ブドウ 歴史

ブドウ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/11/18 06:11 UTC 版)

歴史

世界的観点から

原産地の中近東から、古代ヨーロッパや中国に伝わったとされる[1]。世界的観点からは、ブドウは生食する果物というより、葡萄酒の原料であった。ブドウの栽培化の歴史は古く、紀元前3000年頃には原産地であるコーカサス地方やカスピ海沿岸ですでにヨーロッパブドウの栽培が開始されていた。ワインの醸造は早くに始まり、メソポタミア文明古代エジプトにおいてもワインは珍重されていた。メソポタミアでは気候や土壌的にブドウの栽培が困難なため、消費されていたワインの多くは輸入されていた[6]ギリシャ神話には、デュオニソス(バッカス)がエーゲ海諸島にブドウの植え方、醸造方法を広めた伝説があり[7]、有史以前からワイン醸造のためのブドウ栽培が大々的に行われていた。また、ギリシア人が植民した地域でもブドウ園が各地に開設されるようになった。ギリシアを支配したローマ帝国の時代にはワインは帝国中に広まり、そのためのブドウ栽培も帝国各地で行われるようになった。ローマ人は特にガリアラインラントにブドウを導入し、現在でもこの地域はブドウの主要生産地域となっている。ローマ帝国崩壊後の政治の混乱によってブドウ栽培は衰退していったが、各地の修道院などによって少量ながら生産が維持され続け、やがて政情が安定するとともに再び栽培が盛んとなっていった。11世紀から13世紀にかけては気候が温暖となり、イングランドのような北方の国家においてもブドウの栽培が盛んとなり、現ベルギールーヴァンなどでも輸出用のワインを作るためのブドウ栽培なども行われていた。しかし14世紀頃から気候が寒冷化した上に輸送費が下落して、ブドウの栽培地域は次第に南方へと限られるようになっていった[8]

一方、原産地から東へと伝播したものは、紀元前2世紀には中国に到達した。張騫大宛より特産のワインとブドウを持ち帰っている[2][3]

大航海時代が始まり、世界各地にヨーロッパ人植民するようになると、移民たちは故郷の味を求め、ワインを製造するために入植先にブドウを植えていった。南アフリカ共和国ケープ州チリなど、この時期に持ち込まれたブドウ栽培が成功してワインの名産地となった地域も多い。北アメリカ大陸にもヨーロッパブドウが持ち込まれたが、ここでの栽培は当初あまり成功しなかった。これは、ブドウのもう一つの主要系統であるアメリカブドウに属する野生種が北アメリカ大陸東部には多数あり、ブドウネアブラムシ(後述)などのアメリカブドウの病害が免疫のないヨーロッパブドウに大被害を与えたためである。アメリカ先住民はアメリカブドウを盛んに利用しており、やがてヨーロッパ系の植民者たちも野生種の中から有望な種を選抜して栽培種化していった。しかし、アメリカブドウには独特の香りがあり、ワインにするには不向きであったため、アメリカブドウは主にジュース用として発展していった。

アメリカでワインを生産するため、ヨーロッパブドウをアメリカで育てるために様々な試みがおこなわれた。病害に強いアメリカブドウとヨーロッパブドウを掛け合わせた雑種を作るやり方も盛んに行われたが、ワイン用としては一部を除いてヨーロッパブドウを超えることができず、次第に廃れた。一方で生食用品種では巨峰ピオーネなど有望品種がいくつも生まれている。それに代わる方法として、病害に耐性を持つアメリカブドウを台木としてヨーロッパブドウを接ぎ木する方法が19世紀後半に開発され、これが主流となった。

北米

北アメリカ原産のブドウはブドウネアブラムシ(フィロキセラ)に対する耐性を持つが、1870年頃に北アメリカの野生ブドウの苗木がヨーロッパにもたらされ、この根に寄生していたブドウネアブラムシによって、耐性のないヨーロッパの固有種の殆どが19世紀後半に壊滅的な打撃を受けた[9]。以後ブドウネアブラムシ等による害を防止するの理由で、ヨーロッパブドウについては、アメリカ種およびそれを起源とする雑種の台木への接ぎ木が行われている[10]

