ブータン 交通

ブータン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/12 09:22 UTC 版)

交通

ブータンのポストバス
ティンプー - プンツォリン間を往復しており、路線バスとしては最も重視されているものになる

道路

鉄道

航空

パロ空港ヨンプラ空港英語版バトパラタン空港英語版ゲレフー空港英語版の4つが主要となっている。

国民

民族衣装を着たブータン国民

民族

民族構成(ブータン)
ガロン族(チベット系)
  
50%
ローツァンパ(ネパール系)
  
35%
その他
  
15%

ドゥクパ(ブータン民族)は、ガロン英語版(Ngalong)、ブムタンパ(Bumthangpa)、ツァンラ英語版(Tshangla/Sharchops)の3つに分けられる。南部低地地帯(タライ平原)には、ネパールローツァンパ(Lhotshampa)が居住している。 その他、北部や南部には独自の文化を持つ少数民族の存在が確認されている。

言語

ブータンの言語分布
言語(ブータン)
ゾンカ語
  
25%
ネパール語
  
40%
ツァンラカ語
  
25%

公式には、チベット語系のゾンカ語が公用語である他、ネパール語英語も広く使われている。その他、ツァンラカ語、シッキム語ザラ語リンブー語ケン語バンタワ語等が話されている。

1949年までの長い間イギリスの保護国であったことから政府の公式な文書などは英語で書かれるため、英語は準公用語的な地位にある。また、1980年代半ばにほぼ全ての教育機関で英語が教授言語となった。ゾンカ語は国語という科目名で教えられている。これは、英語を教授言語とすることで国際的に通用する国民になることを目指すことが理由ではない。ブータン人教員の不足のために隣国インドから英語を話す教員を大量に雇い入れた。また、ゾンカ語は国語として制定されたのが比較的最近であり、3割程度の国民にしか理解されない。長年口語として使われてきたものの、文語としては使われてこなかったために表記法等の整備が遅れていることや、仏教関係以外の語彙に乏しく、さらに教材などの点で圧倒的に不足しており教授言語にはなりえないという実情がある。

現在でもブータンの学校ではインド人をはじめとする多くの外国人教員が教鞭を執っている。最大の新聞である『クエンセル』は、英語ゾンカ語ネパール語で発行されているが、購読者が最も多いのは英語版である。しかし、教授言語が英語でなくヒンディー語やネパール語であった中年以上の世代にはあまり通じない。英語教育を受けた世代には、国語であるゾンカ語は話せても読み書き出来ない者もいるなどの問題も起きている。したがって近年では伝統文化を守るためにゾンカ語教育が強化されており、国語以外の教科でもゾンカ語で教育が行われるようになった。今後、ゾンカ語の教授言語としての整備と合わせ、順次ゾンカ語での教育の割合を増やし、共通語として確立させていく予定である。

ブータンでは、英語も含めると20以上の言語が話されている[44]。英語・ネパール語を除いたすべての言語はチベット・ビルマ語系の言語である。地方の少数民族を中心にゾンカ語を話せない人も多く、ブータンで最も通用性が高いのはヒンディー語やそれに類するネパール語である。これは近代教育初期の教授言語がヒンディー語で、インド製娯楽映画やテレビ番組が浸透しているためである。2006年の統計上は、ゾンカ語話者は全人口の25%、ネパール語話者は40%である。80年代まで政府は、南ブータンの学校でのネパール語教育に助成金を供出していたが、ゲリラ勢力の台頭以降、教授科目から外れる事となった。

国内の言語分布は、西部はゾンカ語、東部はツァンラカ語(シャチョップカ語)、南部はネパール語(ブータンではローツァムカ語と呼ばれることもある)が主要言語となっている。

婚姻

ブータンでは一夫多妻制が合法とされているが、ブータンにおける民法(または慣習法)の下でこれまで一夫多妻の配偶者へ法的承認がなされた事例は存在していない。

また、一妻多夫制の存在も確認されているが現在、一妻多夫制はラヤのような特定の地域にのみ通用している程度であり、さらにブータンでは一夫多妻制と一妻多夫制の両方が否定される傾向にあり消滅へ向かっている[45]

