パソコン通信 利用形態

パソコン通信

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/13 18:21 UTC 版)

利用形態

ネットの利用形態は様々だが、その中でも「オンラインソフトウェア(特にフリーソフトウェア)」の広範囲な流通と、素性をよく知らない人との気さくな「会話」は、パソコン通信で初めて可能になった。 パソコン上で利用する会話やソフトウェアなどの電子データは、ホスト局のハードディスクなど記憶装置に納められており、利用者が電話回線を通じてホスト局のメモリや機能を共有し、ホスト局のコンピュータに指示を与えて、記憶装置の中身を取り出して利用者のパソコンやワープロ専用機のモニタで閲覧したり、ダウンロードしてフロッピーディスクなどに保存したり、あるいは情報をホスト局へ送信(アップロード)したりした[13]

ネットワークの主なサービス内容を挙げると、BBS(電子掲示板)、メール(電子郵便)、チャット(おしゃべり)、電子会議、PDS(パブリック・ドメイン・ソフト)、ゲームショッピングニュースデータベースなどがあった[3]。ただし、こうしたコンテンツは一方的に送ってくる放送などとは違い、登録メンバーが積極的に参加しないと内容が充実しないため、パソコン通信はネットへの書き込みにも参加してこそ、楽しく有益なものになっていくという性格を持っていた[3]

会話

パソコン通信の楽しみ方の代表格に、BBS(英語: Bulletin Board System)とよばれている「電子掲示板」があげられる[13]。ネットワークメンバーなら誰でも閲覧したり書き込むことができる「伝言板」や、特定の相手にだけメッセージやデータを送れる「私書箱」(または「メールボックス」という)、メンバーにさまざまな情報を提供する「ニュース」や「お知らせ」のコーナーなどを利用することができた[13]

BBS(電子掲示板)はボード(板)ともよばれていて、利用者はここでさまざまなことを書き込んだり読み取ったりして、利用者どうしで情報交換や意見交換、仲間集めなどに利用した[3]。また利用者が多いネットワークでは、BBSが話題ごとにいくつかのコーナーに分かれているところもあった[3]。メールは特定の相手を指定してメッセージやデータを送ることができるコーナーで、ネットワークの登録メンバーになるとIDパスワードが与えられるため、メールを送るときは相手のIDナンバーが宛先になった[3]。メールを送られた利用者がネットにアクセスすると、すぐにメールが送られているという表示が画面上に現れるので、そこでメールボックスのコーナーを覗けば内容を読めた[3]。複数の回線を持っているネットでは、同時アクセス中のメンバーの画面に直接メッセージを送れる「電報」の機能を持つものも存在した[3]

チャットは、キーボードで文字を打ちながらリアルタイムでおしゃべりができるコーナーで、同時にアクセスしている人だけが使うことが出来るもので、BBSで自分がアクセスする時間を書き込んでおきチャット相手を募ることもできた[注釈 8]。電子会議は「フォーラム」とよばれるところもあり、特定のテーマを挙げてメンバー同士で情報交換したり、議論を交わすコーナーである[3]。大規模なものでは、海外からの参加者や、パソコンを何台も置いた複数の会場を設けて会場どうしをネットワークでつなぎ、公開電子会議をおこなうところもあった[3]

意思伝達の主な方法が文書であると、日常的に文書を書く人と書かない人では文書作成力や読解力に格差が生じることから、意思がスムーズに伝わらずに誤解が生じることもあった。文字でのやり取りは、対面して話す時とは違い、感情がそのまま文章に表れるとは限らず、また感情を読み取れる人ばかりではないため、感情やニュアンスを表すのに意図的に顔文字(絵文字)が付け足される場合もあった。また物事に付いての考えが異なれば意見が衝突する機会が度々生じ、いたるところで議論が行われるようになった。それに伴い、議論を楽しもうという人たちが表れる一方で見物して楽しもうという人たちも発生した。

草の根BBSなどでは、限りある回線を占有するだけでコミュニティに積極的に参加しない人をROM(Read Only Member)やDOM(Download Only Member)と呼び、特に否定的な意味で使われたが、ROMは一般的には読むだけで発言しない人を示す用語であった。

