タックス・ヘイヴン 概説

タックス・ヘイヴン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/21 01:12 UTC 版)

概説

2007年版タックス・ヘイヴン指定地域 "Stop Tax Haven Abuse Act", US Congress.

タックス・ヘイヴンは、税制上の優遇措置を、域外の企業に対して戦略的に設けている国または地域のことである[1]

推算によれば、2013年時点の世界では家計の金融資産の8%がタックス・ヘイヴンにあり、EU圏では12%になる。タックス・ヘイヴンでは超富裕層のためのプライベート・バンキングが行われている[2]。カリブ海の英領バージン諸島、ケイマン諸島、富裕層への税優遇制度の手厚いオランダルクセンブルクアメリカ合衆国デラウェア州などの国・地域は、日本など他国の税務当局の求む納税情報の提供を、企業・個人情報の保護などを理由に拒否し、他国が干渉できないため、タックス・ヘイヴンとして富裕層の資金が集まる[3]

良く知られているタックス・ヘイヴンの場所

代表的な場所としては、スイスシンガポール香港バハマケイマン諸島バージン諸島ルクセンブルクジャージー島などである。オフショア金融センターはタックス・ヘイヴンと不可分の関係にあるため、ここではオフショア金融センターも含む[4]。2013年時点では、タックス・ヘイヴンにある金融資産のうちスイスに3分の1が保管され、残りの3分の2はシンガポール香港バハマケイマン諸島バージン諸島ルクセンブルクジャージー島などにある[2]

シンガポールは財務省(MOF)や4大会計事務所PwCアーンスト&ヤングによって、同国は脱税行為や利益移転(BEPS)を容認せず、OECD・G7の枠組みに協力しており、経済活動支援や人材開発に主眼を置いているため悪質性はない、と主張している[5]。ただし悪質な場合は資本主義の構造や国家財政に悪影響をもたらすフリーライダーの存在となり得るため、タックスヘイヴン対策税制や税務情報の共有をする対策が取られている。

なお、ケイマン諸島の外国資本企業法人税減免システムは、実は宗主国イギリスであるシティ・オブ・ロンドンの課税システムをそのまま導入したことに由来する[6]

アメリカ合衆国デラウェア州も「租税回避地」として広く知られている。人間の居住者よりも多くの企業(公開・非公開)が存在しており、2016年4月の集計では、人口89万7934人に対し、企業数は94万5326社も存在し、「法人税制やLLCの税制から判断すると、世界最悪のタックス・ヘイヴンである」とニューズウィークが指摘している[7]

デラウェア州が租税回避地になったのは19世紀末で、州は1社あたり年300ドルを得て、約4割がペーパーカンパニー立地に絡む歳入である[8]。デラウェア州ウィルミントン市北オレンジ通り1209番地にある2階建てのビルには31万社が存在し[9]、ペーパーカンパニーの代表名義は弁護士が多く、設立に実質所有者の情報は不要で州政府も把握できず、秘匿性が高い[8]

資金洗浄とタックス・ヘイヴン

一部のタックス・ヘイヴンには、本国からの取締りが困難だという点に目を付けた悪質な利用の対象となる場合がある。例として麻薬武器取引などの犯罪・テロリズム行為のための資金を隠匿する場所として、暴力団マフィアの資金や第三国からの資金が大量に流入しているといわれている(マネーロンダリング)。2007年世界金融危機では、金融取引実態が把握しにくいことが災いし、損失額が不明瞭化、状況の悪化を助長したとして批判されている。

タックス・ヘイヴンによって世界規模で被害が生じており、これは温室効果ガスと同様に外部不経済の問題でもある。環境規制のない状況で公害を排出する企業が有利なように、オフショアの銀行は秘密業務によって有利になっている[10]

タックス・ヘイヴンと貧富格差の拡大

ドイツGDPとタックス・ヘイヴン下の資産総額の比率。タックス・ヘイヴンへ逃げた資産の比率が次第に大きくなってきている[11]。The "Big 7" shown are Hong Kong, Ireland, Lebanon, Liberia, Panama, Singapore, and Switzerland.

1%の富裕層が世界の富の50%を所有する(オックスファム・アメリカ(NPO))といわれる格差が、一部の国家・地域で拡大している状況にある。トマ・ピケティの『21世紀の資本』やガブリエル・ズックマンの『失われた国家の富英語版』などの研究、そして2016年5月に公表されたパナマ文書、2017年に公表されたパラダイス文書は、逆進性の高い付加価値税消費税)の増税ではなく、累進課税で多国籍企業・富裕層の巨額の国際金融取引に課税する方向への発想の転換を求めている。

タックス・ヘイヴン内に住む人々の不平等も問題となる。オフショア金融に関わる人々と、そうでない製造業、建設業、運輸業などに関わる人々との格差が拡大する。所得格差によって若い世代の教育や就職にも格差ができる[12]

