タイ王国 文化

タイ王国

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/02 01:12 UTC 版)

文化

儀礼・禁忌

教師式 (Wai khru)

礼儀作法の多くは国法で規定されている。挨拶をするときには、ワイと呼ばれる合掌をする。タイでは今も階級が細かく分かれており(「タイの階級」も参照)、階級以外にも相手との関係などによって異なった種類のワイの作法が求められる。また、ヒンドゥー色の強い様々な風習や礼儀作法が存在する。

仏教寺院に入る際、肌の露出が高い服は拝観を拒否される。女性僧侶の身体に触るのは禁忌である。

毎日、8時と18時の2回、バンコク中心部のフワランポーン駅やBTSなど公共機関などでは、国旗掲揚・降納と同時に国歌がスピーカーから流される。国歌が流れる間は、その場にて脱帽し直立不動の体勢をとらねばならない。そうしなかった場合、不敬罪に問われ警察官に逮捕される場合がある。また、チャクリー王朝(タイ王室)に対する国民の尊崇の念は非常に高い。王室批判などをすると同じく不敬罪に問われることがある(「タイの国歌」「タイの王室歌」も参照)。

また、映画作品の上映の前には『王室賛歌』が上映される。このときも脱帽の上直立不動の姿勢を取らないと、不敬罪に問われることがある。

美術と建築

彫像「乳海攪拌
左は神話の神キンナラの像(バンコク、ワット・シーラッタナーサーサダーラーム)。右はラーマ9世の葬式におけるガルーダ

この国の美術は工芸を除き前期を通じて仏教美術であるが、その史的展開はタイ族支配の確立(1300年頃)以前と以後とでは異なる。東南アジア諸国と同じく、初期の青銅遺品の多くは南インド系またはグプタ系の渡来の小さな仏像であり、6世紀以後になってようやく土着民族による美術が現れる。先住民族のドヴァーラヴァティー王国の美術がそれで、ロッブリーを中心とした。8~9世紀にグプタのインド様式を取り、造形的にも優れた作風を示しており、透けた薄い衣をまとい、目と口の表現に民族的特色を持つ石造りの仏立像が現れた。これより少し遅れて、シュリーヴィジャヤ王国の勢力下にあったマレー半島にジャワスマトラの同時代の造りと極めて近い様式の美術が9~10世紀に行なわれた。チャイヤー及びリゴール(ナコーンシータンマラート)付近から尊像が発見されており、ことに青銅ローケーシュヴァラ(観音)像は高い造形理念になるタイの最も誇りうる遺品である。

最後にタイ族の美術は北端のチエンセーン地方を中心に12世紀頃から現れるビルマの影響による仏像彫刻を初めとし、13世紀以後のタイ族による全土の統一と平行してタイの国民美術が生まれる。

ワット・ラチャナダラム

建築は寺院を主とする。寺院または伽藍(がらん)をヴァットと呼び、その本堂は縦長のプランで正面と背面に切妻屋根をかけ、破風(はふ)を層に相重ね、豊富というより過多の木造装飾を施すのが普通で、ビルマの影響が最も顕著である。塔はインドのストゥーパに起源を持つプラ・チェーディと、クメール塔に習った砲弾形のプラ・プラントの2種があり、寺院内にはその他多種多様の建物が多くある。チエンマイにはインドのブッダガヤを模した建物があり、古都アユタヤは18世紀にビルマ軍に荒らされたが、それでも14~17世紀にわたる数多くの遺構遺跡を残しており、バンコクには王宮寺その他近世の壮麗な寺院が多い。

文学

タイ文学においては上座部仏教の「」の思想が長らく主題とされ、また、釈迦前世譚であるパーリ語経典ジャータカ』が中世以来人気を集めてきた[117]

スコータイ王朝時代の文学は、ラームカムヘーン大王碑文に始まると言われる。これはスコータイの王、ラームカムヘーンが学者を動員して書かせたもので、初めてタイ文字が使われた。

