上野国 上野国の概要

上野国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/23 16:33 UTC 版)

上野国

-上野国
-東山道
別称 上州(じょうしゅう)
上毛(じょうもう・かみつけ)
上毛野(かみつけの・かみつけぬ)
所属 東山道
相当領域 群馬県[注釈 1]
諸元
国力 上国のち大国[注釈 2]
距離 遠国
14郡102郷
国内主要施設
上野国府 群馬県前橋市
上野国分寺 群馬県前橋市高崎市上野国分寺跡
上野国分尼寺 群馬県前橋市高崎市
一宮 一之宮貫前神社群馬県富岡市
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「上野」の由来と読み

毛野地域の変遷
4世紀頃?毛野
 
 
 
 
 
 
 
 
5世紀末頃?上毛野下毛野那須
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
7世紀末上毛野国下毛野国
 
 
 
 
8世紀初頭上野国下野国
 
 
 
 
 
 
 
 
現在の
都道府県
群馬県栃木県

古代関東には「毛野(けの/けぬ)」および「那須(なす)」と呼ばれる地域と、それぞれを拠点とする政治勢力が存在した。そして前者の毛野が上・下に二分されて「上毛野(かみつけの/かみつけぬ)」「下毛野(しもつけの/しもつけぬ)」となったといわれる[2][3]。毛野の起こりについては、『常陸国風土記』によると筑波はもともと紀の国であるといい、この紀の国と毛野が同一かは不詳だが、「毛野河」は筑波西部の郡の境界とある。また『続日本紀』では毛野川は古くから常陸国下総国の境界であると記されているなど、毛野と毛野川(現在の鬼怒川)の深い関わりがうかがわれる。『上野名跡志』では下野国河内郡衣川郷が毛野という名称の由来と推察されている。

国名の上下については、上総国下総国などと同様、一国を「上」と「下」に二分したものとされるが、備・越・筑・豊・肥等のように前後に分けられた国との違いは不詳である[4]。またこの分裂は史書に無く詳細は不明で、古くから議論がある(「毛野#毛野の分裂」を参照)。

大宝律令』の制定においても、上毛野は「上毛野国(かみつけの/かみつけぬ)」として令制国の1つに定められた[5]。その後、上毛野国・下毛野国の国名は「上野国」・「下野国」と改められた。この際、「毛」の字は消えたものの「こうずのくに」として読みにその名残をとどめている。「上毛(じょうもう)」という別称は今でも用いられている。なお「かみつけ」からの転訛であるが、読みは慣用的に「こうづけ」でなく、四つ仮名の混同により(現代仮名遣いでは)「こうずけ」と振られて表記される。

読みについて、『和名抄』には「加三豆介乃」[6]、『万葉集』には「可美都氣努」「可美都氣野」などが見られる。同集で当国名が詠まれた12首のうち11首までは末尾を「努(ヌ)」と詠んでいるのに対し「乃(ノ)」としているのは1首のみで[7]奈良時代頃までは「かみつけぬ」後世に「かみつけの」と読みが変わったものと推定されている。さらに、「美」については「ウ」とも読み[注釈 3]、「ウ」の次の読みは濁ることが多く「ヅ」となり訛って「ノ」を省き「カウヅケ」となったとの解釈がある[8]。そして、「かう〔kau〕二重母音」→「こー〔kɔː〕(長母音円唇後舌半広母音)」のように変化していったものと思われる。

「努」の読みの解釈については「努」は万葉仮名の「ノ(甲類)」であるとし、「けぬ」は江戸時代以来の誤った読みとする説もある[9][10][11][12]。ただし、万葉集では「努」はもとより「野」についても「ヌ」の読みに充てている例もあるため、「毛野」を「けの」または「けぬ」とする例も少なからず見られる[2][13][14]

藤原宮跡出土木簡の中には「上毛野国車評桃井里」の記載が見られる[15]

沿革

日本書紀』によると、上毛野国造上毛野君崇神天皇長子で東国の統治を任じられた豊城入彦命を祖とするとされる[16]。また上野は日本武尊蝦夷を平定し日高見国から西南の地常陸国に戻って甲斐国に至り、その北にあって従わない信濃およびを征するため武蔵および上野を経由して碓日坂を登り碓日峰で東南を見下ろして「吾嬬者耶」と言ったことで知られる[16]

また、書紀では上毛野君は仁徳天皇の御世に新羅と戦い捕虜を得たといい、またその後天智天皇の御世には百済新羅に攻められた際、百済を軍事的に支援するため朝鮮半島に遣わされたという[16]。この間推古天皇9年(601年)9月8日には新羅人の間諜者である迦摩多が対馬で捕えられ上野に配流されており[16]、上野国と朝鮮半島が古い時期から深く関わりを有していたことがうかがわれる。「国造本紀」では仁徳朝に下毛野国造が分置されたとされる。