金融取引とタックス・ヘイヴン

国際金融取引を活発化させる目的で、一定の減税措置や外国資本企業は登記費用のみで、法人税がかからない会社設立方法・通貨決済方法が設けられることは珍しいことではない。

現代の国際金融取引においては、租税負担の軽減を目的として、多くの外国資金がタックス・ヘイヴンを経由して動いており、もはやタックス・ヘイヴンは企業の競争力維持のために必要不可欠な存在であるという利用者側の論理があるが、タックス・ヘイヴンがブラックボックスである限り、公正な企業活動が行われているか、非利用者側からの検証も利用者側からの実証も共に不可能である。税率の低い国や地域に実体のない子会社を設け、利益を移して税負担軽減を狙う目的に使う企業も少なくない。

大規模なタックス・ヘイヴンはオフショア金融センターと不可分の関係にあり、特権を維持できる。他方、金融業に依存しているために金融危機や破綻に脆弱であり、問題が起きれば莫大な救済費用がかかり関係国にも波及する。世界金融危機ユーロ危機におけるアイルランドキプロスは、その一例である[13]

国家への悪影響

タックス・ヘイヴンによって税収の減少が続くと国家の債務が増え、債務が増えると国債の利回りも増える。こうして国家の公的債務が増え続け、フランスでは5000億ユーロ近くの余分な公的債務が生じた[14]。タックス・ヘイヴンは課税統治権を放棄して超富裕層や多国籍企業を引き寄せる。これは国家主権の商品化ともいえる[15][16]


注釈

  1. ^ 日本経済新聞ブルームバーグを始め、多くの日本語メディアでは「タックスヘイヴン(租税回避地)」との記載が一般的である。
  2. ^ 日本は20%
  3. ^ 日本は10%。ワールド・リサーチ・ネット 『意外なツボがひと目でわかる世界地図』 青春出版社 2007年 p.52.

出典

  1. ^ デジタル大辞泉
  2. ^ a b ズックマン 2015, pp. 10-11, 53-54.
  3. ^ a b [1]
  4. ^ ズックマン 2015, pp. 10-11.
  5. ^ [2]
  6. ^ “租税回避マネー”を追え 〜国家vs.グローバル企業〜 | NHK クローズアップ現代
  7. ^ ルーシー・クラーク・ビリングズ (2016年4月12日). “世界最悪のタックス・ヘイヴンはアメリカにある” (日本語). ニューズウィーク日本語版. http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/04/post-4888_2.php 2016年6月29日閲覧。 
  8. ^ a b c 清水憲司 (2016年6月7日). “トランプ氏、クリントン氏も活用 米国の「租税回避地」”. 毎日新聞. http://mainichi.jp/premier/business/articles/20160602/biz/00m/010/012000c 2016年9月13日閲覧。 
  9. ^ 清水憲司 (2016年6月4日). “米デラウェア州2階建てビルで31万社租税回避の怪”. 毎日新聞. http://mainichi.jp/premier/business/articles/20160602/biz/00m/010/011000c 2016年9月13日閲覧。 
  10. ^ ズックマン 2015, pp. 111-112.
  11. ^ Shafik Hebous(2011) "Money at the Docks of Tax Havens: A Guide", CESifo Working Paper Series No. 3587, p. 9
  12. ^ ズックマン 2015, pp. 127-128.
  13. ^ ズックマン 2015, pp. 109-110.
  14. ^ ズックマン 2015, pp. 74-77.
  15. ^ ズックマン 2015, pp. 122-125.
  16. ^ ズックマン, サエズ 2020, pp. 1661/3959.
  17. ^ EU 租税回避1兆ユーロとの闘い | BS世界のドキュメンタリー | NHK BS1
  18. ^ [3]
  19. ^ [4]
  20. ^ いわゆるタックスヘイヴン・ブラックリスト。2009年5月19日付
  21. ^ EU、タックス・ヘイヴンのブラックリストを承認-韓国など17地域指定 Bloomberg 2017年12月5日 23:04 JST
  22. ^ [5]
  23. ^ [6]
  24. ^ 日・バミューダ租税協定の署名
  25. ^ 日・バミューダ租税協定の発効
  26. ^ 日・香港租税協定の発効
  27. ^ a b 脱税の防止のための情報の交換 及び個人の所得についての課税権の配分に関する 日本国政府とケイマン諸島政府との間の協定(略称:日・ケイマン租税協定)
  28. ^ 日・英領バージン諸島租税情報交換協定の発効
  29. ^ 日・サモア租税交換協定の発効
  30. ^ 日・マン島租税情報交換協定の発効
  31. ^ ジャージーとの租税協定の発効
  32. ^ ガーンジーとの租税協定の発効
  33. ^ 日・マカオ租税情報交換協定の発効
  34. ^ 日・リヒテンシュタイン租税情報交換協定の発効
  35. ^ 日・パナマ租税情報交換協定の発効
  36. ^ [7]
  37. ^ a b [8]





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