ロサンゼルス・レイカーズ 概要

ロサンゼルス・レイカーズ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/19 05:38 UTC 版)

概要

NBAの前身であるNBL英語版時代から存在し、多くのスター選手を輩出してきた古豪球団であり、東海岸ボストン・セルティックスに対して、西海岸きっての名門チーム。ビックマーケットのロサンゼルスに位置してることから、人気度と知名度が高く、著名人のレイカーズファンが多いことでも知られている。

元はミネソタ州にあり、一帯には湖が多かったことにちなんでレイカーズと名付けられた。

同じロサンゼルスに本拠地を置くNBAチームのロサンゼルス・クリッパーズWNBAロサンゼルス・スパークスNHLロサンゼルス・キングスのホームアリーナであるクリプト・ドットコム・アリーナを共同で使用している[1]

1971-72シーズンにおいて、北米4大プロスポーツリーグの中でも最長となる33連勝という記録を保持している[10]。現在、レイカーズに在籍したことがある26人の選手と4人のヘッドコーチ殿堂入りとなっており、王朝時代を築いた4人の選手(ジャバー、マジック、シャック、コービー)らのレイカーズ在籍時に獲得したシーズンMVPは計8個である[11]

経済誌『フォーブス』によると、2021年のレイカーズの資産価値は推定46億ドルと算出しており、NBAチームの中ではニューヨーク・ニックス(50億ドル)、ゴールデンステート・ウォリアーズ(47億ドル)に次ぐ3位、全世界のスポーツチームの中では7位と格付されている[12]

歴史

1947–1958:始まりとミネアポリス王朝

1946年、デトロイト・ジェムズとして創設され、NBLに加盟。4勝40敗と惨憺たる結果に終わり(ジェムズの勝敗は通算勝敗に数えない)、1947年にはミネアポリスへ移転し、ミネアポリス・レイカーズに改名した(ミネアポリスのあるミネソタ州は湖が多いことで有名)。前年、デトロイト・ジェムズがリーグ最低の成績に終わっていたため、後に偉大なセンターとなるジョージ・マイカンをドラフトで獲得した。1948年、所属していたNBLとBAAが合併、NBAが結成される。

ジョン・クンドラに率いられたチームは後に殿堂入りしたヴァーン・ミッケルセンジム・ポラード、ド・ラヴレットらを擁し1952年から1954年までの3連覇を含み、1949年、50年にも優勝、6年間で5回優勝と黄金時代を築いた。

1958–1968:ロサンゼルスに移転、セルティックスとのライバル関係

強豪でありながら、ミネアポリスを名乗っていたことの影響から対岸のセントポールのファンを獲得できなかったことで人気の伸びに限界のあったチームは、1960年にロサンゼルスへ移転。ロサンゼルス・レイカーズとなる。1960年代は殿堂入りしたエルジン・ベイラージェリー・ウェストゲイル・グッドリッチそしてウィルト・チェンバレンを擁したが豊富なタレントにもかかわらず8年間のうち、6度もボストン・セルティックスを破ることができずに優勝することが出来なかった。

セルティックスのビル・ラッセルが引退するとNBAは新時代を迎えニューヨーク・ニックスが台頭しレイカーズと3回NBAファイナルで激突した。1960年代のライバルがセルティックスなら1970年代のライバルはニックスとなった。1970年にニックスとファイナルで対戦したが敗退する。1972年にベイラーが怪我が元で引退をするとチームの結束力は高まり、ビル・シャーマンヘッドコーチのもとでアメリカのプロスポーツチーム最多連勝記録33連勝を記録しファイナルでニックスを破り久々に優勝した。これはロサンゼルスにもたらされた最初のチャンピオンシップとなった。その後、チェンバレンやウェストなど主力選手が引退し世代交代していく。トレードでカリーム・アブドゥル=ジャバーを獲得したが見返りに有能な選手を放出したためしばらくは優勝できなかった。

