テレビ神奈川 歴史

テレビ神奈川

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/01/16 12:49 UTC 版)

歴史

1972年開局時から80年代まで

山下町にあった旧社屋
山下町旧社屋跡地にあるモニュメント

開局当初はテレビ局経験のある社員が少なかったため、新人社員は日本テレビテレビ朝日からの出向者より指導を受けたという[25]。1972年2月5日に試験電波を発射し、3月5日午前11時からテストパターンを放送開始し、鶴見親局から初めて電波が発射された[9]。その後3月31日まで本社演奏所設備と鶴見親局の試験、中継局の試験を兼ねた「サービス放送」を開始。サービス放送初日の主な放送番組は、12時から『忍者ハットリくん+忍者怪獣ジッポウ』の第1話、12時30分から「ドキュメンタリー 日本の美〜日光東照宮」、13時から映画『辺境の追跡』、14時15分から19時までテストパターン、19時から『河童の三平 妖怪大作戦』の第1話、19時30分から「ドキュメンタリー あすをひらく〜ロボットただ今開発中」、20時から映画『夜霧よ今夜も有難う』を放送し、21時30分に終了した[9]。以降、上記の番組に加えて3月15日と16日には「神奈川県 ア・テスト解答速報」、3月31日には「大洋VS南海オープン戦中継」を放送した。

1972年4月1日午前9時からテストパターンを放送、同日午前9時30分開局・本放送開始。午前9時30分から午前10時55分まで開局記念・放送第1号番組「はばたけTVK」を本社演奏所第1スタジオから生放送(出演者:津田文吾(第7代神奈川県知事)、飛鳥田一雄(第18代横浜市長)、河野謙三尾崎一雄高木東六桐島洋子柳原良平。他に、ミスTVKや横浜市電の運転士、横浜港に寄港する外国船の船長も出演した)。開局当日のキャッチコピーは「本日・放送スタート!TVKをキャッチしよう!! パパはやく,ママが出ているTVK」である[26]。開局当日に整備された親局は鶴見局42ch、中継局は小田原局46ch・平塚局31ch・久里浜局47ch。1972年5月1日に開局した中継局は南足柄局45ch。開局時の平日番組編成は、午前中に教育番組、正午にワイドショー『暮らしのワイド リビング・ポート』、午後と夜はテレビ映画。平日の放送開始時間は朝の9時30分、放送終了時間は夜の23時40分[27]

テレビ神奈川における最長寿番組は「JAグループ神奈川」提供の『緑への歩み』だった(2008年3月終了)。開局翌日の1972年4月2日スタートである。

もともとは神奈川県を筆頭に、横浜市朝日新聞毎日新聞読売新聞産経新聞中日新聞(5紙が同じ持株数を堅持)、ラジオ関東(現・アール・エフ・ラジオ日本)などが主要株主であった。神奈川県が経営権を握っていた頃は、平日9:35 - 11:00、金曜夕方に神奈川県教育委員会制作の教育放送(学校放送)が組まれていた。津田文吾元県知事が同局の社長・会長を務めた事がある。

経営は80年代前半まで実に苦しかったと言われ、経営不振で80年初頭にリストラなどにより壊滅状態になっていた制作体制だが、90年代初頭の自社制作率は約70%までになり、東のTVK、西のKBS京都(当時は近畿放送、現・京都放送)とも呼ばれた。

1972年5月3日「第20回 横浜みなと祭り国際仮装行列〜マーチ・イン・ヨコハマ」からTVK独占カラー生中継放送を開始(放送時間は生放送が午前11時10分 - 午後0時30分で中継録画放送が午後6時から午後7時25分だった。放送当日のキャッチコピーは「ことしは、みなと祭りの仮装行列が茶の間で見られます」「すぐそこのニュースが茶の間にTVK」「TVK!やっぱりいいねおかあさん」の3つのキャッチコピーだった。番組のゲストは小山明子橘家円蔵立川談志下重暁子、花村えいじ、三遊亭栄橋、解説は六川英一[注 4]、司会は石倉輝夫)。

関東圏の独立放送局では初となるマスター設備(主調整室)の更新と三ツ池送信所(親局)の送信機更新を1983年から1984年に掛けて行い、音声多重放送(ステレオ放送)への対応をいち早く実現した。ステレオ放送番組第1号は「SPOPS」(1984年10月 - 提供:丸井 制作:TVK)であり、第2号番組は「かながわの景勝50選」(制作協力:プロダクションモスラ・制作著作:TVK)である。※これらの番組は、音声多重試験番組も兼ねて放送されていた。