ラーマキエンの一場面(バンコク、ワット・シーラッタナーサーサダーラーム

トンブリー王朝タークシンは『ラーマーヤナ』のタイ版とも言われる『ラーマキエン』の編纂を行う。この作業はタークシンの処刑と共にチャクリー王朝ラーマ1世に受け継がれ学者などを動員して完成された。この作業時にはタイの説話なども取り入れられインドのヴァールミキ版とは筋は似通っているものの、全く別の趣を持つ文学作品に仕上がり、文学の典型として近代文学でも頻繁に引用される他、絵画、ラコーン(劇)などに大きな影響を及ぼした。ラーマ2世ラーマ3世の時代にはこの形式の長ったらしい定型の叙事詩が大いに隆盛を極めた。

サムットタイ

前述とやや時代が前後するが散文の発達はラーマ1世時代に、ビルマのコンバウン王朝からの侵略に備えて志気を高めるためにチャオプラヤー・プラクランを編集長とする翻訳グループによって書かれた『サームコック』(三国志演義)、『ラーチャーティラート』などの忠誠の家来を描いた翻訳作品が挙げられる。これがタイの近代的な散文文学の曙となった。とくに『サームコック』は文体の格調の高さと、その文体の平易さから現代タイ語の書き言葉の模範となっている。『ラーチャティーラート』は散文であるが、古語を多用している。

特にラーマ2世に置いては世界で最も優れた詩人の一人とも言われることもあるスントーン・プーが現れた。スントーン・プーは代表作であり、一人の手による詩としては世界最長とも言われる雅俗混交体の『プラ・アパイマニー』を創作。ラーマ2世、3世とともに『クン・チャーン=クン・ペーン』を共作した。ラーマ2世ジャワの『パンジー物語』を元に『イナオ』などを著作。また『サントーン』『クライトーン』などの現在でも古典的名作として取り上げられる著作を残した。

食文化

タイ料理

トムヤムクンパッタイなどのタイ料理は、先進国を中心に世界的にポピュラーなものとなっている。そのスパイシーかつバラエティに富む味と健康的な素材は日本や欧米諸国をはじめとする多くの国で高い人気を得て、特に北米、ヨーロッパにおいては1960年代、1970年代頃から1990年代にかけて急速にタイ料理店の出店が進んだことが研究者により報告されている[118]。また、タクシン前首相により「Kitchen of the World」プロジェクトが開始され、タイ料理店の国際展開を推進されている[119]

日本ではブームになった1990年代以降、人気外国料理の定番となっており、都市部を中心にタイ料理レストランが多く存在するほか、「ゲウチャイ」「ジャイタイ」「コカレストラン」といったチェーン店の展開や、多くのスーパーマーケットでタイ料理の食材が販売されている。

屋台

タイ国内には都市部を中心に非常に沢山の屋台がある。どこにでも見られる1人分5バーツ程度の菓子類や麺類などの軽食から、また場所によってはツバメの巣フカヒレスープなどの高級料理まで様々な味を楽しむことができる。タイへのリピーター観光客の中にはこの屋台での食事を楽しみにしている人が多いが、路上で営業するという事情から必ずしも衛生的と言い切れない面もあり、慣れない人は食あたりを起こす場合もあるとされる。

フードコート

デパートには必ずといっていいほどフードコート(食券式のセルフサービス食堂)が併設されている。高級ブランドのブティックばかりが入居する非常にしゃれたデパートにもフードコートはある。屋台よりは若干割高だがそれでも30バーツ程度から食事をすることができ、衛生的にも屋台よりは安心できる印象を与える店も多い。

タイの果物

タイの果物

熱帯気候に属するタイは果物の種類も豊富であり、また美味である。特にタイで最も暑い時期とされる4月は、ドリアンマンゴーなどが市場に出揃う。この季節をタイ人は「ドリアンの季節」「マンゴーの季節」とさえ呼んでいる。

