マラリア 歴史

マラリア

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/05/14 00:58 UTC 版)

歴史

ノーベル賞

マラリアに関する研究に対して与えられたノーベル生理学・医学賞は4件ある。

  1. 1902年、イギリスの内科医ロナルド・ロスに、マラリア原虫がハマダラカによって媒介されることの発見に対して与えられた。
  2. 1907年、フランスの病理学者シャルル・ルイ・アルフォンス・ラヴランに、原虫による疾病の研究に対して与えられた。これは1880年のマラリア原虫の発見と、その後のリーシュマニアおよびトリパノソーマの研究を指す。
  3. 1927年、ウィーンの医師ユリウス・ワーグナー=ヤウレックに、麻痺性痴呆のマラリア療法の発明に対して与えられた。麻痺性痴呆は梅毒の末期症状であるが、梅毒の病原体である梅毒トレポネーマは高熱に弱いため、患者を意図的にマラリアに感染させて高熱を出させ、体内の梅毒トレポネーマの死滅を確認した後キニーネを投与してマラリア原虫を死滅させるという治療法である。当時梅毒の治療法としては他にサルバルサン投与による方法があったが、麻痺性痴呆には効果がなかったため画期的な治療法だった。ただし、この療法は危険度が大きいため抗生物質が普及した現在では行なわれていない。
  4. 2015年、中国屠呦呦に与えられた。1960年代から1970年代にかけ、屠によるチームが漢方薬クソニンジンからアルテミシニンを開発したことによる[29]

戦争マラリア

太平洋戦争では南方のジャングルに長期滞在する兵士が多かったため、マラリア患者が続出した。日本軍は治療薬キニーネの支給を行っていたものの、ガダルカナル島の戦いでは1万5000人、インパール作戦では4万人、沖縄戦では石垣島の住民ほぼ全員が罹患して[30]3,600人、ルソン島の戦いでは5万人以上がマラリアによって死亡した。

米軍も大戦中に多くの戦争マラリア罹患者を出し、罹患者は50万人にも及び[31]、アフリカや太平洋での作戦中に6万人の米兵がマラリアのために死亡した[32]

この経験から米軍は1946年に蚊の忌避剤としてディートを使用し、後の民生用虫除け剤の開発の契機となったが、ベトナム戦争でも多くのマラリア罹患者が出た。

日本におけるマラリア

日本では、1903年時に全国で年間20万人のマラリア患者があったが、1920年には9万人、1935年には5000人へと激減し、戦中・戦後の混乱期にも関わらず減少を続け、1959年滋賀県彦根市の事例を最後に土着マラリア患者が消滅している[25][33]、沖縄県では米軍統治下の1962年に消滅した。

日本の古文献では、しばしば(おこり)・瘧病(おこりやまい/ぎゃくびょう)と称される疫病が登場するが、今日におけるマラリアであると考えられている。養老律令医疾令では、典薬寮に瘧の薬を備えておく規定がある。『和名類聚抄』には別名として「和良波夜美(わらわやみ)」「衣夜美(えやみ)」が記載されている(アーサー・ウェイリー訳ではague「マラリア」と訳してある)。前者は童(子供)の病気、後者は疫病の意味であると考えられている。『源氏物語』の「若紫」の巻では光源氏が瘧を病んで加持(かじ)のために北山を訪れ、通りかかった家で密かに恋焦がれる藤壺(23歳)の面影を持つ少女(後の紫の上)を垣間見る設定になっている。近代以前には西日本の低湿地帯において流行がみられた。歌舞伎の『助六由縁江戸』の口上は「いかさまナァ、この五丁町へ脛を踏ん込む野郎めらは、おれが名を聞いておけ。まず第一、瘧が落ちる(熱病が治る)…」である。江戸時代川柳の題材としてもしばしば用いられていた[34]明治以後は沈静化している。

