バイバルス バイバルスの概要

バイバルス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/02/13 06:13 UTC 版)

ナビゲーションに移動 検索に移動
バイバルス1世
الملك الظاهر ركن الدين بيبرس بندقداري
マムルーク朝第5代スルターン
バイバルスの銅像
在位 1260年 - 1277年7月1日

全名 アル=マリク・アッ=ザーヒル・ルクンッディーン・バイバルス・アル=ブンドクダーリー
出生 1220年代 - 1230年代
キプチャク草原 (現在のロシア
死去 1277年6月30日/7月1日
ダマスカス[1]
埋葬 ダマスカス
配偶者 ベルケ(バラカ)・ハーンの娘
  モンゴル系のアミール・ノカーイの娘
  クルド人のシャフラズーリーヤ族の女
子女 バラカサラーミシュなど
王家 バイバルス家
宗教 スンナ派
テンプレートを表示

事績

バイバルスが使用したライオンの紋章[9][10]

マムルーク(軍人奴隷)としてエジプトアイユーブ朝に仕え、1250年マンスーラの戦いでエジプトに侵入した十字軍に大勝を収める。1260年アイン・ジャールートの戦いではモンゴル軍に勝利し、モンゴルのエジプトへの進出を阻止した。戦後、マムルーク朝のスルターン・ムザッファル・クトゥズを殺害して王位に就き、全シリアを併合する[2]。バイバルスの軍事的・政治的な能力により、外部勢力の侵入に反応して成立したマムルークたちの政権は確固たるものとなった[11]

バイバルスは優れた精神力と体力の持ち主であり、17年にわたる在位中に38回のシリア遠征を実施し、うちモンゴル軍と9回、十字軍と21回にわたって交戦した[12]。38回の遠征において、その半分はバイバルス自身が陣頭で指揮を執っていた[13]。華々しい戦績のためにバイバルスは英雄としてアラブ世界に名前を遺し[12]ハールーン・アッ=ラシードサラディンと並ぶ英雄として知られている[2][14]。バイバルスの英雄譚は説話文学に昇華され[15]、マムルーク朝後期からオスマン帝国期にかけての時期に現存する物語の形式が成立する[3]。バイバルスの活躍を鮮やかに描いた物語は、語り部(カーッス)を通して民衆を魅了した[3]

名前の語源

「バイバルス」はテュルクの言葉で「虎のベイ」を意味する[16]。バイバルスの名前の「アル=ブンドクダーリー」は最初の主人であるアイダキーン・アル=ブンドクダーリーから与えられた名前であり[17][16]、「弓兵」を意味している[17][18]




