ノーベル賞 ノーベル賞の概要

ノーベル賞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/10/27 06:07 UTC 版)

ノーベル賞
the Nobel Prize
受賞対象物理学への貢献
化学への貢献
生理学・医学への貢献
文学への貢献
平和への貢献
経済学への貢献)
スウェーデンノルウェー
主催スウェーデン・アカデミー
スウェーデン王立科学アカデミー
カロリンスカ研究所(スウェーデン)
ノルウェー・ノーベル委員会
初回1901年
公式サイトhttps://www.nobelprize.org/

経済学賞だけはノーベルの遺言にはなく、スウェーデン国立銀行の設立300周年祝賀の一環として、ノーベルの死後70年後にあたる1968年に設立されたものであり[2]ノーベル財団は「ノーベル賞ではない」としている[3][4]

沿革

ノーベルの遺言

ノーベル賞は、スウェーデン語では Nobelpris(et)(ノベルプリース/ノベルプリーセット)、ノルウェー語ではNobelpris(en)(ノベルプリース(ン))という。1895年に創設され、1901年に初めて授与式が行われた。一方、ノーベル経済学賞は1968年に設立され、1969年に初めての授与が行われた。

賞設立の遺言を残したアルフレッド・ノーベル(1833年10月21日 - 1896年12月10日)は、スウェーデンの発明家企業家であり、ダイナマイトをはじめとするさまざまな爆薬の開発・生産によって巨万の富を築いた。しかし、爆薬や兵器を元に富を築いたノーベルには一部から批判の声が上がっていた。1888年、兄のルードヴィがカンヌにて死去するが、このときフランスのある新聞がアルフレッドが死去したと取り違え、「死の商人、死す」との見出しとともに報道した。自分の死亡記事を読む羽目になったノーベルは困惑し、死後自分がどのように記憶されるかを考えるようになった[5][注 1]。1896年12月10日に63歳でノーベルは死去する[6]が、遺言は死の1年以上前の1895年11月27日にパリのスウェーデン人・ノルウェー人クラブにおいて署名されていた[7][8]

この遺言においてノーベルは、「私のすべての換金可能な財は、次の方法で処理されなくてはならない。私の遺言執行者が安全な有価証券に投資し継続される基金を設立し、その毎年の利子について、前年に人類のために最大たる貢献をした人々に分配されるものとする」と残している。彼がこの遺言のために残した金額は彼の総資産の94パーセント、3100万スウェーデン・クローナに及んだ[9]。周辺の人々はこの遺言に疑いを持ったため、1897年4月26日までこの遺言はノルウェー国会において承認されなかった[10]。その後、彼の遺志を継ぐためにラグナル・ソールマンとルドルフ・リリェクイストがノーベル財団設立委員会を結成し、賞設立の準備を行った[11]。賞の名前はノーベルを記念してノーベル賞とされた。1897年4月には平和賞を授与するためのノルウェー・ノーベル委員会が設立され、6月7日にはカロリンスカ研究所(スウェーデン)が、6月9日にはスウェーデン・アカデミーが、6月11日にはスウェーデン王立科学アカデミーが授与機関に選定されて[12]選考体制は整った。賞の授与体制が整うと、1900年にノーベル財団の設立法令がスウェーデン国王オスカル2世(1905年まで兼ノルウェー国王)によって公布された。同年、科学者スヴァンテ・アレニウスもノーベル賞の創設に関わり、1901年、スウェーデン王立科学アカデミーの会員に選ばれたが、これには反対の声もあった。その後はノーベル委員会の物理学部門の委員となり、化学部門でも事実上の委員として活動した。彼はその立場を利用して友人(ヤコブス・ヘンリクス・ファント・ホッフヴィルヘルム・オストヴァルトセオドア・リチャーズ)にノーベル賞を受賞させるよう誘導し、敵対する科学者(パウル・エールリヒヴァルター・ネルンスト)には受賞させないよう画策した(画策は成功しなかった)[13]。1903年、アレニウス自身もスウェーデン人初のノーベル化学賞を受賞した。1905年にノルウェーとスウェーデンは同君連合を解消したが、両国分離後も授与機関は変更されなかった[10]