1979–1991:「ショータイム」

マジック・ジョンソンとアブドゥル=ジャバーらの「ショータイム」によりレイカーズを1980年代に5つのNBAタイトルに導いた。

1979年にマジック・ジョンソンが入団してから黄金時代を築く。 1979-80シーズンNBAファイナルフィラデルフィア・セブンティシクサーズを破り、ジョンソンは新人ながらファイナルMVPを受賞した。ジョンソンはジャバーが欠場した試合で42得点15リバウンド7アシストを記録してシリーズを制した。

1982年にはジェリー・ウェストがジェネラルマネージャーに就任、ジェームズ・ウォージードラフト1位で獲得し、ジョンソンを中心とした華やかな速攻からチームは「ショータイム」と呼ばれた。1980年代には元レイカーズの選手のパット・ライリー率いるレイカーズは10年間のうち、8回ファイナルに進出し、そのうち5度優勝した。1987年、88年の連覇は1969年のボストン・セルティックス以来であった。この間、ラリー・バード擁するボストン・セルティックスと3回対戦、そのうち2回優勝、ジュリアス・アービング擁するフィラデルフィア・セブンティシクサーズとは3回対戦して2回優勝している。

1985年のNBAファイナルにおけるマジック・ジョンソンとジャバー。

特に1987年のチームはボストン・セルティックスを倒しNBA歴代最高のチームに選ばれた。1988年、89年のファイナルではアイザイア・トーマスを中心としたバッドボーイズデトロイト・ピストンズと2年連続対戦、88年はトーマスの負傷もあって4-3で勝利したが、翌89年は4連敗で敗れた。アブドゥル=ジャバー、ライリーが去った91年にもファイナルに進出したがマイケル・ジョーダン擁するシカゴ・ブルズに敗れ、ジョンソンはしばらく現役を退いた。その後はウォージーも引退し、1990年代中盤頃にはセドリック・セバロスブラディー・ディバッツエルデン・キャンベルニック・バン・エクセル、アンソニー・ピーラー、ジョージ・リンチ、エディー・ジョーンズなど、好選手を多く擁した布陣を敷くが、プレーオフを勝ち抜くには至らなかった。

1996-2016:コービー・ブライアントの時代

シャック&コービーの王朝

シャキール・オニール(左)とコービー・ブライアント(右)は3年連続のNBAチャンピオンをチームにもたらした。

1995-96シーズン終了後シャキール・オニールオーランド・マジックより獲得、シャーロット・ホーネッツが全体13位で指名したコービー・ブライアントを、ベテランセンター・ブラデ・ディバッツとのトレードで獲得、また全体24位でデレック・フィッシャーを獲得すると次第にチーム状態は上向き一躍優勝候補になった。

1999年にフィル・ジャクソンをヘッドコーチに迎え、グレン・ライスロン・ハーパーホーレス・グラント(デニス・ロッドマンも入っていたが、解雇される。)らベテラン選手を加えたチームは躍進し、レイカーズは2000年、2001年、2002年に3連覇を果たしオニールは3年連続でファイナルMVPを受賞して再び黄金時代を築いた。特に2001年のプレイオフのレイカーズは15勝1敗で過去最高の勝率を記録した。2003年にサンアントニオ・スパーズに敗北し、4連覇の道は閉ざされた。

2003-04シーズン前、何としてもチャンピオンリングを取りたい大物ベテランのカール・マローンゲイリー・ペイトンとを加え「史上最強のチーム」とも呼ばれ、2004年のファイナルに進出したがデトロイト・ピストンズに1勝4敗で敗れた。マローンの不振が敗因の1つとも言われている。また、オニールとコービーは不仲であり(どちらが攻撃の中心となるか、という問題において)、2004年7月にオニールはラマー・オドムらと交換でマイアミ・ヒートに移籍し、フィル・ジャクソンもチームを去った。