日本

甲州種(勝沼町

日本には、原産地から中国を経て奈良時代に渡ったとされる[1]。日本で古くから栽培されている甲州種は、中国から輸入された東アジア系ヨーロッパブドウが自生化したものが、鎌倉時代初期に甲斐国勝沼(現在の山梨県甲州市)で栽培が始められ、明治時代以前は専ら同地近辺のみの特産品として扱われてきた[11]ヤマブドウは古くから日本に自生していたが別種である)。文治2年(1186年)に甲斐国八代郡上岩崎村の雨宮勘解由によって発見され、栽培が始まったとされる。甲州の栽培は徐々に拡大し、正和5年(1316年)には岩崎に15町歩、勝沼に5町歩の農園ができていた[12]江戸時代に入ると甲府盆地、特に勝沼町が中心となり、甲州名産の一つに数えられるようになった。松尾芭蕉が「勝沼や 馬子も葡萄を食ひながら」とのを詠んだのもこの頃のことである。正徳6年(1715年)の栽培面積は約20ヘクタールに上った。その後、関西山形でも栽培されるようになり、江戸時代末期には全国で約300ヘクタールにまで栽培面積は拡大していた[13]。日本にあった在来の品種は甲州だけではなく、甲府盆地で栽培された甲州三尺や、京都周辺で栽培されていた聚楽といった品種も存在していたが、聚楽は既に消滅し、甲州三尺の栽培も少なくなってきている。

その後、明治時代に入ると欧米から新品種が次々と導入されるようになった。当初はワイン製造を目的として主にヨーロッパブドウが導入されたが、乾燥を好む品種が多いヨーロッパブドウのほとんどは日本での栽培に失敗した。例えば、1880年(明治13年)に兵庫県加古郡印南新村(現・稲美町)にて国営播州葡萄園が開園したものの、わずか6年後に閉園に追い込まれた[14]。一方、アメリカブドウの多くは日本の気候に合い定着したものの、ワイン用としては匂いがきつく好まれなかったため、生食用果実の栽培に主眼が置かれるようになっていった。特に普及したのはデラウェアとキャンベル・アーリーであり、戦前はこの2品種が主要品種となっていた。昭和10年には8,000ヘクタール近くまで栽培面積が拡大したものの、第二次世界大戦によって一時急減した。昭和21年には生産量が戦前の半分にまで減少したが、昭和30年には戦前の水準に回復した。


