ファーストパーソン・シューティングゲーム FPSが脳に与える影響

ファーストパーソン・シューティングゲーム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/03 09:34 UTC 版)

FPSが脳に与える影響

2017年8月8日Molecular Psychiatry英語版誌に掲載された研究によるとFPSゲーマーは記憶に関与する海馬体萎縮が顕著だということが明らかになった[5]

代表的作品のリスト

FPSというジャンルに大きな影響を与えたFPSの代表的作品を表記する。

なお、FPSは単体で発展したものではなく、3D RPG、ロボット・飛行機・戦車搭乗シミュレーション、サード・パーソン・アドヴェンチャーなどと相互発展しており、FPS以外からも大きな影響を受けているが、それについてはここには挙げない。

1990年代

Catacomb 3-D
1991年、id softwareの作品。FPSの原型となった。地下墓地内で死霊やゾンビと戦うホラーFPS。武器(聖なる光を発する自分の手)がゲーム中央に示され、下段には顔が表示されている。ダメージを受けると顔がだんだん骸骨になるなど、『Wolfenstein 3D』から『QUAKE』までの要素がすでに確立されている。
Wolfenstein 3D
1992年、id softwareの作品。FPSの始祖といわれる原初のFPS。連合軍最強の兵士となり、ナチス兵、改造人間たちと戦う。軍用犬と戦うこともあり、犬を撃つことが残酷であるとして動物愛護団体から訴えられるなど当時から議論をかもした。インターネット普及以前の作品ながら電話回線を使って通信対戦も出来るなど、全てが画期的であった。映画『ザ・インターネット』 (The Net)でも登場した。
DOOM
1993年、id softwareの作品。FPSの知名度を上げた始祖的作品の一つ。インターネットの普及していなかった日本ではフロッピーディスク、CDによるリリースだったが、インターネットの普及していた国々では、ダウンロード販売という画期的な販売方法で爆発的人気を得た。3DCGの技術研究がさかんになるきっかけになった[6]
Duke Nukem 3D
1996年、3drealms社の代表作。FPSにギャグ、パロディをちりばめ、1996年の最高傑作FPSとして世界的大ヒットとなった。『DOOM』では考えられなかった上下左右の動きを実現。また、起爆装置つき爆弾などの「罠」も仕掛けることが出来るなど、シューティングだけではない戦略性も生み出し、後続のFPSが生まれる原動力ともなった。絶妙なゲームバランスと超巨大ボスキャラなど、後のFPSに大きな影響を与えた。
Quake
1996年、id softwareの作品。三大FPSの一つ、『DOOMシリーズ』の後継作品であり現代3D FPSの始祖。ゲームエンジンは3Dfx社の協力を得て開発された。
ゴールデンアイ 007
家庭用専用、日本でFPSの知名度を上げた作品の一つ。
Rainbow Six
1998年、トム・クランシー原作の小説、およびビデオゲーム作品。小説と各ゲームシリーズでは、世界・設定は共通するがオムニバス形式での物語的繋がりが薄い物が多い。また現在では小説よりも、多くのシリーズ化・機種展開を果たしたゲーム版の知名度が高く、単に"Rainbow Six"と言った場合にはゲーム版を指すことが多い。ゲーム版は、Windows専用ソフトとしてシリーズ第一作が1998年に小説と同時に発売され、日本国内向けに様々な代理店から日本語マニュアル付き英語版として発売された。その後各種コンシューマに移植されるなど人気シリーズとなった。
Delta Force
1998年、NovaLogic社。現実の現代の戦争を扱ったミリタリーFPSの嚆矢。1985年から戦車や戦闘ヘリのフライトシミュレーターなどのミリタリーゲームで評判の高かった同社だが、人間が活躍するFPSは本作が初めての発表となる。独自のゲームエンジンvoxel based rendering systemはビデオチップのハードウェアレンダリングを使用しないため比較的低性能のビデオチップでも描画可能だが、逆に高性能ビデオチップでも描画速度はあまり変わらず全体的にややもっさりした動作が特徴。また、画質も同時期のゲームと比べ美麗とはいえず、銃声などにもリアル感を求めている為、非常に地味である。リアル志向の同社らしく、各ミッション中のセーブは出来ない。さらに敵の放つたった一発の銃弾でも当たり所が悪いと即死する。後の『メダル・オブ・オナー』、『バトルフィールド1942』等の近代戦争、現代戦争ものFPSの開発ラッシュの起爆剤となった。
Unreal
1998年、Epic MegaGames、Digital Extremes、GT Interactiveの作品。三大FPSの一つ。未知の異星を冒険していくバーチャルリアリティFPSの名作。後継の『Unreal Tournament』は完全なスポーツ系FPSであり、その系統の代表的作品となった。
SiN
1998年、Ritual Entertainmentの作品。Quake2エンジンを使い、『HALF-LIFE』に先駆けて映画のようなストーリーとアドベンチャー・ゲーム的要素も盛り込んだ事で発売前から大変な話題作であった。戦闘時、敵の防弾服からむき出しの部分を狙わないと大きなダメージを与えられないなど、当時としては画期的なシステムを導入している。ゲーム自体の評価は非常に高かったが、開発が遅れに遅れ、初期版はバグが多いなど不遇を囲った作品。
HALF-LIFE
1998年、Valve Software。三大FPSの一つ。FPSにストーリー性を持たせた金字塔的作品。
Thief
1999年、アイドス社。ステルス系FPSの元祖的存在。過去のSiN等の作品にもステルスが重視されるステージはあったが、本作では主人公がファンタジー世界の盗賊ということから、全編ステルスという当時としては画期的な作品。後の『The Operative: No One Lives Forever』などのスパイものの原点になった。