コービー&ガソルの時代

コービー・ブライアント(左)とパウ・ガソル(右)を中心に2連覇を達成した。

2004-05シーズンにプレイオフ出場を逃したが、2005-06シーズンにはフィル・ジャクソンが帰還。チームは、フランチャイズ歴代最多記録となる1試合81得点などを記録したコービーを中心に戦ったがウエスト7位に終わり、プレーオフ1回戦でフェニックス・サンズに敗れた。レイカーズが1回戦を勝ち上がっていた場合、同じステイプルズ・センターを本拠地とするロサンゼルス・クリッパーズとの対戦という面白い組み合わせとなるところだった。オニール退団後の数年は、コービーはスコアラーとしての能力を存分に発揮したが、チームとしては低迷していた。

2007-08シーズンの冬季トレード市場では、クワミ・ブラウンジャバリス・クリッテントン、ドラフト指名権とのトレードでメンフィス・グリズリーズから2002年の新人王を受賞したパウ・ガソルを獲得し、大型センタープレーヤーの補強に成功すると再び「西の強豪」となりNBAファイナルにも4年ぶりに進出したが、宿命のライバルであるボストン・セルティックスに敗れた。

2008-09シーズン、ファイナルでオーランド・マジックを破り7季ぶり15回目の優勝を果たした。

ホワイトハウスに招かれたレイカーズ一同

2009-10シーズン、一昨年敗れた宿敵の相手ボストン・セルティックスをファイナルで破り2連覇を達成。

2010-11シーズンは3連覇を狙ったが、その年のファイナルを制したダラス・マーベリックスにプレーオフセミファイナルでスイープ負けを喫し、不完全燃焼でシーズンを終え、フィル・ジャクソンも退任した。

6年連続でプレーオフに進出した2011−12シーズンは昨年の名誉挽回を試みたが、1回戦のデンバー・ナゲッツに予想外に手こずり7戦目でようやく勝利したが、2回戦はオクラホマシティ・サンダー相手に1勝しかできず、セミファイナルで敗退。

ナッシュ&ハワードの獲得、しかし低迷期へ

2012年7月11日、サイン&トレードでMVPを2回獲得したスティーブ・ナッシュの獲得を発表。背番号は10。ナッシュの前所属であるフェニックス・サンズは2013年と2015年のドラフト1巡目指名権、2014年と2015年のドラフト2巡目指名権、現金300万ドル(約2億4,000万円)をレイカーズから獲得することとなった。さらに当時現役最強のセンターであったドワイト・ハワードオーランド・マジックから獲得し、3年ぶりの優勝を狙った。しかし、HCのマイク・ブラウンが取り入れた「プリンストン戦略」に選手が上手くハマらずプレシーズンは0勝8敗に終わり、史上初のプレシーズン全敗を記録した。加えてレギュラーシーズン第2戦目でナッシュが当時ルーキーのデイミアン・リラードと衝突、その際に右脚を骨折する重症を負い20試合以上を離脱することになった。結局、第4戦目にしてブラウンが成績不振を理由に解雇され、代わりにナッシュがサンズ時代にHCを勤めていたマイク・ダントーニが就任する。この就任はナッシュがダントーニの得意とするアップテンポなバスケスタイルを理解しており、以前アマレ・スタウダマイアーと展開したようなピック&ロールがハワードと再現できるとチームが考えていたからとされている。

しかしナッシュが怪我で離脱している間、チームの戦略がブラウンのディフェンシブな物からダントーニの超オフェンシブな物に変わり、チームは混乱に陥った。コービーのもとそこそこ奮闘したが、この方針の急転換に選手がついていけるはずがなく、成績は悲惨なものに。ダントーニの戦略を熟知しているナッシュが怪我から2ヶ月後に復帰した時期には希望が見えかけたが、ピック&ロールをほとんど経験していないハワードにはアマレのような立ち回りができず、NBAオールスターゲーム前の前半は25勝29敗と勝率5割をきっていた。オールスター後、ダントーニは「チームがプレイオフに行くには20勝8敗が最低条件」と言及。勝率5割をきっていた彼らには高すぎるハードルだった。

