レジオンドヌール勲章 勲章の拒否

レジオンドヌール勲章

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/08 06:07 UTC 版)

勲章の拒否

以下の面々が叙勲を拒否している。

叙勲は受けるが着用を拒むことを選ぶ者もあり、例えばアカデミー・フランセーズ会員のジャン・ドルメソンフランス語版がそうで、こう宣言した――「栄誉なんてものは軽蔑しているが、軽蔑しているからといって我慢できないわけでもない。」[44]

  • ジャン・ヴィクトル・マリー・モローはレジオンドヌールの創設を嘲笑していた。誰かがモローに、武勲に秀でたものだけでなく、功績や知識に秀でたものにもレジオンドヌールが授与されると言うとモローはこう叫んだ――「へえ! じゃあ俺はうちの料理人のためにコマンドゥールの勲章を申請するとするよ、あいつは料理の技術に大変優れているからな。」(O'Meara[訳語疑問点]
  • カナール・アンシェネ』の寄稿家はずっと以前から一切の勲章を拒否することを決まりにしていてレジオンドヌールはその筆頭であった(ジャーナリストのピエール・シーズフランス語版は1993年にレジオンドヌールを受け取ったためにカナール誌から追放された)。
  • ジャック・プレヴェールや、勲章の話を歌にしたジョルジュ・ブラッサンスや、「くだらないリボン、恥ずかしくて真っ赤」と馬鹿にしたレオ・フェレのようなアナーキストの詩人たちも拒絶した。
  • ミス・フランスの委員長ジュヌヴィエーヴ・ド・フォントネーフランス語版サヴォワ県上院議員がレジオンドヌールを打診したが他とは逆の理由で断った――「そんな誰にでも渡すのでは勲章の価値がなくなってしまいますよ……チョコレートのメダルじゃないんですから。」
  • アルスの主任司祭ジャン=マリ・ヴィアンネは1855年に、自分でも知らぬうちにシュヴァリエを叙勲されていた――トレヴーフランス語版の郡長とアン県の知事が申請していたのである。勲章は貧者のためのお金をもたらすことはないとして司祭はこれを断った。拒否にもかかわらず、レジオンドヌール勲位局は勲章を料金を請求せずに送付した。結局、司祭は決して勲章を着用することはなかったが、勲章は棺の中に入れられた[45]
  • レジスタンスの彫刻家ルネ・イシェフランス語版は1914-1918年にシュヴァリエに叙勲されたが、1947年にはオフィシエへの昇進を断った。芸術家としてであっても、1940年のレジスタンスの先駆者としてであっても、受け取ると勲章はあらゆる意味を失ってしまうと判断したのである。
  • トルコ高等教育機構(l’Organisation d’Éducation supérieure)会長でガラタサライ大学フランス語版の元学長のエルドアン・テジッチトルコ語版教授は、2004年9月17日に受章していたが、アルメニア人虐殺の否定を罰することを目的とした法案が国民議会で可決されたことに抗議するため2006年10月16日に返上した。
  • 2009年1月2日、モーリス・オーダンの娘で数学者のミシェル・オーダンフランス語版は、ミシェルの母が、夫(モーリス)のアルジェリアでの失踪の謎を解明することとフランスがその責任を負うことを求めニコラ・サルコジに送った公開質問状に回答が得られなかったことを理由にレジオンドヌールのシュヴァリエを拒絶した[46]

