ノーベル平和賞 論争と批判

ノーベル平和賞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/11/12 21:36 UTC 版)

論争と批判

医学・物理・化学の科学3賞は、業績に対してある程度客観的な評価と期間を経て選考決定される。しかし、ノーベル平和賞は「現在進行形の事柄に関わる人物」も受賞対象になり、毎年選考に向けて、選考委員に対するロビー活動や政治行動が多く起こるため、選考結果を巡り、世界中で度々論議が起こる。科学3賞や、賞そのものに対して批判のあるノーベル経済学賞と比べ、政治色が強くなりがちである。平和賞受賞者が、その後に世界の失望を招くこともあり、問題視されている[10]

2020年にニューヨーク・タイムズは過去30年間のノーベル平和賞受賞者のうち、当時業績とされたモノは後から考えると欠陥があったり、効果のないものと判明したりした6人の「疑わしい」受賞者として、エチオピアアビィ・アハメド首相(2019年受賞)、ミャンマーアウン・サン・スー・チー国家顧問(1991年受賞)、イスラエルシモン・ペレス首相、同イツハク・ラビン元首相、パレスチナ解放機構ヤーセル・アラファト議長(1994年受賞)、韓国金大中・元大統領(2000年受賞)、アメリカ合衆国バラク・オバマ大統領(2009年受賞)の名を挙げている。ノルウェー・オスロ国際平和研究所のウーダル所長も「最近では現在進行中のことに対して賞を授け、候補者たちが賞に見合った振る舞いをするよう促している」として「これは非常に危険な行為」と指摘している[5]

ノーベル平和賞受賞者の一部は、戦争を助長したと思われる行動を取ったこともあり、「ノーベル平和賞でなくノーベル戦争賞と呼ばなければいけない」という皮肉もある[11]。特に中東和平問題について広瀬隆は、イスラエルパレスチナ解放機構の秘密会談が行われた背景にアラブ人が不利になる可能性を指摘していた[注 1]

ノルウェー外交による政治アピールの側面もあるとの見方もある。2015年10月9日付けの『ディ・ヴェルト』は「ノーベル平和賞における巨大な誤った決定」との見出しで、同紙が疑問に思う『ノーベル平和賞受賞者』を列挙した。

成果の価値の有無で物議を醸すことになった受賞例

独裁政権の母国から批判を招いた受賞者

  • カール・フォン・オシエツキー(1935年授賞、ドイツ(ナチス政権下))やアンドレイ・サハロフ(1975年授賞、ソビエト連邦)、レフ・ワレサ(1983年授賞、ポーランド人民共和国)、アウンサンスーチー(1991年授賞、ミャンマー)、劉暁波(2010年授賞、中華人民共和国)のように、独裁政権の母国で反独裁又は反戦争運動をしている政治犯とされている人物への授賞は、該当国の政府から強い反発を引き起こしている。ナチス・ドイツの「ドイツ芸術科学国家賞」、ソビエト連邦の「レーニン平和賞」、中国の「孔子平和賞」のような、ノーベル賞に対抗した賞がそれぞれの国家によって作られる例もある(但しレーニン平和賞は1949年に「スターリン平和賞」として創設されたもので、サハロフの受賞がきっかけの創設ではない)。
  • 受賞者が政治犯として当事国に拘束されていたり、出国が認められなかった場合には、本人が授賞式に出席できないケースもたびたびある。オシエツキー以後、刑務所に入れられる、あるいは軟禁状態にあるなど、身体を拘束されている最中にノーベル平和賞の授与が決まった人物には、1991年に受賞したアウンサンスーチーと2010年に受賞した劉暁波がいる。サハロフとワレサの場合は妻が、アウンサンスーチーの場合は、国内監禁されていたアウンサンスーチー本人の代わりにミャンマー国外在住の夫と息子が代理出席したが、オシエツキーの場合は代理出席した弁護士が、賞金のみを受け取り横領した。劉の場合は、妻の出国を中国が認めなかったため、家族の代理出席も出来なかった。

