ヘイトスピーチ アメリカ合衆国における論争

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ヘイトスピーチ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/11 05:14 UTC 版)

アメリカ合衆国における論争

米国では、アメリカ合衆国憲法修正第1条(信教・言論・出版・集会の自由、請願権の保障)「言論または報道の自由を制限する法律、ならびに、市民が平穏に集会しまた苦情の処理を求めて政府に対し請願する権利を侵害する法律を制定してはならない」と定めており、現在言論の自由を規制する全ての法律は原則として憲法上ゆるされないとする建前をとる。思想と言論の自由を守ることとレイシズムの悪影響を押さえ込むことの価値のバランスをとることが自由民主主義にとっての基本的なジレンマである[46]。また、言論の自由とのジレンマのほかに、結社の自由とのジレンマを挙げることができる[47]

「ヘイトスピーチ」とは、「人種、宗教、ジェンダーなどの要素に起因する憎悪や嫌悪(hatred)の表現」[48]を指すとされるが、その定義および法律による規制については、米国内では古くから論争がある(1920年代にも問題になっている[30])。

言論表現の自由と規制

公共秩序に関する判例

米国では1930年代に集団的名誉毀損法案が提出されたが、支持はほとんどなく、成立しなかった[30]。1940年のCantwell事件判決では、エホバの証人の信者がカトリック教徒に対して攻撃的な内容のレコードを流したことが治安妨害罪に問われたが、連邦最高裁は全員一致で表現の自由によって保障されるとし、レコードを流した行為は公共の秩序にとって「明白かつ現在の危機(明白かつ現在の危険)を生じさせていない」と判断された[30]

戦時中の「ファシスト」発言判例

1942年ニューハンプシャー州ロチェスターにおけるチャプリンスキー(Chaplinsky)事件では、前述と同じくエホバの証人の信者が「全ての宗教は詐欺である」というビラを配布し、街路で混乱が生じた。さらに同教団の信者チャプリンスキーは、警察事情聴取で「ロチェスター当局はファシスト。ファシストの手先だ」と警察署長に面と向かって述べたため、逮捕された[30]

その後、アメリカの連邦最高裁判所(合衆国最高裁判所)は、「言論の自由の権利が、いかなる時を通じ、あらゆる事情のもとにおいても、絶対的であるとは限らない」「十分に定義付けされ、狭く限定されているにしても、それを禁止し処罰しても何ら憲法上の問題を惹起させるとは決して考えられない言論が存在する」として、「発せられた言葉によって精神的傷害を生じさせ、あるいは即時的な治安妨害を引き起こす傾向のある言葉」を闘争的言辞として定義し、「わいせつ表現、侮辱的・名誉毀損的表現と同様に、憲法上の保障の埒外におかれる」とし、信者の「ファシスト」発言に有罪判決を出した[30]

反戦運動家による暴言と闘争的言辞法理の衰退

1970年には、ベトナム戦争反戦運動家のポール・R・コーエンが、「Fuck the Draft」(徴兵くそくらえ)という上着をLA郡裁判所内で着用したため、州法415条の「不快な行為(offensive conduct)」に当たるとして逮捕され、有罪判決を受けた[30]

連邦最高裁では「Fuck the Draft」という言葉について「多くの者にとって、この自由の直接的な結果は、しばしば単なる言葉の上での騒動、不和、不快な言葉として現れてくる。しかしながら、これらは…実際には開かれた討論のプロセスにより我々が達成することの出来るより広大な永続的な価値の必然的な副作用である。時々雰囲気が不協和音で満たされていると思われることは、ある意味では弱点のあらわれではなくて、長所のあらわれである」 とし、さらに「州は、公開討論を我々の間でもっとも神経質な人にとって文法上心地よいところへときれいにする権限を有していない」 「(Fuckのような)禁句は、おそらくは他の部類のものよりも好まれないけれども、しかしながらある人の下品さが別のひとの抒情詩ということがしばしば真実となるからである」 として、このような闘争的言辞を禁止し得ないと判示し、「この最高裁判決において、価値の低い不快な言葉であるとしても、言葉の不快さを理由として公開討論から排除することは、憲法上正当化されない」とする判決が出された[30]

また、1971年のGooding事件では同じくベトナム戦争反戦運動家が警官に対して「Son of a bitch,殺すぞ」と侮辱的かつ攻撃的な発言を浴びせたため、ジョージア州法(コード)S26-6303にもとづき逮捕され、ジョージア州裁判所で有罪となった[30]。その後の連邦最高裁では、「ジョージア州法(コード)S26-6303に対して、法律は慎重に保護されない言論のみを処罰するように解釈しなければならず、保護される言論に適用されるべきではない」として、過度広汎に表現を規制することは憲法違反との判決が出された[30]。警官に対する罵倒が「闘争的言辞」に該当するかについては、該当しないとされ、この判例によって闘争的言辞の法理は衰退した[30]

