ファーストパーソン・シューティングゲーム 歴史

ファーストパーソン・シューティングゲーム

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/14 05:03 UTC 版)

歴史

前史 / 始祖

1973年にアメリカで発表された『Maze War』、1974年に同国で発表された『Spasim』が始祖」とも言われる(ただし『Spasim』は一種のフライトシューティングであって、狭義でのFPSではない)。日本の作品ではシューティングではないがシステムソフトの『SeeNa』などがある。

しかしながら、上記は1985年の『The Eldolon』のような一人称視点搭乗型シューティング、1987年の『Dungeon Master』のような一人称視点のリアルタイムRPG、1990年の『Wing Commander』などの一人称視点宇宙戦闘機ものへと枝分かれする以前のもので、さらに分離発展した形態であるFPSからすると「原点」であり、厳密にはFPSの元祖というよりバーチャルリアリティゲーム全ての元祖といえる。

1990年代
90年代前半のFPS技術で作られている「DOOM」の画面(『FreeDoom』より)。画像処理はテクスチャマッピング止まりで影などはあらかじめテクスチャに焼き込まれている。ポリゴンは垂直面と水平面だけ。視線(カメラ)の高さは固定で向きも水平方向のみ。射撃などの攻撃は方向(x軸)が合っていれば命中扱いになる。モンスター等は一見すると3次元オブジェクトに見えるが、実際はビルボードである。

1991年、id Softwareが自社の迷路ゲームであった『Hovertank3D』(1991年)の技術を発展させた『Catacomb3D』(1991年)は現在のFPSと変わらない仕組を確立しており、この作品が現在のFPSの原型ともいえる。

そしてid Software1992年に発表した『Wolfenstein 3D』によってFPSというジャンルが確立され、そして1993年に同社が発表した『DOOM』の世界的ヒットにより、FPSは一気にゲームジャンルとして定着、その後は「DOOMクローン」と呼ばれる粗雑な(もしくはより素晴らしい)類似品が多数出回るようになる。

『DOOM』(初代と『II』とその同世代のゲームたち)では、主にパソコンの性能の限界のために、マップは水平か垂直な面のみから構成される、事前の処理によるバイナリ空間分割を利用しているためマップの大きな変形に制限がある、敵などの物体はスプライトを用いたビルボード(看板の意)と呼ばれる擬似3D手法で描かれる、マップこそ高低差はあったが視点と視線は立ち位置の正面水平方向に固定、照準に上下方向の概念がなく、敵がどの高さにいようが敵の方向を向いて攻撃すれば弾が命中する、など、制限も多かった(『DOOM』はこういった制限を利用したり、気にならないよう、うまくデザインされていた)。こういった制限はパソコンの弛まない性能向上によりなくなっていった。

1993年、擬似3Dの中でもマウスにより上下左右自在に視点を変えられる3D Realms社の『Duke Nukem 3D』が登場。『Duke Nukem』は殺伐とした殺傷ゲームであったFPSにお笑いの要素を盛り込み、FPSの幅を広げた。『Duke Nukem』のクローンも『Blood』のようなホラーから『レッドネックランページ』のようなギャグFPSなど多岐にわたった。

また、1995年には『Wizardry』で有名なDavid W. BradleyがRPGとFPSの融合を目指し、ストーリー性を重視した『Cybermage』を発表するなど、様々なジャンルで活躍したゲーム開発者が多数FPS開発に参加することでその可能性を広げ、また、その技術をRPGなどに転用するなど、様々なゲームジャンルに革新をもたらすこととなった。

この時期、あまりのブームで粗製濫造され、いい加減な作品もある一方で後々まで語り継がれる名作までPC/AT互換機用に大量のFPSが製作され、MS-DOS時代からWindows95時代までは擬似3DFPSの黄金時代となっていた。

一方、MacプラットフォームではMacintoshの利用者のマーケットがPC/AT互換機ユーザーと異なる点、またソフトウェア開発メーカー自体が少ないなどの問題から作品数は非常に少なく、完全にFPSのブームから蚊帳の外に置かれていた。しかし、Bungie Softwareが1993年に『Pathways Into Darkness』、1994年には『Marathon』シリーズを発表。玉石混淆のPC/AT互換機と違い、きわめて優良な品質のFPSが登場したため、Macユーザーの間でもFPSの認知度が広まった。しかしながら、あまりに市場が小さいMac市場ではFPSはその後もほとんど出なかった。しかし、Bungie Softwareの『Marathon』シリーズはPC/AT互換機で多数登場したFPSと比べても非常に優れており、世界的に知られることとなった。