人名

ブータンにおいては、氏は「家の名」ではなく個人それぞれに名付けられる。婚姻によって改姓することもなく夫婦別姓[46]

宗教

3つの宗教集団に大別される。

他には少数派としてキリスト教徒の存在が確認されている。

近代化の進むなか、チベット仏教は現在でも深くブータンの生活に根差している。ブータン暦の10日に各地で行われるツェチュ英語版というは今でも交際の場として機能している。その他、宗教的意匠が身近なところにあふれ、男根信仰も一般的である。宗教観や古い身分制度に基づく伝統的礼儀作法(ディグラム・ナムザ英語版)は厳格で、国家公務員の研修や学校教育に取り入れられている。公的な場所に出るときは正装が義務付けられる。

教育

ブータンの大学タシガン県にある王立ブータン大学(英語: The Royal University of Bhutan,通称:カンルン大学)が唯一の大学である。この大学には言語文化学部英語版(CLCS)と呼ばれる専門機関が設立されている。

また、王立舞台芸術学院英語版(RAPA)が存在しており、この教育機関はブータンの伝統文化の保存を支援する目的で国務省英語版によって設けられたものである。

保健

ジグメドルジ・ワンチャック国立紹介病院英語版
首都ティンプーに設けられている同国の主要病院である

煙草規制

ブータンでは1792年から煙草を取り締まる法律が存在した。理由は国民の大半が信仰する仏教上のものである(葉タバコは、女悪魔の血液で育つと考えられている)。2004年12月より、環境保護及び仏教教義的な背景から世界初の禁煙国家となり、煙草の販売、製造、流通が禁止された。しかし、200%の関税が課されるが、国外からの一定量の輸入は許されたため、隣国インドからの輸入で闇市場が繁盛した。

2020年パンデミックで政府がインドとの国境を封鎖したため、闇価格は4倍に跳ね上がった。その折、インドと往来していた行商人が新型コロナウイルスで陽性を示した。そのためロテ・ツェリン首相(週末に医師の仕事を続けている)は密輸品への需要を減らすための一時的な措置として、また、自宅待機中のヘビースモーカーから煙草を取り上げることによって家庭内の緊張が高まることを防ぐため、煙草の販売を解禁し、ロックダウン中の生活必需品に加えられた[47]

社会

習俗の面では、ブータン東部では最近まで残っていた「夜這い妻問婚」や「歌垣」などが比較的注目される。

南部問題

ブータンのパスポートを提示するベルダンギ難民キャンプの人々

1958年の国籍法を下敷きにして、1985年に公民権法(国籍法)が制定されたが、その際、定住歴の浅い住民に対する国籍付与条件が厳しくなり、国籍を実質的に剥奪された住民が、特に、南部在住のネパール系住民の間に発生した。そもそも、ブータン政府は彼らを不法滞在者と認識しており、これはシッキムのような事態[注 2]を避けたいと考えていたための措置だったといわれる。

その一方で、ブータンの国家的アイデンティティを模索していた政府は、1989年、「ブータン北部の伝統と文化に基づく国家統合政策」を施行し、チベット系住民の民族衣装着用の強制(ネパール系住民は免除)、ゾンカ語の国語化、伝統的礼儀作法(ディクラム・ナムザ)の順守などが実施された。1988年以降、ネパール系住民の多いブータン南部において上記「国家統合政策」に反対する大規模なデモが繰り広げられた。この件を政府に報告し、ネパール系住民への対応を進言した王立諮問委員会のテクナト・リザル(ネパール系)は反政府活動に関与していると看做され追放される。

この際に、デモを弾圧するためネパール系住民への取り締まりが強化され、取り締まりに際し拷問など人権侵害行為があったと主張される一方、過激化したネパール系住民によるチベット系住民への暴力も報告されている。混乱から逃れるため、ネパール系住民の国外脱出(難民の発生)が始まった。後に、拷問などの人権侵害は減ったとされる。国王は、国外への脱出を行わないように呼びかけ現地を訪問したが、難民の数は一向に減らなかった。この一連の事件を「南部問題」と呼ぶ。後に、ネパール政府などの要請によりブータンからの難民問題を国連で取り扱うに至り、ブータンとネパールを含む難民の流出先国、国連 (UNHCR) により話し合いが続けられていたが、2008年3月、難民がブータンへの帰国を拒んだため、欧米諸国が難民受け入れを表明し、逐次移住が始まる予定である。

