ピンボール 歴史

ピンボール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/30 13:09 UTC 版)

歴史

初期のフリッパーのないピンボール
  • 1921年:レイモンド・モロニー(Raymond.Molony 1900年 - 1958年2月)仲間と共にライオン・マニュファクチュアリング社を創業。
  • 1927年:在米ユダヤ人のデビッド・ゴットリーブ(David.Gottlieb 1900年 - 1974年4月16日)が、後にピンボールの主要製造地となるシカゴで、家族企業によるデビッド・ゴットリーブ社を創業。握力測定機械などのアーケードゲームを製造する。
  • 1931年12月:ゴットリーブがビンゴノベリティ社の「ビンゴ」(プレゼント大会で使われている現代のビンゴゲームとは別物で、日本のスマートボールに近い)に注目、権利を買って改良、「バッフルボール英語版」として売り出し、ヒットとなる。ピンボールとしてある程度整った最初の存在となる。
  • 1932年1月:ゴットリーブと販売取引をしていた業者の一人であるモロニーが、生産が追いつかないピンボールを自社でも作ろうと決意、風刺雑誌から名前をとって「バリーフー」と命名[1]、ライオン社の製造部門のバリー (Bally)・マニュファクチュアリング社から発売。
  • 1932年1月:ゲンズバーグ四兄弟の末弟のみは兄と一緒にならず、シカゴコイン社 (Chicago Coins) を創業。
  • 1933年2月:バリー社「エアーウェイ」で、ボールの重みを使った自動得点集計機構を初採用。
  • 1933年:ロサンゼルスのパシフィック・アミューズメント社の技術者だったハリー・ウィリアムス(Harry.Williams 1909年 - 1983年9月)が、電磁石などを使ったエレメカ技術を「コンタクト」に採用。以後ウィリアムスは新技術導入に全力を注ぎ、1936年にシカゴに転居。各メーカーに技術を提供し、後年「ピンボール界のトーマス・エジソン」と呼ばれる様になる。同年、スロットマシンの人気に伴い、バリーのピンボール「ロケット」が賭け機能を搭載。
  • 1934年:ウィリアムスがティルト機能を発明、バリー「シグナル」に初採用。
  • 1936年:この頃までに四脚、バックガラス、エレメカ技術など、フリッパー以外の基本的機構が出揃う。しかしバリーはスロットマシンの製造を開始。以後バリーはギャンブル徹底拒否のゴットリーブと逆に、かなりギャンブル・マシンに傾倒したメーカーとなる。その結果シカゴでピンボールがギャンブルとして禁止、その他の大都市でも禁止となる。これにより多くのメーカーがピンボールから撤退した[2]
  • 1941年太平洋戦争勃発、各メーカーも軍需産業に協力する。
  • 1943年:ウィリアムス、ウィリアムス・マニュファクチュアリング社を創業。
  • 1945年:終戦により、ゴットリーブを皮切りに各メーカーがピンボール事業に復活。
  • 1947年10月:ゴットリーブ「ハンプディ・ダンプティ」に、ハリー・マブスの考案したフリッパーを初採用[1]。フリッパーを使ったボールの打ち返しにより、プレイヤーの腕前に左右される長時間のプレイが可能になる。フリッパーは当初上・中・下段等についていた[2]
  • 1948年:ゲンコ社「トリプル・アクション」で初めて、下段だけにフリッパーが付く。その後は原則として下のみとなった。
  • 1960年ミッドウェイ社 (Midway)、フリッパーに参入。
  • 1960年11月:再ゲーム機能がギャンブルとして禁止になったため、エキストラ機能がゴットリーブ「フリッパー」に初装備。これは設定変更可能だった。
  • 1963年:バリー社、フリッパーに再参入。また太東貿易(後のタイトー)、ゴットリーブ[1] を皮切りにピンボールの輸入を開始。
  • 1964年:ウィリアムス、ジュークボックスで有名なシーバーグ社に買収される。
  • 1969年9月:バリー、ミッドウェイを買収。バリー・ミッドウェイ (Bally-Midway) となる。
  • 1970年:フリッパーの大手メーカーはゴットリーブ、ウィリアムス、バリー、ミッドウェイ、シカゴコインの5社でほぼ確立。
  • 1971年6月:セガ(後のセガ・インタラクティブ)、国内産初のフリッパー[1]「ウィナー」を発売。
  • 1972年:ロサンゼルスでフリッパーの規制条例が廃止、シカゴでも1977年1月に廃止。ピンボールが解禁となるが、一部の州ではいまだにリプレイが規制されている。
  • 1977年1月:ウィリアムスの社長を退いたサミュエル(サム)・スターン(Samuel.Stern)がシカゴ・ダイナミックス社の資産を購入し、スターン・エレクトロニクス社を創業。
  • 1977年10月:ゴットリーブ、フリッパー「クレオパトラ」で電子技術を初採用
  • 1978年4月~1980年5月:WMSインダストリーズがウィリアムスの親会社となる。
  • 1979年12月:ウィリアムス、フリッパー「ゴーガー」で音声合成を初採用。
  • 1982年12月:バリーブランドのフリッパー部門が、バリー社からバリー・ミッドウェイ社に移管。

