月 - 1967年3月
第十四代 井上達雄 1967年4月 - 1968年4月
第十五代 戸田修三 1968年12月 - 1969年3月
第十六代 原田鋼 1969年5月 - 1969年8月
第十七代 嶋崎昌 1969年11月 - 1972年11月
第十八代 戸田修三 1972年11月 - 1981年11月
第十九代 川口弘 1981年11月 - 1984年11月
第二十代 川添利幸 1984年11月 - 1990年11月
第二十一代 髙木友之助 1990年11月 - 1993年11月
第二十二代 外間寛 1993年11月 - 1999年11月
第二十三代 鈴木康司 1999年11月 - 2002年11月
第二十四代 角田邦重 2002年11月 - 2005年11月
第二十五代 永井和之 2005年11月 - 2011年11月
第二十六代 福原紀彦 2011年11月 - 2014年11月
第二十七代 酒井正三郎 2014年11月 - 2018年5月
第二十八代 福原紀彦 2018年5月 - 2021年5月
第二十九代 河合久 2021年5月 -

基礎データ

所在地

  • 多摩キャンパス(東京都八王子市東中野742-1)
  • 後楽園キャンパス(東京都文京区春日1-13-27)
  • 市ヶ谷キャンパス(東京都新宿区市谷本村町42-8)
  • 市ヶ谷田町キャンパス(東京都新宿区市谷田町1-18)
  • 駿河台記念館(東京都千代田区神田駿河台3-11-5)

象徴

校歌・応援歌・学生歌
  • 中央大学校歌「草のみどり」 (作詞:石川道雄、作曲:坂本良隆
  • 中央大学応援歌「あゝ中央の若き日に」 (歌詞選定:中央大学学友会、作曲:古関裕而
    • 代表的な応援歌。応援歌としては歴代2番目のものである。
  • 「惜別の歌」 (作詞:島崎藤村、作曲:藤江英輔)
    • 旧制中央大学予科生だった藤江が、1944年召集令状を受け取った学友のために島崎の詩にメロディーをつけて作曲した[8]。今も大学の卒業式で歌われ、小林旭のヒット曲としても知られる[8]
  • 「首途の歌」
  • 「中大健児の歌」 (作詞:河尾俊雄、作曲:中央大学音楽研究会)
  • 「若き血潮」
  • 「伊豆逍遙歌」 (作詞作曲:村上道太郎)
  • 「中大節」
スクールカラー
校章とシンボルマーク

注釈

  1. ^ 同討論会は1890年7月まで13回開催された[3]
  2. ^ 民法・商法をめぐる論争のため実現しなかった。[PR 1]
  3. ^ 代言業が多忙になったのと、東京学院連合構想が頓挫したことなどが理由とされる[PR 2]
  4. ^ 同科は7人の卒業生を出しただけで間もなく閉鎖された[4]
  5. ^ 美濃部は中央大学では評議員を兼ねていた[PR 9]
  6. ^ この時点で駿河台校舎は夜間部校舎として残す方針だった[7]
  7. ^ 2017年度より、都市環境学専攻の名称を変更した。[PR 16]
  8. ^ a b 博士後期課程は2017年入学生より募集停止し、電気・情報系専攻に統合。[PR 16]
  9. ^ 2017年入学生より募集停止し、電気・情報系専攻に統合。[PR 16]
  10. ^ 中央大学野球部が正式に発足したのは1930年4月である[PR 17]
  11. ^ 当時激化していた「中東戦争」に掛けた語呂合わせ
    「東大首位に返り咲く 司法試験の合格者中大抜き20年ぶり」朝日新聞 1971年10月2日付朝刊、第23面
  12. ^ 「白」は中立公正である証。