ところが、後半戦では快進撃を見せつけ「最低条件」をクリア。プレーオフ圏内の7位に滑り込んだ。しかし、コービーがレギュラーシーズン終了5日前のゴールデンステート・ウォリアーズ戦でアキレス腱を断裂、プレーオフは絶望的になった。

そんな状況で迎えたプレーオフでは、1回戦でサンアントニオ・スパーズと対戦。しかし、多くの選手を怪我で無くしていたチームは機能せず、屈辱のスイープ負け、屈辱のシーズンに幕が降ろされた。シーズン終了後、ハワードはヒューストン・ロケッツに移籍した。

2013-14シーズンはコービーがわずか6試合、ナッシュが15試合しか出場にできなかったこともあり、ロサンゼルスにフランチャイズ移転以降初めて30勝以下となる、27勝55敗でシーズンを終えた。8シーズン続いていたプレーオフ進出も途切れることとになった。

2014-15シーズンは、ヘッドコーチにチームOBのバイロン・スコットを招聘し、再スタートを切ることになった。しかしガソルがシカゴ・ブルズに移籍するなど暗雲は依然垂れ込めていた。チームはガソルの獲得に伴ってブルズから放出されていたカルロス・ブーザーと契約。更にヒューストン・ロケッツから地元出身のジェレミー・リンを獲得するなど、積極的に動いたが、前シーズンからの悪夢は続く。キャンプ中にニック・ヤングが右手を骨折し、ナッシュが持病の背中痛を悪化させてそのまま引退を表明。更に開幕戦のヒューストン・ロケッツ戦で、ルーキーのジュリアス・ランドルがシーズン絶望となる怪我(右足の骨折)を負ってしまう。そしてコービーも2015年に入って右肩を負傷し手術のためにシーズン残り試合を全休となるなど、ネガティブな要素ばかりが目立ってしまった。スコットHCが掲げていたチームディフェンスの立て直しも当然進まず、結局は前シーズンをも下回る21勝61敗というチームワーストの成績でシーズンを終えた。

2015-16シーズンは開幕直後からコービーが絶不調で、それに引きずられるようにチームも負けを重ねた。11月29日にコービーが引退宣言を行い、レジェンドのファイナル・シーズンにチーム内外から奮起を求められるも、その後もNBAワーストの28連敗中だったフィラデルフィア・76ersに敗れるなど調子は上がらず、2年連続でチームワーストを更新する17勝65敗に留まりウェスタン・カンファレンス最下位でシーズン終了。コービーに花道を飾ることはできなかった。

2016-2018:コービー引退後

2016年4月24日、レイカーズはバイロン・スコットの次のシーズンの契約オプションを行使しないことを発表した[13]。4月29日、ルーク・ウォルトンを新ヘッドコーチとして就任した。ウォルトンは当時プレーオフ真っ只中のゴールデンステート・ウォリアーズのアシスタントコーチに就任していたため、ウォリアーズのプレーオフが終了するまで正式にヘッドコーチとして活動できなかった[14]2016年のNBAドラフトではデューク大学出身のブランドン・イングラムを全体2位で指名した[15]

2017年2月21日、レイカーズはゼネラルマネージャーのミッチ・クプチャクを解雇し、マジック・ジョンソンをバスケットボール事業の社長に任命した[16][17]。2017年3月7日、レイカーズはロブ・ペリンカをゼネラルマネージャーとして5年間の契約を結んだ[18]2017年のNBAドラフトでは昨年と同じ全体2位でロンゾ・ボールを指名した[19]。また、27位でブルックリン・ネッツから指名されたカイル・クーズマをドラフト開催日にブルック・ロペスデアンジェロ・ラッセルらが絡んだ大型トレードにより権利がレイカーズに移動し獲得した。

2018-現在 : レブロンの時代

2018-19シーズン開幕前、FAとなったレブロン・ジェームズクリーブランド・キャバリアーズから獲得[20]マジック・ジョンソンGMは、"3年計画"での名門復活を掲げた[21]