受賞しなかったことで疑念を招いたケース

マハトマ・ガンディーはノーベル平和賞を受賞しなかった。死後数十年経ってからノーベル委員会が公表した事実によると、ガンディーは1937年から1948年にかけて前後5回ノーベル平和賞にノミネートされていた(1948年は暗殺の直後に推薦の締め切りがなされた)。これについてノーベル委員会は、ガンディーが最終選考に残った1937年、1947年、1948年の選考に関しウェブサイト上で以下のように述べている[27]

  • 1937年には、彼の支持者の運動が時として暴力を伴ったものに発展したことや、政治的な立場の一貫性に対する疑問、彼の運動がインドに限定されていることへの批判があった。
  • 1947年は、当時インドですでに起きていたヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立への対処に関し、ガンディーが非暴力主義を捨てるかのような発言をしたことで、選考委員の間に受賞に対する疑問が起きた。
  • 1948年は最終候補3人の1人で選考委員からは高い評価を得ていたが、故人に対してノーベル賞を与えられるかどうかで議論が起きた。当時は規定で除外されていなかったが、何らかの組織に所属していなかったガンディーの場合賞金を誰が受け取るかが問題になった。最終的に、受賞決定後に死亡した場合以外は故人に賞を与えるのは不適切だという結論となった。ガンディーがもう1年長生きしておれば、賞を与えられていたと考えるのが合理的であろう。
  • ガンディーがそれまでの他の平和賞受賞者とは異なるタイプの平和運動家であったこと、1947年当時のノーベル委員会には今日のように平和賞を地域紛争の平和的調停に向けたアピールとする考えがなかったことが影響している。委員会がイギリスの反発を恐れたという明確な証拠は見当たらない。

注釈

  1. ^ 広瀬は根拠を示すために、まず当事者のイスラエル、会場の山荘を提供したen:Orkla Group、その実質的な支配者であるen:Nobel Industriesハンブローズ銀行ヴァレンベリ家、そしてロスチャイルドを家系図と役員兼任関係で纏め上げた[12]
  2. ^ ロバート・ベーデン・パウエルに決定していたが、第二次世界大戦勃発により賞自体が取り消された。
  3. ^ 遺贈
  4. ^ 受賞辞退