北海道

北海道ではほぼ全域で流行し、明治時代以降の北海道開拓に支障を来していた。例えば、1907年(明治40年)3月に着工された網走線鉄道工事の陸別・置戸間(当時、密林地帯で入植者はなかった)では、マラリア、皮膚病などに悩まされ、網走線請負人が共同で普通病院を設置しなければならなかった。また、深川村(現在の深川市)に駐屯していた屯田兵とその家族にマラリアの流行があり、1900年には1471名の屯田兵と家族が感染していた(当時の深川村の屯田兵と家族の総数:8207名。正確な年は不明だが、この頃の深川村の人口:14,073名)。1916年(大正5年)には、北海道全域のマラリア患者数は、2,003名であった(マラリアによる死亡者なし。当時の北海道の人口:1,408,362名)。北海道で流行したマラリアは、三日熱マラリアであり、その大多数は土着マラリアであると思われるが、撲滅された。ただし、今の北海道にも、かつて、日本で熱帯熱マラリアおよび三日熱マラリアを流行させたと推察されているオオツルハマダラカ(Anopheles lesteri)、あるいは、シナハマダラカ(Anopheles sinensis)などのハマダラカは生息している[35][36]

本州
琵琶湖周辺を中心として、福井県石川県愛知県富山県でマラリア患者数が多く、福井県では大正時代は毎年9000 - 22000名以上のマラリア患者が発生しており、1930年代でも5000から9000名の患者が報告されていた。本州で流行したマラリアは三日熱マラリアであり、その大多数は土着マラリアであると思われる。
沖縄
特に八重山諸島にはマラリア感染地域があることが知られ、琉球王朝の時代から強制移民と廃村が繰り返された歴史がある。また、第二次世界大戦中には戦争マラリアと呼ばれる大量感染の記録がある。これらも1960年代前半に根絶された。ただし、今の石垣市や西表島東部、小浜にも、コガタハマダラカが高密度に生息している。なお、この地方のマラリアについては真の土着ではなく、より古い時代にオランダ船によりもたらされたとの説がある。
戦後マラリア

一般的に、マラリアは戦争時・戦後直後に大流行する傾向がある。実際、第一次世界大戦初期には欧州本土の軍隊間に甚だしいマラリアの流行はなかったが、末期近くになるにつれて漸次蔓延し、戦後には復員と共に従来マラリアをみなかった地方にまでもこれをみる様になり、遂には一時的ではあったが大流行となった。例えば、第一次世界大戦後のチェコスロバキアで熱帯熱マラリアの流行がみられた。したがって、日中戦争 - 第二次世界大戦中の日本においても、ある程度、マラリア対策がなされていた。しかし、1939年以降、全国各府県(北海道を含む)にマラリア患者の発生をみないところはなく、特に、福井県・滋賀県・愛知県・富山県・石川県では、患者の発生数が多かった。 第二次世界大戦後、沖縄奄美小笠原以外の日本(当時、沖縄・奄美・小笠原は日本に返還されていなかった。以下、この節では、この日本を内地と称する)に帰還し、内地でマラリアが再発したのは、約43万人(引揚者を含む)と推定されている。これらの者が感染源となって、マラリアが内地で土着蔓延するのではないかと憂慮されていた。三日熱マラリアは、1946年1947年に、それぞれ約7,000人の内地初感染があったと推定されている。四日熱マラリアは、内地初感染は全くなかった。熱帯熱マラリアは、1946年に、長崎県(36人)、熊本県(1人)、鹿児島県(2人)、岡山県(1人)、愛知県(1人)、大阪府(1人)で、1946年 - 1947年に北海道留辺蘂町(7人)で、1949年に、福岡県(1人)で、内地初感染(流行)があった。以上の流行は、大体、1 - 2年以内に終息し、土着蔓延しなかった。

現在の日本で土着マラリアが流行していない理由

日本では、1903年時に全国で年間20万人あったマラリア患者が、1920年には9万人、1935年には5000人へと激減している。戦後500万人を超える復員者による再流行が懸念されたが、戦中・戦後の混乱期にも関わらず減少を続け、1959年彦根市の事例を最後に土着マラリア患者は消滅している[25]。現在では外国でマラリアに感染し、日本に帰国してから発症する例が年間100 - 150例程度あるものの、土着マラリアは流行していない。

