ブルーインパルス 歴代運用機

ブルーインパルス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/10/09 20:35 UTC 版)

歴代運用機

F-86F(1960年→1981年)

浜松広報館に保存されているF-86F(02-7966)

初代機体F-86Fは、航空自衛隊創設に当たり、アメリカから供与された当時の主力戦闘機である[23]。使用機体は全機改修にて取得されており、ブルーインパルス向けとして新造された機体は存在しない。原則として浜松基地に配備されていた機体の中から以下の条件がそろった機体を選び出し改修していた。

主な改修点は、後部胴体にある燃料タンクのスモークオイル(発煙油)タンクへの転用[202]、スモーク発生装置のエンジンノズル後方への設置で、一部の計器の配置変更や置き換えも行われている[注釈 10]。スモークオイルのタンク容量は105ガロンで、約50分の連続発煙が可能であった[202]

しかし、この改造に伴い、本来は飛行に使用する燃料の搭載量が少なくなった。ドロップタンク(増槽)を装備しない場合のF-86F許容G(重力加速度)は7.0Gであるのに対し[201]、ドロップタンクを装備した場合はドロップタンク内の燃料が空でも許容Gは5.5G[201]、燃料満載時には許容Gは5.0Gで[201]、演目によっては許容Gに余裕がなくなる。このため、当初はドロップタンクを外した「クリーン形態」で展示飛行や訓練を行なっていた[30]。しかし、展示飛行の課目の増加に伴って燃料タンクの容量不足が問題化[189]、1966年(昭和41年)頃からは安全上の見地からドロップタンクを常時装着することとなった[201]

機体の塗装は、当初は通常塗装(無塗装)機が使用されていた[30] が、第1航空団の部内で募集されたデザイン案の中から、1961年(昭和36年)に金属の地肌に青とピンクとライトブルーの斜めストライプを配した専用デザインが施された[203][注釈 11]。なお、編隊長機のみ青の部分を金色としていた[203][注釈 11]。ピンクやライトブルーの部分は褪色が激しく、白色に近い状態となったため、後から追加改修された機体ではこの部分の色を濃くして対応した[204]。その後、1963年(昭和38年)頃にチーム内で塗装案を検討し[40]、東宝映画『今日もわれ大空にあり』への撮影協力をきっかけに、東宝デザイナーが協力することになった[38]。1963年10月には92-7872号機が試験塗装を施され[205]、これを手直しして1963年11月に正式に新塗装が決定した[40][注釈 1]

所属期間は機体によってまちまちで、1年程度しか使用されなかった機体もあれば、解散までのほぼ全期間を通じて使用された機体もある。使用された計34機の内、1981年(昭和56年)の最終飛行時まで在籍していたのは9機、ブルーインパルス所属のまま事故で失われたのは4機[206]。後者の内1機はブルーインパルスとは関係のない学生訓練中に発生した空中接触事故で失われている[206]。この34機の中には米軍からの供与機も含まれており、それらの機体は用途廃止後に米軍に返還されている[206]。一部は無人標的機QF-86Fに改造され、空中標的として使用された[207]。最後まで使用された機体の1機である02-7960号機は用途廃止後もしばらく動態保存状態に置かれ、1985年(昭和60年)11月16日の浜松基地航空祭にてタキシングを披露したが、半年後ブレーキ系統に不具合が生じたため地上展示専用となった[208]

T-2(1982年→1995年)

T-2(29-5176)
離陸時に炎を曳く「トーチング」

2代目機体T-2は、国産初の超音速高等練習機である[209]。パイロットからはF-4EJをブルーインパルス用として推す意見もあった[70] が、大型過ぎることや燃料消費量が大きいことから実現に至っていない[70]。最終的には国産機であることや、練習機であるため操縦性や安定性に優れているという理由でT-2導入が決定した[70]

しかし、T-2は翼面荷重が大きい超音速機であり、旋回半径も大きかった[70]。エンジン推力が比較的小さいこともあり[74]、高機動を行うと速度低下が著しかった[74]。このため、課目間のつなぎのための旋回(プロシージャーターン)がF-86F時代に比べて大きくなり、演技に間延びした感が出てしまうことは避けられなかった[74]。この間延び対策のために、F-86F時代の標準だった5機編隊にソロを一機加えた6機編隊に変更された[74]

ブルーインパルスで運用された機体は、後期型6機がブルーインパルス用として新造された[70] ほか、前期型から2機がブルーインパルス仕様に改修されている[70]。1983年(昭和58年)と1986年(昭和61年)に補充のために後期型から1機ずつがブルーインパルス仕様に改修された[210]

