ディーノ・206/246 ディーノ・206/246の概要

ディーノ・206/246

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/05/07 23:34 UTC 版)

246GT

概要

フェラーリの創業者エンツォ・フェラーリの長男で1956年に夭折したアルフレード・フェラーリ(愛称:ディーノ)が病床でアイデアを出したとされる65V型6気筒DOHCエンジンを持ち、V型12気筒エンジン搭載の既存車種とも区別するため、新しく長男の名前で「ディーノ」ブランドが与えられた。

当時のF2用エンジンホモロゲートの条件となる台数確保のために、フェラーリが設計しフィアットが製作協力をしてエンジンを作成しフィアットはディーノスパイダー、ディーノクーペという名のFR駆動2車を、フェラーリは1967年から1969年に206GTを製造し、両社合わせてエンジンのホモロゲートの台数をクリアし、レースに出場が可能となった。 なお、エンジンの鋳込みはFIATが行い、エンジンの組み立てから車体への アッセンブリーは3台共にフェラーリで行われた(出典dino compendiumより当時のフェラーリ 工場内写真) また忘れられがちなのは このエンジンを使用した二座レーシングカーdino206S等があり小排気量ながら各レースにおいて善戦している事で有る。なお、dinoはプロトタイプを除いて全てのシャーシナンバーは偶数のみを使用している。

206GT

ディーノ・206
Dino 206.jpg
販売期間 1967年 - 1969年
乗車定員 2名
ボディタイプ 2ドア クーペ
エンジン 65度V6 DOHC 1,987cc
駆動方式 MR(横置きエンジン)
最高出力 185PS/8,000rpm
変速機 5速MT
サスペンション 前・後とも
独立 ダブルウィッシュボーン+コイル
全長 4,150mm[1]
全幅 1,700mm[1]
全高 1,115mm[1]
ホイールベース 2,280mm[1]
車両重量 900kg(実測では1,100kg程度)
ブレーキシステム 前・後とも
ディスク式
後継 246GT/GTS
-自動車のスペック表-

1965年の第52回パリサロンで発表されたプロトタイプ"dino berlinetta speciale"(製造番号★0840)はV型6気筒エンジンを(出典洋書 dino compendium)縦置きに搭載しておりノーズデザインはFIAT dino スパイダーのデザインの元となっており透明なアクリルの幅が広いカバーが覆っていた。[2]が、1966年のトリノ自動車ショーで発表されたプロトタイプは少しノーズが長いだけで後の生産車と近いイメージになっているが未だにエンジンは縦置きでありフロントマーカーはバンパーの下にありワイパーは一本で、給油口は右側、星型ホイールにテールライトは三連である製造番号★00106、そして67年のフランクフルトショーでdino berlinetta competizione 製造番号★10523を発表するもレーシングカーのdino 206Sのフレームを流用のためエンジンは縦置きである、67年トリノショーに出品された製造番号★10495での機構的の最大の変化はエンジンが縦置きから横置きに変わった事である、その為エンジンミッションがADO15ミニほどでは無いが二階建てとなりエンジンの重心位置は高くなった代わりに実用的なトランクを得た。、またボディは量産型とほぼ同じであるがまだ三角窓は無い[2]。1966年1台のプロトタイプ製造番号★00106 1967年10月に3台のプロトタイプ製造番号★10523★00102★00104そして1968年6月製造番号★00108より継続的に[2][注釈 2]生産開始となり生産終了は1969年2月製造番号★00404であるが4月に何故か246gtに混じって一台のみ製造番号★00410が生産されているが、ボディはロングホイールベースの246gt用を用いている。

福野礼一郎は、日曜日のゴルフ用に妥協を重ねた結果(トランク確保の為高重心で妥協した)という前置き付きながら、その名称とレーシングカー的なディメンションを物証にフェラーリのロードカーに対して冷淡だったエンツォが最も愛した市販車だったのではないかと考察した[3]

生産期間は短く、1968年から1969年までの生産台数は152台に過ぎなかった。全て左ハンドル仕様である。

エンジン

フランコ・ロッキが設計[2]した内径φ85mm×行程57mmの1,987ccのアルミニウム鍛造製スリーブ入りV型6気筒エンジン(カムカバーはマグネシウム)、ティーポ135B[4]は185PS/8,000rpm、17.85kgmを発揮し、内装なしの軽量ボディとストレートマフラーを備えたプロトタイプは235km/hを出したが、生産車の実際は160馬力ほどで、市販車ではコンディションの良い車両でも200km/h到達は困難のようである。

レッドゾーンは8,000rpmからだが、実際はレース用エンジンをデチューンしてあるため9,000rpmまで回る。

外装

ボディはアルミニウム製。

エンジン熱排出穴は6ヶ所×2。ガソリン注入口は露出して独立した鍵付きキャップである。ホイールはセンターロック。ルーフの流れがリアエンドに達しており、後の246との比較で全体的に丸みが強く見える。バックランプはリアバンパーに2つ装着されている。

