ワルキューレ 学説

ワルキューレ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/12/16 03:08 UTC 版)

学説

ヴァルキュリャの起源と発展

『ノルンたち』(ヨハンズ・ゲールツ、1889年)

ゲルマン人の信仰から北欧神話への系譜の中で、ヴァルキュリャという概念がどのように誕生し発展してきたかについては、さまざまに論じられてきた。ルドルフ・ジメックは、ヴァルキュリャがもともとは「戦場で死んだ戦士がなる死者たちの精霊」として捉えられており、「ヴァルホルの観念が戦場から戦士の楽園へと変じる」中でヴァルキュリャの解釈も変わったのだと論じ、ヴァルキュリャとオージンの強い結びつきは、初期の「死の精霊」としての役割の段階から存在したと述べている。もともとのイメージは「ヴァルホルのエインヘリャルのように暮らしたというアイルランドの女戦士、いわゆる盾乙女によって上書きされ」たとジメックは主張している。ヴァルキュリャは「死の精霊としての性質が薄れて、より人間らしくなり、人と恋に落ちることすら可能にな」ることによって、英雄詩の中で人気のある登場人物となりえたということになる。またジメックは、ヴァルキュリャの名前の大部分が戦争に関する要素であることにも言及し、これらの名前は古いものではなく、「ほとんどが真の伝承というよりも詩想として生まれたものである」と述べている[57]

マクラウドとミーズは、「死体を選ぶというヴァルキュリャの役割は、後世の北欧神話の中で、人の運命を決めるという超自然的存在であるノルンと混同されるようなった」と論じている[58]

H・E・デイヴィッドソンは、「何世代もの詩人や語り部によって顕著に洗練されたヴァルキュリャ像が作り上げられてきたが、その中にはいくつかの観念を見て取ることができる。まず人の運命を定めるというノルンに似た部分。次に呪文によって戦場で男たちを守る予言の巫女。そして若者に加護を与え幸運をもたらす、特定の一族に憑いた強力な守護霊。最後に、黒海のあたりで実際に存在したとされる男のように鎧に身を包み戦場で戦う女たち」であると述べ、加えて、そこには「戦の後に捕虜を処刑する儀式を執り行う戦争の神の巫女」の記憶もあるだろうとしている[59]

デイヴィッドソンは、ヴァルキュリャが字義通りには「死者を選ぶもの」という意味であることを強調している。ウルフスタンの『イングランド人への説教』にある「罪人、魔女、悪人のブラックリスト」の中で言及される人々を比較検討して、その中の「死者を選ぶもの(wælcyrge)」があくまで「人間であり、ウルフスタンが神話上の人物をここに含めたとは考えがたい」と結論づけている。またデイヴィッドソンは、アラブの旅行家アフマド・イブン・ファドラーンが詳細に記録した、ルーシによるヴォルガ川での船葬の描写の中に、「見るもおぞましい巨躯のフンの老女」(ファドラーンは「死の天使」と呼んだ)が、娘と思われる二人の女を連れ、奴隷の少女の処刑を指揮していたというものがあることを指摘している。「おぞましい仕事のせいで正気を失っていたに違いない女性について、おかしな伝説が生まれてもさほど驚くには値しないだろう。戦争で捕虜になるものもいるという明らかな仮定はさておいても、どの囚人を殺すかはくじで決められるから、神が巫女の仲介を通して犠牲者を『選ぶ』という考えは一般的であったはずである」。デイヴィッドソンは、「早い段階」からゲルマン人は、「獰猛な女性の霊が戦の神の命令を執行し、不和を掻き立て、戦に加わり、死体を取っては貪り食う」と信じていたと述べている[60]

ヴァルキュリャの名前

古エッダ』の『グリームニルの言葉』および『スノッリのエッダ』の『詩語法』1章『名の諳誦』でヴァルキュリャの名前が列挙されているが、『フンディングル殺しのヘルギの歌 その1』『その2』に登場するシグルーンなど、これらに含まれないものもある。ヴァルキュリャの名前の多くは戦、特にオージンとの関連の深い武器である槍と関連付けられている[61]。ヴァルキュリャの名前は特に個人を指すものではなく、むしろ戦の女神としての特性を記述するものとして、スカルド詩人たちによって創造されたものであるという主張もある[62]