2018-19シーズンは、シーズン中にトレードでアンソニー・デイビスの獲得を狙ったが、対価として放出されそうな若手達が動揺し、チーム内の雰囲気は悪化。結局デイビスの獲得には失敗し、最終成績はレブロンが加わったにも関わらず前年からわずか2勝しか上積みできず、6年連続でプレーオフを逃した。ジョンソンは責任を取ってGMを辞任し、ヘッドコーチのルーク・ウォルトンも解雇。 5月13日、フランク・ヴォーゲルが新ヘッドコーチに就任した。2019年のNBAドラフトで1巡目4位の指名権を獲得した。7月6日、ニューオーリンズ・ペリカンズとのトレードでロンゾ・ボールブランドン・イングラムジョシュ・ハート、2019年のドラフト総合4位指名権を放出し、デイビスを獲得した[22]

2019年よりレイカーズのヘッドコーチに就任したフランク・ヴォーゲル

2019-20シーズンはレブロンとデイビスの強力なデュオを中心に開幕から勝利を積み重ねた。2019年12月12日のオーランド・マジック戦では96対87で勝利したことにより、ロード戦12連勝を記録し、ウェスタン・カンファレンス首位をキープ。また、22勝3敗という戦績は1985-86シーズンに並ぶ球団最高記録である[23]。ところが、順調なシーズンを送っていた2020年1月、コービー・ブライアントが不慮の飛行機事故で他界。更に3月にはCOVID-19の影響によるシーズン中断を余儀なくされるなど、試練がレイカーズを襲う。シーズンの中断後、レイカーズはレギュラーシーズンの最後の8試合に参加できるNBAバブル英語版に招待された22チームの1つに選ばれた。そしてレイカーズは2013年以来となるプレーオフ進出を決め、52勝19敗で10年ぶりとなる第1シードを獲得した[24]。プレーオフ1回戦ではポートランド・トレイルブレイザーズを5試合で破り、カンファレスセミファイナルのヒューストン・ロケッツ戦も5試合で破り、カンファレンス・ファイナルのデンバー・ナゲッツ戦もまたしても5試合で破って2010年以来となるNBAファイナルに進出した。ファイナルの相手はファイナル初出場となったジミー・バトラー擁するマイアミ・ヒートと対戦。結果はシリーズ4勝2敗で勝利し10年ぶりの優勝を果たした。また、レブロン・ジェームズは、キャリア4度目となるファイナルMVPに選ばれた。この優勝でレイカーズはフランチャイズ史上17回目のチャンピオンとなり、ボストン・セルティックスと並ぶ史上最多となった。そして2017年にジェリー・バスからチームを引き継いだレイカーズのオーナーである娘のジーニー・バスは、NBAチャンピオンを成し遂げた初の女性オーナーとなった。

2020-21シーズンでは、レイカーズ22番永久欠番エルジン・ベイラーが死去したことにより、レイカーズメンバーは黒い紋章をつけて出場することになった(これは2019-2020シーズンでコービー・ブライアントが亡くなった際にも同じである)。

Big3結成

2021-22シーズン開始前の8月6日、レイカーズはカイル・クーズマモントレズ・ハレルケンタビオス・コールドウェル=ポープ、2021年のドラフト1巡目指名権 (アイザイア・ジャクソン) を放出して、当時ワシントン・ウィザーズに所属していたラッセル・ウェストブルックを獲得し、ジェームズ、デイビス、ウェストブルックのBig3を結成させた[25]。また、FAからレブロンの盟友でもあるカーメロ・アンソニーと契約[26]、2020年の優勝に貢献したドワイト・ハワードもレイカーズに復帰した[27]

