ラカトシュ・イムレ リサーチプログラム

ラカトシュ・イムレ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2017/07/11 04:10 UTC 版)

リサーチプログラム

ラカトシュの科学哲学における業績は当時存在したポパーの反証主義とクーンの記述した科学革命の構造との論争を解決しようとしたことである。しばしば(不正確に)伝えられるポパーの理論は(人口に膾炙している限りでは)、科学者は一つでも反証する証拠が見つかれば即その理論を放棄してすぐに、徐々に「より大胆により強力に」なっていく新しい仮説を採用すべきだ、ということになっている。しかし、クーンは、多くの期間が科学者が変則的な事態に直面しても理論を保持し続ける通常科学の時期であり、点在して概念が大きく変わる時期が存在しているものとして科学を記述している。ポパーは、優秀な新しい理論が明らかに経験によってよく支持されているより古い理論と矛盾することがあることは認める。例えば、ポパーは「客観的知識――進化論的アプローチ」[5] で「惑星間の引力を考慮に入れるならニュートンの理論やケプラーの法則は大まかなところ確かであるに過ぎない―つまり、厳密には確かでない―」から、(精確に言えば)ニュートンの理論はケプラーの第3法則共々間違っていると指摘している。しかし、クーンが、よい科学者は理論に反する証拠を無視したり考慮しなかったりすると暗に言ったのに反して、ポパーは、反例が存在するならばそれを説明するかあるいは最終的に理論を修正しなければならないと考えた。ポパーは科学者の実際の振る舞いではなくて科学者のあるべき振る舞いを示していた。クーンは主に実際の振る舞いを示していた。

ラカトシュは、こういった矛盾する観点を調和させるような方法論、科学的発展を合理的に説明し、歴史的記録と矛盾しないような方法論を求めた。

ラカトシュにとって、人が「理論」だと考える物は実際のところ、彼が「ハードコア」と呼ぶ、いくつかの一般的な考えを共有する少しずつ異なった理論や長い年月をかけて発展してきた実験技術の連続体であったのかもしれない。ラカトシュはこうした連続する集まりを「リサーチプログラム」と呼んだ。なんらかのプログラムに係る科学者は理論的なコアを反証の試みから「補助仮説」の防御帯によって守ろうとする。 ポパーが一般的にはこうした方法を「アドホック」だと謗っていたとみなされているのに反して、ラカトシュは、防御帯の適用・発展はリサーチプログラムの発展にとって必ずしも悪いことではないと示そうとした。仮説が正しいか間違っているかを問う代わりに、ラカトシュはあるリサーチプログラムが他のものより優れているかを問うよう人々に求めたので、特定のリサーチプログラムを選好する合理的根拠が存在する。彼は、あるリサーチプログラムが「前進的」で対立するリサーチプログラムが「退行的」だとみなせる場合が存在することを示した。「前進的リサーチプログラム」はそれによる驚くべき新たな事実の発見や新たな実験技術の発展、より正確な予測などを伴った成長によって特徴づけられる。「退行的リサーチプログラム」は成長の欠如、つまり新たな事実を導くことのない防御帯の成長によって特徴づけられる。

ラカトシュは、自分はポパーの思想を拡張した(また、ポパーの理論はそれ自体徐々に発展してきた)と主張した。彼は、「ポパー」、ポパーの著作を理解していない批判者や追従者の心の中だけに存在する不完全な反証主義者、「ポパー1」、ポパーの実際の著作の作者、および「ポパー2」、弟子であるラカトシュが解釈しなおしたポパーの三者を対比させているが、多くの評論者はポパー2はむしろラカトシュ自身の姿だと信じている。連続的な発展によって一方が「前進的」で他方が「退行的」だと示せるのに反してある特定の時点では二つの理論もしくはリサーチプログラムのどちらがより優れているか示せないことがしばしばあるという考えは科学哲学及び科学史に対する大きな業績である。これがポパーの考えであるのかラカトシュのアイディアであるのか、あるいはもっともありそうなことだが二人のコンビネーションであるのかといった問題は重要ではない。

ラカトシュは、人はいつでも批判を別の理論または理論の一部に向けなおすことで大事な理論または理論の一部を敵対的な証拠から防護することが可能であるというピエール・デュエムの考え(デュエム-クワイン・テーゼを参照)に従っている。この反証主義との違いは後にポパーの知るところとなった。