1985年からはステレオ放送番組が増え、テレビ番組初の試みである「環境ビデオ」(BGV) の放送番組「サラダ・ボウル」(制作:TVK、制作協力:日本電子工学院(現・日本工学院専門学校)、PLAY BILL、日商岩井(現・双日))や「ブレイン・パッケージ」(制作:TVK、制作協力:日本電子専門学校 他)がスタートした。同番組は、海外の風光明媚な空撮ビデオ映像に最新のアーティストの音楽を流したり、完全オリジナルによるインストゥルメンタル曲を流す28分間の番組だった。また「サラダ・ボウル」は、1986年年頭の朝日新聞のテレビを考える連載のトップバッターとして全国に紹介された。

1987年、横浜が舞台だったテレビドラマ『あぶない刑事』(セントラル・アーツ制作、日本テレビ系)の第22話「動揺」において、スタジオ調整室のシーンで撮影協力をしている(撮影協力のクレジットは「テレビ神奈川」ではなく「TVKテレビ」)。

内田康夫の小説「横浜殺人事件」(浅見光彦シリーズ)のヒロインである横浜テレビの藤本紅子のモデルは、坂本紅子(現・コンテンツ局制作部専任部長)である。映画通で知られ「おしゃべりトマト」「TVグラフィック42番街」などの映画コーナー、「HAMA大国」の司会等を経て、2011年まで放送されていた「1230アッと!!ハマランチョ」のプロデューサーを担当していた。

『ファンキートマト』『おしゃべりトマト』『ミュージックトマト』などのいわゆる「トマトもの」では、MCのことをDJ(ディスクジョッキー)ならぬVJ(ビデオジョッキー)と称していた。これは、プロモーションビデオを大量に流す構成を踏まえ、DJをテレビらしい呼び名に置き換えた結果である。この名残で、現在でもtvkの放送中の番組での最長寿番組である「ビルボードTOP40」での中村真理はVJと呼ばれている。

1990年代から関内移転にかけて

TVKは1980年代から1990年代初頭にかけ、好景気と横浜そごうなど大スポンサーの存在が後ろ盾となっていた。特に横浜そごう(現・そごう・西武横浜店)とTVKの関係は緊密で、「キャプテンロコスタジオ」(4F)「みなとみらい21スタジオ」(地下1階)という2つのサテライトスタジオを設け、「カフェシティヨコハマ」や、かねてからあった夕方のミューコム制作の生番組に威力を発揮した。しかし、バブル崩壊後にそごうが経営不振に陥ると、それらの番組は打ち切りとなり、ついにはスタジオ閉鎖、横浜そごうのTVK持株売却と、TVKとそごうとの関係は急速に悪化していった。さらに神奈川県の財政危機(広報番組予算が7億円から数千万単位まで縮小された)により売り上げが30億円近くも減少(売上最高期の1/4近く、90億円→60億円)した。この煽りを受け自社制作率は急速(70%→40%)に減り、2002年には売り上げでTOKYO MXに、2003年には自社制作率でもテレビ埼玉に抜かれる「非常事態」となった。

この非常事態を見て「県が県域メディアを経営する時代は終わった」という岡崎洋知事の意向により、2001年に株式売却が行われ、筆頭株主が神奈川県から神奈川新聞社に移ることとなった。当初は新聞社とテレビ局の違いもあって両社の連携はしっくりいかなかったが、その後、第三者割当増資(県内市町村などが応じる)、新社屋(横浜メディア・ビジネスセンター)[注 5] 建設・移転、「ヨコハマ開放区」のVI導入(電通との本格タッグ開始)、独立放送局初の地上デジタル放送開始(2004年12月1日)、独立放送局には珍しいインデックス社との提携による携帯公式サイトオープン(全キャリア対応)など、積極的な戦略に出ることになる。これにより、2005年度は3期連続増収、新社屋移転後初の黒字決算を達成、売り上げではTOKYO MXを再び抜いた[注 6]。また大幅に減少した自社制作率も40%台に回復した[28]

2004年4月、横浜市中区太田町横浜メディア・ビジネスセンター(神奈川新聞社と同居)が完成。5月10日、開局以来32年使われてきた中区山下町の社屋から移転した。社屋移転を契機として、局の愛称が長年使われた「TVKテレビ」から「tvk[注 7] に変更され、またコーポレート・スローガンとして「ヨコハマ開放区」が導入された。なお、旧社屋跡地には記念碑が建立されている。

『音楽のTVK』

tvkは、開局時から「音楽に強い局」という評価がある。これは、後に音楽番組を強化したテレビ東京に先駆け「シングル・ジャンルの番組なら小さな局でも営業面で有利」と読んでいたこと、プロモーションビデオを放送するための経費が当時安かった(あくまでプロモーション目的であったことから、レコード会社などから無償提供もしくは極めて安価で提供されるケースがほとんどであった)こと、それに「横浜らしいカッコよさ」の反映などが挙げられる[29]

黎明期はCMや番組がなかなか埋まらず、プロモーションフィルムが格好のコンテンツ[注 8]となり、昼間から夕方の時間帯を中心に歌謡曲なども含む邦楽や洋楽など(ジャンルは様々)のプロモーションフィルムが大量に放映された[注 9]。その後、プロモーションフィルム(ビデオ)をメインに放送する番組も放送された。この流れから生まれた番組としては、まず1970年代に制作・放送された「ヤング・インパルス」、そしてその流れをくんで1980年代に制作・放送された「ファイティング80's」(金曜日21時台)があげられる[注 10]

これらの番組については、キー局には出演しないようなアーティストが多数出演し、公開収録によって演奏を行った。一例としては、基本的にテレビ出演をしない浜田省吾[注 11]松任谷由実(当時は、荒井由実)[注 12]、またミュージシャンの山下達郎が、音楽グループシュガー・ベイブの一員として「ヤング・インパルス」にゲスト出演[注 13] したこともある。特に山下についてはその後も一切テレビ出演をしていないため、テレビカメラに残された山下の映像としても貴重な媒体となっている。

「ファイティング80's」の番組開始当初は、司会を宇崎竜童が担当した。他に、佐野元春子供ばんどうじきつよしや、ザ・モッズ等もレギュラー出演した(番組の終盤に、司会の宇崎竜童のダウン・タウン・ファイティング・ブギウギ・バンドや、レギュラー出演者のバンドのライブ演奏が1曲放送されたり、数ヶ月に1回位、それぞれのバンド自体が番組出演していた時期もある)。ちなみに公開収録であったこの番組は、番組スポンサーでもあった日本工学院専門学校の3号館ホールで毎回収録を行っていた。

公開収録時のエピソードとしては、サザンオールスターズが番組収録の日に、「ザ・ベストテン」(TBS)にランクインしており、収録場所である日本工学院専門学校のホールから生中継を行ったことがある。

さらに、80年代から90年代初頭にかけて放送された洋楽電話リクエスト番組「ファンキートマト」(当初金曜日放送→のちに月曜日のほぼ同時間帯へ移動)[注 14]は、植田芳暁南佳孝シャーリー富岡VJで知られ、中村真理(出演初期には、最新の映画情報コーナー担当など、後に、アメリカの「ビルボード」誌の最新ヒットチャートの紹介なども行った)らも出演。時折、ゲストとしてプロモーションで来日した海外の映画や音楽関連のアーティスト等の出演もあり、音楽系のゲストの場合は演奏や歌を唄う事もあった。他にもプロモーションでの邦楽系のゲスト出演者もあり(主にデビューしたての歌謡曲系以外での歌手やグループ)、デビュー当時の米米CLUB等も出演。レギュラー出演者としては、元東京JAPのドラマーでFMのDJとして人気が出た赤坂泰彦も番組末期には登場した。姉妹番組でもある邦楽情報番組「ミュージックトマトJAPAN」はシャーリーの弟のマイケル富岡の出世番組となった。全国区になり得るタレント、アーティストの青田買いを行い、いち早く世に送り出す役割を果たし、音楽業界や芸能プロダクションから高い評価を得た。

洋楽ではMTVのテイストを取り入れ200分間、途中に入るCMを除きノンストップで洋楽の新着ビデオクリップや視聴者からのリクエストによるビデオクリップをただひたすら放送するという「SONY MUSIC TV」番組が存在した。番組はソニーの1社提供で、東阪の独立放送局を中心に、途中からはテレビ東京系であるテレビ愛知でもネットされるなどした。

MUSIC TV終了後、この番組のテイストを受け継ぐ番組はTVKローカルで火曜夕方に「シャッフル55」(ミュートマworld→16ers TV枠)として移り、MUSIC TVが放送されていた時間帯には引き続きソニー提供で、演出や選曲コンセプトを明確にした「SONY MUSIC DISC」「SONY MUSIC ACCESS」と続いた(番組枠は60分と更に縮小し、TVKローカルとなる)。その後はソニーがTOKYO MXに出資した影響もあり、ソニー枠の音楽番組は制作されていない。

こうした編成方針もあり、他の独立放送局や、NHK[注 15]テレビ東京[注 16]では一定数放送されている演歌歌謡曲関連の番組はtvkでは殆どと言っていいほど存在しない。例として、『モトちゃんの歌は魂だ!』(千葉テレビ制作)は5いっしょ3ちゃんねる参加局で、tvkのみ放送実績がない[注 17]。また、鎌倉市を活動拠点とする、よかにせどん(本田修一)や、アンジェリカの演歌番組も地元tvkではなく、千葉テレビ・テレビ埼玉で放送していた。

tvk以外の5いっしょ3ちゃんねる各局には、自社制作の視聴者参加型カラオケコンテスト番組が存在する。各局のカラオケコンテスト番組は、既に終了している番組も含め一様に1980年代(とちぎテレビは1999年の開局当初)から続く長寿番組となっているが[注 18]、2021年現在tvk制作では存在しない[注 19]


注釈

  1. ^ 以前のドメイン名は「tvk42.co.jp」であった。なお現在は、「tvk42.co.jp」(旧ドメイン)は使用されていない。ちなみに「tvk.co.jp」は大阪府ケーブルテレビ局「テレビ岸和田」に先に取得されたため使用できなかった。
  2. ^ 関東地方では、1971年4月16日に群馬テレビ(GTV)、1971年5月1日に千葉テレビ放送(CTC、現在のチバテレ)が開局していた。なお、全国初の独立放送局系のテレビ局は、1968年8月12日にテレビ放送を開始した岐阜放送(GBS、現在のぎふチャン)である。
  3. ^ 関東地方の独立テレビ局では、財政面等の諸事情からか音声多重放送対応化が遅く、1992年(平成4年)4月には群馬テレビ、1994年頃には千葉テレビが開始。最終的には放送機器更新のタイミングで2001年4月にテレビ埼玉が開始。北海道内の一部地域を除いて、日本全国の民放全局が音声多重放送を実施したことになる。
  4. ^ 株式会社アート宝飾前社長、なお現社長の六川勝仁は大会企画宣伝委員長、また同局の「放送番組審議会」副委員長を務める。
  5. ^ 現本社であるこのビルをもってtvkはテナントビルに入居したと評されることもあるが、土地は神奈川新聞社所有、建設は神奈川新聞社とtvk、横浜産業振興公社との共同事業体なので、テナントビル入居というのは誤りである。
  6. ^ しかし、2007年度にTOKYO MXに再び抜かれ、2013年度にはTOKYO MXが売り上げを120億円として大きく引き離されている。
  7. ^ 新聞テレビ欄表記も「TVKテレビ」から「tvk」に変更されたが、毎日新聞のテレビ欄では「tvk」に改称後もしばらくの間は「tvkテレビ」として表記されていた。また、放送では余り紹介されないが、本社移転後、ウェブサイト、あるいは横浜スタジアム日産スタジアム等々力陸上競技場でのJリーグの試合での広告看板には「tvk テレビ神奈川」と、正式局名が併記されることもある。
  8. ^ 独立放送局では、放送する番組がない早朝や午後の時間帯を「放送休止時間帯」として、カラーバーのみ(無音状態のままであったり、レコードなどをBGMとしてかける)や完全に停波していわゆる「砂嵐」状態とするところが多かったが、TVKはそれをせず、「放送休止時間帯」をプロモーションフィルムやプロモーションビデオなどを放送する時間帯とした。
  9. ^ 当時はビデオではなくフィルム撮影で、主に洋楽系のプロモーションフィルムなどでは、ライブでの収録映像に曲を合わせている作品や、レコーディング風景やツアー中などのドキュメント的映像等がメインで楽曲を合わせている作品も多く見られた。
  10. ^ この番組は、キー局系列に属している全国の地方局からも注目を浴び、一部の地域では番組購入によってネットされていた。
  11. ^ 1981年(昭和56年)3月20日(収録は3月5日東京・蒲田日本工学院専門学校3号館ホール)「曲目:(1)終わりなき疾走・(2)反抗期・(3)陽のあたる場所・(4)明日なき世代」として、ファイティング80'sに出演。
  12. ^ 1975年(昭和50年)6月22日(日)荒井由実with松任谷正隆&ハイ・セッション・バンド「曲目:(1)コバルトアワー・(2)ルージュの伝言・(3)恋のスーパーパラシューター・(4)ベルベットイースター・(5)雨のステイション・(6)12月の雨。」(メンバー:荒井由実(VO)、松任谷正隆(Key)、松原正樹(G)、重田某(DS)、吉田某(B)、吉田美奈子&吉原真紀子(Cho))として、ヤングインパルスに出演。
  13. ^ 1975年(昭和50年)7月13日(日)出演。曲目:(1)雨は手のひらにいっぱい・(2)いつも通り・(3)今日はなんだか。「メンバー:山下達郎(VO,G,Key)、大貫妙子(VO,Key)、村松邦男(VO,G)、上原裕(DS)。
  14. ^ 開始当初の番組名は「電リクワイド・ファンキートマト」。後に番組が月曜に移動になり、スタジオがTVK第1スタジオから、東京・数寄屋橋銀座)のソニービル(内のイベントスペース「ソミド」)へ移動した頃には、番組名も「ファンキートマト'8X(放送されていた年の西暦下2桁)」へと変化していった。
  15. ^ うたコン』、『はやウタ』(旧:『ごごウタ』)など
  16. ^ 洋子の演歌一直線』など
  17. ^ 制作局の千葉テレビのほか、テレビ埼玉、とちぎテレビ、群馬テレビ、KBS京都に2011年から2012年までネットしていた。番組終了した2013年は千葉テレビのみで放送していた。
  18. ^ 千葉テレビは『カラオケ大賞』(1982年放送開始)・『カラオケトライアル』シリーズ(放送開始当時のタイトルは『スーパーカラオケ』として、『billboard TOP40』開始と同じ時期である1983年10月放送開始、後にタイトルのみ変更し2020年まで継続)、テレビ埼玉は『カラオケ1ばん』(1984年 - 2020年に放送)、とちぎテレビは『うたの王様』(1999年の開局と同時に放送開始)、群馬テレビは『カラオケチャンネル』(2009年放送開始だが、カラオケ番組は『群馬テレビカラオケ大賞』が1981年放送開始して以降、毎年何かしらのカラオケ番組が放送されている)が自社制作のカラオケ番組として存在する。
  19. ^ 他局製作であれば、千葉テレビ制作で、tvkを含めた首都圏トライアングル同時ネットを行っている『ちば朝ライブ モーニングこんぱす』の木曜コーナーに、視聴者参加型カラオケコンテスト企画の「歌で100チャレ」がある。
  20. ^ 当時は、日本テレビ系列で全国展開していた各種のイベント(日本民謡大賞など。高校サッカーも含まれるが、これは現在も継続)に対して、各県大会の主催・協力局として名を連ねていた。
  21. ^ 出演者の不祥事により、2021年6月に事実上の打ち切り。同年9月に正式に番組が終了した[32]
  22. ^ 特別番組
  23. ^ 金 - 日曜日は18時30分。
  24. ^ 032チャンネルとワンセグ2では、最大23時まで中継。
  25. ^ 2017年と2019年は、3試合を中継した。
  26. ^ テレビ朝日が放送開始する前は群馬テレビ、千葉テレビが放送していた。tvkでは放送されていなかった。
  27. ^ tvkでは木曜20時台(一時期には木曜19時台)に編成されている。
  28. ^ 当時、関東地方ではとちぎテレビ、千葉テレビ、テレビ埼玉で放送されていて、関東では三番目の放送開始となる。
  29. ^ 2015年現在も放送中
  30. ^ 放送開始の2006年12月から金23:00 - 23:30→2009年4月から木曜23:00 - 23:30→2011年4月から月曜22:00 - 23:30→2015年4月から22:30 - 23:00という編成をとった他、2014年の年末にsakusakuの休止によって再放送枠の23:30 - 24:00(月 - 金)でも放送された。
  31. ^ 新作放送はclassicとは別枠での放送が多い。ただ2011年作「原付日本列島制覇」と、2013年作「初めてのアフリカ」の二作は第6夜から最終夜はclassicを休止して放送された。
  32. ^ tvkではUHFアンテナが2本必要になる場合があるとの文言を表示していた。
  33. ^ これを機に大部分の4:3制作番組もレターボックスを付けた状態での放送に移行した。また、従来通り4:3全画面表示を行う番組も、右上にアナログロゴのルミナンススーパーは常時表示を行う形になった。
  34. ^ テレビ神奈川本社スタジオのうち、スポットニュースを放送する第4スタジオ(報道部内の顔出しブース兼ミニスタジオ)に限っては機材のHD化更新が遅れ、HD取材映像も4スタ出しの場合は強制的にサイドカットされSD4:3画像となるなどしていたが、2011年9月24日より改修工事が行われ、同年10月3日から機材がHD対応のものへと更新された。これにより、テレビ神奈川本社すべてのスタジオがHD化されたこととなり、同時に報道番組の送出においても完全HD化となった。
  35. ^ 横浜スタジアムでのベイスターズ戦中継については、ベイスターズの関連会社経由でTBSテレビが制作した映像を購入した上で、テレビ神奈川が独自でアナウンサー及び解説者を用意する他、ユニ(独自)カメラを球場内に入れることで放送している。
  36. ^ 現状、テレビ神奈川ではHDによるスポーツなど中〜大規模中継番組の制作時にはクロステレビビジョンなどの外部技術会社からHD中継車や機材をレンタルしている(この場合、車体にtvkのロゴをステッカーで貼り付けることがある)。
  37. ^ ここで言う「大規模エレベータ」とは、4トントラック程度が収容・積載できる程度のもの。在京・在阪局で1階など外の道路に面さないスタジオを持つ局には設置されているようであるが、テレビ神奈川の現社屋には設置されていないという。
  38. ^ 具体例をあげると、フジテレビの本社がそれにあたる。フジテレビはスタジオが本社3階に設置されているため、併設の美術倉庫も3階にあることから、そこへトラックなどの運搬車両が直接乗り入れられるような搬入路が設置されている。なお、フジテレビの場合はそれらの運搬車両の退出をスムーズに行えるよう、美術倉庫内に転回用のターンテーブルも設置されている。
  39. ^ ただし、スタジオで大規模美術セットを使用する場合には、外部の美術会社作業場などで、予め搬入しやすい大きさで製作し、美術倉庫もしくはスタジオ内でつなぎ合わせてセッティングを行うことで、搬入は可能である。
  40. ^ これにより、SD機材での送出時には、スポットニュースの冒頭とエンディングに映し出されるベイブリッジカメラの映像のみがHD送出されるという異質な送出形態となっていた。
  41. ^ エリア図によると、伊豆半島東部沿岸及び駿東郡小山町御殿場市などで視聴可能とされている。
  42. ^ 直接受信可能地域以外の沼津市富士市富士宮市のほか、中部である静岡市清水区の旧庵原郡蒲原由比町
  43. ^ マルチ編成時に032chのサイマル放送として使用される。
  44. ^ 1995年2月11日試験放送を開始、同年5月1日から本配信開始
  45. ^ CATV向けにアナログで配信していたプラットフォームがスーパーバードB号(スカイポート)であった流れによるもの。スカイポートTVの局は全てディレクTVに移行している。