  1. ^ Code de la légion d'honneur et de la médaille militaire, R16” (フランス語). legifrance (2008年11月23日). 2010年5月5日閲覧。
  2. ^ 法案準備の任に当たった委員会の議長はジャン=ジャック・レジ・ド・カンバセレスであった。
  3. ^ 出典 : www.crdp-reims.fr
  4. ^ « Légion d’honneur » Archived 2010年1月5日, at the Wayback Machine., sur le site france-phaleristique.com, consulté le 4 décembre 2009.
  5. ^ 現在ではグランクロワでも年5000円程度なので形式的なものである。
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  8. ^ Légion d'honneur : la promotion du Nouvel an” (フランス語). フィガロ (2009年1月2日). 2010年5月5日閲覧。
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  10. ^ Décoration remise par le président de la République Albert Lebrun le 29 Juin 1933.
  11. ^ Décoration remise par le président de la République Albert Lebrun le 22 Octobre 1933.
  12. ^ Décoration remise par le président de la République Paul Doumergue le 26 mai 1929 à l’occasion du centenaire de l’École Centrale des Arts et Manufactures, couramment appelée École centrale Paris.
  13. ^ Décoration remise par Paul Ramadier le 5 décembre 1937.
  14. ^ Bulletin d'information sociale de la Défense, janvier 2008, page 21, voir ce site consulté le 28 février 2009.
  15. ^ 鎌田薫総長がフランス政府よりレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受章 - 早稲田大学総長である鎌田薫の叙勲式
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  18. ^ [1]
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  20. ^ 小堀憲”. 筑摩書房. 2022年10月14日閲覧。
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  24. ^ [2]
  25. ^ 建築家の安藤忠雄氏が芸術文化勲章を受章 在日フランス大使館
  26. ^ 「安藤忠雄さん、仏から勲章」『読売新聞』朝刊2021年4月24日(社会面)
  27. ^ 池田理代子氏がレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを受章 在日フランス大使館]
  28. ^ 山口昌子氏がレジオン・ドヌール勲章を受章 在日フランス大使館]
  29. ^ 「三木谷浩史」知恵蔵
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  31. ^ 石原伸晃氏がレジオン・ドヌール勲章を受章”. La France au Japon. 2020年10月23日閲覧。
  32. ^ 横浜市長に仏レジオン・ドヌール勲章両国交流に貢献 https://www.kanaloco.jp/news/government/article-463957.html
  33. ^ Questions-Réponses: 14) Qui achète la décoration et où ?” (フランス語). フランス政府レジオンドヌール勲位局. 2010年5月5日閲覧。
  34. ^ Ordre de la légion d'honneur - Décorations” (フランス語). Monnaie de Paris(パリ造幣局). 2010年5月5日閲覧。
  35. ^ "Article 87. - Il sera décerné des récompenses nationales aux guerriers qui auront rendu des services éclatants en combattant pour la République"
  36. ^ Les 80 décrets, arrêtés pris depuis 1802 ont été fondus dans le Décret no62-1472 du 28 novembre 1962 pour former le Code de la Légion d'honneur et de la médaille militaire.
  37. ^ Le Coq, no1, avril 1920 (in Écrits, éd. Champ libre, 1977)
  38. ^ Le Canard enchaîné, 9, janvier 2008
  39. ^ Libération, 5 janvier 2009
  40. ^ Décret du 31 décembre 2008 portant promotion et nomination, où figurent Françoise Fressoz et Marie-Ève Malouines, au Journal officiel
  41. ^ Avec Philippe Séguin, une certaine idée du gaullisme s’en est allée”. La Croix (2010年1月7日). 2010年1月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年12月2日閲覧。
  42. ^ 「仏経済学者ピケティ氏、最高勲章候補を辞退 現政権批判で」 AFP通信(2015年1月2日配信)同日閲覧
  43. ^ 『読売新聞』2015年1月3日東京朝刊
  44. ^ 100.000 citations du monde - Honneur” (フランス語). Evene. 2010年5月5日閲覧。
  45. ^ Dans Le Curé d’Ars, Mgr Francis Trochu, 1925.
  46. ^ Lettre de Michèle Audin à Nicolas Sarkozy, Mediapart.
  47. ^ Articles R90 et R91 du Code de la légion d'honneur et de la médaille militaire
  48. ^ これに関しては、当局は故人の支持者たちの要望により、葬儀が行われるのを黙認した。Maurice Papon, enterré décoré” (フランス語). リベラシオン (2007年2月21日). 2010年5月5日閲覧。
  49. ^ BOISSIEU Alain (de) (France)アーカイブ
  50. ^ Revue-republicaine.fr | Alain de Boissieu, au service de la France et du Général
  51. ^ ウィキソースの『ボヴァリー夫人』原文
  52. ^ ウィキソースの『金縁の鼻眼鏡』原文
  53. ^ 反発心から師匠のヒゲを失敬 一流料理人への第一歩に”. 日本経済新聞 (2018年4月15日). 2018年4月15日閲覧。
  54. ^ rosetteはレジオンドヌールの略綬、rosette de Lyonはリヨン風のサラミを指す。駄洒落。リヨンは1949年2月28日にレジオンドヌールを受章している。






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