ブライアン・ロイ ブライアン・ロイの概要

ブライアン・ロイ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/01 01:45 UTC 版)

ブライアン・ロイ
名前
本名 Bryan Edward Steven Roy
ラテン文字 Bryan Roy
基本情報
国籍 オランダ
生年月日 (1970-02-12) 1970年2月12日(53歳)
出身地 アムステルダム
選手情報
ポジション MF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1988-1992 アヤックス 126 (17)
1992-1994 フォッジャ 50 (15)
1994-1997 ノッティンガム・フォレスト 85 (24)
1997-2000 ヘルタ・ベルリン 50 (3)
2001 NAC 14 (2)
通算 325 (61)
代表歴
1989-1995 オランダ [1] 32 (9)
監督歴
2001-2010 アヤックスE1
2010- アヤックスB
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

経歴

ロイは1987年にアヤックス・アムステルダムで選手経歴を開始した。アヤックスではリーグ戦108試合に出場し16得点を記録、1992年にUEFAカップ優勝に貢献した。

1992-93シーズンの途中にイタリアのセリエAのフォッジャ・カルチョへ移籍[2]。11月22日のSSラツィオ戦でデビューし、初得点も記録した[2]。当初はシステムやリズムの違いに苦しんだが、シーズン終盤には実力を発輝し出した[2]。翌1993-94シーズンにはリーグ戦で12得点を決め、チームの躍進を助けた[2]

1994年のワールドカップ後に£2.9millionの移籍金でイングランドプレミアリーグノッティンガム・フォレストへ移籍した。ノッティンガムではセンターフォワードのスタン・コリモアとのコンビで活躍した。移籍初年度の1994-95シーズン、リーグ戦のみで13得点を挙げ、UEFAカップ本選出場権(リーグ3位)の獲得に貢献した[2]。コリーモアは翌1995年にリヴァプールFCへ移籍したが、ロイはクラブに残留し、1995-96シーズンのUEFAカップ準々決勝進出に貢献した。しかし、この頃から怪我の影響により、思うような活躍は出来なくなっていった[2]

1997年夏にドイツヘルタ・ベルリンへ移籍。ヘルタで3シーズンを過ごした後、2000年にオランダへ帰国し、NACブレダへ移籍。NACとの契約が切れた2002年に僅か31歳で現役を引退した[2]。その後、2004年にイングランドの下部リーグ、ワーキントンで短期プレーした。

オランダ代表としては、1989年にデビュー。1990年のFIFAワールドカップ・イタリア大会では代表メンバーに選出されたものの出場機会はなかったが、その後はレギュラーに定着し、1992年のUEFA EURO '92ベスト4進出、1994年のFIFAワールドカップ・アメリカ大会ではグループリーグ初戦のサウジアラビア戦で1アシストを記録。第3戦のモロッコ戦で1得点を挙げる活躍で準々決勝進出に貢献した。ロイは1995年3月29日のマルタ戦を最後に代表から退くまで、国際Aマッチ32試合に出場し9得点を記録した[2]

引退後は指導者の道へ進み、アヤックス・アカデミーのEユースのコーチを経て、2010年夏よりアヤックス2軍 (いわゆるヨング・アヤックス) のヘッドコーチに就任。

個人タイトル

  • オランダ年間最優秀タレント賞:1回 (1987)

  1. ^ “Bryan Roy - International Appearances” (英語). The Rec.Sport.Soccer Statistics Foundation. http://www.rsssf.com/miscellaneous/roy-intl.html 
  2. ^ a b c d e f g h Bryan Roy al Foggia: il primo grande colpo messo a segno da Raiola”. GOAL (2022年2月17日). 2023年9月1日閲覧。


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