ノーベル賞はその歴史と伝統などから権威が高く、ノーベル賞に部門のない分野における権威のある賞が「〇〇のノーベル賞」と呼ばれたり(ある分野のノーベル賞として知られる賞の一覧を参照)、不可能に近いことやきわめて困難なことの例えに比喩的にノーベル賞が使われたりする(「それができたらノーベル賞を取れる」など)。

部門

以下の部門から構成される。

特に自然科学部門のノーベル物理学賞、化学賞、生理学・医学賞の3部門における受賞は、科学分野における世界最高の栄誉であると考えられている。近年は生理学・医学賞と化学賞、物理学賞との境界が曖昧な分野が増えてきている。また世界的に関心の高い分野への受賞など社会的なメッセージともとれる例がある[14]

経済学賞について、ノーベル財団は同賞をノーベル賞とは認めておらず[4]、この賞を正式名称(「アルフレッド・ノーベル記念スウェーデン国立銀行経済学賞」)または「ノーベル」を冠しない「経済学賞」と呼ぶ。なお、経済学賞の創設後、環境、数学、建築、音楽など様々な分野の関係者から経済学賞と同様に費用を負担するので「ノーベル記念賞」を創設してほしいとの申し出があったが、新設されていない[4]

複数人による共同研究や、共同ではないが複数人による業績が受賞理由になる場合は、一度に3人まで同時受賞することができる[15]。ただし、同時受賞者の立場は対等とは限らず、受賞者の貢献度(Prize share)に応じて賞金が分割される。なお、性質上「複数人による業績」が考えづらい文学賞は例外で、定数は一度に1人と定められている。また、基本的に個人にのみ与えられる賞であるが、平和賞のみ団体の受賞が認められており[15]、過去に国境なき医師団やICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)などが受賞している。


注釈

  1. ^ また、平和運動についても、考えるようになった。ノーベルは本来は土木工事の安全性向上を目的としてダイナマイトを発明したのであり、それが戦争に用いられたのはその意志に反していたという風聞があるが、実際にはノーベルにとってダイナマイトが戦争目的で使われることは想定内であった。むしろノーベルは、ダイナマイトのような破壊力の大きい兵器が使われること自体が戦争抑止力となることを期待した。死の商人として糾弾されたことは、ノーベルにとってダイナマイトが戦争抑止力として機能しなかったことに対しての衝撃であった(『当った予言、外れた予言』ジョン・マローン著 文春文庫 ISBN 4167308967)。
  2. ^ 但し、ワトソンが売却したメダルは後に落札者であるアリシェル・ウスマノフの意向により、返還された[26]
  3. ^ 朝日新聞社編 『100人の20世紀(上)』 朝日文庫 p237-「山極勝三郎」。ただし、科学ジャーナリストの馬場錬成はその著書『ノーベル賞の100年』(中公新書)の中で、3回にわたるノーベル財団への取材経験から、ノーベル賞選考における日本人差別は「100パーセントないだろう。」と指摘している。また、2004年に(山極が候補となった)1926年の医学生理学賞の選考書類を再調査した文献でもそのような指摘はない(山極の項目を参照)。また、この時すでにインドのタゴールがノーベル文学賞を受賞している。
  4. ^ 自然科学分野では、ヨハネス・ベドノルツカール・アレクサンダー・ミュラーが、酸化物高温超伝導体の発見の論文発表から約1年後の1987年に受賞したのが最短記録。

