デトロイト 歴史と現在

デトロイト

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/09 01:56 UTC 版)

歴史と現在

成り立ち

1701年7月24日にフランスの探検家アントワーヌ・ド・ラ・モト・カディヤックがフォート・デトロイトを築いたのが始まりとされる。名称はフランス語で「水道」を意味する「ル・デトロワ(Le Détroit)」に由来し、セントクレア湖とエリー湖デトロイト川が結んでいる同地の地形から名付けられた。

モーターシティ

1805年の大火の後に計画都市としてオーガスタス・ウッドワード英語版裁判官によって都市が設計され、その後ピーター・シャルル・ランファンへと引き継がれる。元々馬車自転車製造が盛んだったが、1899年自動車工業が興る。

そして1903年ヘンリー・フォード量産型の自動車工場を建設し、「T型フォード」のヒットとともにアメリカで一番の自動車工業都市として発展した。後にゼネラルモーターズとクライスラーが創業し、フォード・モーターと共にビッグスリーと呼ばれた。パッカードなどそれ以外の自動車メーカーもあって市はモーターシティ(モータウン)と呼ばれるようになり、全盛期には180万の人口を数えたが、その半数が自動車産業に関わっていた。

没落

デトロイト暴動(1967年7月23日)

デトロイトの繁栄を支えた要素の1つとして南部から移住してきた多くのアフリカ系アメリカ人労働者の存在があった。彼らの多くは低賃金の仕事のみを許され、ゾーニングによってスラムと認定された地域に押し込められていた。しかし、1948年に行われたシェリー対クレーマー事件の最高裁判所の判決によって白人の居住地域から黒人を締め出すことが憲法違反とされたことから、反発を受けながらもデトロイトの黒人居住区は拡大を始め、対してホワイト・フライトと呼ばれる白人の郊外への脱出現象が出現する[2]。同時期に自動車産業も郊外へと移転が行われるようになり、デトロイトは1948年から20年の間に13万人の雇用を失った[2]

1967年7月にアフリカ系アメリカ人による大規模なデトロイト暴動が市内で発生して多数の死傷者を出し、ホワイト・フライトは加速した[2]1970年代頃から安価・安全・コストパフォーマンスに優れた日本車の台頭により自動車産業が深刻な打撃を受けると、企業は社員を大量解雇し、下請けなどの関連企業は倒産が相次いで市街地の人口流出が深刻となった。同時にダウンタウンには浮浪者が溢れ、治安悪化が進んだ(インナーシティ問題と呼ばれる)。

この様な状況を見て、1970年代にはダウンタウン周辺に高層ビル・コンプレックス「ルネサンス・センター」(GM本社がテナントに入った)を建設したが好転せず、日本バブルを謳歌していた頃、特に市況はどん底に陥っていた。その頃には、中国人の移民の若者ビンセント・チンが、反日感情を高ぶらせた白人失業者に日本人と間違えられて殺害されるという事件も発生した(デトロイト大都市圏における日本人の歴史ジャパンバッシングも参照)。荒れ果てた市街地を逆手に取り映画ロボコップ」などのモデルとなったのもこの頃である(実際にロケを行ったのはさながら未来都市の景観を呈していたダラスであった)。

事態を重く見た市は、1990年頃から大規模な摩天楼が林立するルネサンス・センターをシンボルに都市再生を目指し、ダウンタウンには新交通システム: People mover - ピープルムーバー)が設けられている。日本総領事館も、邦人から治安のいい郊外に設置するよう強い希望があったが、デトロイト市行政当局の運動に協力する意味合いを含めて市街地に設置した経緯がある。また、自動車以外の産業を育てるべく、映画産業の振興も行った[3]

だが、限られた街区を更地にして巨大オフィスビル群を建設するルネサンス・センターの手法は、周囲の荒廃した地域に及ぼす波及効果が低く、都市再生の手法としてはあまり成功していない。依然としてダウンタウン周辺の空洞化は続いており、ダウンタウンには駐車場空地、全くテナントのいない高層ビルも多く、具体的な解決を見ていない。また、富裕層は郊外に移住して貧賤な層が取り残され、治安の改善もあまり進んでいないのが現状である。荒廃した地域では一戸建ての住宅が1ドルで販売されているところもある。

2008年リーマン・ショック後の金融危機でゼネラルモーターズクライスラーが破綻に追い込まれたが、その後経営状態は回復した。しかし、いずれの自動車会社も経営改善を進める中で生産設備の海外移転が進み、これら自動車会社の先導によるデトロイトの再開発は困難となった[3]

世界5大モーターショーの1つである北米国際オートショーの伝統的な開催地となっている他、自動車の殿堂ヘンリー・フォード・ミュージアムを初めとする自動車関連の博物館など、デトロイトが依然として全米随一のモーターシティーであることには変わりないが、市当局が産業構造の変革を模索しているのも事実である。