オンラインソフトウェア

1980年代末期になり、パソコン通信が普及するようになると、パソコン通信でユーザーが自作したパソコン用プログラムがオンラインソフトウェアとして公開されるようになった。内容はユーティリティーからゲーム、コンピュータミュージックのデータなど幅広く、魅力のあるものがたくさん見られた[3]

従来はパソコン雑誌に投稿して掲載されるか、作者個人か仲間内で使われるしかなかったような小回りの効く便利なツールが一般に流通する機会を得ることになった。一般に単機能のものが多く、商用ソフトほど大規模ではないが、中にはファイル管理ソフトやパソコン通信ソフトなど市販の商用ソフトを凌ぐ人気を得たものもある。日本国内では、その多くはNECのパソコンPC-9800シリーズMS-DOS上で動くものであった。

プログラミングが得意な人が善意で自作ソフトウェアをPDSとして公開し[3]、コーナーに利用者によるバグ報告や要望を取り入れて改良が行われた。その多くは個人による開発であるが、利用者による改良を期待して企業が商用ソフトを開発する前段階として無償公開するソフトもあった。作者の意向によってフリーウェア(フリーソフト)、シェアウェアなどに区分されたが「羊羹ウエア(気に入ったら羊羹を送って欲しい)」という変わり種もあった。

MS-DOS上で動くソフトウェアが主流を占めた時代には決済の手段が限られていたため、ほとんどが無料のフリーウェアとして公開されMicrosoft Windowsが普及し出すと開発ソフトウェアが高価だった背景もあり、徐々に商用BBSで決済を行なうシェアウェアが増えていった。人気の高いソフトウエアは、開発元のホスト局にアップロードされるとたちまち全国の他のホスト局に転載されるのを始め、「月刊パソコン通信」などパソコン通信を扱った雑誌付録としてフロッピーディスクで配布された。しかし初期のパソコン通信では電子メールに課金されたり容量制限が厳しかったり、他のパソコン通信サービスとは相互にメールができなかったりしたため、サポートは自らの加入しているパソコン通信のみというものも多かった。

その他

ショッピングは、メンバー同士で「売ります」「買います」のコーナーに情報を書き込みして個人売買するものや、中には販売店が主催している本格的なものまで、さまざまなケースがあった[3]。ネット局によっては、メンバーが複数で参加できるロールプレイングゲームなどのゲームコーナーも少数ながらも存在した[3]。大規模なネット局では、新聞社などのニュースや、商用データベースなどの情報を提供しているところもあった[3]


注釈

  1. ^ 小規模な局は、2018年現在も運営されている[1]
  2. ^ AOLでは画像表示もできた。
  3. ^ ISDN回線内ではデジタル信号で送信するが、電話局の交換機でアナログ信号に変換する。
  4. ^ このモデムが内蔵されている業務用TAもあった
  5. ^ 個人がプログラムを組んだリバーシゲームやチェス等の物が主だった。
  6. ^ ちなみに同書によれば、1990年頃のモデムの価格は1200bpsが2万円以下、2400bpsが4万円台。
  7. ^ 個人で運営されているネットでは、電話回線が1本というところも多く、誰かがアクセスしていると、他のメンバーは回線を使用できなかった[8]
  8. ^ ただし、チャットに夢中になって時間を忘れて利用し続けていると、ネットの課金や電話料金が多額に請求されてしまうという問題もはらんでいた[3]
  9. ^ 日本の通信料金は決して安価ではなく、(NTTの場合)市内局番の通信料は3分ごとに10円かかり、市外局番でより遠方のアクセスポイントへ接続するとなれば、その距離に応じて現在よりもかなり高額な通信料金がかかる時代だった。
  10. ^ 第二電電日本テレコム日本高速通信があった。
  11. ^ みかかまきと読む。みかかは、NTTの隠語(みかか参照)。真紀は画像フォーマットのMAKIに由来する。