人権


注釈

  1. ^ 行政の中心として、また、宗教活動の中心であった。ゾンはあるものは非常に大きく、またあるものは小さいなど規模の面で多様であった。また、その建設立地は外敵からの攻撃に対して人々が防衛しやすいものであった。ゾンは谷に突き出していて一面の眺望を得られる場所や、片面が川になっている岸壁の上もしくは急峻な山腹、あるいは尾根に意図的に建設された[13]
  2. ^ シッキム王国はもともとはチベット系民族が主導権を握る国家であったが、ネパール系の移民が急増した結果として両者の人口比率が逆転し、それが王国の崩壊とインドへの併合の遠因となったとみなされている。

出典

  1. ^ Bhutan” (英語). ザ・ワールド・ファクトブック. 2022年8月21日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g World Economic Outlook Database, October 2021” (英語). IMF (2021年10月). 2021年11月10日閲覧。
  3. ^ Frequently Asked Questions”. Royal Monetary Authority of Bhutan. 2021年4月18日閲覧。
  4. ^ ブータン王国教育省教育部 2008 pp. 16-19.
  5. ^ a b c 朝日新聞社中央調査会 1942, p. 276.
  6. ^ a b JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B03050965100、各国内政関係雑纂/英領印度ノ部 第一巻(外務省外交史料館)、1910年、5頁
  7. ^ JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.B03050965100、各国内政関係雑纂/英領印度ノ部 第一巻(外務省外交史料館)、1910年、6頁
  8. ^ 朝日新聞社中央調査会 1942, p. 277.
  9. ^ a b 今枝由郎. “仏教王と戦争 ---ブータン第四代国王による2003年アッサム・ゲリラ国外追撃作戦-- (PDF)”. 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所. 2019年4月17日閲覧。
  10. ^ ブータン全土でロックダウン開始”. JETRO (2020年8月19日). 2020年12月29日閲覧。
  11. ^ ブータン王国教育省教育部 2008 p. 123.
  12. ^ Tshering Tobgay unanimously elected as PM-electBBS、2013年7月19日(2014年1月5日閲覧)
  13. ^ ブータン王国教育省教育部 2008 p. 76.
  14. ^ a b c d e ブータン基礎データ”. 外務省. 2016年6月12日閲覧。
  15. ^ Ananth Krishnan (2012年6月22日). “China, Bhutan 'ready' to establish diplomatic ties” (英語). The Hindu. 2018年1月31日閲覧。
  16. ^ Anuradha Sharma (2012年6月27日). “India Keeps Close Eye on China's Courtship of Bhutan” (英語). World Politics Review. 2018年1月31日閲覧。
  17. ^ China and Bhutan Hold 23rd Round of Talks on Boundary Issue” (英語). 中华人民共和国外交部 (2015年8月27日). 2018年1月31日閲覧。
  18. ^ John W. Garver (2019-04-17). Protracted Contest. UNIVERSITY OF WASHINGTON PRESS. p. 189. https://books.google.de/books?id=TOVaMckcO0MC&pg=PA180&dq=%22Dong+Biwu,+the+acting+president+of+the+PRC%22&hl=en&sa=X&redir_esc=y#v=onepage&q=%22Dong%20Biwu%2C%20the%20acting%20president%20of%20the%20PRC%22&f=false 
  19. ^ Bhutan can solve its border problem with China – if India lets it”. サウスチャイナ・モーニング・ポスト (2017年7月22日). 2018年1月31日閲覧。
  20. ^ Yang Jiechi Meets with Foreign Minister Rinzin Dorje of Bhutan”. 中华人民共和国外交部 (2014年7月28日). 2018年1月31日閲覧。
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