憎悪表現規制条例に関する判例

ネオナチ団体デモ規制に対する違憲判決

1977年、イリノイ州スコーキー村で、ネオナチ団体NSPAが公園で集会を開こうとしたところ、公園側が保証金35万ドルを要求し、団体はこの保証金に対して抗議デモ計画のビラを配布した[2][30]。これに対抗するユダヤ人団体が対抗デモを計画し、ユダヤ系住民がネオナチ団体へのデモ差し止め命令を当局へ要求し、村ではデモ保証金、人種的憎悪を助長する文書の配布、軍事的な服を着用してのデモの禁止の3つの条例を制定した[2][30]。これを不服としてネオナチ団体はアメリカ自由人権協会の支援をうけて提訴し(アメリカ国家社会党対スコーキー村事件)、イリノイ州最高裁はハーケンクロイツの使用は表現の自由の象徴的な形態であり、平和的なデモにおけるハーケンクロイツの使用はそれを見た人が暴力的な反応を起こしうるということを理由にすべて不可能とはされえないと判決、デモ禁止条例を憲法違反とした[30]。村は連邦最高裁へ上訴したが、受理されなかった[2]

イリノイ州法合憲判例

米国の多くの法廷でも、ヘイトスピーチを処罰する州法の合憲性が争われたが、合憲とされた州法と、「過度に広範な規制を定める」として違憲とされた市条例とがある。

合憲とされた例として、イリノイ州刑法に関する1952年のボアルネ事件がある[2][49]。この事件では、イリノイ州の集団誹謗法における、「人種・肌の色・信条、若しくは宗教を理由として、特定の市民に関する堕落・犯罪・不純若しくは道徳の欠如を描く、或いは特定の市民を侮辱・嘲笑、若しくは中傷にさらす」表現行為を処罰する規定について、連邦最高裁で合憲性が争点となった[50]

連邦最高裁の法廷意見は、同法は1917年6月29日に成立したが、イリノイ州が人種暴動にしばしば見舞われ、集団誹謗が重大な役割を果たした歴史的経緯を踏まえ、「このような歴史的事実と、人種的および宗教的プロパガンダにしばしば伴うものを前にしたとき(中略)人種的および宗教的集団に対する悪質な名誉毀損を抑制するために、イリノイ州議会がとった手段に『正当な理由がなかった』とは言えないであろう。(言論および出版の)自由の行使には限界がある。人種的または宗教的自尊心に基づいて、誤った信念を持つに至った者の威圧的な行動が、他者の自由の行使に対する平等な権利を奪う目的で、暴力を引き起こしたり、平穏を破壊したりするであろうこの頃の危険は、すべての者によく知られている出来事によって強調される。そのように限界を超えて自由を行使した者を、州は適切なやり方で罰することができる」[51]として、これを合憲とした[注釈 2]

KKKの儀式行為と観点規制の法理

クー・クラックス・クランによる十字架焼却の儀式はかつて黒人リンチし、迫害した歴史に起因する行為であり、たびたび裁判で問題となっている[2]

違憲とされた例として、十字架焼却を犯罪行為としたミネソタ州セントポール市条例の違憲性が問われたR.A.V.対セントポール市事件(1992年)がある[2][30]。セントポール市条例は、「公共的または私的な財産の上に『人種・肌の色・信条・宗教・性別に基づいて、他者に怒り・不安・憤りを生ぜしめる』と知られている、またはそう知られることに理由のあるシンボルなどを設置した者を処罰する」と定めていたが、連邦最高裁は、条例は中立規制ではないと判定し[30]、「手段は必要不可欠なものでない、あるいは過度に広範である」として、合衆国憲法修正第1条に違反し、条例を文面上無効とした。また連邦最高裁はこの条例が、当局によって「不快」と判断された言葉を差別的に規制する観点規制(viewpoint restriction)に該当するため、憲法違反と判定した[30]。さらに連邦最高裁は、ヘイトスピーチの聞き手の感情的な影響について、被差別集団に属することを理由に攻撃を受けた被害者への二次的効果であるとはいえないとし、セント・ポール市の主張を退けた[30]

