トリアージ 歴史

トリアージ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/30 07:08 UTC 版)

歴史

元々はフランス軍衛生隊が始めた、野戦病院でのシステムである。 その始祖はドミニク・ジャン・ラレィフランス語版で、フランス革命後の数々の戦争で、戦傷者を身分に関係なく医学的必要性だけで選別した。それ以前の戦場医療は、患者の身分や社会的必要性で選別され、重傷度に関係なく身分の高い貴族から優先して治療されていた。フランス革命により民主主義が誕生した事で、身分に関係の無い、純粋に医学的必要性のみによる治療の選別が始まった。

フランス革命からナポレオン戦争の時代になるとトリアージの意味は変化し、軍事的必要性で選別する方式へと変質した。治療に多くの医療資源を消費する重傷者は見捨てられ、戦線復帰が可能な軽傷者を優先して治療し早期の戦力回復を図るようになった。これは民主主義に根ざした平等型トリアージではなく、社会的・軍事的必要性の高い人物に医療資源を集中してシステム全体の維持を図る全体主義による差別型トリアージである。このような手法は合理的である一方、重傷者と判定された患者は満足な治療を受けられず、兵舎病院に収容されても不衛生な環境により死ぬか感染症による手足の切断などの障害を負う事態になった。

イギリス軍はクリミア戦争で差別型トリアージを導入したが、戦闘による死者よりも兵舎病院に収容された負傷兵の病死数が上回り、収容された負傷兵の悲惨な状況をロンドン・タイムズが報じると、本国では厭戦ムードが漂った。ただし病院の運営法を改善することで防げることであり、戦地に派遣されたフローレンス・ナイチンゲールが兵舎病院の衛生状態を改善すると、2月に約42%だった死亡率は4月に14.5%、5月に5%と大幅に下がった。しかし戦後には各国で障害者や戦争未亡人が多く発生し財政を圧迫するなど、差別型トリアージは人道・軍事・政治など各方面にマイナスとなることが判明した。

これ以後、医療倫理ではトリアージは「非道」とする考えが主流となり、民主主義思想の強い国の軍隊では導入を忌避されるようになった。特にアメリカ軍第一次世界大戦から第二次世界大戦までトリアージに否定的だった。トリアージは傷病者が医療資源を超えてしまう野戦病院で行われており、本来は医療資源が豊富であれば必要が無い。このため、医療資源が豊富だったアメリカ軍では後方への迅速な移送を重視し大型の輸送機を導入したが、トリアージの導入は遅く、初めて組織的導入が行われたのは朝鮮戦争の時である。

現代の軍隊では全ての兵士が基本的な応急処置の講習を受けることを前提とし、差別型トリアージを改良した手法が主流である。第一線救護処置として軽傷者は医療キットによる自己治療か応用的な救護法を訓練した兵士や衛生兵が処置して復帰、重傷者は仲間が野戦病院に搬送し医官が容態を安定させるダメージコントロール処置を行い、設備の整った後方に移送することで、戦力を即座に回復させつつ資源の集中と兵士を見捨てない人道性を確保している[21]

現代の救急医療でのトリアージは、野戦病院のシステムが民間医療に逆輸入されたものである。

日本における歴史

日本では1888年明治21年)に森鷗外がヨーロッパからトリアージのシステムを持ち帰っていた。しかし、1889年(明治22年)に陸軍衛生教程が編纂された時に、日本ではトリアージの導入を行わなかった。森鴎外や石黒忠悳ら当時の軍医のトップたちは、トリアージが赤十字国際条約で禁止されている「差別的治療」に当たるとして日本では導入しないことにした。しかし、野戦病院のシステムはトリアージを行うことを前提に構築されているため、トリアージ無しではシステムが機能しなくなるという問題があった。そのため、日本では「分類はするが優先順位はつけない」という欧米のトリアージを変形させた独自の手法になった。その後、優先順位無しでは不便も多いことから、1923年大正12年)に陸軍軍医総監の石黒大介はトリアージを行わない建前で、軍医関係者にだけ順位が分かるような隠語的な優先順位をつける方式へ変化させた。このシステムは満州事変で初めて大々的に行われた。なお、日本軍では「在隊治癒可能な微傷者」「自分で歩ける徒歩可能者」「担架で搬送しなければならない重傷者」「助かる見込みの無い死者」に分類していた。