和銅4年(711年)に甘楽郡(かむらのこほり)の織裳(おりも)・韓級(からしな)・矢田(やた)・大家(おおや)の4郷、緑野郡(みとののこほり)の武美1郷、片岡郡(かたおかのこほり)の山等(やまな)1郷、計6郷が各郡から分離され多胡郡(たごのこほり)が新設され[17]倭名類聚抄の成立期には碓氷(うすひ)・片岡(かたおか)・甘楽(かむら)・多胡(たご)・緑野(みとの)・那波(なは)・群馬(くるま)・吾妻(あかつま)・利根(とね)・勢多(せた)・佐位(さゐ)・新田(にふた)・山田(やまた)・邑楽(おはらき)の計14郡があった[18]

親王任国の統治時代

国級は上国であったが、弘仁2年(811年2月15日大国に変更となり[19]天長3年(826年)旧暦9月6日、上野国と常陸国上総国の3国には国守として親王遥任される親王任国となった[20]。このため、上野国の現地長官は次官の上野介であった。良馬の産地として勅旨牧がおかれた。

全国に10余りしか現存しない奈良時代以前の石碑のうち、3つが多胡郡にある。藤原宮木簡には、上毛野国と表記。国衙のあった国府群馬郡にあった。現在の前橋市元総社町付近と推定されているが、その遺跡の所在を確認するには至っていない。その周辺には国分寺跡・国分尼寺跡・総社神社がある。

承平天慶の乱

天慶2年(939年)、承平天慶の乱において平将門新皇自称して関東八ヶ国の国司を任命した。

天慶3年(940年)、平将門は打ち首獄門に処された。

守護の統治時代

鎌倉幕府

比企氏安達氏北条氏守護を務めた。

室町幕府

山内上杉家守護関東管領を務めた。

関東管領の統治時代

山内上杉氏統治時代

天文15年(1546年)、河越夜戦での上杉憲政方が大敗。

天文21年(1552年)、平井城北条氏康に攻め落とされ、関東管領上杉憲政(山内上杉家)が敗走し、越後に逃れた。

天正6年(1578年)、上杉謙信の死去を以って、関東管領の統治が終わった。

後北条氏統治時代

永禄年間に後北条氏が上野国を領国化した。

武田氏統治時代

永禄4年(1561年)に甲斐国武田信玄による西上野侵攻の結果、西上野が甲斐武田氏支配下となり、城代を置いた。

武田氏滅亡時

天正10年(1582年)、武田氏が滅亡すると、倉賀野秀景織田信長方の滝川一益に従った。

天正10年(1582年)、神流川の戦いにて後北条氏滝川一益(織田氏)が戦い、後北条氏方が勝利した。

小田原征伐

天正18年(1590年)、豊臣秀吉による小田原征伐が行われると、上野国の武将の一部は後北条氏武将として小田原城に籠城した。

江戸時代

江戸時代には、沼田藩前橋藩安中藩高崎藩伊勢崎藩七日市藩吉井藩小幡藩、および館林藩が置かれた。この他、明治維新まで実質的に命運を保つことができなかった藩として総社藩那波藩板鼻藩矢田藩上野豊岡藩大胡藩白井藩青柳藩上里見藩および篠塚藩がある。


注釈

  1. ^ 桐生市のうち桐生川以東は含まない。
  2. ^ 記紀』・『六国史』での格は811年弘仁2年)までは上国、以後は大国。
  3. ^ 助動詞「む」から「う」が生まれたように、「mi(み)」の「i(い)」が取れて、「m(む)」になり、さらに「ウ音便化」したものと想定される。
  4. ^ 概ね桐生川以東。

出典

  1. ^ 「上野国」『国史大辞典』吉川弘文館。
  2. ^ a b 『世界大百科事典』(平凡社)毛野(けぬ)項。
  3. ^ 『国造本記』(『先代旧事本紀』第10巻)下毛野国造条。
  4. ^ レファレンス協同データベース - 栃木県立図書館回答
  5. ^ 『日本の地名 群馬県の地名』(平凡社)上野国節。
  6. ^ 『和名抄』。
  7. ^ 『万葉集』。
  8. ^ 古事記伝
  9. ^ 日本古典文学大系本『萬葉集 一』(岩波書店、昭和32年)。
  10. ^ 万葉集検索システム(山口大学教育学部)、佐佐木信綱『新訓萬葉集』(岩波文庫)参照。
  11. ^ 『大辞林』(第三版)毛野項。
  12. ^ 熊倉浩靖 『古代東国の王者 上毛野氏の研究 2008年改訂増補版』(雄山閣)p.5。
  13. ^ 日本大百科全書、ニッポニカ・プラス(小学館)
  14. ^ 大辞泉(JapanKnowledge)
  15. ^ 『国史大辞典』(吉川弘文館)上野国項。
  16. ^ a b c d 日本書紀
  17. ^ 続日本紀
  18. ^ 倭名類聚抄
  19. ^ 日本後紀
  20. ^ 類聚三代格
  21. ^ a b c 金沢清則. “上野国府とその付近の東山道、および群馬、佐位駅家について”. 2022年10月23日閲覧。
  22. ^ 『中世諸国一宮制の基礎的研究』(岩田書院、2000年)pp. 276-283。
  23. ^ 吉井藩領の「旧高旧領取調帳」の記載は岩鼻県。本項では「角川日本地名大辞典」の記述による。


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