ブルーインパルス仕様の改修点は、アクロバット飛行用に胴体内の第7燃料タンクをスモークオイル用に転用したスモーク発生装置[211] が主なものである[注釈 12]。離陸時にスモークオイルを噴出しないでアフターバーナーを使用するとスモーク発生装置のノズルが溶解してしまう[212] ため、離陸推力とアフターバーナーの併用時にはスモークオイルを流すようにしていた[212][注釈 13]。これによってスモークオイルが高温の排気によって燃焼し、長い炎を曳くことになった[212] が、偶然の産物であった[89] ものの観客には強い印象を与えることになった[74]。これは「トーチング」と呼ばれ、世界のどのアクロバット飛行チームにもないT-2ブルーインパルスだけの特徴となった[89]

機体の塗装は、T-2では一般公募が行われた結果、2,055点の応募の中から、女子高生4人のグループによるデザインが最優秀賞となり[30]、このデザインに機首部分と主翼下面を中心とした大幅な修正が行われた上で実機に塗装された[30]。 1987年以降は尾翼にポジションナンバーを記すようになり[41]、T-2を母体として開発されたF-1支援戦闘機からのフィードバックとしてバードストライク対策がなされた一体型風防への交換も行われた[41]

戦技研究班解散後には学生教育にも使用されたが、前述のように燃料タンクの一部をスモークオイル用に転用しているために400リットルほど燃料搭載量が少ない[211] ため、胴体下にはドロップタンク(増槽)が装備された[89]。その後IRAN(定期修理)で通常のT-2とほぼ同じ仕様に改修され、単にブルーインパルス塗装のT-2となった。現在、全機退役。

T-4(1996年以降)

T-4(46-5731/46-5728)

3代目機体T-4は、その機体形状から「ドルフィン」の愛称もある[176] 国産の中等練習機である[213]。翼面荷重が260キログラムと小さく[214]、エンジン推力に対する重量比もF-86FやT-2と比較すると大きく[214]、低空での性能はF-15をも凌ぐ[215]。このため、「360°ループ」のような高Gの連続課目や「バーティカルキューバンエイト」のような垂直系の高負荷課目が余裕を持ってできるようになった。

ブルーインパルスが運用する機体は戦技研究仕様機と称し、以下の点が通常仕様と異なっている。

発煙装置
胴体後方の第3燃料タンクをスモークオイル専用のタンクに転用している[213]。発煙油の搭載量は約320リットル(85ガロン)で[216]、通常の展示飛行1回で使用する発煙油は200リットル程度である[213]。背面飛行などで機体の姿勢に変化があっても供給が途切れないように、発煙油のポンプはタンク内の上下2箇所に設けている[216]。また、これに関連して、操縦席には発煙油の残量計・発煙油ポンプのスイッチ・スモークのON/OFFのトリガーが増設されている[213]
方向舵(ラダー)
通常仕様のT-4では、速度が240ノット以上になると垂直尾翼の過荷重防止策として、方向舵の作動角が5度に制限されるラダー・リミッターが装備されている[217] が、戦技研究仕様機ではアクロバット飛行時の機動性を高めるため、作動角の制限を10度に拡大している[213]
バードストライク対策
低い高度を高速で飛行する機会が多いため、通常仕様では風防(キャノピー)は厚さ11ミリメートルのストレッチアクリル製である[218] が、戦技研究仕様機ではアクリルとポリカーボネートの4層構造として、厚さも25.4ミリメートルとなっている[218]。これは、450ノットの速度で重量4ポンド(約1.8キログラム)の鳥とぶつかった場合にも損傷を防げる強度である[219]。また、ヘッドアップディスプレイ (HUD) の表示板をガラス製から樹脂製に変更し[219]、破損時の危険性を低下させている[217] ほか、操縦ケーブルが格納されている主翼前縁部にも防護構造を施している[219]
低高度警報装置
降着装置フラップが共に収納されている場合に、設定した高度以下になると警報を促す装置を装備している[217]

こうした変更により、通常仕様のT-4とは大きく仕様が異なる。このため、F-86FやT-2と違い、原則として通常のT-4で訓練することができなくなった[217][注釈 14]。2010年までに導入されたT-4戦技研究仕様機は、11機全機が新造機として取得され[210][注釈 15]、のちに10機が東日本大震災で被災した26-5804と寿命を迎えた機体の置き換えとして既存の通常仕様機からの中途改修で配備された。製造当初から戦技研究仕様機であった機体は、2020年3月末頃の46-5731の用途廃止をもって全機が退役している。また、通常仕様のT-4も1機程度運用しており、洋上の訓練空域の天候偵察など戦技研究仕様機を必要としない任務で使用されている。

機体の塗装は、T-2と同様に一般公募が行われ、応募された2,135点の中から、斎藤茂太の息子でモデラーやF-4のファンとして知られる精神科医の斎藤章二によるものが採用された[103]

なお、T-4導入後の1995年(平成7年)8月には、T-4の後継機としてF-2支援戦闘機の導入が俎上に上っており[220]1996年度(平成8年度)の防衛予算案でブルーインパルス仕様として9機のF-2が計上された[220] が、認められなかった[220]