また、Virginia v. Black裁判(2003)では、黒人差別発言を行うKKK集会における十字架焼却について、ヴァージニア州はヴァージニア州法違反として、十字架焼却は不快であり、脅迫行為に該当し規制できると主張した[34]。州最高裁は州法は観点規制であり違憲と判決した[30]。連邦最高裁は一部合憲一部違憲として差し戻すとともに、クー・クラックス・クランは白人至上主義を擁護するが、目的達成を妨害する人であれば白人をも攻撃の対象としており、また、脅迫する故意をともなった「真の脅迫」を禁止するヴァージニア州が、特定の嫌われるトピックの一つにむけられる言論のみを非難の的として選び出していないことから連邦憲法第1修正および先例であるR.A.V.判決に反しないと結論づけ、また州法の「一応の証拠(prima facie evidence)」の規定につい ては過度広汎性を理由に文面上違憲と判断した[30]。オコナー判事は喧嘩言葉や「真の脅迫」は政府による規制が可能と述べた[34]

この判決では表現行為そのものの規制については合衆国憲法修正第1条違反としたものの(他人を脅したり威嚇したりする)脅迫の目的で利用した場合、この行為を処罰する箇所の州法の規定は憲法違反とは言えないとした[34]

大学における規制と違憲判決

スピーチコード

アメリカの大学ではヘイトスピーチを処罰するキャンパスコード、キャンパスポリシーを採用するところもあったが、憲法違反の判決がくだされることがほとんどである[30][53]

キャンパスヘイトスピーチコードは1986年から1987年にかけての人種主義的な嫌がらせ事件が多発したため大学で制定されるようになったが、こうした規制について各地の大学で違憲訴訟が行われた[54]。こうした規制にはマリ・マツダ、チャールズ・ロレンスなど批判的人種理論を称する法学の学説が影響を与えた[54]。批判的人種理論に対してはナディン・ストロッセンらが批判した[54]

ミシガン大学事件では、ミシガン大学の研究者が生物学の研究を「性差別的」であると制裁を受けることが危惧され、連邦裁判所判決では大学の規制が、闘争的言辞(fightingwords)、わいせつ表現、名誉投損の範囲では憲法問題も生じないが、「伝達を意図されている意見又はメッセージに不同意であることを理由に、一定の言論を禁止する効果を有する反差別政策を立てること」は大学が行ってはならないこととした。また、不快という理由だけで言論を禁止することも大学ではできないとされた[54]。ミシガン大学の規制は過度に広汎なものであり、また 「汚名を着せる(Stigmatize)」や 「苦痛を与える (victimize)」は正確な定義ができないため、範囲の限界や保護される行為とそうでない行為との区別ができない極めて漠然なもので、デュー・プロセス条項に違反するとして憲法違反の判決が出された[54]

ウィスコンシン大学事件では、人種主義的な差別的な表現や行動をとった学生を懲戒できるとする学内規則について連邦裁判所判決では、この規則は闘争的言辞の法理の範囲を逸脱したもので、また過度に広汎なもので漠然としているとして憲法違反との判決が出された[54]

セントラルミシガン大学事件でも連邦裁判所判決は、大学の規制は過度に広汎なもので、また内容および観点(ビューポイント)の規制を含むもので、また「不快」であるとは主観的な言及を定義にふくむものであるため、憲法違反との判決が出された[54]

こうして、文言が明確なコードで規制されたとしても、主題ならびに観点差別的な規制にあたるとして憲法違反との判決が出されてきた[54]


注釈

  1. ^ 喧嘩言葉(Fighting words)は口に出すだけで治安の紊乱を煽る言論。米国のケースでは「言葉自体が侵害を与え、あるいは平和の破壊を即座に引き起こす傾向にある表現」を指し、連邦最高裁の先例のなかでは「わいせつ名誉毀損と並んで表現規制が許されるとされる表現領域」とされる[1]。この解釈は1942年のen:Chaplinsky v. New Hampshire連邦最高裁判決で確立しており、「少なくとも個人に対して発せられた中傷については表現の自由の枠外として」条例で規制することを合憲とした(明戸隆浩.2014.P.29)。一方でヘイトスピーチを含む扇動との区別は複雑で微妙であり、例えば「ユダヤ人を殺せ」などと煽り、破壊行為を生じさせた1946年の事件では、シカゴ市が起訴、100ドルの罰金刑とし、上訴裁判所、州裁判所は支持したが連邦最高裁は5対4で破棄した[29]
  2. ^ なお、このフランクファーター判事による法廷意見について、表現の自由の保障の観点から、反対意見が記述されている。詳しくは[52]

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  97. ^ ウォルドロン 2015, pp. 124-171.
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