実際、名前が役割や能力を表しているようなヴァルキュリャもいる。へリャという名前は、187年の石碑に名前のある女神ハリアサとのつながりを示すものと解釈されている[63]。ヘルフィヨトルは、足かせを置く能力を示すものと解釈されている[64]。スヴィプルは、彼女が運命(ウィルドやオルログとよばれるもの)に対して影響力を持つということを説明したものであろう[65]

フレイヤとフォールクヴァング

『フレイヤ』(エミール・ドプラー、1882年)

女神フレイヤと彼女が治める死後の領域フォールクヴァングもまた、ヴァルキュリャと関連していると論じられてきた。ブリット=マリ・ネイストレムは、フレイヤが「戦に馳せては死者の半分を連れ帰る」という『ギュルヴィたぶらかし』の記述に注目し、フォールクヴァングを「戦士の領域」と解釈している。ネイストレムは、フレイヤはオージンと同じく戦場で死んだ英雄たちを受け入れるとし、彼女の館セスルームニル(ネイストレムの解釈では「数多くの席に満ちたもの」の意)はヴァルホルと同様の機能を果たしている可能性があるとしている。ネイストレムは、「とはいえ、古代北欧ではなぜ死んだ英雄の楽園が2つあるのかという疑問は残る。一つの可能性としては、オージン側となるかフレイヤ側となるかは戦士のイニシエーションの形態の違いを反映しているのかもしれない。このような例が示しているのは、フレイヤは戦神であり、文字通り『死者を選ぶもの』たるヴァルキュリャとしても立ち現れるということである」と述べている[66]

アンドレ・ドバも、「斃れた戦士の半分を選んで死の国フォールクヴァングに連れて行くという神話上の役割をもつことで、女神フレイヤがヴァルキュリャないしディースの神話的見本として立ち現れている」と指摘している[67]

ディース、イディス、ノルンとの関係

『イディス』(エミール・ドプラー、1905年)

古高ドイツ語による呪文の一つメルゼブルクの呪文には、イディス(古ザクセン語: idis古高ドイツ語: itis古英語: ides)と呼ばれる女性的存在を喚び出して軍隊を遅滞させようとする術がある。呪文は以下の通りである。

Eiris sazun idisi
sazun hera duoder.
suma hapt heptidun,
suma heri lezidun,
suma clubodun umbi cuoniouuidi:
insprinc haptbandun,
inuar uigandun.

かつて賢き女ども座せり
ここかしこに。
ある者はいましめの鎖をととのえ、
ある者は敵の軍兵をおさえ、
ある者は鎖をむしりとれり。
「いましめを脱し、
敵を逃れよ!」[68]

この呪文におけるイディスは、一般にヴァルキュリャを指していると考えられている。ジメックは、「ヴァルキュリャは北欧神話において敵軍を縛する力を持っており、イディスは明らかにこのたぐいのものである」と述べ、ヘルフィヨトル(「軍勢の縛め」)という名前との関連を指摘している。ヒルダ・R・デイヴィッドソンは、古英語の別の呪文(Wið færstice)との比較を行って、同様の役割を措定している。

ジメックによれば、西ゲルマン語群のIdisという語は、「既婚未婚問わず、威厳ある尊敬の対象となる女性、ラテン語でいうところのmatrona」を指し、議論の余地があるとはいえ北ゲルマン語群ディースdís)との関係が十分に想定されうるという。また、紀元16年アルミニウスゲルマニクスが戦ったイディシアヴィーソ(Idisiaviso、「イディスの平原」の意)という地名にも触れ、メルゼブルクの呪文におけるイディスの役割との関連を指摘している。

古ノルド語dísは、古高ドイツ語のitisや古ザクセン語のidis、古英語のidesと同じく「女性」を表す一般名詞だが、女神の一類型を示すのにも使われたと考えられている。「エッダ資料に基づけば、ディースとはヴァルキュリャに似た死者の守護者であり、実際、『グズルーンの歌 その1』の第19スタンザではヴァルキュリャは「オージンのディース」と呼ばれてすらいる」。『アトリの歌』28スタンザでは、ディースははっきりと「死んだ女」と呼ばれている。ディースとは死んだ女性の魂であるという信仰は、アイスランドのランドディーシルの観念にも通じるものである[69]。ジメックは、「力ある女性の役割は極めて多種多様であるから、ヴァルキュリャ、ノルンといったディースへの信仰も、多数の女神格に対する信仰が異なる形で現れたものと考えることができる」 と述べている。