反証主義(カール・ポパーの理論)は、科学者が理論を唱え、自然が理論と矛盾する実験結果という形で「否と叫ぶ」ということを主張した。ポパーによれば科学者が自然の拒否に直面しても理論を保持するのは非合理的なことであるが、これはクーンが科学者たちが実際行っていると述べたことである。しかしラカトシュにとって、「我々は理論と自然が否と叫ぶということを主張したのではなくてむしろ理論の迷宮と自然が非合理だと叫ぶと主張したのだ」[6]。持っているリサーチプログラムの全体を放棄せずともハードコアは残して補助仮説を取り換えることでこの非合理性は解消できる。 例を挙げるとニュートン力学の3法則がある。ニュートン力学(リサーチプログラム)においてニュートンの3法則はプログラムのハードコアであるから反証に対して開かれていない。このリサーチプログラムによって、そのリサーチプログラムに関わるものが共有していると想定される根本的原理を不断に参照しながら、この根本的原理を断続的に防護することに煩わされることなく研究を行えるような枠組みが与えられる。この点ではクーンのパラダイム論と同じである。

また、ラカトシュは、リサーチプログラムは方法論的規則、つまり、あるものは避けるべき研究方法を指示し(彼はこれを「ネガティヴ・ヒューリスティック」と呼んだ)、またあるものは追求すべき研究方法を指示する(彼はこれを「ポジティヴ・ヒューリスティック」と呼んだ)ようなものを含むという考えをとった。

ラカトシュは、リサーチプログラムに含まれる補助仮説のいかなる変化(ラカトシュはこの変化を「プロブレムシフト」と呼んだ)も等しく可能だというわけではないと主張した。彼は、「プロブレムシフト」は明らかな反例を説明する能力と新しい事実を作り出す能力の両方によって評価できるという考えをとった。それができるならそのプロブレムシフトは前進的だとラカトシュは主張した[7]。しかしながら、それらができないならばそのプロブレムシフトは「アドホック」であって新しい事実を予測することができないので、ラカトシュはそれらを退行的であるとした。

ラカトシュは、リサーチプログラムが前進的であれば、科学者が例外に直面した際にリサーチプログラムを手放さないために補助仮説を変更し続けることは合理的であるという考えをとった。しかし、リサーチプログラムが退行的であれば、そのリサーチプログラムは競争相手からの危機に瀕している。つまり、退行的リサーチプログラムはより良い(つまりより漸進的な)リサーチプログラムに取って代わられることによって「反証され」うる。これが、クーンの言う、彼が革命と見なした歴史上の時点で起こることおよび単なる信念の跳躍に対して反対者より理性的であらしめるものである(ラカトシュはクーンがこう考えたとみなした)。