現代的な「完全3D」のFPSが初めて作られたのは、その後の1996年、id Softwareから発売された『Quake』によってだとされる。ただし『Quake』でも一部武器には上下方向のみ自動照準が作動するようになっており、これは当時マウスによる照準の操作が一般的でなく、上下方向の振り向きもキーボードで行っていた人への救済処置である。現在では振り向きはマウスのみで行うのが一般化されており、現代リリースされているFPSで上下に対してのみ自動照準が搭載されているゲームソフトはほとんど存在しない(上下左右で自動照準が作動するものはコンシューマー系に多く存在する)。

1997年、『Quake2』では更なるグラフィックの質が高まっただけでなく、敵がプレーヤーの攻撃をしゃがんでかわそうとするなど、敵キャラクターが攻撃重視の動きからある程度防御もするようになった。しかし、アイデアは画期的だったものの未開拓の技術で、しゃがんだらそのまま攻撃を受けてもしゃがみ続けて動かないなど実際の動作は単純であった。

しかし、1998年Epic Games社から発売された『Unreal』がその画期的な技術で世界に衝撃を与える。GlideによるUNREALエンジンはQuake2エンジンを遥かに越える驚異的なグラフィックの美麗さで、3ヶ月たてばグラフィックが陳腐化されるといわれるほど発展の速いこのジャンルでも、その後1年近くトップランナーであったほど頭一つ抜きん出ていた。さらに、敵キャラクターが銃を向けられたら壁を利用してかわしたり、カンフー映画のようなアクロバティックな動きでプレーヤーを幻惑しながら攻防一体の攻撃するなど、まるで人間が操作しているかのような知的な敵AIは当時としては革新的で、その後のFPSの発展に大きな影響を及ぼした。さらに、一人称視点での広大な惑星の冒険という徹底したリアリティを追及し、「ストーリー」ではなくプレーヤーに「体感」させるという、FPSの本来の目標ともいえるバーチャルリアリティを非常に高いレベルで達成し、世界中で絶賛され、世界中のゲーム賞を総舐めにした。

1998年末に発売されたValve Software社の『Half-Life』は、『UNREAL』とはまた違ったアプローチで成功する。グラフィックはQuake2エンジンをライセンス取得して独自で拡張したGoldsourceエンジンで、すでにQUAKE2エンジンの作品がありふれた中ではさほど目立つ質ではなかった。しかし、敵AIの素晴らしさ、ゲーム性の高さは『UNREAL』と共に当時の最高レベルであり、また、ストーリーにはSF作家でフィリップ・K・ディック賞受賞者のマーク・レイドロー(Marc Laidlaw)を起用し、しっかりとしたストーリー性と緊迫感のあるゲームバランスは当時のFPSの中でも格別に優れており、たちまち同様のゲーム群の中でも抜きん出て高い評価を受けた。映画のようなムービーを間に挟むシネマティックな演出は昔からあったものの、『Half-Life』のストーリー部とムービー部がシームレスで繋がる絶妙さは「体感」しながら映画のように「観て楽しむ」という新しい境地を開いた。また、「主人公=プレーヤー」でありながら、主人公ゴードンを魅力的でインパクトあるキャラクターとする試みも成功している。謎解きも多くのFPSにありがちな「お使い」ではなく、プレーヤーに苦痛を与えないよう見事に考え抜かれており、世界中で高評価を得、各国のゲーム賞を獲得。また、Goldsourceエンジンの汎用性の高さから数多くのMODが登場し、何百回でも楽しめるという『DOOM』時代の伝統もきちんと押さえ大人気となった。

このような理由から、『Quake』、『Unreal』、『Half-Life』の三本は現代のFPSの原型となった「FPS三大作品」として認知されており[6]、それぞれ続編などが作られるシリーズである。

他にもFPSの在り方を変えた存在としてシングルプレーをマルチプレーと同様の物とし、シングルプレーよりマルチプレーをメインとしながらヒット作となった『Unreal Tournament』、『QuakeIII』(共に1999年発売)や、元はHalf-lifeのMODで有りながらゲームシステムを完全に改変した『Counter-Strike』なども挙げられる。

2000年代

2002年には、XBOX用の『HALO』が発売。

2004年には、PS2、XBox用にコール オブ デューティ ファイネストアワーが発売。

2004年に、PC版『DOOM3』,『Half-Life2』,『Far Cry』の3作品が登場。これらはプログラマブルシェーダや物理演算を駆使した新規開発のエンジンを搭載し、以前のゲームと比較して格段にリアルな映像を実現するなど画期的な作品だったが、同時にPCスペックに対する要求も格段に厳しくなった。

