ソクラテスの弁明 論点

ソクラテスの弁明

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/10/07 20:42 UTC 版)

論点

無知の知

本篇では、デルポイの神託に端を発するソクラテスの哲学者(愛智者)人生の経緯と共に、「無知の知」についての言及が成される。自分が知っていること以上のことを知っていると思い込む「智慧と愚昧を併せ持つ」状態に陥っている者達と対比的に、よく知りもしないことを知っていると過信しない「智慧と愚昧を持たずにあるがままでいる」者としてのソクラテス自身が言及される。

また、ソクラテスの用いる「問答法」が、そうした相手の智慧を吟味するためのものであることも併せて言及される。

この「無知の知」のモチーフは、その後も「死・死刑」「死後の世界」に言及するくだりで、死を恐れることもまた、よく知りもしないことを知っているかのように装うことであるとして、再度持ち出される。


なお、初期末の対話篇『メノン』では、この「無知の知」が、あるいは、初期対話篇で頻出する「アポリア」(行き詰まり)の自覚が、人々を、単なる「思いなし」(思惑、臆見、doxa ドクサ)への安住から引っ張り出し、原因・根拠を伴った理論的「知識」(episteme エピステーメー)へと至らしめる重要な契機となることが、明快に説明されている。

正義

本篇では、正義に反することが自分にとっては死刑その他の刑罰よりも大きな禍であると、ソクラテスによって述べられている。この発想は、続編である『クリトン』においても繰り返し反復される。『クリトン』の内容に則るならば、ソクラテスにとっての正義とは、「熟慮・検討の結果、最善と思える考え」のことであり、それに則っておくことで、いかなる場合においても、死後の冥府においてすらも、「自身をちゃんと弁明できるようにしておくこと」である。

本篇においても、また続編の『クリトン』においても、「いかなる場合においても、故意に不正は行わない」(知らずに不正を行っていたのであれば、改める)という倫理観が言及されている。

裁判

本篇では、冒頭で、ソクラテスが聴衆(陪審員)達に対して、話し方・印象ではなく、その内容の正しさによって判断してもらいたいと願い出るところから始まる。一回目の投票の直前にも、再び同じお願いが繰り返される。

末尾においては、ソクラテスは無罪投票をした人々を「正当な裁判官」と呼び、彼らに対して自身の死生観を説く。

政治

本篇では、「現実政治に関わることの危険性」が、ソクラテス自身が経験した2つのエピソードと共に言及される。また、「正義のために戦うならば、公人ではなく私人として生活すべき」という考えも表明されている。『第七書簡』にも書かれている通り、この姿勢は著者であるプラトン自身の人生態度とも重なる。

大衆

本篇では、「アリストパネスらの風聞に流される旧い弾劾者」「自分達のやましさを覆い隠すために、批判者を封殺しようとする者達」として、大衆が批判的に言及されている。

また、ソクラテス以前にも、そうした大衆によって善人は滅ぼされてきたし、これからもそうだろうという見解、批判者を封殺することは、より極端な反動を生み出すこと、それよりは自ら善くなるよう努めることが得策であるといった見解が、併せて述べられる。

青年の教育

ソクラテスが青年たちの教育に熱心だったことは、プラトンの他の対話篇にも描かれており、本裁判の訴状においても、「青年を腐敗させた」として言及されている。

本篇では、ソクラテスと告発者メレトスとの質疑応答の中で、青年の教育についてのいくらかの言及がある。メレトスが、国法やソクラテス以外の全てのアテナイ人が、青年たちにとっての善導者となると述べたのに対して、ソクラテスは、青年の教育は馬の調教と同じく、その道に長けた者によって行われなければならず、メレトスの言い分は青年たちの教育に対する無関心の表れだとして批判する。

なお、こうした「一般大衆の意見よりも、一部の専門家の意見が尊重されるべき」という考えは、続編である『クリトン』においても、繰り返し持ち出される。

蓄財

本篇では、ソクラテスが「偉大なアテナイ人が蓄財などばかりに囚われ、知見を善くしようとしないのは恥辱ではないか」と訴えるくだりがある。また、末尾では、ソクラテスが聴衆に対して、ソクラテスの息子たちが成人した暁には、その息子たちに対しても、蓄財よりも徳を念頭に置くように非難・教育してもらうよう頼んでいる。

ダイモニオン

本篇では、ソクラテスの指針ともなっていた「ダイモニオンの声」についても言及されている。幼少の頃より表れ、常に何かを諌め、禁止・抑止するために表れたという「ダイモニオンの声」は、ソクラテスに政治と関わることを諌めたという。

また、末尾においては、この裁判に関して、「ダイモニオンの声」は表れなかったので、今回の死はきっと善いことであるとも、ソクラテスは聴衆に語っている。

信仰

本篇では、デルポイの神託を信じ、神への奉仕として愛智者・智慧の吟味の活動に勤しんだり、「ダイモニオンの声」を信じたり、「善人には生前も死後も禍害が無い」と断言するなど、ソクラテスの信心深さについての記述も多く見られる。

問答を駆使して智慧を吟味したり正義を探求していく理知的な面がありながら、他方でこうした信心深さも併せ持つソクラテスの性格を、例えば岩波文庫の解説では、「ソクラテスは熱烈なる理性信奉者であると同時に、宗教的神秘家でもあった」と評している[10]


注釈

  1. ^ ただし、イソクラテスによれば、彼らとの交際に対する非難は実際の裁判では言及されておらず、6年後に発表された弁論家ポリュクラテスの作文『ソクラテスに対する告発』ではじめて持ち出されたものだったとされる[1]
  2. ^ ソクラテスが直接デルポイの神託所に赴いてそれを聞いたのではなく、彼の友人であり熱烈な信奉者でもあったカイレポンから聞かされた伝聞である。
  3. ^ ソクラテスはペロポネソス戦争に関連する3つの戦い、ポティダイアの戦いアンフィポリスの戦い、デリオンの戦いに従軍・奮闘したことが知られている。

出典

  1. ^ 『ソクラテスの思い出』岩波文庫 佐々木理 p6[要文献特定詳細情報]
  2. ^ ソクラテスの思い出クセノポン 1巻1章[要文献特定詳細情報]
  3. ^ エウテュプロン
  4. ^ 『ソクラテスの思い出』岩波文庫 pp.5-7
  5. ^ 『ソクラテスの弁明・クリトン』 久保勉岩波文庫
  6. ^ 参考: 『ソクラテスの弁明・クリトン』 久保勉訳 岩波文庫
  7. ^ 岩波書店 全集1 p101、岩波文庫pp109-110
  8. ^ 岩波文庫p.109では、「黒と白の石票で投票が行われた」と書かれているが、アリストテレスの『アテナイ人の国制』第68章に、当時はψῆφοιという専用の投票用具を用いていたことが説明されているため、岩波文庫のその記述は誤りである。
  9. ^ 岩波文庫pp110-111
  10. ^ 『ソクラテスの弁明・クリトン』久保勉訳 岩波文庫 p126




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