アーケード衰退期から現代まで

  • 1982年1984年:ビデオゲームの新分野であるレーザーディスクゲームが登場したが、すぐ消滅。マイルスター、ミッドウェイ、スターン、アタリ等がダメージを受ける。
  • 1984年11月:サム・スターンが死去。
  • 1985年2月:スターン・エレクトロニクス社が業績不振のため破産。
  • 1986年1月:ウィリアムス、ジャックポットなどの史上初の各種フィーチャーを採用したフリッパー「ハイスピード」を発売。
  • 1987年4月:バリー、買収し続けて来た子会社のリストラを開始。1988年7月にバリーブランドのフリッパー、ミッドウェイブランドのビデオゲーム等をWMSに売却。バリー・ミッドウェイ社はミッドウェイ・マニュファクチュアリング社の名に戻る。
  • 1992年1月:WMS、バリーブランドフリッパー「アダムス・ファミリー」を発売、2万台という久しぶりのヒット作となる。また、ビデオゲームはミッドウェイブランドのみとなる。
  • 1991年11月〜1995年10月:バリー、ギャンブル機製造部門も複雑な統廃合を図る。WMSの売却を検討。
  • 1992年:ウィリアムス、「ハイスピード」の続編「ザ・ゲッタウェイ ハイ・スピードII」を発売。
  • 1995年10月:アライアンス・ゲーミング社がWMSを買い取る。アライアンスのギャンブル機で使われている「バリー」が、現存する唯一のバリーブランドとなった。
  • 1996年3月:タイムワーナー・インラクティブ社(TWI)が親会社のタイムワーナーから切り離されて身売りされ、WMSが買収。社名をTWIからアタリゲームズに戻す。
  • 1996年6月:バリー、最後に残ったカジノホテル事業がヒルトンホテルに買収される。
  • 1996年10月:WMSからミッドウェイゲームズが分離、アタリゲームズもミッドウェイゲームズの一部門となる。WMSのアーケードゲームはフリッパーの下請け製造とギャンブル機のみが残る。
  • 1999年3月:WMS、起死回生策としてテレビ画面を組み合わせた「ピンボール2000」シリーズを計画、バリーブランドフリッパー「リベンジ・フロム・マーズ」を発売。続けてウィリアムスフリッパー「スター・ウォーズ エピソードI」を発売したが、これでもピンボール販売不振の状況を変えるには至らず、WMSは10月にバリーとウィリアムス両ブランドのフリッパー生産を中止した。
  • 2000年2月:ミッドウェイゲームズ、アタリゲームズをミッドウェイ・ウェストと改名し、アタリブランド使用停止。だがこれがアーケード離れに加速をかけた。
  • 2001年3月:ミッドウェイゲームズ全体がアーケードから撤退。
  • 2006年イリノイ州のピンボール会社であるPinBall Manufacturing社がカプコンの「Big Bang Bar」を再生産する[3][4]
  • 2010年:スペインのMarsaPlay社がInder英語版社の「Canasta」をリメイクした製品である「New Canasta」を発売[5]。バックボックスに液晶ディスプレイを初採用。
  • 2013年4月:Jersey Jack Pinball英語版社が「The Wizard of Oz英語版」を発売。2001年以降でスターン社以外から発売された初の完全新作の台となった[6]