日本軍式のトリアージは第二次世界大戦(太平洋戦争)後に日本軍の解体と共に失われた。自衛隊では現代の軍隊で主流の軽傷者を優先して復帰させるトリアージを導入している。

1994年平成6年)の中華航空機墜落事故の際、消防医師会などで様式が異なり、現場が混乱したことを教訓に、1996年(平成8年)に現在の標準様式が定められたという[22]

2019新型コロナウイルスの流行

2020年3月、イタリアでは2019新型コロナウイルスの感染流行が深刻化した。ロンバルディア州では、ICUが800床に対して治療を要する患者が1100人を超えたことから、人工呼吸器の挿管の判断を通じて医師によるトリアージが行われた[23]




注釈

  1. ^ フランス語発音: [tʁijaʒ] トゥリヤージュ
  2. ^ 英語発音: [ˈtriːɑːʒ] トゥ(ー)アージュ、[triːˈɑːʒ] トゥリ(ー)ージュ

出典

  1. ^ 英語辞書 Cambride Triage”. 2020年7月30日閲覧。
  2. ^ a b 空飛ぶトリアージタグによる災害医療の効率化と安全化”. 医療安全推進者ネットワーク. 2020年4月16日閲覧。
  3. ^ a b c d Urgent and emergency care services in England”. 国民保健サービス. 2015年12月1日閲覧。
  4. ^ Out-of-hours services”. 国民保健サービス. 2015年12月1日閲覧。
  5. ^ a b トリアージ”. 原子力規制委員会. 2013年5月29日閲覧。
  6. ^ “南海トラフ地震対策で最終報告 内閣府、避難所は弱者優先”. 共同通信社. 47NEWS. (2013年5月28日). http://www.47news.jp/CN/201305/CN2013052801001910.html 2013年5月29日閲覧。 
  7. ^ “南海トラフ、避難所利用に優先順位…最終報告”. 読売新聞. (2013年5月28日). http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20130528-OYT1T01109.htm 2013年5月29日閲覧。 
  8. ^ Mehta S (April 2006). “Disaster and mass casualty management in a hospital: How well are we prepared?”. J Postgrad Med 52 (2). https://tspace.library.utoronto.ca/bitstream/1807/6941/1/jp06028.pdf. 
  9. ^ : simple triage and rapid treatment
  10. ^ http://ops.umin.ac.jp/ops/jijou/060303triage.html
  11. ^ 毛細血管再充満時間 日本災害医学会 用語集
  12. ^ Slater RR (January 1970). “Triage nurse in the emergency department”. Am J Nurs (Lippincott Williams &#38) 70 (1): 127–9. doi:10.2307/3421031. JSTOR 3421031. PMID 5196143. 
  13. ^ a b c トリアージハンドブック(トリアージ研修テキスト)”. 2015年8月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年8月26日閲覧。
  14. ^ 実際には東日本大震災における福島第一原子力発電所周辺などの状況下では、けが人が多く全く治療が追いつかないなどの理由で、必ずしも救命不可能ではない者をこちらに分類する事例がある。
  15. ^ 陸上自衛隊朝霞駐屯地 東部方面衛生隊
  16. ^ 色覚の本質 - 日本眼科医会 p.5-6、13
  17. ^ トリアージタグ改善へ…救急医学会が検討 社会 YOMIURI ONLINE(読売新聞)2013年11月2日
  18. ^ アメリカ合衆国(ニューヨーク)在外公館医務官情報日本国外務省ホームページ2012年6月10日閲覧
  19. ^ 医療法人健育会西伊豆病院・仲田和正「イスラエル国防軍医療部隊(要約)」2011年
  20. ^ NIKKANEN H. E.; POUGES C.; JACOBS L. M. (1998). “Emergency medicine in France”. Annals of Emergency Medicine 31 (1): 116–120. doi:10.1016/S0196-0644(98)70293-8. PMID 9437354. http://cat.inist.fr/?aModele=afficheN&cpsidt=2115418. 
  21. ^ 自衛隊の第一線救護における適確な救命について
  22. ^ 災害時のトリアージ…妊産婦ら識別体制 必要 : 知りたい! : yomiDr./ヨミドクター(読売新聞) 2013年12月13日
  23. ^ アングル:イタリア最悪の医療危機、現場に「患者選別」の重圧”. ロイター (2020年3月18日). 2020年3月18日閲覧。




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