2000年代

Counter-Strike
2000年、Valve Softwareの作品。元々は『HALF-LIFE』のMOD。あらゆるジャンルで世界で最もプレイヤーの多かった対戦ゲームとしても有名。
Serious Sam
2001年、Croteam。幻想的で美麗な古代文明のグラフィック、『Duke Nukem』を髣髴させるマッチョなサムのキャラクターも話題となった。広大なステージの中、画面に溢れんばかりに登場する膨大な数の敵を豪快にひたすら撃ちまくる、爽快感を重視したFPSの原点に戻った作品。既存メーカーがストレスが溜まるばかりになったFPSを反省し、原点に帰るきっかけとなった。『Painkiller』、『Will Rock』など同系統の作品も数多く生まれる元になった。
Halo: Combat Evolved
2001年、マイクロソフト傘下のバンジー・スタジオ。体力の自動回復、照準が敵に重なった時の赤表示、ダメージを受けたときの方向表示、武器二丁制、チェックポイントシステム、左スティックで移動し右スティックで照準など、現在の多くのFPSの基礎となるシステムを作り上げた作品[7]
PC版もリリースされている。家庭用ゲーム機向けFPSの火付け役ともなった。
HALF-LIFE 2
2004年、Valve Software。ゲーム全般のグラフィックス品位を大きく引き上げた作品の一つ。
Team Fortress 2
2007年、Valve Software。『バトルフィールド1942』や『Team Fortress Classic英語版』などの特定の役割を持つ兵科にイラスト風のコミカルなキャラクターを付けて個性を持たせ、キャラクター毎に短編アニメーションを公開した[8]。サブジャンルの「ヒーローシューター英語版」の元祖。
Crysis
2007年、Crytek。高度なグラフィックスでゲームの映像品位を引き上げた作品の一つ。
Borderlands
2009年、Gearbox Software。RPGの要素を取り入れたサブジャンルの「ルートシューター」(Loot shooter)の元祖[9]
Call of Dutyシリーズ
元はPC向けタイトルだったが、家庭用FPSの牽引役になった作品。近年の作品は売上1000万本を突破したものも多い。
Battlefieldシリーズ
FPSとして特に知名度の高い作品の一つ。初心者でも兵器の修理や味方の支援等の行為でチームに貢献できるシステムが人気を博し、ライトユーザー向けFPSの牽引役となった。