日本料理について

タイでは、日本料理ブームとなり、国内に600店以上の日本料理店があるという。市場規模は50億バーツ強[120]

ブームの背景には、「日本の食材=身体にいい」という日本料理へのいいイメージが関係しているという[121]。食材としてはワサビが人気である。これについては、辛いものが好きなタイ人にとってワサビは日本料理を自分たち好みの味にしてくれるからという指摘がある[121]

エンターテインメント

タタ・ヤンパーミーなどの歌手は日本でもCDをリリースしオリコンの上位にランクされるなどヒットしている。国際的に有名なポップアーティストには、ラリサ・マノバンBLACKPINKのリサ)などがいる。

近年はタイで制作された映画が日本へ輸出されることが多く、2000年以降2006年までに日本で公開されたタイ映画は25作品を数える[122]。『アタック・ナンバーハーフ』『マッハ!!!!!!!!』などのタイ映画が全国で公開され若者を中心にヒットした。特撮映画では円谷プロダクションの合作『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』『ジャンボーグA&ジャイアント』などが有名。『ハヌマーンと5人の仮面ライダー』も有名な作品である。

武術を題材とした作品も多く『マッハ!弐』『トム・ヤム・クン!』『マッハ!無限大』『チョコレート・ファイター』『2gether』などがヒットしている。

世界遺産

タイ王国内には、ユネスコ世界遺産リストに登録された文化遺産が3件、自然遺産が2件存在する。

スポーツ

戦闘前の儀式。
バンコクでのムエタイ大会
ムエタイの有名な国際開業医ブアカーオ

国技ムエタイはスポーツとしての勝敗だけではなく賭けとしての関心も高い。ボクシングもまた人気の高いスポーツの一つである。世界最大の団体である世界ボクシング評議会(WBC)の直系アジアボクシング評議会(ABCO)の本部が首都バンコクに置かれている。ただしタイでは「ボクシング」といえば通常ムエタイを指し、本来のボクシングは「国際式」(ムアイ・サーコン)と呼ばれる。

総合格闘技の興行はムエタイのイメージを損ない、1999年ボクシング法に触れるものとして2012年3月27日以降は開催を禁止されていたが[123]、タイの観光・スポーツ省の支援を受けて2016年5月27日にONE Championship: Kingdom of Championsが開催され[124][125]デェダムロン・ソー・アミュアイシリチョーク vs 内藤のび太とマラット・ガフロフ vs 横田一則の2つのタイトルマッチを含む全9試合からなる総合格闘技の大会が行われた[126]

また、モーターリゼーションが進みつつある近年はパタヤなどに本格的なサーキットが建設され、自動車やオートバイによるレースなどのモータースポーツが盛んになってきている。古くはアジア人初のF1ドライバーであり、世界的に著名なレーシングドライバーであるプリンス・ビラの出身国でもある。現在はARTO大阪が橋渡し役となって、日本とタイでドライバーやチームの行き来が増えている。2014年からタイでスーパーGTの海外ラウンドが開かれるようになり、タイからはトヨタチームタイランドが日本ラウンドも含めてフル参戦している。

さらに、タイ人の母を持つタイガー・ウッズの影響もあり、近年は男子のプラヤド・マークセンキラデク・アフィバーンラト英語版アティウィット・ジェーンワッタナーノン、女子のアリヤ・ジュタヌガーンサランポーン・ランクンガセットリンら、タイ出身のプロゴルファーも海外で目覚ましい活躍をしている[127]

他にもセパタクローサッカータイ・リーグ1)、バレーボールが盛んであり、元ヴァンフォーレ甲府青山直晃らJリーガーが多く所属している。サッカータイ王国代表は、アマチュア限定だった時期の1956年メルボルンオリンピック1968年メキシコオリンピックに本大会出場を果たしている(ホームグラウンドはラジャマンガラ・スタジアム)。なお、夕方の公園などではエアロビクスバドミントンなどに興じる市民を見ることができる。