セレブリティ

ハリウッドのそばにあるため、レイカーズの本拠地では有名な映画俳優が多数見られる。中でもジャック・ニコルソンが最も有名で彼はシーズンチケットを1967年より持っている。他によく知られているのは、デンゼル・ワシントンダスティン・ホフマンアンディ・ガルシアペニー・マーシャルアイス・キューブシルヴェスター・スタローンマイケル・クラーク・ダンカンダイアン・キャノンである。 南カリフォルニアに本拠地を置くレッド・ホット・チリ・ペッパーズのメンバーも長年のレイカーズファンであることが知られている。 「Salute to "Kareem" and "Magic Johnson", a tribute to the "Showtime"-era Lakers」 というジャバーやマジック・ジョンソンの歌が彼らのアルバム Mother's Milk にある。チリペッパーズのベースのフリーにより、2005-06シーズンNBA公式HPにレイカーズのブログが書かれた。 07-08シーズンでは、プロサッカー選手であるデビッド・ベッカムがロサンゼルスチームであるギャラクシーに移籍し、多々ステイプルズセンターを訪れ妻ビクトリア夫人と共に観戦し、話題を呼んだ。


注釈

  1. ^ レイカーズにはすでにノーム・ニクソンという優秀なポイントガードがいたことから、モンクリーフはオフガードとして素晴らしい補強になる可能性があったため、ジョンソンかモンクリーフのどちらを指名するか迷っていた。

