ナマズ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/03/12 09:30 UTC 版)
文化
日本では、その独特な外観と生態から古くから親しまれ、さまざまな文化・伝承に取り込まれてきた。伝統的な郷土玩具にも、「鯰押さえ」などナマズを題材にしたものが見られる。
地震とナマズ
日本では、地震の予兆としてナマズが暴れるという俗説が広く知られている[32]。地面の下は巨大なナマズ(大鯰)がおり、これが暴れることによって大地震が発生するという迷信・民俗も古くからある。
ナマズが地震の源であるとする説は江戸時代中期には民衆の間に広まっていたが、そのルーツについてはっきりしたことはわかっていない。ナマズと地震の関係について触れた書物としては古く『日本書紀』にまで遡ることができるといわれる[33]。安土桃山時代の1592年、豊臣秀吉が伏見城築城の折に家臣に当てた書状には「ナマズによる地震にも耐える丈夫な城を建てるように」との指示が見え[22]、この時点で既にナマズと地震の関連性が形成されていたことがうかがえる。江戸時代の『安政見聞録』には安政大地震前にナマズが騒いでいたことの記述がある[33]。安政大地震の直後には200種を超える鯰絵が出回った[32]。
一般には地震とナマズの関係は俗信とされてきた。ただ、魚類は音や振動に敏感で、特にナマズは電気受容能力に長けており、電場の変化にも敏感であることから地震予知能力があることも考えうるとされ、今後の研究に委ねられている[34]。
日本の伝統絵画に描かれたナマズ
瓢鮎図
日本におけるナマズを題材とした絵画のうち、代表的な1枚が室町時代の画僧、如拙による「瓢鮎図」(ひょうねんず、「鮎」は中国式の表記)である。ぬめった皮膚のナマズを滑らかなヒョウタンでいかに押さえるか、という禅問答のテーマを描いた水墨画であり、現在では国宝に指定されている。本図に描かれた瓢箪とナマズの組み合わせは、後世のナマズ画にも多大な影響を与えている(後述)。
大津絵
瓢箪とナマズ、というユニークな画題は後年の民画や浮世絵にも取り入れられた。滋賀県大津宿の民俗絵画である大津絵では、ヒョウタンを持った猿がナマズを押さえつけようとする姿を滑稽に描いた作品が数多く作られている。ほとんどが作者不詳であるこれらの作品は「瓢箪鯰」と総称され、「大津絵十種」(大津絵の代表的画題)の一つとして親しまれた。
鯰絵
瓢鮎図から大津絵という系譜を経たナマズが、最も多種多彩な構図で描かれたのが幕末の江戸で流行した鯰絵である。鯰絵とはナマズを題材にした無届の錦絵(多色刷りの浮世絵の一種)で、1855年に関東を襲った安政の大地震の直後から、江戸市中に広く流布した。地震の原因と考えられた大鯰を懲らしめる図や、復興景気に沸く職人たちの姿など、地震直後の不安定な世相をさまざまな視点から滑稽に描き出した鯰絵は庶民の間で人気を呼び、少なくとも250点以上の作品が出版された。
鯰山車
岐阜県大垣市の大垣八幡神社の例祭、大垣祭では鯰軕(なまずやま)と呼ばれる山車が参加する。金の瓢箪をもった老人がナマズを押さえつけようとするからくりが乗せられており、同市の白鬚神社例祭においても、同様の山車がみられる。両祭の鯰山車は、岐阜県の重要有形民俗文化財に指定されている。
ナマズの伝承
ナマズにまつわる伝承が日本各地で知られている。琵琶湖の竹生島にある都久夫須麻神社(竹生島神社)には、ナマズが龍に変身して(あるいは龍から大鯰となって)島と神社を守護するという縁起(言い伝え)が古くからある[22]。島の守り神であるナマズを安易に捕ることは許されないという当時の考えにより、同じく竹生島にある宝厳寺(神仏習合の思想に基づき、明治時代以前は竹生島神社と一体であった)から湖岸の村役に対し毎年「鯰免状」が与えられ、ナマズを食用とすることを許可されていた。免状の発行そのものは例祭的な意味合いが強く、漁業権との実際的な関わりは薄かったとみられている。
中国地方では、ナマズギツネという老いたナマズが、夜に小川で魚が昇ってくるような音をたて、人が音に近づくたびに上流へ上流へと逃げて行くという[35]。また群馬県前橋市の清水川にはオトボウナマズという主が住んでおり、「おとぼう、おとぼう」と言いながら釣り人を追いかけるという説話がある[36]。
九州でも、ナマズが神格化されている地方がある。熊本県阿蘇市に総本社をおく阿蘇神社の氏子はナマズを神の使いとして信仰し、捕獲・食用はタブーとされている[37]。また、佐賀県では淀姫神社の使いとされ、ナマズを食べると病気になるとして食用にしない風習がある[38]。
愛称・マスコットとしてのナマズ
近代以降、ナマズの名前や姿を、愛称・マスコットとして用いることも増えている。小学館発行の雑誌(現在ではビッグコミックとその派生雑誌、週刊少年サンデーといった漫画雑誌。かつては「FMレコパル」「テレパル」等も)ではナマズを象ったシンボルマークが用いられ、表紙などに描かれている。また、1937-88年に名古屋鉄道(名鉄)で運用されていた850系電車は、その姿形から「ナマズ」と呼ばれ親しまれた。「Namazu」は日本で広く用いられている、コンピュータ用の全文検索システムである。前項にもある通り地震との繋がりがあるために地震・災害関係のマスコット(緊急地震速報利用者協議会のゆれるん・上記看板にある緊急交通路のキャラクター)としてナマズが取り上げられることも多い。
MLBで活躍し、アメリカ野球殿堂にも選出されたジェイムズ・オーガスタス・ハンターは「キャットフィッシュ・ハンター」の愛称で広く知られる。この愛称はハンターの趣味がナマズ釣り(ナマズは英語で catfish)であることから所属チームのオーナーによって付けられた。
K-1で活躍しているキックボクサーの芦澤竜誠のニックネームでもある。
埼玉県吉川市は、ナマズをモデルとした「なまりん」を市のイメージキャラクターとしている[39]。
注釈
- ^ 2018年8月17日に滋賀県立琵琶湖博物館などのチームにより発見された。
出典
- ^ a b 河野友美「ナマズ」『日本大百科全書』小学館、1987年。
- ^ 中村守純「ナマズ」『世界大百科事典』平凡社〈2009年改定新版〉、2009年。
- ^ 川那部・水野 1989, pp. 412–415.