土着マラリア患者が大正時代頃から戦後直後にかけて減少・消滅した原因は治療薬キニーネの治療効果、蚊帳蚊取線香の使用などで生活環境の改善、湿地の土地改良や殺虫剤DDT散布によるマラリア媒介蚊ハマダラカの減少などにあるとされる[25]。また日本の住宅構造や行動様式の変化[37]により夜間に活動するハマダラカの吸血頻度が低下したことなどがあげられる。しかし、これらの状況が温暖化や自然災害などにより変化した場合は再び流行を起こす可能性もあると指摘されている[38]




  1. ^ (Excel) Global health estimates: Leading causes of DALYs (Report). 世界保健機関. (2020-12). Download the data > GLOBAL AND BY REGION > DALY estimates, 2000–2019 > WHO regions. https://www.who.int/data/gho/data/themes/mortality-and-global-health-estimates/global-health-estimates-leading-causes-of-dalys 2021年3月27日閲覧。. 
  2. ^ a b c マラリアに注意しましょう!厚生労働省検疫所 FORTH(2021年4月27日閲覧)
  3. ^ a b c FORTH|最新ニュース|2018年|マラリアについて (ファクトシート)
  4. ^ 『漢字源』
  5. ^ 4月25日は世界マラリア・デーです。―マラリアは世界3大感染症―地方独立行政法人大阪健康安全基盤研究所(2021年4月27日閲覧)
  6. ^ マラリア メルクマニュアル家庭版
  7. ^ 馳亮太, 上蓑義典, 村中清春, 杤谷健太郎, 曽木美佐, 北薗英隆, 細川直登「三日熱マラリアの再発との判別が困難であった4カ月以上の潜伏期間の後に発症した四日熱マラリアの1例」『感染症学雑誌』2013年 87巻 4号 p.446-450, doi:10.11150/kansenshogakuzasshi.87.446
  8. ^ 脳性マラリア IASR
  9. ^ Daneshvar, Cyrus; Davis, Timothy M. E.; Cox‐Singh, Janet; Rafa’ee, Mohammad Zakri; Zakaria, Siti Khatijah; Divis, Paul C. S.; Singh, Balbir (2009). “Clinical and Laboratory Features of HumanPlasmodium knowlesiInfection”. Clinical Infectious Diseases 49 (6): 852-860. doi:10.1086/605439. ISSN 1058-4838. PMID 19635025. 
  10. ^ Jongwutiwes S, Putaporntip C, Iwasaki T, Sata T, Kanbara H (2004). “Naturally acquired Plasmodium knowlesi malaria in human, Thailand”. Emerging Infect. Dis. 10 (12): 2211-3. doi:10.3201/eid1012.040293. PMC: 3323387. PMID 15663864. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3323387/. 
  11. ^ Cox-Singh J, Davis TM, Lee KS, Shamsul SS, Matusop A, Ratnam S, Rahman HA, Conway DJ, Singh B (2008). “Plasmodium knowlesi malaria in humans is widely distributed and potentially life threatening”. Clin. Infect. Dis. 46 (2): 165-71. doi:10.1086/524888. PMC: 2533694. PMID 18171245. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2533694/. 
  12. ^ マラリア MSDマニュアル プロフェッショナル版
  13. ^ 中村哲也「熱帯感染症の病態形成 研究集会報告4 メフロキンによるマラリア予防内服に関するアンケート調査」『長崎大学熱帯医学研究所共同研究報告集』第16巻第109号、2004年、 NAID 110001717198
  14. ^ 『気候変動と感染症』(ヘルシストニュース2007年7月号)” (日本語). 2008年7月22日閲覧。
  15. ^ 畑生俊光「薬剤耐性マラリアの分布に関する調査研究」『北関東医学』2003年 53巻 3号 p.327-328, doi:10.2974/kmj.53.327
  16. ^ 木村幹男「マラリアにおける診断と治療の現況」『感染症学雑誌』2002年 76巻 8号 p.585-593, doi:10.11150/kansenshogakuzasshi1970.76.585