出典

  1. ^ a b ステイプルズ・センター公式サイト” (英語). 2020年7月28日閲覧。
  2. ^ Media Guidelines And Policies” (英語). 2018–19 Los Angeles Lakers Media Guide. NBA Properties, Inc. (2018年10月16日). 2019年2月10日閲覧。
  3. ^ “Nike Jerseys” (英語). NBA Media Ventures, LLC. (2018年7月31日). https://www.nba.com/lakers/nike-jerseys 2019年2月10日閲覧。 
  4. ^ Los Angeles Lakers Reproduction Guideline Sheet” (英語). NBA Properties, Inc.. 2018年2月8日閲覧。
  5. ^ Lakers x Bibigo”. Lakers.com. NBA Media Ventures, LLC (2021年9月21日). 2021年9月22日閲覧。
  6. ^ Fromal, Adam (2017年9月23日). “Ranking Every NBA Franchise on Historical Success” (英語). 2022年2月7日閲覧。
  7. ^ Reavis, Tracey in Sacchare (ed) (2000). p. 95
  8. ^ Barreiro, Dan. "George Mikan: The First Icon". From the Official NBA Encyclopedia, Third Edition. NBA.com. 2012年6月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年11月20日閲覧
  9. ^ Ostler, Scott (2013年2月19日). “Remembering Jerry Buss and 'Showtime'”. San Francisco Chronicle. http://www.sfgate.com/sports/ostler/article/Remembering-Jerry-Buss-and-Showtime-4288541.php 2013年2月21日閲覧。 
  10. ^ All-Time Longest Win Streaks in NBA History” (英語). NBA.com. NBA Media Ventures, LLC (2013年3月14日). 2018年2月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月17日閲覧。
  11. ^ シーズンMVP受賞者一覧”. basketball-reference.com. 2020年9月27日閲覧。
  12. ^ World’s Most Valuable Sports Teams 2021” (英語). Forbes (2021年5月7日). 2021年6月11日閲覧。
  13. ^ Lakers Part Ways with Head Coach Byron Scott” (英語). NBA.com (2016年4月24日). 2016年4月30日閲覧。
  14. ^ Lakers Announce Agreement With Luke Walton to Become New Head Coach” (英語). Los Angeles Lakers (2016年4月29日). 2016年4月30日閲覧。
  15. ^ Lakers draft Duke's Ingram with No. 2 selection” (英語). ESPN.com (2016年6月24日). 2017年6月16日閲覧。
  16. ^ Lakers Name Earvin "Magic" Johnson President of Basketball Operations” (英語). NBA.com (2017年2月21日). 2017年2月23日閲覧。
  17. ^ Lakers GM Mitch Kupchak, exec Jim Buss relieved of duties as Magic Johnson takes over basketball operations” (英語). latimes.com (2017年2月21日). 2017年2月26日閲覧。
  18. ^ Lakers Name Rob Pelinka General Manager” (英語). NBA.com (2017年3月7日). 2017年3月13日閲覧。
  19. ^ Lakers to Pick Second Overall at 2017 Draft” (英語). NBA.com (2017年5月16日). 2017年7月26日閲覧。
  20. ^ LeBron James agrees to four-year, $153.3 million deal with Lakers” (英語). espn.com (2018年7月2日). 2019年2月9日閲覧。
  21. ^ Magic Johnson: Lakers to consult with LeBron James on moves” (英語). espn.com (2018年7月17日). 2019年2月9日閲覧。
  22. ^ Lakers Acquire Anthony Davis” (英語). Lakers.com. NBA Media Ventures LLC (2019年7月6日). 2020年3月16日閲覧。
  23. ^ レイカーズ、1985-86シーズンに並ぶ球団最高記録…レブロンも今季6回目の“トリプルダブル”を達成”. basketballking.jp (2019年12月12日). 2020年7月19日閲覧。
  24. ^ デイビスが42得点と躍動したレイカーズ、ジャズを破り10年ぶりのウェスタン・カンファレンス首位が確定”. バスケットボールキング (2020年8月4日). 2020年8月4日閲覧。
  25. ^ Lakers Acquire Russell Westbrook”. NBA.com (2021年8月6日). 2021年8月6日閲覧。
  26. ^ Lakers Sign Carmelo Anthony”. NBA.com (2021年8月6日). 2021年8月6日閲覧。
  27. ^ Lakers Sign Dwight Howard”. NBA.com (2021年8月6日). 2021年8月6日閲覧。
  28. ^ 故障した航空機に乗っていたチームの幸運と不運 残酷なまでの運命の違い… - スポーツニッポン、2016年12月5日
  29. ^ Adams, L., "NBA Draft Rights Held For 2019/20", HoopsRumors, January 28, 2020.
  30. ^ Coon, Larry. “NBA Salary Cap FAQ – 2011 Collective Bargaining Agreement”. 2014年4月13日閲覧。 “If the player is already under contract to, or signs a contract with a non-NBA team, the team retains the player's draft rights for one year after the player's obligation to the non-NBA team ends. Essentially, the clock stops as long as the player plays pro ball outside the NBA.”
  31. ^ Meet Chinemelu Elonu”. NBA.com (2009年7月15日). 2010年9月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年4月15日閲覧。
  32. ^ Lakers Complete Trade with Cleveland and New York”. NBA.com (2022年1月3日). 2022年1月3日閲覧。
  33. ^ a b c Los Angeles Lakers Draft Register”. basketball-reference.com. 2008年8月20日閲覧。
  34. ^ Los Angeles Lakers Hall of Famers”. Basketball-Reference. 2008年10月25日閲覧。
  35. ^ 'Voice of the Lakers' Was Team's Constant Throughout the Years”. NBA.com. 2008年10月25日閲覧。
  36. ^ Naismith Memorial Basketball Hall of Fame Announces Class of 2010”. Naismith Memorial Basketball Hall of Fame (2010年4月5日). 2010年4月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年11月7日閲覧。
  37. ^ Lakers Retired Numbers”. Los Angeles Lakers (2010年9月17日). 2010年11月12日閲覧。
  38. ^ Hanging From the Rafters”. NBA.com. 2012年1月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年11月12日閲覧。
  39. ^ Lakers to Retire Kobe Bryant's Jerseys”. NBA.com (2017年9月12日). 2017年9月13日閲覧。
  40. ^ Lakers to retire Kobe Bryant's No. 8, 24 jerseys on Dec. 18”. ESPN.com (2017年9月12日). 2017年9月13日閲覧。
  41. ^ L.A. to Honor Great Minneapolis Lakers Teams and Players”. Los Angeles Lakers (2002年4月5日). 2002年4月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年10月23日閲覧。






固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ロサンゼルス・レイカーズ」の関連用語

ロサンゼルス・レイカーズのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ロサンゼルス・レイカーズのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのロサンゼルス・レイカーズ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2022 GRAS Group, Inc.RSS