脚注


注釈

  1. ^ PC版というのは、不正ダウンロードの温床で、不正ダウンロードが数十万や数百万になったという統計もあり、こんな不法行為が行われてはビジネスが成立しない。ゲームの開発というのは、多数の人々が長期間に渡って従事しなければならず巨額の人件費がかかるものである。コストも計算してゲーム製品の価格も設定していて、それをプレーヤーたちが購入しているおかげで、ゲーム市場というのは健全に発展してゆく。ところがPC版プレーヤーというのは、不正コピーをする者が多い。PC版のプレーヤーは、自分の眼先の利益だけしか考えず、違法ダウンロードや違法コピーばかりを繰り返す、つまり窃盗行為を繰したりPC版プレーヤ同士で情報を広めたりしていて、PC版の世界は言ってみれば泥棒の巣窟のような状態になっている、ということが分かっており、ゲーム開発会社もそんなPC版プレーヤを相手にしても損するばかりなので、コンシューマ機を優先するようになった。[要出典]
  2. ^ 不正コピーを動作させるにはゲーム機本体に対して大きな改造を必要とするリスクがあり、機材や故障などの危険を冒す必要があるため比較的難易度が高いので、不正コピーをするような輩を排除するのに役立っている。[要出典]
  3. ^ PC版ではMODという機能があるが、これが不正な改造の温床になっていて、ネットプレイではそういうことをやる輩と出会ってしまい、不快な思いをするプレーヤー、吐き気を催すような経験をするプレーヤー、あまりの馬鹿馬鹿しさにゲーム自体を全て止めてしまうプレーヤーもいたわけだが、コンシューマ機ではそういった不快な経験をしなくてすむ、という良さがある。[独自研究?]なおコンシューマ機でも『Halo3』にて「フォージ」と呼ばれる自作カスタムマップが制作可能になったり、PlayStation 3版『Unreal Tournament3』ではUSBメモリからMODデータをハードディスクへ導入する事が可能になるなど(日本版ではこの機能はカットされている)様々なアプローチが行われた。 第7世代機中で発売されたソフトでは、そうした改変プログラムやゲームシステムを導入した作品の存在の方が珍しい部類である。ゲームというのは公正なルールのもとにするからこそ楽しいのであって、公正さが大切なのである。[独自研究?]
  4. ^ なお、日本のローカルの話で、FPSの良さが分からない人々の話でしかないが、この時期からFPSあるいはFPSに近い主観視点の日本製ゲームソフトも少なからず制作されはじめるようになる。しかしこれらはあまり受け入れられなかった。「ゲームバランス」の調整ができていなかったのである。いつの時代でも、プレーヤーの立場に立って開発されていないゲームというのは、概して評価が低い。[独自研究?]
  5. ^ これもまた日本のローカルの話で、しかもFPSの良さが分からなかった人々のネガティブな話で、ここで紹介する必要も無い話だが、「FPSのほとんどは西洋製だ」とかいうものの捉え方をする日本人がいたらしい。当時のアニメ趣味の日本人は、リアルな体験を重視するFPSを理解できるほどには成長していなかったらしい。[独自研究?]
  6. ^ またまた日本のローカルの話で、FPSの良さが分からなかった人々のネガティブな話でしかないが、日本での売り上げは他のゲームハードで同時期に発売されたソフトと比較してもあまり良くなく(そもそもXbox自体が日本で常に劣勢を強いられていたのも起因する)、この時点で直ちにFPSがゲーム機市場に大きな一石を投じるほどの影響力は発生しなかった。また、第6世代のゲーム機においても同作シリーズ以外に目だって好調な売り上げ成績を収めたFPSがリリースされる事はあまり無かった。[要出典][独自研究?]
  7. ^ この頃になるとコンピュータパーツの性能発展も比較的緩やかになっており、解像度やフレームレート等を除けばPC版とさほど遜色の無い出来でゲームをプレーできるようになった事も要因の一つである。そうこうするうちに、PS4やXbox Oneの世代に進み、コンシューマ機のほうが機能的に上を行くケースも増えていった。[要出典]
  8. ^ すでに古い情報だが、WiiリモコンやPS3やPS4のMoveコントローラー、Xbox 360のキネクトなどボタン以外にもコントローラーや身体を振って入力したり、画面に直接照準を合わせることが可能なデバイスが導入されたのは、その時点での進歩だった。
  9. ^ すでにかなり古い話だが、家庭用ゲーム機版FPSの製作が始まったころに課題となったのは操作方法だった。[要出典] それまでコンピューターでリリースされてきたFPSは、マウスで素早く首を振り(縦軸の移動)、キーボードで歩く(平面の移動)ように作られており、スムーズな操作を可能としていた。一方の家庭用ゲーム機のコントローラーは、FPSを意識して作られたわけでは無かった故に、従来から多く見られた単に平面的な動きのゲームには抜群の操作性を誇っていても、FPSではボタン数が足りないという問題や、配置が適していないといった問題があった。これにより、かつては家庭用ゲーム機ではスムーズに操作できない、という時代が、かつてはあった。 特に問題とされたのは照準の操作についてである。マウスでは操作量によって照準の移動の大胆さと精密さを操作でき、動かした際のスピードが直感的に反映される。一方ゲームコントローラーにとりつけられたボタンアナログスティックでは動かすスピードが限られる上に精密な操作がしづらいという問題点があった。しかも現在主流であるアナログスティックが2本装備されたゲームコントローラが登場したのは初代PlayStationの中盤以降であり、根本として照準と移動を同時に操作する事が事実上不可能な状態でもあった。事実北米では家庭用ゲーム機の第5世代機時代(PlayStation、セガサターン、NINTENDO64)に日本以上に多くのFPSが発売されたが、同様の理由から、PC版のプレーヤーから高い評価を受けたものは極めて少ない。だが、何事もそうだが、最初からコンシューマ機に慣れていれば、どうということは無い。[独自研究?] この様な状況で、日本国内では『ガングリフォンシリーズ』や『機動戦士ガンダム外伝シリーズ』など、ロボットを題材とすることで「操作」するよりも「操縦」する楽しみへ昇華させたものもあったが、一般化するには至らなかった。また、それらはロボットアクションという別ジャンルのゲームとして認知されているのが通常である。[要出典] 「FPSはマウスでプレーするのがそのゲームシステムの都合上絶対的に有利であり、直感的だ」と、PC版ばかりでプレーしている古参・ハードコア層は言う、という。[独自研究?] また、コンシューマ機とPC版では、当たり前のことだが、バランス調節は異なる。『Unreal Tournament3』ではコンシューマ機版ではPC版に比べ速度を低下させたり、コール・オブ・デューティ等ではリーンをオミットしている。
  10. ^ 在日米軍を除く。

