プテロダクティルス 発見史

プテロダクティルス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/08 14:15 UTC 版)

発見史

選帝侯コレクションにあった標本の図。本属並びにP. antiquus の模式標本

前述の通りこの動物は世界で初めて発見された翼竜でもあり、その発見史は翼竜という生物そのものの理解の歴史と重なり合う。

この生物の化石が初めて報告されたのは1784年のことであり、ファルツ選帝侯カール・テオドールのコレクション管理を任せられていたイタリア人博物学者コジモ・アレッサンドロ・コリーニ(Cosimo Alessandro Collini) が選帝侯コレクションの中に含まれていた化石についての報告として発表している[19][20]。その標本はゾルンホーフェン近くのパッペンハイムという街に住むフリードリッヒ・フェルディナント伯爵から送られた物であり、アイヒシュテット産と言われているが発見と贈与の正確な日時は不明である。コリーニはその生物が全く新しい生物であることを理解し、いくつかの点で鳥類に似ているが明らかに鳥類ではないと結論したが、詳しい分類や命名は行わなかった[21]

爬虫類説

このアイヒシュテット標本の生物に命名したのはフランスジョルジュ・キュヴィエである。彼は1801年にこの生物は長く伸びた指骨に翼膜を張って翼とし空を飛んでいた爬虫類であるという見解を発表した。1809年にはさらに詳細な論文をしたため、そのなかでこの生物に "Ptero-dactyle" という形で名前を与えている[22][20]。原標本の所有者である選帝侯が家督相続の関係でマンハイムからミュンヘンに居城を移し、それに付随するコレクションの移動に伴う諸問題のため、ここまでの一連の研究でキュヴィエは一度も実際の標本を手に取ることなく[22]、コリーニが残した論文とそこに掲載されていた詳細な銅版画のみによって研究を進めていた[21]

哺乳類説

ゼメリンク (1812) による復元。肩帯・前肢の復元に誤りが見られる

選帝侯のコレクションはミュンヘンに移るとバイエルン科学アカデミーに寄贈され、アイヒシュテット標本は科学アカデミーの博物標本管理責任者となったザームエル・トーマス・フォン・ゼメリンク(Samuel Thomas von Sömmerring)によって研究されることとなった[23]。ゼメリンクはキュヴィエの研究を知らぬまま1810年に講演という形で研究結果を発表し、その中で彼がOrnithocephalus antiquus と名付けたこの生物は哺乳類コウモリの仲間であるという結論を表明した[4]1811年にキュヴィエの論文を知ったゼメリンクはその講演内容をアカデミーの紀要として1812年に掲載する際に、コリーニの説・キュヴィエの説共に批判的に論説している。しかしコウモリ説にこだわったため、キュヴィエと異なり標本を実際に調べることができた立場にいたにもかかわらず、彼の論文では上腕骨胸骨と勘違いし、順に実際の前腕骨(尺骨橈骨)を上腕骨に、実際の中手骨を前腕骨に、と間違えた骨格復元図が掲載されていた[4]

マンハイムの選帝侯コレクション中のこの奇妙な動物の化石にキュヴィエの注意を向けた人物であるヨハン・ヘルマンもこの動物が哺乳類説を支持した一人である。彼はこれを哺乳類と鳥類の中間に位置する哺乳類であると考えた[4]

ニューマン (1843) により有袋類として毛皮と耳介付きで復元された翼竜

ゼメリンクらと同じくこの生物は飛翔する哺乳類だと考えた人物にイギリスエドワード・ニューマンがいる。空を飛ぶという行動様式をとる以上、爬虫類のような変温動物ではなく活動的な恒温動物でなければならないという観点によるものであった。ただし彼の説がゼメリンクと異なるのは、翼手目(コウモリ)ではなく有袋類であると考えたことである。これには1831年にゲオルク・アウグスト・ゴルトフス英語版スカフォグナトゥス標本に体毛の痕跡が見られると発表したこと、さらにそれ以前にウィリアム・バックランドが記載したジュラ系ストーンズフィールド粘板岩産の"オポッサム"をめぐる論争が影響を与えていたといわれている[24]。そのため彼が1843年に発表した復元図では、体毛耳介をもって空を飛ぶ翼竜が描かれている[25]

鳥類説

この標本を、空を飛ぶ機能を持っているということからたいした疑問もなく鳥類に含める意見も存在した。人種の分類を確立したことでも有名なゲッティンゲン大学ヨハン・フリードリッヒ・ブルーメンバッハ(Johann Friedrich Blumenbach) はキュヴィエの発表と前後して、このアイヒシュテット標本が水鳥の化石であるという見解を提示している[19][22]

またセントジョージ・マイヴァート英語版のように、翼竜を鳥類の祖先と考える者や[26]ハリー・ゴーヴィア・シーリーのように、同一の祖先から別れたごく近縁な生き物と考える者も居た[27][28][29]