2005年、PS2用『KILLZONE』、『バトルフィールド2 モダンコンバット』が発売。

2013年に、スマホゲーム「ピクセルガン3D」が公開。

2017年、PS VR用『Farpoint』(ファーポイント)とPS VR用シューティングコントローラーが同時発売。入手しやすく安定したコンシューマ機でVR FPSを実現し、FPSの世界に一大革命を起こした。[要出典]

年表

記事末尾に、「代表的作品のリスト」を発表年とともに、やや年表的に掲載した。


注釈

  1. ^ PC版というのは、不正ダウンロードの温床で、不正ダウンロードが数十万や数百万になったという統計もあり、こんな不法行為が行われてはビジネスが成立しない。ゲームの開発というのは、多数の人々が長期間に渡って従事しなければならず巨額の人件費がかかるものである。コストも計算してゲーム製品の価格も設定していて、それをプレーヤーたちが購入しているおかげで、ゲーム市場というのは健全に発展してゆく。ところがPC版プレーヤーというのは、不正コピーをする者が多い。PC版のプレーヤーは、自分の眼先の利益だけしか考えず、違法ダウンロードや違法コピーばかりを繰り返す、つまり窃盗行為を繰したりPC版プレーヤ同士で情報を広めたりしていて、PC版の世界は言ってみれば泥棒の巣窟のような状態になっている、ということが分かっており、ゲーム開発会社もそんなPC版プレーヤを相手にしても損するばかりなので、コンシューマ機を優先するようになった。[要出典]
  2. ^ 不正コピーを動作させるにはゲーム機本体に対して大きな改造を必要とするリスクがあり、機材や故障などの危険を冒す必要があるため比較的難易度が高いので、不正コピーをするような輩を排除するのに役立っている。[要出典]
  3. ^ PC版ではMODという機能があるが、これが不正な改造の温床になっていて、ネットプレイではそういうことをやる輩と出会ってしまい、不快な思いをするプレーヤー、吐き気を催すような経験をするプレーヤー、あまりの馬鹿馬鹿しさにゲーム自体を全て止めてしまうプレーヤーもいたわけだが、コンシューマ機ではそういった不快な経験をしなくてすむ、という良さがある。[独自研究?]なおコンシューマ機でも『Halo3』にて「フォージ」と呼ばれる自作カスタムマップが制作可能になったり、PlayStation 3版『Unreal Tournament3』ではUSBメモリからMODデータをハードディスクへ導入する事が可能になるなど(日本版ではこの機能はカットされている)様々なアプローチが行われた。 第7世代機中で発売されたソフトでは、そうした改変プログラムやゲームシステムを導入した作品の存在の方が珍しい部類である。ゲームというのは公正なルールのもとにするからこそ楽しいのであって、公正さが大切なのである。[独自研究?]
  4. ^ なお、日本のローカルの話で、FPSの良さが分からない人々の話でしかないが、この時期からFPSあるいはFPSに近い主観視点の日本製ゲームソフトも少なからず制作されはじめるようになる。しかしこれらはあまり受け入れられなかった。「ゲームバランス」の調整ができていなかったのである。いつの時代でも、プレーヤーの立場に立って開発されていないゲームというのは、概して評価が低い。[独自研究?]
  5. ^ これもまた日本のローカルの話で、しかもFPSの良さが分からなかった人々のネガティブな話で、ここで紹介する必要も無い話だが、「FPSのほとんどは西洋製だ」とかいうものの捉え方をする日本人がいたらしい。当時のアニメ趣味の日本人は、リアルな体験を重視するFPSを理解できるほどには成長していなかったらしい。[独自研究?]
  6. ^ またまた日本のローカルの話で、FPSの良さが分からなかった人々のネガティブな話でしかないが、日本での売り上げは他のゲームハードで同時期に発売されたソフトと比較してもあまり良くなく(そもそもXbox自体が日本で常に劣勢を強いられていたのも起因する)、この時点で直ちにFPSがゲーム機市場に大きな一石を投じるほどの影響力は発生しなかった。また、第6世代のゲーム機においても同作シリーズ以外に目だって好調な売り上げ成績を収めたFPSがリリースされる事はあまり無かった。[要出典][独自研究?]
  7. ^ この頃になるとコンピュータパーツの性能発展も比較的緩やかになっており、解像度やフレームレート等を除けばPC版とさほど遜色の無い出来でゲームをプレーできるようになった事も要因の一つである。そうこうするうちに、PS4やXbox Oneの世代に進み、コンシューマ機のほうが機能的に上を行くケースも増えていった。[要出典]
  8. ^ すでに古い情報だが、WiiリモコンやPS3やPS4のMoveコントローラー、Xbox 360のキネクトなどボタン以外にもコントローラーや身体を振って入力したり、画面に直接照準を合わせることが可能なデバイスが導入されたのは、その時点での進歩だった。
  9. ^ すでにかなり古い話だが、家庭用ゲーム機版FPSの製作が始まったころに課題となったのは操作方法だった。[要出典] それまでコンピューターでリリースされてきたFPSは、マウスで素早く首を振り(縦軸の移動)、キーボードで歩く(平面の移動)ように作られており、スムーズな操作を可能としていた。一方の家庭用ゲーム機のコントローラーは、FPSを意識して作られたわけでは無かった故に、従来から多く見られた単に平面的な動きのゲームには抜群の操作性を誇っていても、FPSではボタン数が足りないという問題や、配置が適していないといった問題があった。これにより、かつては家庭用ゲーム機ではスムーズに操作できない、という時代が、かつてはあった。 特に問題とされたのは照準の操作についてである。マウスでは操作量によって照準の移動の大胆さと精密さを操作でき、動かした際のスピードが直感的に反映される。一方ゲームコントローラーにとりつけられたボタンアナログスティックでは動かすスピードが限られる上に精密な操作がしづらいという問題点があった。しかも現在主流であるアナログスティックが2本装備されたゲームコントローラが登場したのは初代PlayStationの中盤以降であり、根本として照準と移動を同時に操作する事が事実上不可能な状態でもあった。事実北米では家庭用ゲーム機の第5世代機時代(PlayStation、セガサターン、NINTENDO64)に日本以上に多くのFPSが発売されたが、同様の理由から、PC版のプレーヤーから高い評価を受けたものは極めて少ない。だが、何事もそうだが、最初からコンシューマ機に慣れていれば、どうということは無い。[独自研究?] この様な状況で、日本国内では『ガングリフォンシリーズ』や『機動戦士ガンダム外伝シリーズ』など、ロボットを題材とすることで「操作」するよりも「操縦」する楽しみへ昇華させたものもあったが、一般化するには至らなかった。また、それらはロボットアクションという別ジャンルのゲームとして認知されているのが通常である。[要出典] 「FPSはマウスでプレーするのがそのゲームシステムの都合上絶対的に有利であり、直感的だ」と、PC版ばかりでプレーしている古参・ハードコア層は言う、という。[独自研究?] また、コンシューマ機とPC版では、当たり前のことだが、バランス調節は異なる。『Unreal Tournament3』ではコンシューマ機版ではPC版に比べ速度を低下させたり、コール・オブ・デューティ等ではリーンをオミットしている。
  10. ^ 在日米軍を除く。
  11. ^ ○○には兵科の名前が入る。