出典

  1. ^ パソコン通信“最後のホスト”「死ぬまで続ける」と語る理由、文春オンライン、2018年5月28日。
  2. ^ a b c d 多田太郎「まだネットワーキングしていない人のためのワープロ/パソコン通信入門」『マイコンBASICマガジン』1990年3月号, p. 44
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 多田太郎「まだネットワーキングしていない人のためのワープロ/パソコン通信入門」『マイコンBASICマガジン』1990年3月号, pp. 46–47
  4. ^ 小口, 覺「試行錯誤の通信システム」『パソコン通信開拓者伝説』小学館、1988年4月20日、96-100頁。ISBN 4-09-346041-8 
  5. ^ a b c d e f g 杉井, 鏡生「草の根ネットワークに始まるパソコン通信―ユーザー主導で、あっという間に10万人の利用者」『ザ・PCの系譜 : 100万人の謎を解く』コンピュータ・ニュース社、1988年2月17日、180-183頁。ISBN 4-8061-0316-0 
  6. ^ ピクニック企画, 堤大介, ed. (1 March 1990). "パソコン通信". 『電脳辞典 1990's パソコン用語のABC』. ピクニック企画. p. 182. ISBN 4-938659-00-X
  7. ^ ばるぼら『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』翔泳社、2005年、p.432
  8. ^ a b 多田太郎「まだネットワーキングしていない人のためのワープロ/パソコン通信入門」『マイコンBASICマガジン』1990年3月号, p. 46
  9. ^ 小林憲夫『ゼロから会員200万人を達成した ニフティサーブ成功の軌跡』コンピュータ・エージ社、1997年、p.49
  10. ^ 「PC-VAN、ニフティサーブ 2大ネットで3分の2」『中日新聞』1995年7月7日号。当時、商用パソコン通信サービス利用者は300万人でそのうち3分の2を両サービスが占めたという記事。
  11. ^ 小林、1997年、p.2
  12. ^ a b 多田太郎「まだネットワーキングしていない人のためのワープロ/パソコン通信入門」『マイコンBASICマガジン』1990年3月号, p. 45
  13. ^ a b c 多田太郎「まだネットワーキングしていない人のためのワープロ/パソコン通信入門」『マイコンBASICマガジン』1990年3月号, p. 43
  14. ^ a b 池田将「ワープロ/パソコン通信で電話代をとことん節約する方法」『マイコンBASICマガジン』1990年3月号, p. 50
  15. ^ a b 池田将「ワープロ/パソコン通信で電話代をとことん節約する方法」『マイコンBASICマガジン』1990年3月号, p. 51
  16. ^ a b c 池田将「ワープロ/パソコン通信で電話代をとことん節約する方法」『マイコンBASICマガジン』1990年3月号, p. 52
  17. ^ 電子フォーラム|プロバイダ ASAHIネット”. asahi-net.jp. 2019年6月6日閲覧。
  18. ^ FORSIGHTライブラリィ[1]より
  19. ^ 『ヒット商品物語』p.251 インターコム営業本部部長 米田守 (1988年当時)
  20. ^ a b c 安田幸弘『パソコン通信の常識読本』日本実業出版、1989年、64頁。 
  21. ^ a b c 長沢英夫 編『パソコンベストソフトカタログ』JICC出版局、1988年、155-157頁。 
  22. ^ a b c 「DataSheet-通信ソフト」、『ネットワーカーマガジン 1992年秋号』所収、アスキー、1992年10月、PP203-208。
  23. ^ 『ヒット商品物語』pp.250-251
  24. ^ 『ヒット商品物語』pp.252-254
  25. ^ または遊び全部。『ヒット商品物語』 pp.247-249, p.251
  26. ^ 『ヒット商品物語』 p.231
  27. ^ 東京電脳倶楽部『パソコンソフト徹底評価』1994年、134頁。ISBN 4-534-02244-1 
  28. ^ 『徹底評価』p.136
  29. ^ 東京電脳倶楽部『パソコンソフト徹底評価』1994年、142頁。ISBN 4-534-02244-1 
  30. ^ 東京電脳倶楽部『パソコンソフト徹底評価』1994年、138頁。ISBN 4-534-02244-1 
  31. ^ 『徹底評価』p.140
  32. ^ 川上弘美「受賞者のことば」より






パソコン通信と同じ種類の言葉


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「パソコン通信」の関連用語

パソコン通信のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



パソコン通信のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのパソコン通信 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2024 GRAS Group, Inc.RSS