出典

  1. ^ GAME Watch『PCゲームレビュー「Unreal Tournament 2003」』、2002年10月23日
  2. ^ 中嶋謙互 『オンラインゲームを支える技術』 技術評論社、2011年、p207。ISBN 978-4774145808
  3. ^ 4Gamer.net 「Unreal Engine 3は次世代ゲームを支えるか?」、2006年9月24日。
  4. ^ GAME Watch『PCゲームレビュー 「America's Army Operations 'Recon'」』、2002年7月15日
  5. ^ National Public Radio『Video Games May Affect The Brain Differently, Depending On What You Play』、2017年8月9日
  6. ^ 「コンテンツ産業の展望 第5章 ゲーム産業」みずほ銀行 産業調査部
  7. ^ 初代『Halo』発売20周年!自動回復や武器の所持数制限などジャンルを洗練させ革新を起こした名作を振り返る【特集】” (日本語). Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト. 2021年12月20日閲覧。
  8. ^ (日本語) Meet the Heavy, https://www.youtube.com/watch?v=jHgZh4GV9G0&list=PLHy7G7ndrUmpWqBkNKjJRT5urGiPW63Iq 2022年1月3日閲覧。 
  9. ^ games, This week in video (2019年4月6日). “The Evolution Of Looter-Shooters” (英語). This Week In Video Games. 2021年12月20日閲覧。






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