02-7960号機
59-5111号機

保存機

F-86F
02-7960号機と02-7966号機が浜松広報館に保存されている[206]。また、ブルーインパルスに所属した履歴のある12-7995号機が浜松基地北門前にモニュメントとして保存されているが、記入されているシリアルナンバーは既にスクラップとなっている92-7929号機のものである[206]。河口湖自動車博物館にも個人収蔵のブルーインパルス塗装02-7960号機が展示されているが、前記の通り本物の02-7960号機は浜松広報館に館内展示されており、河口湖自動車博物館の機体の本来のシリアルナンバーは02-7962である[注釈 16]
T-2
浜松広報館に59-5111号機[210]宮城県東松島市旧桃生郡矢本町)JR仙石線鹿妻駅前に69-5128号機[210]石川県立航空プラザに99-5163号機[210]岐阜かかみがはら航空宇宙博物館に19-5173号機[210]百里基地に19-5175号機[210]青森県立三沢航空科学館に19-5177号機がそれぞれ展示されている[210] ほか、松島基地に19-5176号機が保存されている[210]
T-4
川崎重工岐阜工場総合ビルの1階に46-5726号機がポジションナンバーが1の状態で展示されているほか、浜松広報館に66-5745号機がポジションナンバーが3の状態で展示されている。

注釈

  1. ^ a b 東宝のデザイナーが考案したといわれているが、実際にはチーム内で検討した塗装案を東宝のデザイナーが手直しして、正式デザインが決定された[40]
  2. ^ a b この時のコールサインは "Blue-1" であった[116][117]
  3. ^ 但し26-5692はIRAN中であった為、B編隊の1番機は通常仕様のT-4が使われた。
  4. ^ 階級については自衛隊の階級を参照。
  5. ^ 展示服は明るい青色であり、サンダーバーズ(濃い紺色)よりアメリカ海軍ブルーエンジェルスに近い色合いである。
  6. ^ 「LIFE SP」は "Life Supporter" の略[175]
  7. ^ 「DISP」は "Dispatch" の略[175]
  8. ^ 「ADMIST」は "Administrator" の略[175]
  9. ^ 航空機では重力加速度 (G) の制限値が定められており、これを超えた飛行を行った場合は機体の点検が必要となる[201]
  10. ^ なお、使用しない機関銃の銃口はプラグで封鎖したが、機関銃自体は重心位置に変更が生じないようバラストとしてそのまま残された。
  11. ^ a b 胴体に斜めの帯が入っていることから、部隊内部では「襷」とも称されていた[203]
  12. ^ 他の改修点は、非力なためフルスロットルでなくともアフターバーナーを使用可能にするパート・スロットル・アフターバーナー (PTA) は右エンジンも使用するとスモークオイルが完全燃焼してしまうため左エンジンのみ使用可能とするスイッチを追加装備、コックピットへの握り手の追加、一部計器の配置や仕様の変更、スモークオイル残量計の追加などである。また初期にはブルー仕様機は、後期型でも通常の前期型同様に機銃の代わりにバラストを搭載していたが、機体を学生教育に使用する際に支障が出たために、のちに機銃を搭載することとなった。
  13. ^ ノズルの位置を後方に移設する改修が行われているが、これは通常使用時のスモークの発煙性向上を狙ったものである。
  14. ^ F-86FとT-2では、スモーク発生装置以外で操縦特性に関わる変更点はほとんどなかったため、通常仕様の機体でアクロバット飛行の訓練を行なうことが可能であった[217]
  15. ^ 機体の疲労度の再評価プログラムが行われており、今後他の部隊と同じ仕様へと改修を施したうえで、機体の入れ替えが行われる可能性もある。
  16. ^ JARG(日本航空機研究会)発行のシリアルリスト2001年版による。なお、02-7962号機はブルーインパルスに所属したことのある機体である。春日基地に保存されている82-7777号機は、カラーリングを「ブルーインパルス」風に塗装してあるだけで、ブルーインパルスに所属したことはない。
  17. ^ F-86Fを使用していた時期には、1番機のジェット排気が自機のエンジンの空気取り入れ口に入ってきてしまうこともあったという[231]
  18. ^ 近年では環境への影響を考慮し若干高価ではあるが、パラフィンを使用するスモークも開発され、レッドブル・エアレース・ワールドシリーズなどで使われている。
  19. ^ 時間が経過すると切削油と染料が分離してしまうため
  20. ^ 11月下旬や12月に航空祭を行う基地(築城基地新田原基地那覇基地など)で見ることができる。
  21. ^ 早朝から強風が吹いており、聖火輸送機も予定より約1時間早い午前10時に到着した。到着地を羽田へ変更する可能性もあったが、到着を早めることで回避した。
  22. ^ ブルーインパルスが“感謝飛行” 10台超のカメラで生中継 #医療従事者にエールを - YouTube - ANNニュース公式チャンネル、2020年5月29日、9分15秒。
  23. ^ 【ノーカット版】ブルーインパルスの“感謝飛行”を空から見た #医療従事者にエールを - YouTube - ANNニュース公式チャンネル、2020年5月29日、22分39秒。

出典

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