財政破綻

なお、2011年あたりから他業種の研究機関などもミシガン州を中心に進出が相次ぐなど、全米の他都市と比較しても経済状況は回復しつつあり、2011年の1月から2月の間に失業率が約1パーセント減少するなどしている。それだけに、市は治安で特にインナーシティの環境改善が急務であり、1920年代に建設されて荒廃したままになっているビル群の再開発・再利用・郊外企業のダウンタウンへの移転などに取り組んでいた。

2013年3月にリック・スナイダー州知事はデトロイト市が債務超過の状態にあることからその財政危機を宣言し、緊急財務管理者を任命した。それに伴い、同年6月にスタンダード&プアーズは財政破綻の懸念からデトロイト市の格付けをCCCマイナス、見通しをネガティブに引き下げた[4]

2013年7月18日財政破綻の声明を発表し、ミシガン州連邦地方裁判所連邦倒産法第9章適用を申請した。負債総額は180億ドル(約1兆8000億円)を超えるとみられ、財政破綻した自治体の負債総額で2013年当時において全米一となった[5][6][7][8][9][10]

市の発表している統計では子供の6割が貧困生活を強いられており、市民の半分が読み書きもできず、市内の住宅の3分の1が廃墟又は空き部屋となっており、市民の失業率(U3[注 1])は18パーセントに達する。また、警官が通報を受けて現場に到着する平均時間は、人手不足のために58分かかる[11]

再生

それから数年後、2018年現在のデトロイトの失業率は7パーセント台にまで回復するなど急激に景気が回復しており、また、全米各地から労働人口が流入している。スラム化したダウンタウンには活気が戻り、空洞化したオフィスビルには人が出入りしてオフィス占有率は90パーセント台まで回復し、激減した市域人口も下げ止まりした。下落した地価を逆手に取って、安い賃金を武器に積極的なスタートアップ企業やエンターテイメント産業を誘致した結果である。

また、多くの市民もデトロイトの再興を実感し始めており、雇用者は増大して生活水準も大幅に改善されている。デルタ航空ハブ空港を置き、Q LINEという路面電車(LRT)も稼働開始した。ウォーターフロント地区の再開発を皮切りに、スポーツやカルチャーに新たな資金が投入されている。その一方で急激に変化した地価、家賃、郊外に居留まる富裕層を呼び戻す動線、公共交通網の不足など課題も山積みの状態である。[12][13]

また、主要産業の一角であって自動車産業も「国内の雇用回復」をモットーとしたドナルド・トランプの経済政策により、メキシコなどへの工場の海外流出が阻止された一方で、国内工場誘致に対する優遇制度、企業法人税などの減税により、フィアット・クライスラーゼネラル・モーターズフォード・モーターともどもデトロイト近郊の工場の雇用拡大を実施することが実現し、数千人単位の雇用が戻った。フォード創業家会長は北アメリカオートショーにて「デトロイトは、カムバックした街の仲間入りを果たした」と宣言しているなど、回復が見られている。[14]また、それに付随して産業用ロボットなどのロボット産業が盛んとなっており、ABB川崎重工[15]ファナック[16]などが研究開発、製造拠点を置くなど、全米最大規模のロボット産業都市となっている。