ヤーコプ・グリムによれば、ノルンとヴァルキュリャが性質的に似ているとしても、この2つの概念には根本的な違いがあるという。ノルンもヴァルキュリャもディースに含まれるが、「しかし2つの役割は異なるし、普通別人である。運命を告げるノルンは、糸を繰りながら椅子に座っていたり田園を歩き回ったりするが、馬に乗ると書いてあるものはどこにもない。ヴァルキュリャは馬に乗って戦へ馳せ参じ、その趨勢を決め、死者を天へ連れ帰る。その様は英雄のごときである」と述べている[70]

古英語の同根語と語義

ウルフスタン『イングランド人への説教』の1ページ

wælcyrgeないしwælcyrieという単語が古英語写本に現れることがある。これは、古ノルド語のvalkyrjaの同根語と考えられるが、古英語では基本的に外来の概念を翻訳するような場合に用いられている。例えば、アルドヘルム『処女賛美』の11世紀初頭の写本では、ウェヌス(ueneris)の語のところにwælcyrgeないしgydene(女神)という注釈が付けられている。2つの写本(クレオパトラ語彙集とコーパス語彙集)では、Wælcyrgeはギリシアのエリーニュスたちの名前の訳語として用いられている。クレオパトラ語彙集では、ローマの女神ベローナを指して用いられている箇所もある。

ウルフスタンによる『イングランド人への説教(Sermo Lupi ad Anglos)』にはwælcyrieの語があり、これは「魔女」を示す単語として使われていると考えられている[71]。エジプト軍の上を飛ぶワタリガラスを「死者を選ぶ黒きもの(wonn wælceaseg)」と書いている箇所もある。

リチャード・ノースは、『イングランド人への説教』での表現は明らかに北欧の影響を受けており、古ノルド語からの借用ないし翻訳と考えられる一方で、クレオパトラ語彙集とコーパス語彙集の例は「スカンディナヴィアの影響とは独立したアングロ・サクソンの観念であろう」と述べている[72]




注釈

  1. ^ ドイツ語のWalküre(ワルキューレ、ヴァルキューレ)は、古ノルド語valkyrja(ワルキュリャ、ワルキュルヤ)からの借用である。英語ではvalkyrie(ヴァルキリー)という。日本では、アイスランド語での発音を反映したヴァルキュリャ、ヴァルキュリヤや、ノルウェー語ブークモールに基づくヴァルキューリといった転写も見られる。
  2. ^ 「勝利の樹」は戦士のケニングで、「賢明なる勝利の樹」はオーディンを指す。「神聖な死体」は死んだバルドルのこと[31]
  3. ^ 「余」はオーディンのこと[32]

出典

  1. ^ Byock (2005:142–143).
  2. ^ Orel (2003:442).
  3. ^ Simek (2007:254 and 349).
  4. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』p.12.
    ヴァルキュリャの名前については Orchard (1995:193–195).
  5. ^ Larrington (1999:57).
    ヴァルキュリャの名前については Orchard (1995:193–195).
  6. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』p.93.
  7. ^ Orchard (1997:83).
  8. ^ Simek (2007:251).
  9. ^ Larrington (1999:102).
  10. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』p.104.
  11. ^ Orchard (1997:194).
  12. ^ Larrington (1999:116–117).
  13. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』p.106.
  14. ^ Larrington (1999:120).
  15. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』p.108.
  16. ^ Larrington (1999:122).
  17. ^ Orchard (1997:81).
  18. ^ Larrington (1999:125).
  19. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』p.114.
  20. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』p.115.
  21. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』p.116.
  22. ^ Larrington (1999:132).
  23. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』p.119.
  24. ^ Larrington (1999:133 and 281).
  25. ^ Larrington (1999:135).
  26. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』p.125.
  27. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』p.143.
  28. ^ Larrington (1999:166–167).
  29. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』p.144.
  30. ^ a b 『エッダ 古代北欧歌謡集』p.253.
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  32. ^ スノリ『エッダ』「詩語法」訳注」、pp.10-12
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  74. ^ Gentry et al. 2011, pp. 222.
  75. ^ 三省堂『クラウン独和辞典』1480頁。1991年3月1日発行。






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