- ^ 『アジアと漢字文化』放送大学教育振興会、2009年 p.252,256
- ^ a b 田崎・金澤 2001, pp. 5–6.
- ^ 川那部 2008, pp. 34–46.
- ^ 松沢陽士・瀬能宏、『日本の外来魚ガイド』、文一総合出版、2008年、p20
- ^ 『本朝食鑑』1697年(元禄10)画像「ナマズは淀川、琵琶湖と諏訪湖にのみ生息している」
- ^ 『日東魚譜』 1741年(元文6)画像「もとは関西に分布し関東にナマズはいなかったが、1728年 (享保13、14は誤記)の大洪水以降、よく見かけるようになった」
- ^ 『両羽博物図譜』 画像「元来最上川下流部には生息していなかったが天保末(1844年)の頃より増えだした」
- ^ 田崎・金澤 2001, pp. 6–7.
- ^ 江島 2008, p. 172.
- ^ 田崎・金澤 2001, pp. 7–9.
- ^ “Fisheries and Aquaculture Department”. FAO. 2008年11月14日閲覧。
- ^ 神山典士『新・世界三大料理 和食はなぜ世界料理たりうるのか』PHP文庫、2014年[要ページ番号]
- ^ 『るるぶ ベトナム・アンコールワット』2013年、25頁
- ^ 田崎・金澤 2001, pp. 40–43.
- ^ 寄生虫とのつきあいかた -魚介類の寄生虫と食品衛生- 中央水研ニュースNo.19(平成10年1月発行) 中央水産研究所
- ^ 顎口虫の概要 食品安全委員会 (PDF)
- ^ a b c d 寺嶋昌代、萩生田憲昭:世界のナマズ食文化とその歴史 日本食生活学会誌 Vol.25 (2014) No.3 p.211-220
- ^ 川那部・水野 1989, pp. 416–419.
- ^ a b c 川那部 2008, pp. 47–102.
- ^ 『鯰<ナマズ>』 pp.121-134 「シーボルトの足跡とナマズ」(執筆者:川那部浩哉)
- ^ a b ナマズの種苗生産技術 埼玉県農林総合研究センター水産研究所
- ^ “熊丸敦郎:ナマズの養殖技術に関する研究-Ⅰ ナマズの飼育特性について” (PDF). 茨城県内水面水産試験場調査研究報告 第36号(2000). 2015年5月8日閲覧。
- ^ ナマズの種苗生産試験 埼玉県水産試験場研究報告 57号, p.40-42(1999-03)
- ^ 千葉県印旛沼におけるナマズ人工種苗の放流効果 千葉県水産総合研究センター研究報告 (3), 21-28, 2008-03
- ^ “見た目も味もそっくり「ウナギ味のナマズ」 近大が開発に成功 最初は「涙が出るほどまずかった」が…”. ITmediaニュース(株式会社アイティメディア). 2015年5月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年7月17日閲覧。
- ^ 『小学館入門百科シリーズ81 川づり入門』(小学館・1978)。
- ^ 不破茂:郷土鹿児島が生んだ昭和の釣りの碩学松崎明治を語る 鹿児島大学附属図書館水産学部分館所蔵「松崎文庫展」講演会要旨, 平成26年7月18日
- ^ “ジッターバグとナマズ釣り[鯰釣vol.4]”. ルアーライフマガジン. 株式会社アイ・ビー・アイ メディア事業部. 2018年12月18日閲覧。
- ^ a b “港区立 港郷土資料館へ行ってみよう! 第11号”. 東京都港区立港郷土資料館. 2019年10月25日閲覧。
- ^ a b 日本おさかな雑学研究会 2002, p. 122.
- ^ 日本おさかな雑学研究会 2002, pp. 122–123.
- ^ 村上健司 『妖怪事典』 毎日新聞社、2000年、248頁。
- ^ 多田克己 『幻想世界の住人たち IV 日本編』 新紀元社、1990年、149頁。
- ^ 滋賀県立琵琶湖博物館 2003, pp. 34–38.
- ^ 水木しげる 『妖鬼化 5 東北・九州編』 Softgarage、2004年、129頁。
- ^ イメージキャラクター名称は「なまりん」に決定!市民まつりで発表(平成22年11月21日)吉川市ホームページ(2017年12月25日閲覧)
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