出典

  1. ^ a b ノーベル賞の国際政治学 -ノーベル平和賞の歴史的発展と選考過程-,吉武信彦,高崎経済大学地域政策学会,地域政策研究,vol.13-4,pp.23-40,2011-02
  2. ^ a b c d ノーベル平和賞、在ノルウェー日本国大使館
  3. ^ ノーベル賞のメダル”. アワードプレス. 2017年10月4日閲覧。
  4. ^ 2016年は誰が手にした? ノーベル平和賞なんていらない理由” (日本語). ITmedia ビジネスオンライン (2016年11月17日). 2020年11月16日閲覧。
  5. ^ a b 金大中・オバマ・スーチー…米紙が選ぶ「疑わしいノーベル平和賞」(朝鮮日報日本語版)” (日本語). Yahoo!ニュース. 2020年11月16日閲覧。 “ NYTは同日「疑わしいノーベル平和賞受賞者の増加」と題する記事で「ノーベル平和賞は過去30年間で最低でも6回、受賞前あるいは受賞後の言動に価値がない、場合によってはばかげていると見なされる人物を選んだ」と報じた。”
  6. ^ なぜノーベル平和賞の受賞者は、その後に世界の「失望」を招くのか” (日本語). Newsweek日本版 (2017年10月4日). 2020年11月16日閲覧。
  7. ^ a b c d e f g h Facts on the Nobel Peace Prize - ノーベル賞公式サイト(英語)
  8. ^ 武田知弘 『なぜヒトラーはノーベル平和賞候補になったのか』ビジネス社、2019年10月15日、65頁。ISBN 978-4-8284-2136-0 
  9. ^ The Nobel Prize Amounts - ノーベル賞公式サイト(英語)
  10. ^ なぜノーベル平和賞の受賞者は、その後に世界の「失望」を招くのか”. アワードプレス. 2017年10月4日閲覧。
  11. ^ “今回はマララさん…「ノーベル平和賞は論争を呼ぶ賞」”. 中央日報. (2014年10月13日). http://japanese.joins.com/article/214/191214.html 2014年10月13日閲覧。 
  12. ^ 『地球のゆくえ』 集英社 1994年 系図8 一九九三年中東和平秘密会談の内幕
  13. ^ “スーチー氏のノーベル平和賞は剥奪せず 選考委員会”. CNN (CNN.co.jp). (2018年8月30日). https://www.cnn.co.jp/world/35124851.html 
  14. ^ ノーベル平和賞はしばしば政治的に使われていた ロケットニュース24
  15. ^ Federation of Social Workers (IFSW) – IFSW supported nomination of Irena Sendler for Nobel Peace Prize. IFSW. 2010年12月10日閲覧
  16. ^ “オバマ大統領へのノーベル平和賞授与に批判-「早まった聖人化」”. ブルームバーグ. (2009年10月10日). http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920008&sid=a1Yq5eJ2DR7U 2011年1月29日閲覧。 
  17. ^ クリストファー・ヒッチェンズ (2009年12月22日). “あまりに軽いオバマのサプライズ受賞”. ニューズウィーク. http://newsweekjapan.jp/stories/2009/12/post-849.php 2011年1月29日閲覧。 
  18. ^ “Obama:Nobel Peace Prize is call to action”. CNN. (2009年10月9日). http://articles.cnn.com/2009-10-09/world/nobel.peace.prize_1_norwegian-nobel-committee-international-diplomacy-and-cooperation-nuclear-weapons?_s=PM:WORLD 
  19. ^ “アフガン病院誤爆 国連、「戦争犯罪の可能性も」”. CNN (CNN.co.jp). (2015年10月5日). http://www.cnn.co.jp/world/35071433.html 2016年4月26日閲覧。 
  20. ^ 『中国新華社「平和賞の名声損なう」と批判論評』 産経新聞2012年10月13日
  21. ^ 『授賞は「悲劇的過ち」チェコ大統領」と批判論評』産経新聞2012年10月13日
  22. ^ “「政治的」また批判の声 実績より期待感後押し”. 産経新聞. (2012年10月13日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/121013/erp12101300480003-n1.htm 
  23. ^ “イラン国会、「西側は、ノーベル平和賞を政治的に利用」”. イラン・イスラム共和国放送. (2012年10月13日). http://japanese.irib.ir/news/latest-news/item/32455-%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%B3%E5%9B%BD%E4%BC%9A%E3%80%81%E3%80%8C%E8%A5%BF%E5%81%B4%E3%81%AF%E3%80%81%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AB%E5%B9%B3%E5%92%8C%E8%B3%9E%E3%82%92%E6%94%BF%E6%B2%BB%E7%9A%84%E3%81%AB%E5%88%A9%E7%94%A8%E3%80%8D 
  24. ^ 「若過ぎる」と懸念も=マララさん、一躍人権のヒロインに―ノーベル平和賞 時事通信2014年10月10日
  25. ^ エチオピア軍が北部州政府と「戦争突入」 ノーベル平和賞の首相が命令”. AFP (2020年11月6日). 2020年11月26日閲覧。
  26. ^ エチオピア首相、北部勢力への「最終」攻勢を命令”. AFP (2020年11月27日). 2020年11月26日閲覧。
  27. ^ http://nobelprize.org/nobel_prizes/peace/articles/gandhi/index.html
  28. ^ Nobel Media AB 2014 (2014年10月10日). “The Nobel Peace Prize 2014 - Press Release”. Nobelprize.org. 2021年4月29日閲覧。


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