独立性の高いピンボール社史

上記年表が複雑化したので、単独で栄枯盛衰をたどった会社の歴史を以下にまとめた。

かつて存在したピンボールメーカー

  • ゴットリーブ→マイルスター→プリミア
    • 1980年12月:日本のビデオゲームのライセンス生産でビデオゲームに参入。
    • 1982年1月:親会社のコロムビア映画がコカ・コーラに買収される。
    • 1982年11月:ビデオゲーム「Qバート」を発売。ビデオゲーム史に残るヒット作となる。
    • 1983年7月:マイルスター社と改名。
    • 1984年9月:「Qバート」以外のビデオゲームが全く売れず、レーザーディスクゲームの失敗も拍車をかけて、コロムビアが廃業手続きを開始。だがマイルスターの重役だったギルバート・ポーラックが10月にプリミア・テクノロジー社を創業、ゴットリーブブランドのフリッパーは引き継ぐ。
    • 1993年2月:フリッパー「ストリートファイターII」を発売。
    • 1996年4月:最後のフリッパー「バーブワイアー」を発売。8月工場閉鎖、ゴットリーブブランドは消滅した。
  • アタリ
    • 前述通りWMSとの絡みもあるが、ピンボール発売時代は独立性が強いのでこちらにまとめる。創業者のノーラン・ブッシュネルは創業直後から、従来より幅の広い「ワイドフリッパー」を提案、前述のウィリアムスやバリーに話していたが、結局「ポン」となった。その後1976年11月にワイドフリッパー(ボールも通常の鋼球ではなく、はるかに大きな硬質ゴムのボール)で参入。一作目の「アタリタン」は、アタリを本拠地に活躍するアメコミヒーローがモチーフだった。ワイドフリッパーの一部はナムコ(後のバンダイナムコゲームス)経由で日本でも販売されたが、大手メーカーには追いつかず、1979年4月の7作目「ヘラクレス」で撤退した。日本ではかつてナムコ系の直営店の一部や東京タワー内のゲームセンターにあった。
  • カプコン・コインアップ
    • カプコンが1994年にアメリカに作った子会社で、1995年5月にカプコンブランドでフリッパーに参入、4作を発売。しかし既にこの時代ゆえ余り売れず、1996年12月に撤退した。
  • ザッカリア

現存するピンボールメーカー

  • データイースト→セガ・ピンボール→スターン・ピンボール
    • こちらの詳細は「データイースト」参照。ドットマトリックス・ディスプレイはこのメーカーが初採用である。スターン・ピンボールが現存する最古のピンボールメーカーとされる。なお、前述したが日本のセガもピンボールを日本国内で製造していたことがあり、1972年札幌オリンピックをモチーフにした「サッポロ」が有名だが、セガ・ピンボールとは異なる会社である。
  • Jersey Jack Pinball
  • Spooky Pinball[9]
  • Dutch Pinball[9]
  • American Pinball
    • 2017年にピンボールの製造を開始。主な作品に「Houdini」(2017年)、「Oktoberfest」(2018年)、「Hot Wheels」(2020年)がある。

  1. ^ 一般的には日本向けの場合で2回許容、3回目の作動でティルト発動。
  2. ^ 例えば1982〜1988年ごろのタイトーのビデオゲーム筐体にはティルトスイッチが組み込まれていた。このティルトスイッチはスラムティルトのものが流用されている。
  1. ^ a b c d 開拓者たちの時代”. 一般社団法人日本アミューズメント産業協会. 2020年4月21日閲覧。
  2. ^ a b 赤木真澄『それは『ポン』から始まった』アミューズメント通信社ISBN 4-9902512-0-2 C3076。
  3. ^ Pinball News article on Big Bang Bar”. Pinballnews.com. 2012年10月27日閲覧。
  4. ^ Pinball News article on Big Bang Bar update”. Pinballnews.com. 2012年10月27日閲覧。
  5. ^ Spain's Marsaplay Introduces Pinball Machine That Unites Classic And Modern Features - Articles - Vending Times”. www.vendingtimes.com. 2010年4月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年12月5日閲覧。
  6. ^ Plante, Chris (2013年2月28日). “No Place like Jersey: Inside the factory of the wizard of pinball”. Polygon. 2013年11月26日閲覧。
  7. ^ PinballDays -2017年のピンボール- 第二部 アメリカの文化を色濃く残す街並みが築いた聖地”. AUTOMATON (2017年4月12日18時0分). 2023年9月9日閲覧。
  8. ^ 消えつつあるピンボールを救うべく開発された新たなピンボールマシン”. GIGAZINE (2013年1月18日13時0分38秒). 2018年4月18日閲覧。
  9. ^ a b Pinball Days -2017年のピンボール- 最終部 -ピンボールの本場、アメリカに存在する殿堂のこれまでとこれから- 後編”. AUTOMATON (2017年5月30日18時0分). 2023年9月9日閲覧。
  10. ^ ピンボール・グラフィティ:月刊Beep 日本ソフトバンク ISBN 4-89052-064-3 C0076





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