バックスクリーン3連発
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/01 15:44 UTC 版)
阪神の三者連続本塁打
阪神の三者(以上)連続本塁打は通算9回あり、このうち2003年のものは1985年と同様に優勝したため、いわゆる「平成の3連発」とも呼ばれている。
年月日 | 対戦相手 | 球場 | 回 | 打者 | 相手投手 |
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1953年4月16日 | 洋松 | 日生 | 7回表 | (一番)与儀眞助、金田正泰、後藤次男 | 高野裕良 |
1962年7月17日 | 広島 | 広島 | 6回表 | (三番)並木輝男、藤本勝巳、三宅秀史 | 弘瀬昌彦 |
1974年4月20日 | 大洋 | 川崎 | 1回表 | (二番)一枝修平、藤田平、田淵幸一 | 竹内広明 |
1976年9月19日 | 広島 | 甲子園 | 6回裏 | (一番)中村勝広、掛布雅之、マイク・ラインバック、田淵幸一(※4者連続) | 永本裕章 |
1979年8月10日 | 中日 | 西京極 | 1回裏 | (三番)掛布雅之、リロイ・スタントン、マイク・ラインバック | 三沢淳 |
1985年4月17日 | 巨人 | 甲子園 | 7回裏 | (三番)ランディ・バース、掛布雅之、岡田彰布(上記) | 槙原寛己 |
2003年5月9日 | 横浜 | 横浜 | 3回表 | (四番)濱中治、片岡篤史、ジョージ・アリアス | 吉見祐治 |
2010年8月12日 | 広島 | マツダ | 6回表 | (七番)城島健司、桜井広大、狩野恵輔 | エリック・スタルツ |
2011年5月3日 | 巨人 | 東京D | 3回表 | (三番)鳥谷敬、新井貴浩、クレイグ・ブラゼル | 東野峻 |
平成の3連発
2003年5月9日の横浜ベイスターズ(横浜)戦で4番濱中治・5番片岡篤史・6番ジョージ・アリアスが吉見祐治からレフト方向に3者連続本塁打。この日、マスメディアは「昭和の3連発の再来(=優勝だ)」と興奮気味にチーム関係者に取材していたところ、当時の監督の星野仙一に一喝されている。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 | |
T | 5 | 0 | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 11 |
YB | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 2 |
- 平成の3連発の翌日
- 「平成の3連発」の翌日(5月10日)の横浜戦。3回表阪神は藤本敦士が初球を一塁線セーフティーバント、下柳剛も初球を送りバント、今岡誠もまた初球に二塁セーフティーバントを決め、更に続く赤星憲広も初球をセンター前にヒットし、イニングが始まってわずか4球で1点を奪った。後続の金本知憲、濱中も追加点を挙げて逆転しそのまま勝利した。星野は「本塁打3連発と同じくらい(こういう攻撃が)相手投手に与えるダメージは大きい」と述べている。
26年ぶりのクリーンアップ3連発
2011年5月3日の対巨人4回戦(東京ドーム)で、3番鳥谷敬、4番新井貴浩、5番クレイグ・ブラゼルが東野峻(クリーンアップによる3連発は1985年のバース、掛布、岡田以来26年ぶりである。)なお、前年にも三者連続本塁打が記録されており、初の2年連続の三者連続本塁打が実現した。 この試合では、3者連続ホームランを打たれた投手の東野もホームランを放っている。
チーム | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 計 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
阪神 | 0 | 1 | 4 | 0 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 7 |
巨人 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 3 |
その他
二軍戦においては、近年では2015年5月31日のウエスタン・リーグ対中日14回戦(蒲郡球場)で3番北條史也、4番江越大賀、5番梅野隆太郎がレフトに3者連続本塁打を記録。リーグ戦ではないが、2006年9月30日に山形県野球場で行われたファーム日本選手権に阪神がウエスタン・リーグ優勝チームとしてイースタン・リーグ覇者のロッテと対決。1回裏に4番喜田剛、5番桜井広大、6番藤原通がロッテの先発成瀬善久からそれぞれライト、センター、レフトに3者連続本塁打を放ち、この回4点を先制。最終的に6-0で勝利し、同じ顔合わせで敗れた前年の雪辱を果たして3年ぶり4回目のファーム日本一に輝いた。
注釈
- ^ “阪神・岡田監督がバース氏祝福 「もっと早くなっても良かった」”. デイリースポーツ online (株式会社デイリースポーツ). (2023年1月14日) 2023年1月14日閲覧。
- ^ 中川2019, p. 54.
- ^ a b c 中川2019, p. 55.
- ^ a b 中川2019, p. 56.
- ^ “ランディ・バースが明かす、日本で戦った最高の投手とは?(2/3)”. Sports Graphic Number Web (文藝春秋). (2015年9月16日) 2016年9月19日閲覧。
- ^ 中川2019, p. 57.
- ^ 中川2019, p. 58.
- ^ “内野手|東北楽天ゴールデンイーグルス|「最高の試合」「名場面・名勝負」|2010年NPBスローガン「ここに、世界一がある。」スペシャルコンテンツ”. 日本野球機構 (2010年8月9日). 2012年1月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年3月12日閲覧。
- ^ 開幕初戦は阪神3-4広島、大洋12-6巨人。
- ^ 開幕2戦目は阪神8-7広島、大洋5-6巨人。
- ^ このとき巨人のクロマティ中堅手は、1本目は打球を追いかけてジャンプ、2本目は追いかけたが諦め、3本目は打球をただバックスクリーンへ見送って呆然としており、この3連発の凄さを演出する格好となった。
- ^ このうち、8月13日からの3連戦3連敗の際は、続く対広島東洋カープ2連戦(8月17日、18日)と対大洋ホエールズ3連戦の初戦(8月20日)にも敗れ6連敗となり、それまで首位を走っていた阪神が一旦3位まで順位を落とす原因となった。 この頃には、8月13日の前日である12日に日本航空123便墜落事故が発生し、当時の中埜肇球団社長が亡くなっている。
- ^ その後、阪神は「平成の3連発」を記録した2003年まで巨人に勝ち越すことができなかった。
- ^ 初先発で延長10回完封勝利も甲子園の阪神戦で記録した。なお、新庄にサヨナラ打を打たれた試合も記録上は入来祐作が敗戦投手となっている。
- 1 バックスクリーン3連発とは
- 2 バックスクリーン3連発の概要
- 3 経過
- 4 阪神の三者連続本塁打
- 5 脚注
固有名詞の分類
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