  17. ^ a b IASR 28-1 マラリアワクチン 国立感染症研究所 感染症情報センター
  18. ^ 「英GSK、世界初マラリア・ワクチンの承認申請へ」AFPBB News 記事:2013年10月9日 閲覧:2013年10月23日
  19. ^ 「世界初のマラリアワクチンまであと一歩、フェーズ3治験で有望な結果」AFPBB News 記事:2011年10月19日 閲覧:2013年10月23日
  20. ^ 東岸任弘, 石井健, 堀井俊宏「マラリアワクチンの臨床開発」『Drug Delivery System』2010年 25巻 1号 p.37-45, doi:10.2745/dds.25.37
  21. ^ 読売新聞』「yomiDr.」(2012年7月15日閲覧)
  22. ^ The scope and concerns of public health”. Oxford University Press: OUP.COM (2009年3月5日). 2011年5月16日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2010年12月3日閲覧。
  23. ^ 「ヨーロッパにおける民衆の世界の社会史的研究」明治大学人文科学研究所紀要』1997, (42) p.25-46 ISSN 0543-3894
  24. ^ 大友弘士「輸入マラリアの現状と問題点」『順天堂医学』1994-1995年 40巻 3号 p.280-290, 順天堂医学会, doi:10.14789/pjmj.40.280, NAID 130004711403
  25. ^ a b c d 特集 蚊媒介性感染症をめぐって 蚊媒介性感染症はなぜ日本で減ったのか? 上村清
  26. ^ 軍隊病'だったマラリア、一般人に広がる 中央日報2008年4月29日
  27. ^ 「モザンビークでコレラ流行、1222人感染」 AFP(2017年3月15日)2017年3月15日閲覧
  28. ^ a b c d アフリカ 縮む巨大湖、蚊の巣窟に マラリアが高地にも」] 『朝日新聞』2008年3月9日
  29. ^ 工藤哲 (2015年10月6日). “ノーベル賞:中国初、自然科学受賞へ 屠氏、マラリア特効薬開発”. 毎日新聞. http://mainichi.jp/shimen/news/20151006ddm007040148000c.html 2015年10月7日閲覧。 
  30. ^ 宮良作『沖縄戦の記録 日本軍と戦争マラリア』新日本出版社,2004年
  31. ^ Bray RS (2004). Armies of Pestilence: The Effects of Pandemics on History. James Clarke. p. 102. ISBN 978-0-227-17240-7. https://books.google.com/books?id=djPWGnvBm08C&pg=PA102 
  32. ^ Byrne JP (2008). Encyclopedia of Pestilence, Pandemics, and Plagues: A-M. ABC-CLIO. p. 383. ISBN 978-0-313-34102-1. https://books.google.com/books?id=5Pvi-ksuKFIC&pg=PA383 
  33. ^ 堀井俊宏:日本におけるマラリア研究の発展 (PDF) , NAID 40015469002
  34. ^ 吉川弘文館『国史大辞典』第2巻「瘧」(執筆者:杉田暉道)および小学校『日本歴史大事典』第1巻「瘧」(執筆者:新村拓)
  35. ^ 『平成14年度国立感染症研究所年報』の『昆虫医科学部』の『11.昆虫医科学部 部長 小林睦夫』” (日本語). 2008年1月20日閲覧。
  36. ^ 『国立感染症研究所年報 平成16年版』の『昆虫医科学部』の『11.昆虫医科学部 部長 小林睦夫』の『業績』の『調査・研究』の『II. 衛生昆虫類の生理・生化学・遺伝学的研究』の『(7)日本産ハマダラカ属hyrcanus種群の遺伝子分類と近年の北海道における分布域の推定』” (日本語). 2008年1月20日閲覧。
  37. ^ 井上章一『愛の空間』角川書店、ISBN 4-04-703307-3
  38. ^ 地球温暖化と感染症〜いま、何がわかっているのか?〜
  39. ^ a b c d e f 『ヴォート 基礎生化学』東京化学同人社発行、ISBN 978-4807907120
  40. ^ a b 『ストライヤー 生化学』東京化学同人社発行、ISBN 978-4807905331





英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「マラリア」の関連用語

マラリアのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



マラリアのページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのマラリア (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2021 GRAS Group, Inc.RSS