  1. ^ a b c d e f g 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、221頁
  2. ^ a b c d 小林「バイバルス」『アジア歴史事典』7巻、325頁
  3. ^ a b c 佐藤「バイバルス」『新イスラム事典』、387頁
  4. ^ 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、184頁
  5. ^ 前嶋『イスラムの時代 マホメットから世界帝国へ』、346頁
  6. ^ a b c d ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、79頁
  7. ^ 大原『エジプト マムルーク王朝』、29頁
  8. ^ a b c ヒッティ『アラブの歴史』下、641頁
  9. ^ 佐藤『イスラーム世界の興隆』、299頁
  10. ^ a b 大原『エジプト マムルーク王朝』、258頁
  11. ^ J.C.ガルサン「エジプトとムスリム世界」『ユネスコ・アフリカの歴史』4 下巻収録(D.T.ニアヌ編, 同朋舎出版, 1992年9月)、554頁
  12. ^ a b c d e f 佐藤『マムルーク 異教の世界からきたイスラムの支配者たち』、161頁
  13. ^ 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、212頁
  14. ^ a b c d ヒッティ『アラブの歴史』下、642頁
  15. ^ a b 長谷部「バイバルス」『岩波イスラーム辞典』、740-741頁
  16. ^ a b c d ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、343頁
  17. ^ a b ヒッティ『アラブの歴史』下、640頁
  18. ^ 前嶋『イスラムの時代 マホメットから世界帝国へ』、342頁
  19. ^ a b c d e f 佐藤『マムルーク 異教の世界からきたイスラムの支配者たち』、159頁
  20. ^ a b 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、185頁
  21. ^ 前嶋『イスラムの時代 マホメットから世界帝国へ』、342-343頁
  22. ^ 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、186頁
  23. ^ 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、191-193頁
  24. ^ 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、191-192頁
  25. ^ 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、196頁
  26. ^ a b 大原『エジプト マムルーク王朝』、10頁
  27. ^ 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、198頁
  28. ^ 佐藤『イスラーム世界の興隆』、287頁
  29. ^ 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、197頁
  30. ^ 佐藤『マムルーク 異教の世界からきたイスラムの支配者たち』、159-160頁
  31. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、290-291頁
  32. ^ a b c 佐藤『マムルーク 異教の世界からきたイスラムの支配者たち』、160頁
  33. ^ 大原『エジプト マムルーク王朝』、18頁
  34. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、292-295頁
  35. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、308頁
  36. ^ 大原『エジプト マムルーク王朝』、19頁
  37. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、308-309,333頁
  38. ^ 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、201頁
  39. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、326-329頁
  40. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、329-330頁
  41. ^ 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、203頁
  42. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、335頁
  43. ^ 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、205頁
  44. ^ 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、206頁
  45. ^ ヒッティ『アラブの歴史』下、598頁
  46. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、338頁
  47. ^ a b ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、340-341頁
  48. ^ ヒッティ『アラブの歴史』下、639-640頁
  49. ^ 大原『エジプト マムルーク王朝』、24頁
  50. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、341頁
  51. ^ a b c d e 大原『エジプト マムルーク王朝』、25頁
  52. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、342頁
  53. ^ 佐藤『イスラーム世界の興隆』、296-297頁
  54. ^ a b c d e f 佐藤『マムルーク 異教の世界からきたイスラムの支配者たち』、112頁
  55. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、358頁
  56. ^ a b c ヒッティ『アラブの歴史』下、643頁
  57. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、359-361頁
  58. ^ 佐藤『イスラーム世界の興隆』、300頁
  59. ^ a b 大原『エジプト マムルーク王朝』、42頁
  60. ^ a b 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、214頁
  61. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、63-64頁
  62. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、374-375頁
  63. ^ 佐藤『イスラーム世界の興隆』、310頁
  64. ^ 佐藤『イスラーム世界の興隆』、311頁
  65. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、375-376頁
  66. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、378-379頁
  67. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、380頁
  68. ^ 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、215頁
  69. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、383頁
  70. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』4巻、346-347,384頁
  71. ^ a b ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、10頁
  72. ^ 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、218頁
  73. ^ a b c エリザベス・ハラム『十字軍大全 年代記で読むキリスト教とイスラームの対立』(川成洋、太田美智子、太田直也訳, 東洋書林, 2006年11月)、450-454頁
  74. ^ 伊藤『モンゴルvs.西欧vs.イスラム 13世紀の世界大戦』、134頁
  75. ^ a b 大原『エジプト マムルーク王朝』、43頁
  76. ^ a b c ヒッティ『アラブの歴史』下、599頁
  77. ^ 大原『エジプト マムルーク王朝』、34頁
  78. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、11-12頁
  79. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、13-14頁
  80. ^ a b ヒッティ『アラブの歴史』下、600頁
  81. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、15-16頁
  82. ^ a b c d 大原『エジプト マムルーク王朝』、44頁
  83. ^ 伊藤『モンゴルvs.西欧vs.イスラム 13世紀の世界大戦』、193-194頁
  84. ^ 大原『エジプト マムルーク王朝』、44-45頁
  85. ^ 伊藤『モンゴルvs.西欧vs.イスラム 13世紀の世界大戦』、194頁
  86. ^ 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、220頁
  87. ^ a b 橋口倫介『十字軍騎士団』(講談社学術文庫, 講談社, 1994年6月)、239-240
  88. ^ 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、233頁
  89. ^ 伊藤『モンゴルvs.西欧vs.イスラム 13世紀の世界大戦』、133頁
  90. ^ 前嶋『イスラムの時代 マホメットから世界帝国へ』、344頁
  91. ^ 佐藤『イスラーム世界の興隆』、304頁
  92. ^ 伊藤『モンゴルvs.西欧vs.イスラム 13世紀の世界大戦』、146頁
  93. ^ 前嶋『イスラムの時代 マホメットから世界帝国へ』、345頁
  94. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、48-49頁
  95. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、49-50頁
  96. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、51-52頁
  97. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、53-54頁
  98. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、59頁
  99. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、60頁
  100. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、61頁
  101. ^ a b 大原『エジプト マムルーク王朝』、54頁
  102. ^ 大原『エジプト マムルーク王朝』、54-55頁
  103. ^ a b ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、67頁
  104. ^ a b ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、73頁
  105. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、69頁
  106. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、70-71頁
  107. ^ ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、72頁
  108. ^ a b 佐藤『マムルーク 異教の世界からきたイスラムの支配者たち』、162頁
  109. ^ a b ドーソン『モンゴル帝国史』5巻、80頁
  110. ^ 佐藤『イスラーム世界の興隆』、304-305頁
  111. ^ a b 大原『エジプト マムルーク王朝』、61頁
  112. ^ 佐藤『イスラーム世界の興隆』、297頁
  113. ^ ヒッティ『アラブの歴史』下、640-641頁
  114. ^ 佐藤『イスラーム世界の興隆』、305頁
  115. ^ a b c d 三浦徹「東アラブ世界の変容」『西アジア史 1 アラブ』収録(佐藤次高編, 新版世界各国史, 山川出版社, 2002年3月)、309-310頁
  116. ^ a b 大原『エジプト マムルーク王朝』、256頁
  117. ^ a b 牟田口『物語中東の歴史 オリエント5000年の光芒』、211頁
  118. ^ アミン・マアルーフ『アラブが見た十字軍』(牟田口義郎、新川雅子訳, ちくま学芸文庫, 筑摩書房, 2001年2月)、478-479頁
  119. ^ 佐藤『マムルーク 異教の世界からきたイスラムの支配者たち』、112-113頁
  120. ^ 大原『エジプト マムルーク王朝』、247頁
  121. ^ a b 佐藤『マムルーク 異教の世界からきたイスラムの支配者たち』、113頁
  122. ^ ヒッティ『アラブの歴史』下、641-642頁
  123. ^ 佐藤『イスラーム世界の興隆』、245頁
  124. ^ 大原『エジプト マムルーク王朝』、30頁
  125. ^ 大原『エジプト マムルーク王朝』、249頁
  126. ^ 佐藤『イスラーム世界の興隆』、299-300頁
  127. ^ 大原『エジプト マムルーク王朝』、151-152頁
  128. ^ 佐藤『イスラーム世界の興隆』、300-301頁
  129. ^ 佐藤『イスラーム世界の興隆』、301頁
  130. ^ 大原『エジプト マムルーク王朝』、27-28頁


「バイバルス」の続きの解説一覧



固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「バイバルス」の関連用語

バイバルスのお隣キーワード

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   
検索ランキング



バイバルスのページの著作権
Weblio 辞書情報提供元は参加元一覧にて確認できます。

  
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのバイバルス (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2020 Weblio RSS