  1. ^ See Lakatos's 5 Jan 1971 letter to Paul Feyerabend p233-4 in Motterlini's 1999 For and Against Method
  2. ^ These were respectively Method and Appraisal in the Physical Sciences: The Critical Background to Modern Science 1800-1905 Colin Howson (Ed)and Method and Appraisal in Economics Spiro J. Latsis (Ed)
  3. ^ Poincaré, H. (1893). "Sur la Généralisation d'un Théorème d'Euler relatif aux Polyèdres", Comptes Redus de Seances de l'Academie des Sciences, 117 p. 144, as cited in Lakatos, Worrall and Zahar, p. 162
  4. ^ Lakatos, Worrall and Zahar (1976), Proofs and Refutations ISBN 0-521-21078-X, pp. 106-126, note that Poincaré's formal proof (1899) "Complèment à l'Analysis Situs", Rediconti del Circolo Matematico di Palermo, 13, pp. 285-343, rewrites Euler's conjecture into a tautology of vector algebra[要曖昧さ回避].
  5. ^ K R Popper (1972), Objective knowledge: an evolutionary approach (at page 200).
  6. ^ Lakatos, Musgrave ed. (1970), Pg. 130
  7. ^ As an added complication he further differentiates between empirical and theoretical progressiveness. Theoretical progressiveness is if the new 'theory has more empirical content then the old. Empirical progressiveness is if some of this content is corroborated. (Lakatos ed., 1970, P.118)
  8. ^ See/hear Lakatos's 1973 Open University BBC Radio talk Science and Pseudoscience at his LSE website @ www.lse.ac.uk/lakatos
  9. ^ Lakatos notably only condemned specifically Soviet Marxism as pseudoscientific, as opposed to Marxism in general. In fact at the very end of his very last LSE lectures on Scientific Method in 1973, he finished by posing the question of whether Trotsky's theoretical development of Marxism was scientific, and commented that "Nobody has ever undertaken a critical history of Marxism with the aid of better methodological and historiographical instruments. Nobody has ever tried to find an answer to questions like: were Trotsky's unorthodox predictions simply patching up a badly degenerating programme, or did they represent a creative development of Marx's programme ? To answer similar questions, we would really need a detailed analysis which takes years of work. So I simply do not know the answer, even if I am very interested in it."[p109 Motterlini 1999] However, in his 1976 On the Critique of Scientific Reason Feyerabend claimed Lenin's development of Marxism in his auxiliary theory of colonial exploitation had been 'Lakatos scientific' because it was "accompanied by a wealth of novel predictions (the arrival and structure of monopolies being one of them)." And he continued by claiming both Rosa Luxemburg's and Trotsky's developments of Marxism were close to what Lakatos regarded as scientific: "And whoever has read Rosa Luxemburg's reply to Bernstein's criticism of Marx or Trotsky's account of why the Russian Revolution took place in a backward country (cf also Lenin [1968], vol 19, pp99ff.) will see that Marxists are pretty close to what Lakatos would like any upstanding rationalist to do..." [See footnote 9, p315 of Howson (Ed) 1976]
  10. ^ Published in For and Against Method: Imre Lakatos and Paul Feyerabend Motterlini (Ed) University of Chicago Press 1999
  11. ^ Situational Determinism in Economics S.J Latsis The British Journal for the Philosophy of Science, 23, p207-45. As Editor of the Journal Lakatos had been primarily responsible for its contents since August 1971.
  12. ^ Lakatos’s LSE colleague, the econometrician and now Labour parliamentary peer Baron Meghnad Desai, evaluated Marxian economics as a progressive scientific research programme in both his 1974 Marxian Economics and its 1979 second edition. But he did not identify any successfully predicted novel fact(s) that had rendered it progressive science. However, in 1976 Feyerabend claimed that contrary to John Worrall's 1975 repetition of Lakatos's claim that Marxism's auxiliary hypotheses to eliminate refuting instances were not content increasing, that in fact such as its theory of imperialism and colonial exploitation to explain the apparent refutation of its law of the falling rate of profit was "accompanied by a wealth of novel predictions (the arrival and structure of monopolies being one of them.)", and which Feyerabend apparently regarded as having been confirmed.(See p315 and its notes 8 & 9 of Feyerabend’s On the Critique of Scientific Reason in Howson's 1976 Method and Appraisal in the Physical Sciences.)
  13. ^ His 6 December 1972 letter is held in Folder 36 of Box 29 of the Hoover Institution Archives' Milton Friedman Papers at Stanford University, created by Friedman and his wife in 1992. This Folder also contains a two-page reply to Friedman's letter by Latsis dated 27 January 1973
  14. ^ Lakatos's 2 February 1973 letter of invitation is held in Folder 32 of Box 29.
  15. ^ Nobel Prize Committee Press Release announcing Milton Friedman as the 1976 winner http://nobelprize.org/nobel_prizes/economics/laureates/1976/press.html
  16. ^ Friedman Lecture http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/economics/laureates/1976/friedman-lecture.pdf
  17. ^ a b Brian Snowdon, Howard R. Vane Modern macroeconomics: its origins, development and current state Edward Elgar Publishing, 2005 p 182
  18. ^
    • Lakatos, Imre. (1970). History of Science and Its Rational Reconstructions. PSA: Proceedings of the Biennial Meeting of the Philosophy of Science Association. http://www.jstor.org/stable/495757
  19. ^ See How to Defend Society Against Science
  20. ^ Paul Feyerabend (1978). Science in a Free Society. London: NLB. ISBN 0860910083
  21. ^ 高橋憲一科学史家にとってリサーーチ・プログラム論とは何か (PDF) 」 、『比較社会文化』第5号、九州大学大学院比較社会文化研究科、1999年、 pp. 27-39。






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