中国地方 中国地方の範囲

中国地方

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/02 06:40 UTC 版)

中国地方の範囲

鳥取県島根県岡山県広島県山口県の5より構成される[4]。なお、行政上の管轄としては気象庁は山口県を除き、海上保安庁は山口県西北部、国土交通省海事事務所下関市を除く。

便宜的に、兵庫県の南西部(旧播磨国)と北部(旧但馬国)を含める場合もある[5]

人口

ISO 3166-2 都道府県名 全国順位 人口 割合(全国) 割合(中国)
JP-31 鳥取県 47 553,847 0.46% 7.8%
JP-32 島根県 46 671,602 0.56% 9.5%
JP-33 岡山県 21 1,889,607 1.52% 25.7%
JP-34 広島県 12 2,801,388 2.23% 37.8%
JP-35 山口県 25 1,342,987 1.13% 19.2%
合計 7,259,341 5.91% 100.0%

順位人口割合2020年国勢調査確定値による[6]

年齢構成

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
総計 [単位 千人]

年齢 人口
0 - 4歳 344
5 - 9 358
10 - 14 361
15 - 19 396
20 - 24 447
25 - 29 477
30 - 34 537
35 - 39 455
40 - 44 436
45 - 49 468
50 - 54 562
55 - 59 603
60 - 64 520
65 - 69 457
70 - 74 436
75 - 79 370
80歳以上 467

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
男女別 [単位 千人]

年齢
177 0 - 4歳 167
183 5 - 9 175
186 10 - 14 175
203 15 - 19 193
228 20 - 24 219
240 25 - 29 237
267 30 - 34 270
223 35 - 39 232
214 40 - 44 222
232 45 - 49 236
281 50 - 54 281
298 55 - 59 305
248 60 - 64 272
211 65 - 69 246
194 70 - 74 242
153 75 - 79 217
146 80歳以上 321


主要都市

中国地方五県の主要都市を掲載する。

中国地方の主要都市


広島市

岡山市

# 都市名 県名 人口 # 都市名 県名 人口


倉敷市

福山市

1 広島市 広島県 1182983人 11 出雲市 島根県 170568人
2 岡山市 岡山県 712940人 12 宇部市 山口県 156838人
3 倉敷市 岡山県 467107人 13 米子市 鳥取県 144068人
4 福山市 広島県 451336人 14 周南市 山口県 131568人
5 下関市 山口県 242086人 15 尾道市 広島県 124314人
6 呉市 広島県 200306人 16 岩国市 山口県 122410人
7 松江市 島根県 197404人 17 防府市 山口県 111779人
8 東広島市 広島県 198106人 18 廿日市市 広島県 113038人
9 山口市 山口県 189395人 19 津山市 岡山県 95503人
10 鳥取市 鳥取県 182710人 20 三原市 広島県 86171人
政令指定都市
広島市(1,182,983人)・岡山市(712,940人)
中核市
倉敷市(467,107人)・福山市(451,336人)・下関市(242,086人)・呉市(200,306人)・松江市(197,404人)・鳥取市(182,710人)
施行時特例市
該当市なし
その他

上記以外の県庁所在地

山口市(189,395人)

地域圏

歴史

(本節では、大陸の「中国」と区別するために、「中国地方」を「山陰山陽」と表記する。)

古代

造山古墳(岡山市北区)

3世紀近畿ヤマト王権が成立すると、近畿に近い山陰山陽の政治勢力は、早々とヤマト王権に参加した。

当時の二大勢力圏であった、山陽の吉備国や山陰の出雲国は、独立性を保つ一方でヤマト王権とのパワーバランスも保ち、奈良時代には吉備真備などの高官を輩出した。しかし、吉備国の繁栄に危機感を覚えたヤマト王権によって、吉備国は分割され、勢力を削がれた。

平安時代

10世紀天慶3年(940年)頃に、関東平将門畿内政権に対して反乱を起こすと、山陽では藤原純友が畿内政権に対して反乱を起こした(承平天慶の乱)。元歴2年(1185年)には山口県下関市関門海峡壇ノ浦で、源氏平家最後の戦い(壇ノ浦の戦い)が起き、この戦で平家は滅亡した。

鎌倉時代 - 室町時代

鎌倉時代から室町時代にかけては、村上水軍が瀬戸内海を本拠地とした。室町時代に勘合貿易(日明貿易)が執られるまでは、瀬戸内海の海賊たちは、倭寇となって朝鮮半島近辺で略奪を行った。

この地方は山陰は山名氏、山陽は大内氏と赤松氏が南北朝の戦乱の中で強大な力を有するようになった。将軍足利義満はこれらの力を半減させることに成功するが、室町幕府の力が衰えると再び強大化し応仁の乱の一因となった。

戦国時代 - 江戸時代

広島を本拠地に山陰山陽を制覇した毛利元就

戦国時代のこの地方は大内氏、武田氏、山名氏、赤松氏など守護大名が戦国大名化したのが多かったが、京極氏を下克上で追い出した尼子氏が出雲の守護となると9カ国の太守となった。16世紀前半には大内氏が山陰山陽から北部九州に跨がって勢力圏を伸ばし、その本拠地たる山口は「西京」(西の京都)と呼ばれるまでに繁盛した。大内義隆守護代陶晴賢の謀反で自害すると、安芸国人衆の中で勢力を伸ばした毛利元就陶氏尼子氏を滅ぼし山陰山陽を制覇した。毛利氏は山陽中南部の広島に拠点を定め、それ以来広島は、山陰山陽に及ぶ広大な毛利氏支配域で随一の都市となる。毛利氏は殆ど無傷のまま豊臣政権下でも勢力を保った。