注釈

  1. ^ 長く仕事が見つからず働く意欲を失った縁辺労働者や、食いつなぐために短期の非正規雇用で働いている人が分子から除外される尺度

出典

  1. ^ 2020 Population and Housing State Data”. United States Census Bureau. 2022年3月26日閲覧。 アーカイブ 2021年8月24日 - ウェイバックマシン
  2. ^ a b c 西村幸夫(編)『都市経営時代のアーバンデザイン』 学芸出版社 2017年、ISBN 978-4-7615-3228-4 pp.42-45.
  3. ^ a b c d 「デトロイト、米最悪都市の末路 GM破綻、犯罪増、人口減…」『日経ビジネス』2009年6月15日号 『株式会社日経BP
  4. ^ 米デトロイト市を「CCCマイナス」に格下げ=S&P(ロイター通信 2013年6月13日) アーカイブ 2014年2月2日 - ウェイバックマシン
  5. ^ BUNKRUPTCY PETITION COVER SHEET (PDF) (英語)
  6. ^ CITY OF DETROIT PROPOSAL FOR CREDITORS (PDF) (英語)
  7. ^ “Billions in Debt, Detroit Tumbles Into Insolvency”. The New York Times (The New York Times Company). (2013年7月19日). オリジナルの2013年7月18日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130718214946/http://www.nytimes.com/2013/07/19/us/detroit-files-for-bankruptcy.html 2013年7月19日閲覧。 (英語)
  8. ^ “Detroit's bankruptcy to set off pitched battles with creditors, pensions, unions”. Detroit Free Press (Detroit Free Press). (2013年7月18日). オリジナルの2013年7月21日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130721044941/http://www.freep.com/article/20130718/NEWS01/307180107/ 2013年7月18日閲覧。 (英語)
  9. ^ “Detroit's bankruptcy and its sweeping impact: What we know so far”. Detroit Free Press (Detroit Free Press). (2013年7月18日). オリジナルの2013年7月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130724103238/http://www.freep.com/article/20130718/NEWS01/307180162 2013年7月18日閲覧。 (英語)
  10. ^ “米デトロイト市が財政破綻=負債1.8兆円、自治体で最大-かつて繁栄「自動車の街」”. 時事ドットコム (時事通信社). (2013年7月19日). オリジナルの2014年2月3日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140203104215/http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2013071900083 2013年7月19日閲覧。 (日本語)
  11. ^ ベンジャミン・フルフォード 『アメリカがひた隠す日米同盟の真実』 青春出版 2014年2月 P 144-145
  12. ^ 破産を乗り越えて「再生」へ向かう都市、デトロイトの現在──新たな文化の誕生と、立ちはだかる課題 アーカイブ 2019年1月1日 - ウェイバックマシン
  13. ^ アメリカ デトロイト訪問記 :財政破綻からの再生を図る街の「陰」と「陽」 アーカイブ 2019年1月1日 - ウェイバックマシン
  14. ^ 「非常に安定した天才」トランプ大統領が自動車産業に“荒療治” 米国第一、復活のデトロイト アーカイブ 2023年4月6日 - ウェイバックマシン
  15. ^ 日本の“ロボット大国”への成長を支えたカワサキロボット、 活躍の場を北米、そして欧州へ アーカイブ 2019年1月1日 - ウェイバックマシン
  16. ^ ファナック、ロボット工場をミシガンに建設へ アーカイブ 2019年1月1日 - ウェイバックマシン
  17. ^ Patricia Zacharias "The ghostly salt city beneath Detroit Archived 2008年12月13日, at the Wayback Machine." Michigan History, The Detroit News. January 23, 2000.
  18. ^ NOWData – NOAA Online Weather Data/”. National Oceanic and Atmospheric Administration. 2012年8月11日閲覧。 アーカイブ 2014年1月29日 - ウェイバックマシン
  19. ^ Station Name: MI DETROIT METRO AP”. National Oceanic and Atmospheric Administration. 2013年3月19日閲覧。
  20. ^ Detroit/Metropolitan ARPT MI Climate Normals 1961–1990”. National Oceanic and Atmospheric Administration. 2013年5月12日閲覧。 アーカイブ 2023年12月9日 - ウェイバックマシン
  21. ^ Crain's Detroit Business: Major Employers: Detroit Economic Growth Corporation アーカイブ 2013年7月22日 - ウェイバックマシン(January 2008). Retrieved on November 24, 2010.
  22. ^ Duggan, Daniel(August 16, 2010).Quicken Loans Inc. employees move into new Detroit offices アーカイブ 2013年2月6日 - ウェイバックマシン.Crain's Detroit Business. Retrieved February 28, 2011.
  23. ^ Duggan, Daniel(January 26, 2011).Quicken Loans completes deal for Madison building; will be renovated for business incubator アーカイブ 2013年2月6日 - ウェイバックマシン. Crain's Detroit Business. Retrieved February 28, 2011.
  24. ^ Dbusiness(January 7, 2011).Blue Cross Blue Shield of Michigan announces dates for move of 3,000 employees to Downtown Detroit アーカイブ 2013年5月11日 - ウェイバックマシン.Hour Media. Retrieved February 28, 2011.
  25. ^ QuickFacts Detroit city, Michigan”. United States Census. 2018年6月1日閲覧。 アーカイブ 2018年2月12日 - ウェイバックマシン
  26. ^ detnews.com [リンク切れ]
  27. ^ Morgan Quitno Press アーカイブ 2006年1月4日 - ウェイバックマシン 2008年(英語)
  28. ^ 米CNNが選んだ「世界の治安ワースト10都市」(CNN.NEWS.2010年4月26日) アーカイブ 2012年12月7日 - ウェイバックマシン
  29. ^ The Most Dangerous Cities in America アーカイブ 2013年2月26日 - ウェイバックマシン247wallst
  30. ^ “米デトロイト財政破綻「市は崩壊」”. NHK. (2013年7月19日). オリジナルの2013年7月22日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130722122545/http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130719/k10013145751000.html 2013年7月19日閲覧。 
  31. ^ “デトロイト便、20周年を祝う 中部空港で式典”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 朝刊 名古屋版. (2018年6月4日) 
  32. ^ 第1節 日本の自動車市場 第4項 中京デトロイト化構想――乗用車「アツタ号」の開発”. トヨタ企業サイト. トヨタ自動車75年史. トヨタ自動車. 2021年8月11日閲覧。 アーカイブ 2016年3月3日 - ウェイバックマシン






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