野球タイ王国代表の総監督に1970年代後半に阪神タイガースのエースとして活躍し、参議院議員経験者の江本孟紀が就任し、IBAFワールドカップに出場したこともあった。

祝祭日・暦法・紀年法

祝祭日は以下の通りである。土曜日または日曜日と祝祭日が重なった場合、翌日以降で最初の平日は振替休日となる。

なお、タイの紀年法について西暦も併用されているが、ラーマ6世によって1912年に導入された仏滅紀元(仏暦)が主に使用されている。導入された当初は太陰暦であったが、仏滅紀元2483年(1940年)にその年が9月で打ち切られ、グレゴリオ暦太陽暦)との誤差が修正されたため、現在は西暦との間で日にちのずれがない[128]

日付 日本語表記 タイ語表記 備考
1月1日 元旦 วันขึ้นปีใหม่
旧暦3月の満月 万仏節(ワンマーカブチャー) วันมาฆบูชา 2020年では2月8日である。
4月6日 チャクリー王朝記念日 วันจักรี 1782年のこの日にラーマ1世が即位し、チャクリー王朝を創設した。
4月13-15日 タイ正月 วันสงกรานต์ 元々はバラモン陰暦の元旦を挟む3日間だが、現在では日付固定されている。
各地で水掛け祭りが行われる(「ソンクラーン」を参照)。
5月4日 国王戴冠記念日 วันฉัตรมงคล 2019年のこの日に正式に戴冠。
プミポン国王時代では5月5日(1950年のこの日に正式に戴冠したため)。
旧暦6月頃 種耕節 วันพืชมงคล 年によって月日が異なる。2020年では5月11日である。
旧暦6月の満月 仏誕節 วันวิสาขบูชา 2020年では5月6日である。
6月3日 王妃誕生日 วันเฉลิมพระชนมพรรษา
สมเด็จพระนางเจ้าฯ พระบรมราชินี
2019年に祝祭日として規定された。
旧暦8月の満月 三宝節 วันอาสาฬหบูชา 2020年では7月5日である。
三宝節の翌日 安居入り วันเข้าพรรษา 2020年では7月6日である。
ただし、対をなす「安居明け」(: วันออกพรรษา、旧暦11月の満月(2020年では10月2日)に当たる)は祝祭日ではない。
7月28日 国王誕生日 วันเฉลิมพระชนมพรรษา
พระบาทสมเด็จพระเจ้าอยู่หัวฯ
2017年に祝祭日として規定された。
8月12日 王太后誕生日 วันเฉลิมพระชนมพรรษา
สมเด็จพระบรมราชชนนีพันปีหลวง
母の日: วันแม่แห่งชาติ)でもある。
10月13日 プミポン国王記念日 วันคล้ายวันสวรรคต
พระบาทสมเด็จพระบรมชนกาธิเบศร มหาภูมิพลอดุลยเดชมหาราช บรมนาถบพิตร
2016年のこの日に崩御し、2017年に祝祭日として規定された。
10月23日 チュラーロンコーン大王記念日 วันปิยมหาราช 1910年のこの日に崩御した。
12月5日 プミポン国王誕生日 วันคล้ายวันพระบรมราชสมภพ
พระบาทสมเด็จพระบรมชนกาธิเบศร มหาภูมิพลอดุลยเดชมหาราช บรมนาถบพิตร
父の日: วันพ่อแห่งชาติ)および国家の日: วันชาติไทย)でもある。
12月10日 憲法記念日 วันรัฐธรรมนูญ 1932年のこの日にタイ史上最初の憲法を施行した。
12月31日 大晦日 วันสิ้นปี

注釈

  1. ^ 「君臨すれども統治せず」という原則と議院内閣制の下で国王または女王(イギリスの君主)や天皇に実権がなく、首相内閣総理大臣が事実上全権を掌握するイギリス日本と類似している。

出典

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