ピョートル・チャイコフスキー
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著書
- 実践的和声学習の手引 (Руководство к практическому изучению гармоний、Guide to the Practical Study of Harmony 1871年) - モスクワ音楽院講師時代に書かれた和声教科書。
日本語訳書
- 楽聖書簡叢書 第2編 チャイコーフスキイの手紙(森本覚丹訳、音楽世界社、1936年)
- 一音楽家の想ひ出(堀内明訳、角川文庫、1950年)
- 一音楽家の思い出(渡辺護訳、音楽之友社(音楽文庫)、1952年)
- 愛の書簡(ナデイダ・フィラレトウナ(フォン・メック夫人)共著、服部竜太郎訳編、音楽之友社(音楽新書)、1962年)
- 実践的和声学習の手引(山本明尚訳、森垣桂一解説、音楽之友社、2022年)
記念
チャイコフスキーの偉業を記念し、ロシアでは数々の音楽学校や楽団、コンクールなどにチャイコフスキーの名がつけられている。コンクールでは、モスクワにおいて1958年より4年おきにチャイコフスキー国際コンクールが開かれている。同コンクールは世界的な権威を誇り、世界3大コンクールのひとつとして数えられている。チャイコフスキーが12年間にわたり教鞭をとったモスクワ音楽院は、1940年にチャイコフスキーの生誕100周年を記念して「チャイコフスキー記念国立モスクワ音楽院」と改名され、現在でもその名称となっている。また、モスクワ放送交響楽団も正式名称はP・I・チャイコフスキー記念交響楽団であり、日本でも英語名に基づいてチャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ(Tchaikovsky Symphony Orchestra)とも呼ばれている。
ヴォトキンスクにあるチャイコフスキーの生家および、晩年を過ごしたクリンの家はいずれも残っており、ふたつともチャイコフスキーの事績を記念する博物館となっている。
メディア
ジュリアス・ブロック(1854年 - 1934年)という商人による大量の録音のうちの1つ。エジソンの蓄音器へ1890年1月録音。レオニード・サバネーエフによると、チャイコフスキーは自身の声が録音されて後世まで残ることをあまりよく思っていなかったという。また、この録音とはまた別の訪問の際、ブロックはチャイコフスキーに「ピアノで何か弾いてくれないか、少なくとも何か言ってくれないか」と頼んだが、チャイコフスキーは「ピアノは下手だし、声もガラガラだ。なぜそれを永遠に残す必要があるのか」と言って拒んだ[30]。
アントン・ルビンシテイン: | 素晴らしい機械だ。 | Какая прекрасная вещь ....хорошо... (ロシア語) |
ジュリアス・ブロック: | やっと入手できた。 | Наконец-то. |
エリザベータ・ラフローフスカヤ: | 気分悪い。私の名前をこっそり口にしたりして。 | Пративный *** да как вы смеете называть меня коварной? |
ワシーリー・サフォーノフ: | (歌う) | |
チャイコフスキー: | トリルはもっと上手に。 | Эта трель могла бы быть и лучше. |
ラフローフスカヤ: | (歌う) | |
チャイコフスキー: | ブロックも偉いが、エジソンはもっと偉い。 | Блок молодец, но у Эдисона ещё лучше! |
ラフローフスカヤ: | (歌う) | А-о, а-о. |
サフォーノフ: | モスクワのピョートル・ユルゲンソンです。(ドイツ語で) | Peter Jurgenson in Moskau. (ドイツ語) |
チャイコフスキー: | 今の誰? サフォーノフだろう。 | Кто сейчас говорит? Кажется голос Сафонова. |
サフォーノフ: | (口笛) |
注釈
出典
- ^ Poznansky, Alexander (March 1992), Tchaikovsky: The Quest for the Inner Man, Schirmer Books, ISBN 0028718852
- ^ Чайковский - Словарь Русских фамилий (ロシア語)
- ^ Holden, 4.
- ^ “Pyotr Tchaikovsky, a Ukrainian by creative spirit”. The Day. 2021年1月18日閲覧。
- ^ a b Brown, The Early Years, 19
- ^ Poznansky, Eyes, 1; Holden, 5.
- ^ a b c 井上(1991)、1104頁
- ^ a b c 森田(1982)、1471頁
- ^ Holden, 202.
- ^ Wiley, Tchaikovsky, 6.
- ^ Brown, The Early Years, 27; Holden, 6–8.
- ^ Brown, The Early Years, 25–26; Wiley, Tchaikovsky, 7.
- ^ Brown, The Early Years, 31; Wiley, Tchaikovsky, 8.
- ^ a b ロバート・ジーグラー、スミソニアン協会監修、金澤正剛日本語版監修『世界の音楽大図鑑』、河出書房新社、2014年10月30日、183頁
- ^ a b c サハロワ(1991)
- ^ Holden, 15; Poznansky, Quest, 11–12.
- ^ Holden, 24–25; Warrack, Tchaikovsky, 31.
- ^ Poznansky, Eyes, 17.
- ^ 黒川祐次 『物語ウクライナの歴史 : ヨーロッパ最後の大国』中央公論新社〈中公新書; 1655〉、東京、2002年(日本語)、139頁 ISBN 4-121-01655-6
- ^ a b c d 井上(1991)、1105頁
- ^ ロバート・ジーグラー、スミソニアン協会監修、金澤正剛日本語版監修『世界の音楽大図鑑』、河出書房新社、2014年10月30日、182頁
- ^ a b c 森田(1982)、1472頁
- ^ 中河原理『名曲鑑賞辞典』東京堂出版、1981年4月25日、110頁。
- ^ 森田(1982)、1473頁
- ^ 伊藤(2005)、172頁
- ^ 伊藤(2005)、180頁
- ^ 伊藤(2005)、179頁
- ^ Steinberg, Concerto, 486
- ^ ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ、ガリーナ・ヴィシネフスカヤ著、クロード・サミュエル編 『ロシア・音楽・自由』 田中淳一訳、みすず書房、1987年、89頁。
- ^ Poznansky, Eyes, 216.
- ^ “バラ関連ポータルサイト「NOIBARA」”. 2020年9月16日閲覧。
- ^ “(2266) Tchaikovsky = 1937 VM = 1937 VQ = 1943 UH = 1951 AY1 = 1955 QY = 1962 WM2 = 1973 QH = 1974 VK”. MPC. 2021年9月25日閲覧。
固有名詞の分類
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