水生生物説

ヴァグラー (1830) による水生動物としての復元

上記の意見は全てプテロダクティルスは空飛ぶ生物だったという点で一致しているが、これに異を唱える説も出された。1830年、ミュンヘンのヨハン・ゲオルク・ヴァグラー(Johann Georg Wagler) はこの動物を彼が設立した新しい (グリフィ綱:class Gryphi)に魚竜首長竜単孔類と共に属する水生の動物であると考えた。彼の復元によれば、前肢には翼膜がついていたのではなくペンギンイルカのフリッパーのようになっており、それで水中を進んでいたとされた[25][20]

現在

しかし多くの意見にもかかわらず、キュヴィエの比較解剖学を駆使した科学的結論以上の説得力のある説はとうとう現れなかった。そのため、プテロダクティルスのみならず翼竜全体についても、それが飛翔性の爬虫類であるという彼の解釈は多くの支持を勝ち取り、現在に至っている[30]

なお、本属の模式標本は現在ミュンヘンのバイエルン国立古生物学地質学博物館(Bayerische Staatssammlung für Paläontologie und Geologie)に保管されている。


  1. ^ 『動物大百科別巻2 翼竜』 p75
  2. ^ 『動物大百科別巻2 翼竜』 p98
  3. ^ 『動物大百科別巻2 翼竜』 p103
  4. ^ a b c d e f g 『動物大百科別巻2 翼竜』 p28
  5. ^ Meyer, H. von. (1846). “Pterodactylus (Rhamphorhynchus) gemmingi aus dem Kalkschiefer von Solenhofen”. Palaeontographica 1: 1–20. 
  6. ^ 『動物大百科別巻2 翼竜』 p144
  7. ^ a b 『動物大百科別巻2 翼竜』 p94
  8. ^ a b 『動物大百科別巻2 翼竜』 p97
  9. ^ 『動物大百科別巻2 翼竜』 p95-96
  10. ^ a b Bennett, S. Christopher (2013). “New information on body size and cranial display structures of Pterodactylus antiquus, with a revision of the genus”. Paläontologische Zeitschrift 87 (2): 269–289. doi:10.1007/s12542-012-0159-8. 
  11. ^ 『動物大百科別巻2 翼竜』 p96
  12. ^ a b c Jouve, S. (2004). “Description of the skull of a Ctenochasma (Pterosauria) from the latest Jurassic of eastern France, with a taxonomic revision of European Tithonian Pterodactyloidea”. Journal of Vertebrate Paleontology 24 (3): 542–554. doi:10.1671/0272-4634(2004)024[0542:DOTSOA]2.0.CO;2. 
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  16. ^ a b 『動物大百科別巻2 翼竜』 p171
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  18. ^ Schmitz, L.; Motani, R. (2011). “Nocturnality in Dinosaurs Inferred from Scleral Ring and Orbit Morphology”. Science 332 (6030): 705–8. doi:10.1126/science.1200043. PMID 21493820. 
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  20. ^ a b c 『動物大百科別巻 恐竜』 p220
  21. ^ a b 『動物大百科別巻2 翼竜』 p25
  22. ^ a b c 『動物大百科別巻2 翼竜』 p26
  23. ^ 『動物大百科別巻2 翼竜』 p27
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  28. ^ 『動物大百科別巻2 翼竜』 p38
  29. ^ 『動物大百科別巻 恐竜』 p222
  30. ^ 『動物大百科別巻2 翼竜』 p29
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  33. ^ Vidovic, Steven U.; Martill, David M. (2017). “The taxonomy and phylogeny of Diopecephalus kochi (Wagner, 1837) and "Germanodactylus rhamphastinus" (Wagner, 1851)”. Geological Society, London, Special Publications 455 (1): 125–147. Bibcode2018GSLSP.455..125V. doi:10.1144/SP455.12. https://eprints.soton.ac.uk/423063/1/Vidovic_Martill_2017_Taxonomy_of_Diopecephalus_and_Germanodactylus_AM_with_Figures.pdf. 
  34. ^ Longrich, N.R.; Martill, D.M.; Andres, B. (2018). “Late Maastrichtian pterosaurs from North Africa and mass extinction of Pterosauria at the Cretaceous-Paleogene boundary”. PLOS Biology 16 (3): e2001663. doi:10.1371/journal.pbio.2001663. PMC 5849296. PMID 29534059. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5849296/. 
  35. ^ Rafinesque, C.S. (1815). Analyse de la nature, ou tableau de l'univers et des corps organisés (L'Imprimerie de Jean Barravecchia ed.). p. 75. https://www.biodiversitylibrary.org/page/48310144#page/10/mode/1up 
  36. ^ Naish, Darren. “Pterosaurs: Myths and Misconceptions”. Pterosaur.net. 2011年6月18日閲覧。






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