ところが、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで、西軍の石田三成徳川家康率いる東軍に敗れ毛利輝元大坂城を退去すると、本拠地を広島からに移され(長州藩)、領地も東軍に内応した吉川広家に宛がわれる予定だった周防長門の2国に削減された。このほか備前の宇喜多秀家も西軍に味方したため改易された。

江戸時代になると大小さまざまな大名が領するようになった。主な藩としては鳥取藩松江藩浜田藩津和野藩岡山藩津山藩福山藩広島藩岩国藩萩藩がある。このうち、鳥取藩や岡山藩の池田家は徳川家康の血縁であり、福山藩は徳川家康の母方の従兄弟である猛将水野勝成を配されるなど幕府の信頼度も厚かった。ことに岡山広島は、藩内経済の進展も手伝って、江戸時代後期には日本で十指に入る城下町へと成長した。

幕末から第二次大戦まで

原爆投下後の広島市街

幕末から明治維新にかけての動乱期には江戸幕府への敵対心を燃やしていた長州藩が終始倒幕運動をリードした。このため、長州藩は明治期においての日本政治界に多くの人材を生み出した。津和野藩は明治初期に西周森鷗外などの知識人を輩出した。

欧米列強による植民地化が世界中で進む中、明治政府富国強兵政策を執って植民地化を免れた。当時、朝鮮半島中国にも近い山陽や北九州は、経済軍事における要衝ともなった。1894年明治27年)に日清戦争が起こると、帝国議会大本営が臨時に広島へ移転し、これ以来、広島は兵站も置かれて軍需都市ともなった。また、広島近郊に位置する江田島も、帝国海軍の本拠地ともなった。この影響か、第二次世界大戦の終結直前には、軍都たる広島にはアメリカ軍によって原子爆弾が投下され、岡山、、徳山、下関福山などの当時の主要都市は軒並み激しい空襲を受けた。

第二次大戦後

高度経済成長期には概して東日本中央たる東京への人口流入が起こったため、山陰山陽では大きな地殻変動を招くには至らなかった。

1970年代に田中角栄政権が「地方への再分配」を掲げると、山陰山陽でも交通網が整備されるようになる。山陽新幹線1972年岡山駅まで開通し、1975年昭和50年)に全通した。

高度経済成長期以後は「過疎過密」が顕在化するようになり、山陰山陽を横断する幹線高速道路のひとつである中国自動車道津山新見三次などの山間部を経由するルートとして建設された。山陽自動車道の全通は、1997年平成9年)末であった。これと前後して1988年には瀬戸大橋が、1999年にはしまなみ海道が開通したものの山陰と山陽の格差が大きくなる結果となった。

さらにバブル経済が破綻すると、1996年以後のデフレーションの進行や不良債権の処理、郊外ショッピングセンターの隆盛などとも相まって、地方全体が不況に悩まされた。

近年は山陽側の各都市において再び好景気となる反面、山陰側の都市や中山間地域では引き続いて厳しい状況が続いており、早急な格差是正対策が求められている。


注釈

  1. ^ 大阪朝日新聞広島山口版の1918年12月17日付けで、記事見出しが「陰陽連絡鉄道」となっている他、バスジャパン・ハンドブック5『中国ジェイアールバス』p18-19、p24、p27、p29、p33、鈴木文彦『高速バス大百科』(1989年・中央書院)p81など、用例多数。
  2. ^ 2012年度から学校法人から公立大学法人に移行
  3. ^ 2016年度より設置者が学校法人東京理科大学から公立大学法人山陽小野田市立山口東京理科大学となり、公立大学に移行した
  4. ^ 近畿大学広島キャンパス(広島県東広島市)にある。本部は大阪府東大阪市
  5. ^ 2009年9月に遊覧飛行用の空港であった北海道弟子屈町弟子屈飛行場が廃止になった例はある。

出典

  1. ^ 中国地方 - Yahoo!百科事典[リンク切れ]
  2. ^ 岸田裕之執筆「中国」の項、『日本史大事典4』平凡社1993年
  3. ^ 島根県HP二ツ山城跡の記述の中
  4. ^ 『日本地名大百科』、小学館、1996年、p.730 ISBN 4-09-523101-7
  5. ^ 女子日本地理教科書. 明治34年2月』 - 国立国会図書館デジタルコレクション
  6. ^ 年齢(5歳階級),男女別人口,年齢別割合,平均年齢及び年齢中位数”. 総務省. 2021年10月21日閲覧。
  7. ^ 平成19年度県民経済計算 Archived 2010年12月20日, at the Wayback Machine.
  8. ^ World Economic Outlook Database
  9. ^ 経済産業省・工業統計調査
  10. ^ 2012年(平成24年)11月15日に広島西飛行場としての供用廃止。(国土交通省告示1143号) 同日より広島ヘリポートとして供用開始。(国土交通省告示1144号)


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