カラーは工場出荷時に地味なメタリック系の色が多く、赤や黄は少なかった。

内装

ダッシュボードがオーディオを含め全てコンソールの蓋でカバーされる。 ステアリングはモモ又はナルディのウッドで基本的に形状はどちらも同一で60年代のフェラーリで標準で採用されているものである、しかし今日のボスサイズではなく、モトリタ社のサイズである。内装色はボディ色に合わせ多くの色やツートンなどが選ぶ事ができ、シートセンターはオプションとしてパイル地も選べた。また、シートはほんの少しの角度であるがリクライニングする事が出来た、助手席下のサイドシルにアシストグリップが取り付けられていた、これらは246になりコストの関係で順次省略された。

日本への輸入

正規輸入はなかった。2リットルで横幅1.7メートルの為登録は5ナンバーである。

246GT/GTS

ディーノ・246
246GT
Dino 246 GT.jpg
Ferrari 246GTS.jpg
販売期間 1968年 - 1974年
乗車定員 2名
ボディタイプ 2ドア クーペ(GT)
2ドア スパイダー(GTS)
エンジン 65度V6 DOHC 2,418cc
駆動方式 MR(横置きエンジン)
最高出力 195PS/7,600rpm
変速機 5速MT
サスペンション 前・後とも
独立 ダブルウィッシュボーン+コイル
全長 4,230mm[1]または4,343mm[2]
全幅 1,702mm[2]
全高 1,110mm
ホイールベース 2,340mm[1][注釈 3]
車両重量 1,080kg[注釈 4](実測では1,250kg程度)
ブレーキシステム 前・後とも
ディスク式
最高速、
0-400m加速
235km/h[5]または243km/h[2]
15.4秒[6]
先代 206
後継 208/308GT4
-自動車のスペック表-

エンジン数がホモロゲートの必要生産台数を満たして2,000ccにこだわる必要がなくなり、2.4リットルに拡大したポルシェ・911に対抗するためフィアットの意見を聞き、より実用スポーツとするとともに開発や製造費用などを減らすために、1969年2月より1974年に246gtを製造した。

もともと高回転型でピーキーな特性で高価なマグネシウムとアルミ製のエンジンを用い、ホイールベースもレーシングカーと同一で職人によるオールハンドメイドでコストもかかる上、乗り手の高い技量を求められる206gtから、最高出力の低回転化と排気量拡大によりトルクを増幅し、アルミ製ヘッド以外鋳鉄製のブロックエンジンでコストダウンし、ボディも鉄製としホイールベースの延長により運転技術の未熟な者でも比較的普通に乗れ、安価に製造可能な車に変更された。また燃料タンクが拡大された。コストダウンにより重量は増えたが、2割の排気量アップによりカタログ値の235km/hに近い最高速度まで達することができるなど当時のスポーツカーの中で高い性能を持っていた。

小林彰太郎は「ディーノ246ほど、ワインディングロードを速く、安全に飛ばせる車はない。操縦性、ロードホールディングは文句なく絶品で、しかも視界がサルーン並みによいからだ。ドライビングの楽しさでは、ディーノは(同月号でテストされた1973年型)カレラRSに勝るかもしれぬ」と絶賛している[7]

1971年ティーポEの途中からタルガトップの「246GTS」が追加された(アメリカ仕様車は排気ガス対策により175馬力)。2,487台のGTと1,274台のGTS、合計3,761台が作られた。

生産中の改良もしくは変更により大きく以下の3タイプに分けられる[8]

ティーポL

製造番号00406から00410を除き(2リットルエンジン搭載)01116の357台が当たり、1969年2月から1970年を通して作られた。206gtとは形の異なるノックオフ式センタースピンナーを備えるセンターロックホイールを履き(ホイールは206と同一)フロントのコーナーバンパーはグリル開口部に食い込んでおり、リアのライセンスプレート照明灯がバンパーコーナー端部に位置し、トランクリッドのレリーズボタンが外部にあり、ヘッドレストがリアバルクヘッドにマウントされているところは、206gtと同一である、ハンドルは革巻きであるがモトリタサイズの大きな取り付け部のデイトナ初期型と同一のものが標準である。ボディは鋼鉄製だが、206gtの部品が残っている間はフロントリッド等開口部はアルミニウム製だった。

ティーポM

製造番号01118から02130の506台が当たり、1971年始めの短期間にだけ作られた。ホイールは5本のスタッドにより固定され、トランクリッドのレリーズキャッチが車内に移り、ドアのキーホールがドアのえぐり部分からその下に移動し(Ferrari.comではティーポEからとなっているが、ティーポMから見られる)、ヘッドレストがシートマウントになったほか、エンジンとトランスミッションの細部が変わっている。一方シャシは改良されてリアのトレッドが30mm拡幅された。リアバンパーに2つ装着されていたバックランプが中央に1つに変更された。