出典

  1. ^ 株式会社キヅキ. “バトルフィールド3” (日本語). www.gaming-city.com. 2022年1月23日閲覧。
  2. ^ あの『World War 3』が帰ってきた!始まる前から終戦していた戦いは再び開戦するのか” (日本語). Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト. 2022年1月23日閲覧。
  3. ^ あの「ペーパーマン」が復活――プレオープンβテストは12月4日から” (日本語). ねとらぼ. 2022年1月23日閲覧。
  4. ^ Picking the perfect FPS for you” (英語). Red Bull. 2022年5月2日閲覧。
  5. ^ a b Biggest FPS Events and Esports in 2022 | Real Money Betting Guide” (英語). The Sports Geek. 2022年5月2日閲覧。
  6. ^ GAME Watch『PCゲームレビュー「Unreal Tournament 2003」』、2002年10月23日
  7. ^ 中嶋謙互 『オンラインゲームを支える技術』 技術評論社、2011年、p207。ISBN 978-4774145808
  8. ^ 4Gamer.net 「Unreal Engine 3は次世代ゲームを支えるか?」、2006年9月24日。
  9. ^ GAME Watch『PCゲームレビュー 「America's Army Operations 'Recon'」』、2002年7月15日
  10. ^ National Public Radio『Video Games May Affect The Brain Differently, Depending On What You Play』、2017年8月9日
  11. ^ 「コンテンツ産業の展望 第5章 ゲーム産業」みずほ銀行 産業調査部
  12. ^ 初代『Halo』発売20周年!自動回復や武器の所持数制限などジャンルを洗練させ革新を起こした名作を振り返る【特集】” (日本語). Game*Spark - 国内・海外ゲーム情報サイト. 2021年12月20日閲覧。
  13. ^ (日本語) Meet the Heavy, https://www.youtube.com/watch?v=jHgZh4GV9G0&list=PLHy7G7ndrUmpWqBkNKjJRT5urGiPW63Iq 2022年1月3日閲覧。 
  14. ^ games, This week in video (2019年4月6日). “The Evolution Of Looter-Shooters” (英語). This Week In Video Games. 2021年12月20日閲覧。






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