  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n 猪股慶子監修 成美堂出版編集部編 2012, p. 206.
  2. ^ a b 日本ワイン検定事務局『日本ワインの教科書』柴田書店(2021年)p.37
  3. ^ a b 飯間浩明 「ブドウ」分け入っても分け入っても日本語(2020年)
  4. ^ a b ブドウの枝にがん抑制作用日経産業新聞』2019年9月17日(医療・ヘルスケア面)2019年10月5日閲覧
  5. ^ 中山正男、「日本におけるワイン用原料ブドウ栽培」 『日本醸造協会誌』 1993年 88巻 9号 p.654-659,doi:10.6013/jbrewsocjapan1988.88.654,
  6. ^ 『ケンブリッジ世界の食物史大百科事典3 飲料・栄養素』小林彰夫監訳 朝倉書店 2005年9月10日 初版第1刷 p.107
  7. ^ 瀧井康勝『366日誕生花の本』日本ヴォーグ社、1990年11月30日、294頁。 
  8. ^ 中世ヨーロッパ 食の生活史』p.44 ブリュノ・ロリウー著 吉田春美訳 原書房 2003年10月4日第1刷
  9. ^ 中川 (2002)、pp.179-180.
  10. ^ 中川 (2002)、p.183
  11. ^ 中川 (2002)、p.131
  12. ^ 『飲食事典』本山荻舟 平凡社 p536 昭和33年12月25日発行
  13. ^ 『果物・野菜散歩』pp. 28 - 29 金沢大学大学教育開放センター 平成9年8月1日
  14. ^ 『播州葡萄園120年』稲美町教育委員会 2000年
  15. ^ a b c d 竹下大学 2022, p. 165.
  16. ^ 『ワインの科学』p.70 清水健一 講談社ブルーバックス 1999年1月20日第1刷
  17. ^ “Dietary table grape protects against ultraviolet photodamage in humans: 2. molecular biomarker studies” (英語). Journal of the American Academy of Dermatology. (2021-01-20). doi:10.1016/j.jaad.2021.01.036. ISSN 0190-9622. https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0190962221001845. 
  18. ^ FAOSTAT”. www.fao.org. 国際連合食糧農業機関. 2023年10月5日閲覧。
  19. ^ a b 特産果樹生産動態等調査 / 確報 令和2年産特産果樹生産動態等調査”. 農林水産省 (2023年3月31日). 2023年11月18日閲覧。
  20. ^ a b c 作物統計調査 / 作況調査(果樹) 確報 令和3年産果樹生産出荷統計” (PDF). 農林水産省大臣官房統計部 (2023年5月31日). 2023年11月18日閲覧。
  21. ^ 『果実の事典』p.433 杉浦明、宇都宮直樹、片岡郁雄、久保田尚浩、米森敬三編 朝倉書店 2008年11月25日初版第1刷
  22. ^ 『果物・野菜散歩』pp.31-32 金沢大学大学教育開放センター 平成9年8月1日
  23. ^ 農文協 編『ブドウ大事典』農山漁村文化協会、2017年、167頁。ISBN 978-4-540-17181-9 
  24. ^ 『地域食材大百科第3巻 果実・木の実、ハーブ』p.290 農文協 2010年8月25日第1刷
  25. ^ 『改訂版原色牧野植物大図鑑 REVISED MAKINO'S ILLUSTRATED FLORA IN COLOUR』(ISBN 4-8326-0400-7-C0645)
  26. ^ 『ヤマブドウ 安定栽培の新技術と加工・売り方ぁ』(P.42-58)農文協 ISBN 4-540-02124-9
  27. ^ 山ぶどうのホームページ【岩手県 久慈地方】”. 2013年1月14日閲覧。
  28. ^ 月山ワイン山ぶどう研究所”. 2013年1月14日閲覧。
  29. ^ 本坊酒造株式会社”. 2013年1月14日閲覧。
  30. ^ ひるぜんワインへようこそ”. 2013年1月14日閲覧。
  31. ^ a b c d e f g h i 竹下大学 2022, p. 162.
  32. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 猪股慶子監修 成美堂出版編集部編 2012, p. 207.
  33. ^ a b c 竹下大学 2022, p. 159.
  34. ^ a b c 竹下大学 2022, p. 158.
  35. ^ a b c 竹下大学 2022, p. 161.
  36. ^ a b c 竹下大学 2022, p. 163.
  37. ^ a b c 竹下大学 2022, p. 160.
  38. ^ a b c d e 竹下大学 2022, p. 164.
  39. ^ 「シャインマスカット」の無核化にはストレプトマイシン処理が有効 茨城県農業総合センター園芸研究所 (PDF)
  40. ^ かほく市公式 かほく市の特産 ぶどう
  41. ^ 近畿農政局 ぶどう(大阪南河内地域)
  42. ^ マイ大阪ガス 関西のギモン、調べます!炎の探偵社 -100年前、大阪は日本屈指のブドウ王国だった!?
  43. ^ 中央果実基金ニュースレター 沼隈町果樹園芸組合のぶどう生産・販売の取組紹介
  44. ^ たのしく生まるる田主丸町 産業の歴史 - 「巨峰開植の地」田主丸
  45. ^ 宇佐市 - 観光文化情報 - 食・お土産・特産品 西日本有数の生産量を誇る ~安心院ぶどう~
  46. ^ 飼い主のためのペットフード・ガイドライン 環境省、2020年4月29日閲覧。






ブドウと同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「ブドウ」の関連用語

ブドウのお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



ブドウのページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのブドウ (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS