チャレンジャー号爆発事故 余波

チャレンジャー号爆発事故

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/16 08:45 UTC 版)

余波

事故の後、大統領執務室で国家的弔辞を読み上げるレーガン大統領

弔辞

事故の夜、レーガン大統領には例年の一般教書演説を行う予定が入っていた。当初彼は予定どおり演説をすると発表したが、すぐに変更して教書を1週間延期し、代わりにホワイトハウスの大統領執務室からチャレンジャーの事故に対する国家としての弔辞を読み上げることにした。執筆を担当したのはペギー・ヌーナン(Peggy Noonan)で、末尾は以下に述べるアメリカ系のカナダ空軍パイロットで詩人のジョン・ジレスピー・マギー・Jr.(John Gillespie Magee, Jr.)の「ハイ・フライト(High Flight, 空高く)」という詩の一節を引用して締めくくっていた。

私たちは、彼らのことを決して忘れない。最後に彼らを見た今日の朝、旅立ちの準備をし、手を振ってさようならを言い、そしてぶっきらぼうな地球の表面からすべり落ち、神様の顔に手を触れたことを[18]
1986年1月31日、テキサス州ヒューストンで行われた追悼式に出席するレーガン大統領と、妻のナンシー・レーガン(左)

その3日後、レーガンは妻のナンシーとともにジョンソン宇宙センターで行われた追悼式に出席し、以下のように述べた。

我々は星へと向かう際、時として力及ばず道半ばで果てることがある。しかし我々はその痛みを乗り越え、さらに先へと進まなければならない[19]

追悼式には搭乗員の家族[20]の他に、NASAの従業員6,000人と一般弔問客4,000人が参加した[21][22]。 式典では、空軍音楽隊の伴奏でゴッド・ブレス・アメリカを斉唱する直上を、NASAのT-38が伝統的なミッシングマンフォーメーション(en)で飛び過ぎた[21][22]。この模様はテレビ放送網を通じて全国に中継された[21]。 飛行士の遺族は、搭乗員たちを恒久的に記念するため「チャレンジャー宇宙科学教育センター」(en)を発足させた。以後これまでに52の教育施設がこのNPOによって設立されている。

アラバマ州ハンツビルはNASAと強い関係を持つ市として知られているが、同市で設立された最新の公立中学校は「チャレンジャー中学校」と名づけられた。

シャトルのすべての機体を製造したカリフォルニア州パームデール市とその近隣のランカスター市は、どちらも市内を通る東十番大通りの M 通りからエドワーズ空軍基地までの区間を、失われたシャトルと飛行士を記念して「チャレンジャー通り」と改名した。チャレンジャー、エンタープライズコロンビアが空軍42番工場で製造された際、パームデール空港には完成した軌道船をシャトル輸送機に積むための専用クレーンがまだなかったので、この道路を使ってエドワーズ空軍基地に送っていた。

これに加えて、ランカスター市は「チャレンジャー中学校」を建設し、またかつてレイヨウ谷広場(the Antelope Valley Fairgrounds)があった場所に「チャレンジャー記念ホール」を建設した。これらは全てチャレンジャーとその飛行士を記念してのものである。

アーリントン国立墓地に建つチャレンジャー号記念碑。一部の遺体はこの墓地に埋葬されている。

1986年に公開された映画スタートレックIV 故郷への長い道」は、チャレンジャー号の思い出に捧げられた。「スター・トレックの配役およびスタッフは、この映画を宇宙船チャレンジャー号の男女に捧げる。彼らの勇気ある魂は23世紀とその先の世界にも生き続けるであろう…」

フロリダ州ブレバード郡ココアでは(これはケープ・カナベラルとケネディ宇宙センターが位置する郡である)、命を落とした7名の飛行士を記念して「チャレンジャー7中学校」を設立した。

1988年には国際天文学連合により7人の名前が月の裏に位置するクレーターに付けられた。

2004年ブッシュ大統領はチャレンジャー号とコロンビア号の事故で死亡した14名の飛行士に対し宇宙名誉勲章を追贈した。

残骸の回収

回収作業は事故発生から初めの数分内にNASAの打ち上げ回収責任者によって始められ、NASAがSRB回収に用いる船を墜落海面に派遣することが命じられた。救難機も発進した。しかしながらこの段階ではまだ破片が落下し続けていたので、周辺保安担当官(RSO)は現場が安全になるまで回収船や救難機を域外に待機させた。RSO が救援部隊に作業開始を許可するまでに事故発生からおよそ一時間が経過した[23]

チャレンジャー号の事故から最初の一週間の捜索救助活動は、NASAに代わって国防総省沿岸警備隊の支援を受けつつ実行し、もっぱら海面を捜索した。沿岸警備隊によれば「この捜索活動はこれまで彼らが関わってきた中で、最も大規模な海面捜索だった」という[23]。この段階の作業は2月7日まで続いた。それ以降の回収作業は「捜索、回収および再建」班が引き継いだ。彼らの目的は事故原因の解明に繋がるような残骸を海底から引き上げることだった。NASAからは宇宙飛行士に選ばれていた元Navy SEALsウィリアム・シェパードが派遣された。ソナー潜水士遠隔操作可潜艇、および有人可潜艇などが捜索に投入され、捜索範囲は480平方海里(1,600km²)、深度は370mに及んだ。3月7日、海軍救助艇プリザーバー(en)は乗員区画と思われる物体を海底で発見した[24][25]。これは翌日には搭乗員7名すべての遺体の発見と共に確認され、3月9日にNASAはマスコミに発見を公表した[26]

捜索回収班によって引き上げられた左側SRBの一部

5月1日までには事故原因を究明するのに十分な量の右側SRBの残骸が回収され、主な引き上げ作業は終了した。一部の深度の浅い海域での捜索作業は続行されたが、事故調査とは無関係だった。これは回収した破片をNASAが調査して宇宙船やロケットに使用する材料の特性を研究するのが目的だった[23]。回収作業では15トンの残骸を引き上げることに成功したが、軌道船の55%、乗員区画の5%、衛星貨物の65%は依然として行方不明である[27]。残骸の一部は現在でもフロリダの海岸に打ち上げられることがあり、事故から11年近く経った1996年12月17日には、ココアビーチでシャトルの大きな破片が2つ発見された[28]合衆国法典第18編641条によりチャレンジャー号の残骸を私物化することは禁じられており、新たに発見された破片は直ちにNASAに提出されなければならない[29]。すべての残骸は、現在はケープ・カナベラル空軍基地第31発射施設にある封印されたかつての地下ミサイルサイロで保存されている。

チャレンジャー号にはコロラド州モニュメントのボーイスカウト第514分隊が奉納した「チャレンジャー旗」と呼ばれる星条旗が積まれていたが、これはプラスチック容器に封印されたままの状態で無傷で回収された[30]。この旗は現在も第514分隊が所有している。

葬儀

ケネディ宇宙センターのシャトル専用滑走路でC-141輸送機に搭載され、ドーバー空軍基地に搬送される飛行士の遺体

飛行士の遺体のうち識別可能なものは、1986年4月29日に家族の元へと送られた。ディック・スコビー機長と、死後大尉に特進したマイケル・スミス飛行士の遺体は、家族によってアーリントン国立墓地の個人墓地に埋葬された。ミッション・スペシャリストであり中佐から死後特進したエリソン・オニヅカ空軍大佐の遺体はハワイ州ホノルル太平洋国立記念墓地に埋葬された。遺体のうち識別不能なものは、1986年5月20日にアーリントンのチャレンジャー号記念碑に共同埋葬された[31]。ちなみにクリスタ・マコーリフの遺体は、1978年以来居住していたニューハンプシャー州コンコードのブロッサム・ヒル墓地に葬られている。




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