出典

  1. ^ ノーベル賞 オフィシャルサイト” (英語). NobelPrize.org. 2020年10月9日閲覧。
  2. ^ The Sveriges Riksbank Prize in Economic Sciences in Memory of Alfred Nobel”. 2016年5月5日閲覧。
  3. ^ Not a Nobel Prize, “Nomination and Selection of Laureates in Economic Sciences”, Nobelprize.org, http://www.nobelprize.org/nomination/economic-sciences/ 2016年10月16日閲覧。 
  4. ^ a b c d 「ノーベル経済学賞」は「ノーベル賞」ではない!? - ことばマガジン:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル. 朝日新聞. 2020年4月15日閲覧。
  5. ^ Golden, Frederic (2000年10月16日). “The Worst And The Brightest”. Time (Time Warner). http://www.time.com/time/magazine/article/0,9171,998209,00.html 
  6. ^ Sohlman 1983, p. 13.
  7. ^ Sohlman 1983, p. 7.
  8. ^ von Euler, U. S. (1981年6月6日). “The Nobel Foundation and its Role for Modern Day Science” (PDF). Die Naturwissenschaften (Springer-Verlag). オリジナルの2011-07月14時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20110714080803/http://resources.metapress.com/pdf-preview.axd?code=xu7j67w616m06488&size=largest 2010年1月21日閲覧。 
  9. ^ Abrams 2001, p. 7.
  10. ^ a b Levinovitz 2001, pp. 13–25.
  11. ^ Abrams 2001, pp. 7–8.
  12. ^ Crawford 1984, p. 1.
  13. ^ Patrick Coffey, Cathedrals of Science: The Personalities and Rivalries That Made Modern Chemistry, Oxford University Press, 2008,
  14. ^ 日本放送協会. “ノーベル物理学賞に真鍋淑郎氏 二酸化炭素の温暖化影響を予測”. NHKニュース. 2021年10月5日閲覧。
  15. ^ a b c ウルフ 2002, pp. 29–30.
  16. ^ ノーベル平和賞 (Norway - the official site in Japan)
  17. ^ “ノーベル賞受賞のスタインマン氏、死去していた”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2011年10月3日). オリジナルの2011年10月5日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20111005025751/http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20111003-OYT1T01344.htm 2011年10月3日閲覧。 
  18. ^ AFP (2013年2月26日). “DNA構造発見のノーベル賞メダルが競売に、米NYで4月”. AFPBB News. http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/science-technology/2931095/10352120 2013年6月15日閲覧。 
  19. ^ About the Nobel Prizes”. Nobelprize.org (2013年1月15日). 2013年6月15日閲覧。
  20. ^ 大隅良典栄誉教授がノーベル賞授賞式・晩餐会に出席 | 東工大ニュース | 東京工業大学
  21. ^ カトラリーにかける思い - 山崎金属工業株式会社
  22. ^ “ノーベル賞の賞金、2割減らします…運用益低迷”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2012年6月12日). オリジナルの2012年6月15日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20120615234752/http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20120612-OYT1T00318.htm 
  23. ^ 賞金に税金かかる?湯川博士受賞を機に非課税に 五輪メダリストの報奨金もMSN産経ニュース、2014年10月8日閲覧。
  24. ^ 益川教授「土産はこれだ」 メダルチョコ600個も購入 - asahi.com 2008年12月9日
  25. ^ “Crick's DNA Nobel medal gets $2 million at auction”. ネイチャー. (2013年4月11日). http://www.nature.com/news/crick-s-dna-nobel-medal-gets-2-million-at-auction-1.12790 2017年11月19日閲覧。 
  26. ^ ノーベル賞メダル「お返しします」=落札のロシア富豪-ワトソン博士の元へ”. 時事通信 (2014年12月11日). 2014年12月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年6月21日閲覧。
  27. ^ 露紙編集長のノーベル平和賞メダル、140億円で落札…全額をウクライナの子ども支援に”. 読売新聞 (2022年6月21日). 2022年6月21日閲覧。
  28. ^ “ノーベル賞メダル5億4700万円”. 西日本新聞. (2014年12月6日). http://www.nishinippon.co.jp/wordbox/word/7943/10825 2014年12月7日閲覧。 
  29. ^ 冲中重雄4. 呉先生のシゴキ ― 国際神経学会へ随行」『私の履歴書 第44集』日本経済新聞社、1971
  30. ^ サルトルのノーベル賞辞退の背景、書簡間に合わず 新資料で判明 サイト:AFP通信 更新日:2015年1月5日
  31. ^ ノーベル平和賞(Norway - The official site in Japan)
  32. ^ 小社会 ノーベル文学賞” (日本語). 高知新聞 (2019年10月11日). 2020年10月7日閲覧。
  33. ^ “[寄稿]英語熱が広がる中での韓国文学”. ハンギョレ. (2016年5月27日). http://japan.hani.co.kr/arti/culture/24252.html 2016年12月3日閲覧。 
  34. ^ ケンネ・ファント 服部まこと訳 『アルフレッド・ノーベル伝』 新評論 1996年 68章
  35. ^ トムソン・ロイターのノーベル賞予測:今年のノーベル賞受賞者9名すべてを過去に予測、2011年10月
  36. ^ それぞれが受賞した年の授賞式の日(毎年12月10日)時点で比較すると、ラウスのほうが約1ヶ月年長
  37. ^ a b c d e f g h Fields Institute "Mittag-Leffler and Nobel"






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