ティーポE

製造番号02132から08518の2,898台が当たり、1971年初旬から生産が終わる1974年6月まで作られた。シリーズMの変更点をすべて網羅した上で、ボディパネルは大型プレス製となり、エンジンとトランスミッションにギアレシオ等さらなる改良が加えられた。また生産の途中からワイパーの支点が左ハンドル車では中央から右側に移動している。右ハンドル車では中央のまま変わりない。フロントコーナーバンパーがグリル開口部に食い込まない短いものになった。そのほか、フロントコーナーバンパー下の冷却ダクトが単に角形に切り開いたタイプから成形した丸形インレットに変わり、リアのナンバープレート照明灯がトランクリッド後端部にマウントされたクロームメッキ仕上げの角形ユニットに変わっている。またティーポEよりクーラーの設定もできるようになった。オプションでフレアフェンダーと太いアルミニウムホイールとデイトナを模したシートを用いた、通称デイトナバージョンが存在する。またUSA仕様は法的規制の変更でフロントマーカー、サイドマーカーの形状が角形になり、リアサイドマーカー(赤色)が取り付けられている。

エンジン

製造費用を減らしたためエンジンが鋳鉄ブロックアルミニウムヘッド、内径φ92.5mm×行程60mmの2,418cc[2]、圧縮比9.0[2]のティーポ135CS[9]に変更され、195hp[10]または195PS/7,600rpm[2]、23.0kgmにパワーアップしつつもカムシャフト変更により性格は206gtと比べるとマイルドなエンジンに劇的に変化した[2]

レッドゾーンは7,500rpmからに下げられた。

後にカムをラリー用に変更しランチア・ストラトスに流用され、最終的にストラトスは4バルブヘッドも作られた。

シャシ

レーシングジオメトリーから扱いやすい一般スポーツカーへ変更が行なわれた、内容はホイールベースを60mm延長し直進安定性を上げると共にコーナーの限界性能は下がるがスピンに至るまでの過程がやや穏やかに現れる様になった。

外装

段階的に生産効率が良く、製造費用も下げられる鋼鉄製ボディに変更され車両重量は増加した。

エンジン熱排出穴が7ヶ所×2に増えた。バンパーが厚くなった、フュエルリッドが付いてキャップは露出されなくなった。

カラーはフェラーリとしての認識が確立したため赤やコーポレートカラーの黄も多くなり、総じてメタリック系の色は少なくなった。しかしながら、工場出荷時の色はソリッドカラー16色、メタリックカラー14色と多彩なカラーが用意されていた。

内装

ペダルのオフセットがやや小さくなるなど改良され、ステアリングのユニバーサルジョイントの角度も改善されよりスムーズなステアリング操作を実現した。屋根が高くなり、ホイールベースの延長に伴いキャビンが広くなった。

ヒーターには段階的に改良が加えられ、206のほとんど何の役にも立たないものから、最終型では冬場でも暖を取ることができる能力を得た。

日本への輸入

当時のフェラーリ総代理店である西武自動車販売を通じ正規輸入されたが、1973年当時の価格は900万円と高価だった。ただし、その当時からすでに新車同様の中古車が600万円から700万円で並行輸入されており、その後のスーパーカーブームの時期やバブル景気の時期にも盛んに輸入され、バブル後の日本での人気により多数が毎年中古並行によって輸入されているため、日本国内に存在する個体の総数は毎年増えている。登録は2,000ccを超えたため3ナンバーとなる。




  1. ^ この写真の車はプロトタイプ(製造番号★00104)であり、生産車とはサイドウインドウの形状やキーホールの位置、ピニンファリーナのエンブレムの有無等が異なる
  2. ^ 『栄光の名車たちVol.1スーパープレミアム』p.028は1967年、p.031は1968年とする。
  3. ^ 『栄光の名車たちVol.1スーパープレミアム』p.027は2,375mmとするが、カタログでは92.2inであり、1in=25.4mmとして換算すると約2,342mmであるため誤りであると判断した。
  4. ^ 『栄光の名車たちVol.1スーパープレミアム』p.027は1,256kgとするが、カタログではEmpty weightが2,376lbsであり、1lb=453.592gとして換算すると約1,077kgであるため誤りであると判断した。
[ヘルプ]
  1. ^ a b c d e f 『自動車ロン』p.209。
  2. ^ a b c d e f g h i j k 『栄光の名車たちVOL.1スーパープレミアム』pp.25-31。
  3. ^ 『自動車ロン』p.213。
  4. ^ DINOクラブイタリア。
  5. ^ カーグラフィック』誌1973年9月号。
  6. ^ カーグラフィック』誌1973年9月号。
  7. ^ 『カーグラフィック』1973年9月号。
  8. ^ Ferrari.com及び『リプレリア・スクーデリア ディーノ206/246』。
  9. ^ DINOクラブイタリア。
  10. ^ 当時の英文カタログ。


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