出典

  1. ^ a b c d e f 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑2022』コーケン出版、2022年11月30日、332頁。 
  2. ^ 日本民間放送連盟 放送関連データテレビネットワーク
  3. ^ 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑2022』コーケン出版、2022年11月30日、331頁。 
  4. ^ テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、156頁。 
  5. ^ 日本民間放送連盟 『日本放送年鑑'78』洋文社、1978年12月、180頁。 
  6. ^ 日本民間放送連盟 『日本民間放送年鑑'92』コーケン出版、1992年11月、259頁。 
  7. ^ テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、158頁。 
  8. ^ a b c d e f テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、178頁。 
  9. ^ a b c d e テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、12頁。 
  10. ^ テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、180頁。 
  11. ^ a b c テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、181頁。 
  12. ^ テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、183頁。 
  13. ^ a b テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、184頁。 
  14. ^ a b テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、188頁。 
  15. ^ テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、189頁。 
  16. ^ a b テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、190頁。 
  17. ^ テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、192頁。 
  18. ^ a b c テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、199頁。 
  19. ^ テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、209頁。 
  20. ^ a b テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、210頁。 
  21. ^ a b テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、211頁。 
  22. ^ テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、212頁。 
  23. ^ a b c テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、213頁。 
  24. ^ テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、214頁。 
  25. ^ テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、10頁。 
  26. ^ テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、15頁。 
  27. ^ テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、16頁。 
  28. ^ 週刊ダイヤモンド 2007年6月2日号、tvkについては2009年改編に伴う最新の数字。また2008年度よりTOKYO MXは本格的にマルチ編成を開始した事に伴い、自社制作率は大幅にアップしている。
  29. ^ テレビ神奈川 『テレビ神奈川35年史』株式会社テレビ神奈川、2007年12月20日、17頁。 
  30. ^ テレビホームルーム かながわの子どもたちへ
  31. ^ テレビでLet's study
  32. ^ tvk「水溜りボンド」冠番組 9月で終了「総合的に判断 苦渋の決断」カンタ感謝「最高の番組」”. スポーツニッポン (2021年9月30日). 2021年9月30日閲覧。
  33. ^ TVerさん [@TVer_official] (2020年10月3日). "tvk「水溜りボンドの○○いくってよ」水溜りボンドが横浜中華街を練り歩く" (ツイート). Twitterより2020年12月24日閲覧
  34. ^ tvk「関内デビル」 (2021年3月31日). “今週4/2(金)から、金曜日放送分のTVerでの配信スタート!一週間無料配信するデビル!お楽しみに!” (日本語). tvk「関内デビル」@tvk_kannaidevil. 2021年4月27日閲覧。
  35. ^ かがやけ!ミラクルボーイズ@tvk_miracleboysのツイート”. Twitter (2022年1月21日). 2022年3月5日閲覧。
  36. ^ tvk(テレビ神奈川)@tvk_3chのツイート”. Twitter (2022年8月29日). 2022年8月30日閲覧。
  37. ^ 水溜りボンドの○○いくってよ《テレビ神奈川》”. 日テレ無料TADA!. 2020年12月24日閲覧。
  38. ^ 関内デビル《テレビ神奈川》”. 日テレ無料TADA!. 2022年3月5日閲覧。
  39. ^ かがやけ!ミラクルボーイズ《テレビ神奈川》”. 日テレ無料TADA!. 2022年3月5日閲覧。
  40. ^ tvk開局50周年特別番組「saku saku 2022 ~復活の呪文 らえからむきとんせんぃゔいらし~」《テレビ神奈川》”. 日テレ無料TADA!. 2022年8月30日閲覧。
  41. ^ 20:55に『tvkニュース』による中断あり。
  42. ^ 連続3時間半!tvk日曜夜が「昭和のアニメ天国」になっている訳”. FRIDAY (2021年6月6日). 2021年6月6日閲覧。
  43. ^ かつての公共広告機構時代の頃から放映されていた。
  44. ^ [1]
  45. ^ 会社概要 マルチ編成ガイド”. テレビ神奈川. 2016年10月24日閲覧。
  46. ^ 番組案内 tvk川崎競馬中継”. テレビ神奈川. 2016年10月24日閲覧。
  47. ^ いよいよ川崎競馬のテレビ中継開始!!”. 神奈川県川崎競馬組合 (2016年5月17日). 2016年10月24日閲覧。
  48. ^ tvkテレビ中継について”. 神奈川県川崎競馬組合. 2016年10月24日閲覧。
  49. ^ このキャッチフレーズは、一時、朝6時台に放送された天気予報のタイトル(お天気テレビ〜ニョ)に使用された事があった。
  50. ^ 山北中継局にお天気カメラを新設!”. 2022年4月1日閲覧。
  51. ^ 秦野市役所公式ホームページ「平成23年度秦野市長施政方針」 より一部引用。
  52. ^ 2012年4月13日(金)放送の情報番組「ありがとッ!」内で、小田原北条五代祭りの告知のため出演した阿藤快がその後、同レストラン内で食事を取るシーンがそのままOAされた。
  53. ^ 更新工事の開始日及び更新後の運用開始日については、テレビ神奈川報道部の公式ツイッターによる。[要出典]
  54. ^ 総務省関東総合通信局 デジタル中継局開局情報(神奈川)藤野中継局 開局予定事案記載






固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「テレビ神奈川」の関連用語

テレビ神奈川のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



テレビ神奈川のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアのテレビ神奈川 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2023 GRAS Group, Inc.RSS