出典

  1. ^ a b c 「東大首位に返り咲く 司法試験の合格者中大抜き20年ぶり」朝日新聞 1971年10月2日付朝刊、第23面
  2. ^ 『中央大学百年史』 通史編下巻、510頁
  3. ^ 専修大学出版局 『専修大学百年史』 上巻、1981年、607-621頁
  4. ^ タイムトラベル中大125:1885→2010』 56-57頁
  5. ^ 『官報』 1924年5月22日
  6. ^ 『中央大学百年史』 通史編下巻、508-509頁
  7. ^ 『中央大学百年史』 通史編下巻、522-525頁
  8. ^ a b 朝日新聞(2015年10月27日朝刊)38ページ
  9. ^ 国際情報学部_iTL_での学びにより、「基本情報技術者試験」と「情報処理安全確保支援士試験」の一部が免除されます | 中央大学
  10. ^ IPA 独立行政法人 情報処理推進機構:情報処理技術者試験:午前試験免除 基本情報技術者試験(FE)
  11. ^ 認定免除対象講座の一覧(PDF)”. 独立行政法人 情報処理推進機構. 2021年7月31日閲覧。
  12. ^ 明治大学百年史編纂委員会 『明治大学百年史』 第三巻 通史編Ⅰ、学校法人明治大学、1992年、565頁
  13. ^ 大和球士 『真説 日本野球史 《昭和篇 その1》』 ベースボール・マガジン社、1977年、297頁
  14. ^ 中央大学海外拠点”. 2018年7月13日閲覧。
  15. ^ 国際教育寮”. 2022年4月8日閲覧。
  16. ^ 『東京朝日新聞』 1939年3月3日
  17. ^ 大学別の司法試験合格者数データ”. 2019年3月28日閲覧。
  18. ^ 法科大学院別司法試験累計合格者数等(累計合格率順)|文部科学省
  19. ^ 2022年 法科大学院別 司法試験合格者率ランキング/2022年 法科大学院別 司法試験合格者数ランキング(スタディング司法試験・予備試験講座)
  20. ^ 令和4年司法試験法科大学院等別合格者数等(法務省)
  21. ^ 1961年(昭和36年)3月1日付朝日新聞夕刊4面
  22. ^ 小樽ジャーナル
  23. ^ 週間ダイヤモンド「大学出世ランキング」
  24. ^ 週刊ダイヤモンド「出世できる大学」 神戸商科大学は5位、大阪市立大学は27位 大阪府立大学は14位
  25. ^ 大学数・学生数|国立大学協会
  26. ^ 週刊ダイヤモンド 出世できる大学ランキング
  27. ^ 日本の人口推移と大学数の推移|大学改革 参考資料 平成30年2月 内閣官房人生100年時代構想推進室 14/17頁
  28. ^ 「有名大学卒ほど出世しやすい」はもはや昔の話?小樽商科、滋賀、大阪市立――地方の意外な実力校|週刊エコノミスト(2010年8月31日号)より
  1. ^ 中央大学のあゆみ | 中央大学
  2. ^ 『中央大学百年史』 通史編上巻、220-221頁
  3. ^ 会史|中央大学文化連盟所属 中央大学辞達学会
  4. ^ 『中央大学百年史』 通史編上巻、386頁
  5. ^ タイムトラベル中大125:1885→2010』 292ページ
  6. ^ 『中央大学百年史』 年表・索引編、166頁
  7. ^ 『中央大学百年史』 通史編上巻、386頁
  8. ^ 『中央大学百年史』 通史編下巻、49-52頁
  9. ^ 『中央大学百年史』 通史編下巻、71頁
  10. ^ 『中央大学百年史』 通史編下巻、122頁
  11. ^ 中央大学中長期事業計画「Chuo Vision 2025」を策定”. 中央大学. 2018年10月14日閲覧。
  12. ^ 『中央大学百年史』 通史編下巻、52-53頁
  13. ^ 『中央大学百年史』 通史編下巻、53-54頁
  14. ^ 中央大学の歌-白門に栄光あれ-』 中央大学広報部、2017年(初版1995年)、7-11頁
  15. ^ 中央大学の近況 創刊号 (PDF)”. 中央大学 (2009年2月23日). 2014年6月22日閲覧。
  16. ^ a b c d 2017年4月、大学院理工学研究科の専攻を改編します”. 2018年12月26日閲覧。
  17. ^ 『中央大学百年史』 年表・索引編、166頁
  18. ^ 中央大学学員会 学員会の目的・沿革
  19. ^ 『中央大学百年史』 通史編下巻、344頁
  20. ^ 『中央大学百年史』 通史編下巻、320-321頁
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  27. ^ 平成18年新司法試験の結果 法務省
  28. ^ タイムトラベル中大125:1885→2010』 292ページ






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